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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第一章 危険に見合った報酬
9/264

9. 皇の相談役


■ 1.9.1

 

 

 俺は王宮の中の真っ白い廊下を歩いていた。

 王宮の中は、どこもかしこも真っ白い。全てが純白の天然石で出来ていた。

 あまりに単一な白色過ぎて、前方の少し離れたあたりから遠近感が微妙なことになる。それくらい真っ白い。

 

 ハフォンに来て四日目。

 今のところクーデターの情報は何も掴めていない。

 クーデターどころか、例のダナラソオンとか云う相談役が作っている組織への接触の糸口も掴めていなかった。

 毎日王宮に出かけては行くが、一向に成果らしい成果が上がらない事にミリが少しじれ始めていた。

 

 今日も朝から王宮の事務所巡りだ。総務庁の事務所を最初に回り、王宮警備庁、王宮施設保全庁、王宮人事庁と回っていく。

 他にも、事務所を見つけたらそれがどこの部署であろうととりあえず話しかけ、王宮職員らしい人物を見つけたら呼び止めて話をする。

 これで本当に運送業としての仕事が貰えるとは思っていなかった。

 それは初日に物流担当者から云われたとおり新規参入の隙間がないだけ埋まっているのだろう。

 それ以外の非公式な仕事や、ただの便利屋としての仕事が得られればシメたもの、最悪でも妙な業者がここの所やたらと積極的に営業攻勢をかけてきている、という認識で顔が売れればいいと思っていた。


 今日何人目かの通行人に声をかける。

 

「こんにちは。私、『キリタニ運送』社長のマサシと申します。何かを運ぶ御用はございませんか?星系内でも星系外でも、他国でも責任を持ってお荷物をお運び申し上げます。運送以外でも何なりとご相談戴ければ、全力を持って対応申し上げます。」

 

 あくまでもにこやかに営業スマイルで下手に、下手に。

 なんといっても相手はハフォン最高機関である王宮の職員達だ。

 何か少しでも気に障ることを云うと何もかも台無しになる可能性がある。

 

「ここ数日宮城内を徘徊している不審な男というのはおまえか。」

 

 いきなり不審者として噂になっているらしい。無理もない話だが。

 

「不審者とは滅相もないことでございます。王宮総務庁にはご挨拶申し上げており、その折りに有り難くもご登録をいただいております。ただ、皆様お忙しいようで未だお仕事を戴けておりませんので、こうやってお声掛け申し上げ、せめて少しでもお役に立てることはないかと探しておる所にございます。」

 

 さらに満面の笑みを浮かべて答える。

 大概の相手は、いくら話しかけてもこちらに一瞥をくれるだけで歩く速度を緩めることさえなく立ち去っていく。

 例え否定的な反応でも、反応があるだけまだましに思えた。少なくとも自分の事を話す機会だけは作れる。

 無視よりも嫌悪の方がまし、というやつだ。

 

「そんなことはどうでもいい。いいからちょっと来い。」

 

 いきなり手首を掴まれて引っ張られる。

 不審者として連行されるのか? もしかするとこうやって奥に連れ込まれて、怪しげな仕事を受けることが出来るならいいのだが。

 ・・・いやそれはないか。

 それよりも、例のクーデターを画策しているグループが、自分達の周りを嗅ぎ回っている不審者として連行していく可能性の方が大きいだろう。

 それならそれでいい。接触の糸口がやっと掴めたことになる。

 男は俺の手首を強く掴んだまま、それまで部屋だと思っていた出入り口を開けた。出入り口の先には、相変わらず何もかもが純白の通路が続いていた。

 男はその少し狭くなった通路をどんどん奥へと進んでいく。

 

 

■ 1.9.2

 

 

 ブラソンはヘッドセットを外してベッドの上に置いた。

 身体を起こし、ベッドから降りる。

 喉が渇いた。ついでに食事をしておこうと思った。

 

