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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues)
85/264

11. 夜の街 南スペゼ


■ 4.11.1

 

 

 ブラソンからの連絡を受けて、アデールと俺はまた上陸の準備をしていた。

 準備とは言え、アデールの様に柔スーツがあったり、携帯火器があったりするわけでは無い俺の場合は、先に孤児院の前に落としてきたものと同じ、リモコンに見せかけたナノボットの固まりをポケットに入れておくだけだが。

 俺たち二人は再びペニャットからビークルに乗って南スペゼに降り立った。余り頻繁に行き来していると目立ってしまって、イミグレーションから追跡を受ける可能性もあるが、まだ二回目であるのと、レジーナとスペゼ市との間の移動時間は約一時間程度であるので、ホテルに宿泊せず用事が終わる毎にレジーナに戻ってきてもそれ程おかしな時間的距離では無い為、例えイミグレから注目されてしまっても、すぐに監視対象から外れるだろうという推測も有り、またもし万が一止められて誰何されたところで言い訳も立つ。

 

 ダバノ・ビラソ商会は南スペゼの中心地近くに事務所を構えている様だった。

 ブラソン達はダバノ・ビラソ商会に侵入して、何か手がかりになるものを探し回ったが何も見つからず、結局分かった事と言えば、その商会が表向き加工用生鮮食材と加工食品を中心に国外と取り引きを行っていると言うこと位だった。

 しかし孤児院の侵入警報はこの商会が受け取っている。

 たとえば表の顔で孤児院を支援しているのであれば、その情報は孤児院の中のみならず、市中においても幾らでも見つかる筈であり、そうではなく裏の取り引きであるからこそ、孤児院も商会もお互いについて一切記録を残していないのだろう。

 裏で強く繋がっているのであれば、一見繋がりの無さそうなこれらの二つの組織が、非常に酷似したスタイルのセキュリティーを構築している事も納得できる。

 

 そして、ネットワーク上で有用な情報が得られないので、俺たち実働部隊がもう一度現地に乗り込む事になった。

 もちろん直接乗り込んでいって「あんた達は孤児の売買を行っているか?」などと尋ねても答えてくれる筈も無いし、そんなバカなことをするつもりも無い。

 アデールは南スペゼで心当たりのある情報屋をいくつか当たってみる事になっており、俺はというと街中での聞き込みを行う事になっている。

 多分、俺の方は空振りに終わり、何らかの情報が得られるとすればアデールの方だと思ってはいる。

 しかし下手にダバノ・ビラソ商会やそのバックに付いている組織が大物だった場合、例え大金を積んでもその息のかかった情報屋が情報を寄越さない、それどころか情報屋に探りを入れた時点で通報される、という可能性がある。通報されればそのまま実力行使に雪崩れ込む可能性が高く、アデールは情報収集どころではなくなるだろう。

 その場合、利害関係に無い人間を引き当てる可能性がある分、街中での方が有用な情報を得られる可能性があるという保険的な意味合いでの俺の行動となっている。

 どうにも嘘か本当か判断つかない様な理屈なのだが、こういうことに関してはアデールがプロだ。 俺はアデールの案を受け入れることにしたのだった。

 

 レジーナを出た俺たちは、再び問題無くイミグレーションエリアを通過し、ビークルで南スペゼ中心街へ降り立った。

 アデールはまた濃紺にピンストライプのタイトスカートスーツを着ており、俺はシャツにズボンの普通の出で立ちだが、上着代わりにレジーナスカジャンを羽織っている。

 アデールも俺も、南国のリゾート地に降りるには余りに暑苦しい格好なのだが、武器を隠して街中を歩く為にはどうしても上着が必要だった。

 

 ビークルから降りた俺たちは、手近な路地に入り込み、都合良くガラクタやゴミが積み重なる路地の奥で、それらのガラクタを資材にして俺が携帯するAR2D4M-SMG、SMGを入れておくショルダーホルスタ、刃渡り20cmほどの振動ナイフを調製した。

 ハンドガンより一回り大きいだけのこのSMGは、ショルダーホルスタで肩から吊っても余り目立たずスカジャンの膨らみの中に隠れてくれる。治安の悪い場所で銃を見せながら歩くと、ただそれだけで自分自身の安全を低下させる事に繋がる。

