16. 貨物明細「販売用愛玩動物」
■ 4.16.1
「マップは使うな。ログを取られて解析されると面倒だ。この道を真っ直ぐ行ってバダーラバ・ホテルの角を右に曲がって突き当たりまで行くと、住人の多くが避難しているダラバッヤパ・ショッピングセンターに出る。そこで人混みに紛れろ。ノバグがIDを切り替えてくれる。その後は軍警の誘導に従って避難して、出来るだけ早くペニャット経由でレジーナに戻れ。」
市街地南側海沿いの人目に付かない暗く小さな路地に俺を下ろして、アデールが言った。
市街戦や市街での隠遁の経験が豊富かつ、ネットワークへの親和性も高いアデールの方がこういうときには全体のリーダー役に向いている。
何が何でも常に俺がリーダーを勤めなければならないとは思っていないし、それが正しい事だとも思っていない。
このような市街での情報収集や荒事であればその道に経験豊富なアデールが、ネットワーク上の行動であればブラソンが、宇宙空間の行動であれば俺か、状況に応じてニュクスがリーダーシップを取れば良いと思う。
そこに妙なこだわりは持っていない。
そもそも、船内の日常生活についてはルナの管理の下で、彼女のリーダーシップによって進んでいる、と言って良い状態だ。
適材適所、というやつだ。素人がしゃしゃり出て、リーダー風を吹かせてトンチンカンな決定を下してもロクな事にはならない。
だから現在のこの状況では、アデールの言う事に素直に従っておくのが一番正しい事だと認識している。
アデールが言ったショッピングセンターに覚えはないが、道順は簡単なので問題無いだろう。
ノバグとブラソンが、観光客としての俺の分と、浄水器の営業マンとしてのアデールの分のダミーIDを生成し、街中を適当に引き回した上で住民達が避難している場所に紛れ込ませているらしい。要するに、人混みに紛れてIDを浄化した上にアリバイ工作を行おうとしている訳だ。
ダミーIDが動いていたおかげで、「公式には」俺は歓楽街でその手の店を何軒か冷やかしていたところでこの騒ぎに出くわし、周囲の観光客や住人と一緒に避難している事になっている。
アデールの方も、営業活動を行っている時に騒ぎにぶつかり、やはりどこか別の避難所となっている場所に避難している事になっている。
そして、南スペゼで突然発生した大規模テロ事件は、バペッソの息がかかった情報屋のビルが爆破されて倒壊し、煽りを喰らった隣のダバノ・ビラソ商会ビルまでもが巻き込まれて爆発倒壊したところでピークを迎えた。
バペッソ幹部はそのあからさまな挑発に怒り狂い、いったいどこの組織がこの様な命知らずの挑戦を行ったのか、その特定に躍起になった。自分達の勢力はこの南スペゼでならば三本指、パイニエ本星でもトップ10に入る組織だと自負していた。
この南スペゼでの序列をひっくり返そうとする新興勢力の攻撃か、度重なる抗争の末に手打ちで平和的な分割協定を結んでいる大手の裏切りか。
バペッソが十分な金を渡している管区の軍警察本部はのらりくらりと出動を引き延ばし、バペッソの要求に応じて彼らが敵の鉄砲玉を確保する事に消極的協力をしていたが、管区内のビルが爆破される事態となっては統合本部から職務怠慢の謗りを受ける畏れがあり、慌てて鎮圧部隊を組織して市街地に投入した。
敵の鉄砲玉を確保するはずだったバペッソの実行部隊は、返り討ちに遭ってほぼ全滅していた。
生き残っていた重装甲スーツに身を包んだ突撃部隊三名は、市街地での重火器の所持と使用を理由に、形なりにも軍警察に拘束された。
ここで騒ぎの元凶である実行犯、つまり俺とアデールを血眼になって本気で探そうとする動きは途絶えた。
腹の底から激怒していたバペッソの幹部達は、絶対に敵を確保できるように第一陣の実行部隊に有力な戦力の殆どを投入していたため、その部隊が瓦解した今となっては手元には二流以下の戦闘職しか残っていなかった。
過去これまでスペゼ市内で発生した抗争では、重装甲スーツを投入すれば大概の事は片が付いた。普通それさえも過剰な対応で、戦闘員にハンドガンとマシンガンを持たせていれば通常は十分だった。
まさか街中で次から次に軍用の大火力グレネードを投げつけるバカが居ようとは。まさか街中の抗争で、重装甲スーツさえ撃ち抜く軍用の重アサルトライフルを持ち出してくるような頭のイカレた奴が居ようとは。
しかもそいつらは組織だった動きを見せていた。
どうやら物理的攻撃を行った実行部隊と、実行部隊をネットワーク上で支援したバックアップ部隊が居るようだった。
これだけの襲撃にもかかわらず、セキュリティは何ひとつ警告を発して居らず、どれだけログをあさってみても崩壊した二つのビルに入っていた事務所からの警報は記録に残っていなかった。
警告らしきものと言えば唯一昼間に隣のダバノ・ビラソ商会から報告された、アノドラ・ファデゴ孤児院からナノマシン警報が飛んだという報告があった程度だった。