 惑星ハフォンとその環状ステーションであるハフォネミナ上の大概のシステムは墜とした。

 そこには軍のシステムや王宮のシステムも含まれる。

 もちろん常にアクセスしているわけではないが、その気になればいつでも何の問題もなく完全な管理下に置くことが可能だ。

 いざというときのための色々な仕掛けも相当数仕掛けた。

 これらの「仕掛け」は、普段はほとんど何の意味もないゴミの様なファイルとしてネット上に転がっている。

 だが、ブラソンからの指令を受けて統合プログラムが起動したとき、分割されたファイル同士が変換され、結合されて本来の姿を取り戻す。

 攻撃用のプログラムなどをいかに無害なものに見える様に分割変換するか。このアルゴリズムを作成するのがブラソンは得意だった。

 一通りの保険をかけ終わったあと、今は本来の仕事に戻って、王宮を中心としたクーデター計画の詳細情報について、ネット上に半自立型のPGボットを飛ばして洗い出しているところだ。

 

 ネット上には数千というブラソンが放ったボットが走り回っているが、クーデター計画に関しては未だ確実視される情報を得られていなかった。

 ハフォンとハフォネミナを対象として検索をかけ始めてすでに三十時間以上経過している。

 ここまで何も拾えないと、クーデター計画など本当に進んでいるのか、と疑いたくなる。

 リフトの前に着くのと、リフトからミリが出てくるのが同時だった。

 

「あら。お出かけ?」

 

 ミリの声にわずかに棘があるのが判る。

 無理もない。マサシの方もブラソンの方も、どちらからもこの四日、まだ目立った成果が上がっていないのだ。

 上から嫌味の一つでも言われているのだろう。

 

「喉が渇いた。ついでに腹も少し減った。」

 

「そう。私もつきあうわ。少し話したいこともあるしね。」

 

 話したいこと、の内容はなんとなく想像が付いた。

 ブラソンは、好きにすれば良いさ、という表情で自分をじっと見ているミリの横を通りリフトの中に入った。後ろから、ミリが着いてくる足音がする。

 八階のレストランに入り、固形食と栄養飲料を取る。

 白いパッケージがベンダーから出てくると同時に、出てきたカップの中に薄オレンジ色の液体が注がれる。

 少々栄養過多になるが、少し疲れ気味の頭が養分を欲している様な気がした。

 カップとパッケージを持ってテーブルに着く。パッケージを開け始めたところで、水の入ったカップを持ったミリが向かいに座った。

 

「今、どこまで進んでるの?」

 

 少し険しい顔をしたミリが正面から訊いてくる。

 

「今朝話したはずだぞ。王宮のネットワークを攻略中だ。」

 

「で、本当のところは?」

 

 ブラソンは、仕方ないな、という風にため息をついた。

 

「王宮は墜とした。現在は監視下にある。目下のところはこの星の上のデータを調査中だ。クーデターの詳細情報を探している。」

 

 今朝、行動開始前に三人で食事を取ったときには、王宮は攻略中だとブラソンは報告した。

 マサシが信用できないわけではない。

 しかし、洗脳されて敵側の組織に寝返ることが計画に入っているのであれば、そのマサシに最新の詳細な情報を与える必要はなかった。

 最新情報をもたれたまま寝返られるのは、さすがに痛い。

 

 しかしミリはブラソンに、最新情報をマサシに対して隠せとは言わなかった。ブラソンのマサシの個人的な繋がりを考えると、二人の間に隠し事を作れと情報軍から言われることは、例えその理由が理屈で分かろうとも、情報軍に対する不信感を植え付けることになりかねない為だった。

 

 ミリはすでに見抜いていた。

 ブラソンとマサシの関係は非常に強く、ブラソンはこの作戦を必ずマサシと共に生き抜けるように動くはずだ、と。

 そのためにはブラソンは、例えマサシに嘘をついてでも、最終的に二人とも成功して生き残る可能性が高い道を選ぶはずだ、と。

 そしてまさにブラソンはそのように行動した。

 相手が相手だけに、そのあたりは見抜かれて手のひらの上で踊らされている感があった。

 裏の裏まで読んで行動した結果とはいえ、国家機関に良いように操られているようで、そして連中は自分を上手く操っているものとほくそ笑んでいることだろう、という胸くその悪さに出たブラソンの溜め息だった。

 