 そもそもハフォンは国内での銃器携帯を認めていないはずだった。銃を持っているところを軍か警察に見られると面倒なことになる。

 俺が作業している脇で、アデールも同様にSMGにハンドガンとナイフとハンドグレネードを調製していた。どう見てもはなからヤクザに襲撃されることを想定している、というよりも今からカチコミに行こうとしているとしか思えない重武装だった。

 

 路地を出て、俺たちは二手に分かれる。

 視野の端にAARで周辺マップを表示させる。

 

「ブラソン、聞こえるか。今アデールと別れた。聞き込みに入る。」

 

 ブラソンとノバグはすでに音声通話だけでなくデータ通信も可能になっている。この国出身で多少の土地勘もあり、レジーナに詰めるこの二人が俺たちの指令塔役だった。

 

「お疲れさまです。ノバグRです。サポート致します。失礼してレジーナ操船システムI/Fからの信号転送で視覚情報をモニターしても宜しいでしょうか?承認願います。」

 

 ブラソンではなく、ノバグから音声で返答がきた。

 

「ああ、許可する。よろしく頼む。さて、この近くに都合の良さそうなバーか何かはあるかな。」

 

 俺は辺りを見回してみた。

 すでに陽は大きく傾き、夕方と言って良い午後も遅い時刻だ。

 通りの大半は既に建物の影が埋めており、陽光は街並みを形作る建物の上部にさしかかっているのみだった。

 今朝ブラソンと訪れた時には、通りに面した店はどこも未だ扉を閉ざしており、まるでゴーストタウンであるかの様に人通りもなく閑散としていた筈のこの南スペゼ市街が、街が目覚める時間を迎え、ひとつまたひとつと商店は明かりを灯し扉を開け始め、それに誘われる様にしてまだ熱気のこもる夕方の街に人々が繰り出し始めていた。

 未だ全ての店が開いた訳ではなく、道行く人々もまだ目的も定まらずふらふらと彷徨っているだけの様に見えるが、それでも時が経つにつれて徐々に密度を増す人通りと、辺りが暗くなって行くに従って徐々にその鮮やかさを増していく通りに面した店々の明かりは、これからの時間が本来この街が活動すべき時間なのだと、鮮やかな明かりで縁取られた店とそこを訪れる客とで少しずつ高まっていく合唱を歌い始めているかの様に見えた。

 

 朝に比べて、明らかに街全体が活気付きざわめいている。それはまるで、昼間熱帯の太陽の熱をため込んだ街が、夜に向かって下がる気温を補填するかの様にその熱気を自らが吐き出しているかのようにも見える。

 地球でも夜の街の顔を持つ場所では、昼間はまるでゴーストタウンの様な寂れた街に見え、夜の帳が降りる頃にその様相を変えて煌びやかで活気付き、熱気の渦巻くまるでお祭り騒ぎが毎夜続いている様な、そんな街がある。

 この南スペゼという街は、地球のそのような街に負けないほど、夜になれば活気づく街であるらしかった

 

「前方150m左側に、『バブダン』という有名なバーレストランがあります。そこは如何でしょうか?」

 

 バーレストランか。個別のテーブルや個室になっていると、店員や他の客に話しかけづらいので、出来れば地球式のバーカウンターに似たものがあるところが良いのだが。

 パイニエを含む多くの銀河種族の国では、地球の様に観光ガイドやガイドブックが充実しているわけでは無いので、そのバーレストランがどういうタイプの店でどれくらいの大きさなのか、どういう形態なのか、といった情報をネットワーク上から得ることが難しい。

 取り敢えず、当たりを付けた店を覗き込んでいくしか無い。

 俺はその「バブダン」という名の店の前に立ち、金属製のドアを開けた。

 

 入り口から見て右側に料理が並び、フロアの左側半分をテーブルと椅子が占めている。これは地球で言うところのいわゆるビュッフェスタイルとに近く、一度料理を手に入れてテーブルに着くと、その後は店員や他の客とのコミュニケーションを取ることが難しくなる。

 サービスという考えに疎い多くの銀河種族の国では、このようなビュッフェスタイルのセルフ方式のレストランや、地球でフードコートと呼ばれるタイプの様な、注文した料理をカウンターで受け取った後に自分で適当に席を探して勝手に着席して食事をする、というスタイルの店が結構多い。サービスを無視すれば、それがもっとも効率が高いからだ。