孤児院からナノマシン警報というのは珍しいが、しかし孤児院の建つ場所が街の外れの山の中腹と言うことから考えて、今回の件との繋がりは薄いと思われた。確かに孤児院はバペッソの息のかかった場所であり市民孤児の違法な人身売買を行う拠点ではあったが、しかしバペッソにとって主要な収入源というわけではなかったし、違法なビジネスを行っているのがこの孤児院だけというわけでもなかった。
アガリの多さで言えば市内の娼館やダンスショーの方が遙かに大きな金額を稼いでいるし、違法性で言えば麻薬ビジネスの方が遙かに違法性が高く且つ稼ぎも大きい。
バペッソの島を荒そうとするのに、孤児院から取っかかるのはいろいろな意味で効率が悪すぎる。この孤児院のナノマシン侵入警告はとりあえず対象から除外しても良いだろう。
まずはあの黒ずくめのナメた態度の女を割り出すところからだ。できるならば見つけ出して捕らえ、依頼人を吐かせる。その依頼人に、バペッソに喧嘩を売ったことを必ず後悔させてやる。
■ 4.16.2
ダラバッヤパ・ショッピングセンターは海の近くにある小綺麗な建物だった。透明な窓を多用した開放的なフロアと、様々な色に彩られた売場が印象的だった。それはまるで地球にあるこの手のショッピングセンターのようだった。
しかし今、そのリゾート地のショッピングセンターは人でごった返していた。
夜の街にあるショッピングセンターであるため、元々営業時間は深夜にまで設定されていたようだった。
俺達が引き起こした南スペゼでの「テロ騒動」で、一時避難先に指定されたこのショッピングセンターには、数万人近い付近住民が逃げ込んできており、さほど遠い将来ではない所定の閉店時間に店を閉めることはできそうにはなかった。
俺はその人混みの中を、無理のないペースで目立たないようにゆっくりと歩いていた。
ブラソンとノバグが仕掛けた俺のダミーIDと同期を取るためだ。目立ってしまっては、二人が苦労して確保してくれたせっかくのアリバイ工作が全て水の泡になってしまう。
「マサシ、ID同期完了しました。その付近の目立たないところにさりげなく立ち止まってください。」
しばらくぶりに聞く気がするノバグの声が頭の中に響く。
俺は言われたとおりゆっくりと壁際に寄り、通路の曲がりで少し凹んだようになっている部分に近寄ると、壁に背をもたれて立ち止まった。近くには沢山の人々が知人を捜して歩いて行き交ったり、深夜の避難行動に疲れたのか床に座り込んだりしている。ぱっと見ただけで俺の視野の中には数百人もの避難者が居る。俺が目立つことはないだろう。
「状況を報告します。まずはエイフェ関連情報から。
「結論から言うと、ニラバンフナ星間輸送は当たりでした。二月六日にペニャットを出航したニラバンフナ星間輸送所有の貨物船『ドーピサローク』に、ダバノ・ビラソ商会から納品された『販売用愛玩動物』名目の貨物コンテナが搬入され、ドーピサロークは夕刻に即日出航しています。目的地はデフォーラ星系の第八惑星ラド。同コンテナもラドで現地貿易商に受け渡しの予定でした。」
「『でした』?」
「はい。貨物船ドーピサロークは、ラドへの航海の途上、アリョンッラ星系第十惑星フドブシュの軌道ステーションに立ち寄った後に消息を絶っています。」
「遭難した?それとも海賊に襲われたか?いやそんなバカな。」
ジャンプステーションのネットワークで星間航路が確立された現代では、船が遭難するのはかなり珍しいことだった。
ジャンプステーションは各太陽系の外縁に設置してあり、太陽系付近で深刻なトラブルに見舞われても、大概の場合付近の星やステーションからレスキューが向かい、比較的短時間で救難活動に当たることができる。
余程突発的な事故で、対処も脱出も出来ない様なスピードで事態が進行してしまい、レスキューが駆けつける時間さえなかったという場合には、乗員が死亡するような事故に至ることもある。
しかしそれも「事故」であって、「遭難」では無い。遭難とは通常、船が跡形もなく消えてしまい行方不明になることを言う。
そして、ジャンプ中はデブリなどに衝突する危険は全くない。そのような危険は、通常空間を航行中だけに存在する。
「貨物船ドーピサロークはジャンプ船だった様です。」
「なるほど。」
通常の民間旅客航路や貨物航路を行き交う船の多くはジャンプステーションを利用するため、自らのジャンプユニットを持っていない。
ジャンプ航法は重力による空間歪曲で通常空間に裂け目を作り、同様の裂け目を目的地にも生成し、これら二つの空間の裂け目の間を繋ぐ通常「ジャンプ空間」と呼ばれる異空間を航行することで距離を大幅に短縮する星間航法だ。