 まあいい、と流動食を一気に嚥下するミリを見ながらブラソンは思った。

 今は情報軍に手玉に取られているように振る舞おう。

 情報軍がネット上でのこちらの動きをどこまで正確に掴んでいるかは分かっていないが、まさかすでに全星を掌握可能なところまで来ているとは思っていないだろう。

 生き残るためには相手よりも必ず数歩先を進んでいる必要がある。

 

 マサシに言わせれば侘しくて悲しくなる食事を終え、ブラソンは自室に戻った。

 ヘッドセットをかぶり、ネットに接続する。

 自分のバイオチップのアクセスログと、MPUとのログを比較する。一文字も齟齬がない。

 接続時に必ず行うルーチンだ。もし自分よりはるかに腕の良いハッカーが侵入した場合、MPUのログさえ書き換えられてしまう可能性があった。

 それに対して、バイオチップ上のログは絶対に書き換えられない。

 バイオチップのログとMPUのログが完全一致すると言うことは、MPUへの侵入が無いと言うことだった。

 

 さらにMPU周囲に展開している防壁のログも確認する。

 何回か外から叩かれたようだが、通常のはぐれ信号のようだった。統制もパターンも見られない。防壁の操作ログもMPUログと一致する。

 それはつまり、情報軍はまだこちらの本体の居場所を掴んでいないと言うことであり、それ故こちらの行動の全貌は掴まれていないだろうと推察することが出来た。

 ルーチン手順を終え、意識をネット空間に飛ばす。

 さて。

 ハフォン各地のデータ検索は全てプログラム達に任せ、次は艦隊のネットワークに取りかかるとしようか。

 ブラソンは惑星上ネットワークから離れ、ハフォネミナネットワーク群に入り込んだ。

 

 

■ 1.9.3

 

 

「上級連隊長殿。申し上げます。」

 

 一人の男が扉を開けて話しかける。

 机の上に展開投影したスケジュール表に向かって、頭の中で複雑なシミュレーションを行っていた彼の意識を急速に現実に引き戻す。

 無理のない動作で、展開していたスケジュール表をさりげなくクローズする。

 符丁を使って作成してあるので、他者が見ても内容を理解出来るとは思わないが、この大切な時期に万が一にも情報が他に漏れる事は避けたかった。

 

「どうした。手短に。」

 

 ドアを開けて直立不動で敬礼している男に視線を向ける。

 

「お耳汚しにて恐縮です。ここ数日、少々怪しげな男が宮城内をうろついて居ります。警戒レベル8エリア外にお出かけの際にはご注意ください。」

 

 警戒レベル8であれば、一般の工事業者や庭師と同等のレベルだ。

 そんなところまで彼が出向くことはまず無い。

 くだらないことで邪魔をするなと一喝したくなったが、セキュリティ維持管理が連中の仕事だ。この程度のことでも注意事項として伝達しておかねば職務怠慢の謗りを受けるだろう。

 

「承知した。ご苦労。」

 

「失礼致しました。」

 

 警備兵は部屋を出て行った。

 不審人物か。

 情報軍が何かを掴んでいるのは間違いなかった。

 どこまで掴んでいるかが分からなかった。かといって、情報軍の人間をさらって来るわけにも行かない。

 三週間ほど前、ハバ・ダマナンで起きた小競り合いの報告は彼のところにも届いていた。

 王宮諜報局がスカウトした現地工作員の勇み足だった。あれは拙かった。

 情報軍が何かを掴んでいることにこちらが注目している、ということをバラしてしまった。

 こちらの現地工作員も返り討ちに遭ったが、幸いのところダマナンカスに駐留していた情報軍の将校達は全て片付ける事が出来たため、目撃者がいないことがせめてもの救いだった。

 

 ふと思いついて、携帯端末で王宮警備の大隊長を呼び出す。

 

「承ります、上級連隊長殿。」

 

 通話はすぐに繋がり、大隊長の溌剌とした声が聞こえた。

 

「頼みがある。先ほどそちらの連絡係から、ここ数日宮城内をうろついている不審者の報告を聞いた。捕まえて、連絡をくれないか。」

 

 大隊長の返答に一瞬間があった。その間に、彼はいぶかしげに眉をひそめた。

 

「その、すでに捕らえてあります。」

 

「随分手際が良いな。何かあったのか?」

 

「いいえ、何事もありませんでした。ただ、宮城内の多くの部署から当該不審者に関する苦情を受けておりましたところ、偶然小官がその不審者から呼び止められましたので、少々注意を行うために警備詰め所まで連行した次第です。現在も当該不審者の身柄は、こちらの詰め所にて確保してあります。」

 

 なるほど。それは都合が良い。

 

「どこの者か分かるか?」

 

「はい。民間運送会社の社長で、テランとのことです。」

 

 ・・・テランだと?

 

 

■ 1.9.4

 

 

 真っ白い廊下を通って連れて行かれた先は、これもまた真っ白い部屋だった。

 足跡一つ、汚れ一つ付いていない真っ白い部屋の中に、真っ白い椅子が一脚だけ置いてある。そこに座らされた。

 座った椅子もひんやりと冷たかった。壁と同じ、セラミクスかそれに類似したものの冷たさを感じる。

 俺をこの嫌味なほど純白の部屋に連れてきた男は、俺を椅子に座らせるとすぐに部屋を出ていった。

 それから当分経つが、誰一人部屋に入ってこないし、部屋の外からの物音も聞こえなかった。

 落ち着かない。

 

 この三日間、何の手がかりも得られないまま王宮とホテルを往復する毎日だった。

 それで少し焦っていたのかも知れない。ホテルに帰ってわびしい晩飯を食うときには、必ず三人そろってその日の報告会を行っていたが、昨夜のミリは明らかに苛立っていた。

 ブラソンが王宮のネットワークに思いの外手こずっていることと、俺がこの三日間ほとんど何の成果も出せていないことがその原因であることは明らかだった。

 そのミリを見ていて、少し焦りを感じていたのかも知れない。

 

 今のところ決定的に拙い雰囲気は感じないが、自分が今敵の本拠地のど真ん中で、妙な小部屋に監禁されているというのは事実だ。

 下手に他の銀河種族よりも戦闘能力の高い地球人だと云うことも、慢心を招いている原因である気がする。

 地球人がいくら戦闘能力が高いとはいっても、非常によく訓練された特殊陸戦部隊の兵士などには、地球人の戦闘能力を凌駕する者もいる。

 そもそも多人数で囲まれれば反応速度のアドバンテージなど有って無いようなものだ。

 過信は禁物だった。

 

 などと今更ながらに取り留めのないことを考えていると、先ほどの男が戻ってきた。

 この何もかもが純白の落ち着かない空間に一人で放置されるくらいならば、俺を尋問する目的の男でもいる方がましと思えてきた。

 なるほど。この純白の部屋はそうやって口を軽くさせるための心理的効果を狙った部屋なのかも知れない。

 

「もう少し詳しい話を聞かせてもらおうか。」


「はい。何なりとお尋ねください。」


「出身は地球テラだったな。」


「はい、そうです。」


「なぜハフォンで商売を始めようと思ったのだ。」

 

「ハフォンは地球と同盟国です。また信仰をお持ちだ。商売を始めるのに、他国よりも幾分やり易いと思いました。」


「地球ではだめだったのか?」


「広い世界を見てみたかったのです。なので、船乗りになりました。ここで地球に帰って商売を始めては、意味がないでしょう?」


「なるほどな。で、なぜいきなり王宮と取引をしたいと思ったのだ?」


「王宮は、ハフォンの最高機関です。王宮と取引が有ればこれ以上の信用はありません。」

 

「ふむ。まぁ、気持ちは分かるがな。しかし実際の所、貴殿のここ数日の動きに対して王宮内では苦情が上がっていた。これでは仕事がやりにくくなることは有れども、仕事を取ることは叶わんだろうな。」


「なんと。これは大変ご迷惑をおかけいたしました。申し訳有りません。そのようなつもりは有りませんでした。私は、みなさまのお手伝いが少しでも出来ればと思っておりました。まさか逆にご迷惑をおかけしていたとは。」


 何とも上っ面を滑るような会話ばかりが続く。不審者に対する尋問としては妙に手ぬるい。まるでよく知った間柄で世間話をしているようだ。

 有無を言わさずこの部屋に引っ張ってきた時とは随分扱いが違う。

 つまり、どうでもいい会話をして時間を引き延ばしているとしか思えない。なぜ、時間を引き延ばさねばならないのか。つまり、誰かが来るのを待っているのだろう。

 詰問されないという事は、待っている相手は警備関係ではないな。これはひょっとすると・・・

 