空間をねじ曲げ切り裂くためには、当然それなりのエネルギーを必要とする。この為、常に運送コストと売り上げのバランスを考えていなければならない民間旅客船や貨物船は、わざわざコストを跳ね上げさせる自力ジャンプなどせず、ジャンプステーションに頼ることでジャンプに必要なエネルギーコストと、ジャンプユニット設置にかかる費用を節約する。
レジーナも今でこそ色々あってホールドライヴを備えているが、建造当初はそのような船の一つだった。
しかし、ジャンプステーションも慈善事業ではない。
利用客の多い主要航路には大型のジャンプステーションが、ソル太陽系のような客の少ない盲腸航路にはそれなりの小型ステーションが設置される。
そしてそのような航路から大きく外れ、ほとんど人の行き来もないような辺境の太陽系などには、採算の採れる予定もないジャンプステーションが設置されることはない。ジャンプステーションを維持するためにも金がかかるのだ。
しかしそんな辺境の太陽系や惑星にも、当然人やものを届ける必要が存在する。そのような場合には、自前でジャンプ能力を持った旅客船や貨物船、通称「ジャンプ船」と呼ばれる船が活躍する。
当然そのような船を動かすには、それなりの高い料金を払わなければならない。しかし一定の需要はあるため、大手の運送会社は大概のところがジャンプ船を数隻以上擁していることが多い。
ジャンプ船は自前のユニットでジャンプを出来ることから、ジャンプステーションに縛られない航路を取ることが出来、燃料が続く限りはどのような辺境にでも行くことが出来る。
しかしそれは、主要航路を大きく外れて管理監視されていない宙域を航行するという意味であり、つまり未知のデブリ群や未発見の遊星に遭遇したりする可能性があると言うことでもある。
そしてそのような宙域で事故を起こした場合には、救難が間に合わないどころか、事故を起こしたことを知られることさえなく半永久的に宇宙を漂い続ける運命に陥ることにさえなりかねない。
そして実は、そのような宙域でもっとも恐ろしいのはデブリや遊星や未知のガス星雲などではない。
一番怖いのは、航路予定が事前に流出してしまい、それを手に入れた海賊に待ち伏せされる事だった。
もちろん海賊達も高いコストを払ってジャンプ船を運用している。
しかし、ジャンプ船を雇ってでも運びたい人や物を、事前にその航路を手に入れて効率的に襲い奪うことで十分に黒字のコストバランスを成立させることが出来る。
俺とブラソンは、主にハバ・ダマナンを拠点に商売をしているが、首都ダマナンカスの酒場などで明らかに怪しい連中を見かけることがある。
海賊達の情報係達だ。
ハバ・ダマナンのような人や物流のハブとなっている星系に駐留し、前述のジャンプ船のような情報を収集して本体に連絡している。
連絡を受けた海賊船団本体は、目標となったジャンプ船の予定航路に展開して待ち伏せし、獲物を襲う狼の群のように一気に襲いかかって獲物を仕止める。
救難信号を受けて押っ取り刀で軍や警備隊が駆けつけたときには、略奪された船の残骸が残っていればまだ良い方で、全て持ち去られてしまい、積み荷だけでなく船そのものも分解され再利用され、ある物は故買屋に売られて行方知れずとなるのが普通だ。
つまり、そのニラバンフナ星間輸送が仕立てた貨物船ドーピサロークが実はジャンプ船で、フドブシュステーション寄港後に遭難して行方不明になったということは、へまをやらかして本当に事故で遭難したか、あるいは辺境宙域で海賊にやられたかという意味だと考えてまず間違いがない。
前にも言ったように、銀河系の裏社会では、子供の生体というのはどこへ行っても引く手あまたの人気商品だ。
そのような積み荷の性質から考えて、貨物船ドーピサロークは海賊に襲われたものと考えるのが普通だろう。
「ブラソン・・・」
ノバグから報告を受けていた俺だが、ブラソンも間違いなくこの会話をモニターしているだろうと話しかけた。
「解っている。それでも追いたい。」
「分かった。お前の気が済むようにしてやる。遠慮は要らない。」
「すまない。恩に着る。」
一度追跡し始めたのだ。きっちりと顛末が分からなければ尻の据わりが悪いのはこちらも同じだ。
「マサシ。エイフェに関する報告はだいたい以上ですが、もう一つ重要な案件があります。」
そう言えば、ノバグは「まずは」エイフェ関連情報から報告する、と言っていた。
「スペゼ市南市街地で発生した大規模テロ活動についてですが、本船の関連について軍警察が調査を開始しています。」
・・・なんだって?
お気づきの通り、本作はちょいとハードなSFを目指しているのですが、例えばホーガンのような量子論的な理論展開からキーとなる技術のバックグラウンドを説明した上で、その技術を使ってストーリーを展開していく、という様な格好いいことはなかなか真似出来ませんね。
所詮は調査に割ける時間に限りのあるアマチュアの活動と言ってしまえばそれまでなのですが。
それでもジャンプ航法についてもっと格好良く説明したいですねえ。
精進いたします。合掌。