 

■ 1.9.5

 

 

 部屋のドアを開けて一人の男が入ってくる。

 

「お忙しいところお手を煩わせ申し訳有りません、上級連隊長殿。」

 

 室内にいた男二人が立ち上がり、右手の拳を左胸に添える敬礼をする。

 上級連隊長と呼ばれた男は同様に右手の拳を左胸に添える動作で返礼した。

 

「ご苦労。この男がそうか?」


「はい、上級連隊長殿。左様でございます。」

 

 壁には、隣の部屋で警備隊の大隊長に尋問されている男が映っている。

 

「テランだと云ったな。経歴は?」

 

「はい。会社登録簿からの社長略歴を表示致します。」

 

 二人の内一人が答え、それと同時に壁に略歴を記したウィンドウが開く。

 男は略歴に目を走らせる。気になる特徴がいくつか見つかる。

 

「民間のパイロットか。テランの。ふむ。これは使えるな。」

 

 男は、壁に投影されている二人の会話をしばらく眺めていた。

 

「そのままその男を確保しておけ。少し外す。」


 上級連隊長と呼ばれた男は部屋を出ていった。そしてしばらくして戻ってくる。

 

「すぐにダナラソオン師がお見えになる。師がお見えになったら、おまえたちは席を外せ。」

 

「承知致しました。」

 

 それから十分と経たない内に、一人の男が静かに部屋に入ってきた。

 白い簡素な上下の服に、光を受けて微妙に光沢を発する白い法衣のようなものを被っている。

 法衣にはハフォン王家の紋章、ハフォンに自生する樹木であるメドルの花の図案化された紋章が縫い取られている。

 銀の単色で縫い取られたその紋章は、王家の血筋ではないが、王のごく近しい側近であることを示している。

 顔や手などの皮膚の露出部分を見れば、それなりの高齢であろう事が想像できる。

 しかし背中も曲がっておらず、光沢を失い皺の目立ち始めたその手から想像するよりはるかに動作もきびきびとしていた。

 

 その白い法衣の男が入ってくるのを確認すると、尋問部屋の状況が投影されている壁の前に座る二人の警備兵は立ち上がり、敬礼をして黙って部屋を出ていった。

 

「ああ、キュロブ上級連隊長。知らせをありがとう。この男かな?」

 

 白い法衣の男は、壁に投影されたマサシを見る。

 その声も、顔からは想像付かないほど若々しかった。顔から想像する年齢は地球人にして70歳程度、しかし声や体の動かし方から想像する年齢は50歳程度といったところか。

 マサシはまだ尋問部屋の中で尋問を受けているが、その質問の内容はすでに取り留めのない世間話の様相を呈している。明らかに時間の引き延ばしだった。

 

「はい。ダナラソオン師。ご足労お願い申し上げ大変恐縮に存じます。この男、テランの民間パイロットとのこと。今我らの手元にある軍のパイロットとはまた別の柔軟な使い方が可能かと思料致しました。如何でしょうか。」

 

「いつも貴殿の目利きには感心させられるばかりだ。確かに貴殿の言うとおりだ。計画実行前には軍のパイロットは少々動かしにくい。ましてやずっと手元に置いて置くわけにも行かぬ。彼ならそれが可能だろう。礼を言う、キュロブ上級連隊長。」

 

 ダナラソオンと呼ばれた男は、微笑みながら映像の中でにこやかに応対するマサシを眺めている。

 

「もったいないお言葉にてございます。では、この場で施術なさいますか?」


「そうだな。そうしよう。」

 

 ダナラソオンはそう言うと、少し眉根に皺を寄せ、軽く右手を上げる。しかしそれも一瞬で、すぐに右手を下げた。

 

「もう彼は我々のものだよ。キュロブ上級連隊長。」

 

 そう言って、ダナラソオンはにっこりと笑った。

 

「変わらずお見事なお手並みにてございます。」

 

 そう言ってキュロブは目線を下げて礼をした。

 


いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

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