 いかにコストパフォーマンスが高かろうと、今現在の俺の目的に合わない店を出る。

 

「ノバグ、店員や他の客と会話できる店が良い。そう言う店を探してくれ。」

 

「店員と会話できる店ですと、周囲にたくさんあるサービスバーが該当します。客同士のコミュニケーションであれば、同様に出会いバーが周囲にかなりの数存在します。」

 

 何となくどういう店か想像付くが、ノバグに聞いてみる。

 

「それはどんな店だ?」

 

「サービスバーは、客一人に女性一人が付いてサービスをしてくれます。女性のテイクアウトも可能です。出会いバーはその名の通り、店が場所を貸す形で、客同士が出会いを楽しむバーです。いずれのバーも、コミュニケーションを楽しむと言うよりも、今夜の相手を捜す事が主目的のバーですね。」

 

 観光客相手にこの街の裏社会の探りを入れても仕方がないだろう。この街で働いている者なら、たとえそれが娼婦でも、ダバノ・ビラソ商会について何か知っている可能性もある。

 アデールの情報収集ほど期待できないとは言え、はずれと分かっている玉をわざわざ選んで引きにいく必要も無いだろう。

 

「ノバグ、一番近いサービスバーの場所はどこだ?」

 

「前方20m、左側に『パゾバ』という人気店があります。そうです、その紫とピンクの明かりで縁取られた店です。」

 

 俺の視覚情報をモニタしているノバグが、指示した店に俺が焦点を合わせると、その店が正しい目標であることを知らせてくれる。

 とりあえずその店に入ってみよう。アデールとは違い、俺の方の聞き込みは当たりを引き当てる確率が低い分、数をこなした方が良い。

 俺はその「パゾバ」という名の、派手な明かりに縁取られた扉を持つバーの入り口に立った。

 

 派手なドアがスライドすると、エアコンの効いた冷たい空気とともに重低音のビートが利いた音楽が、まるで叩き付けるかのように飛び出してきた。扉の向こうに数m通路があり、その先に布のカーテンが掛かっていて店の中は見えない。

 通路の壁と空中に、AAR表示で店で働いている女の画像付きの紹介パネルが表示され、視野正面に店のシステムについての案内と注意書きが大きく表示される。軽く目を通して内容を把握した後に右手で払うと、案内文のウィンドウは消えた。

 通路を進み、布のカーテンを左手でめくり上げる。多分、この通路を歩いている間に店側は客のチェックをしているに違いなかった。この街ではまだなにも問題は起こしていない。カーテンの向こうからいきなり厳つい黒服が現れる様な事はないはずだ。

 

 店の中は薄暗く、様々な色のホロライトが腹に響く大音量の音楽に合わせて大量に空中を飛び回っている。フロアの中央にひときわ目立つオブジェがあり、何枚ものホロモニタがその表面に張り付いて、殆ど裸の女のダンス映像や、いかにもリゾート然とした強い陽光が降り注ぐ真っ白い砂浜とセルリアンブルーの透き通った海の映像などを流している。

 オブジェの周りにはフロアから数十cm程度高くなったステージがしつらえてあり、ステージの上では水着と言うにも余りに面積の小さな布で体の数箇所を隠しただけの女が四人、音楽に合わせて激しく踊っていた。

 壁にはこれもAAR表示で窓が設置されており、窓の向こうには衛星軌道を高速で回る宇宙船から撮影したと思われるパイニエの地表が流れていく画像や、音速の数倍で飛んでいる航空機から撮影したと思われる雲海の画像などが映し出されている。

 

 AARの窓の下には、安っぽい派手な色のドレスや、ステージ上の女に負けないほどの露出度の水着や、下着だけ、もしくは薄く中が透ける衣装など、様々な扇情的な服装の女が壁に張り付いてお互い話をしながら、視線だけは新たに罠にかかった獲物である俺の方に向けている。

 フロアに置いてあるテーブルの一つに着くと、壁際の女達よりも少し年上で少し地味な服を着た中年と言って差し支えない年齢の女が近寄ってきた。女が俺の近くで手を振ると、女と俺の間の空中にドリンクメニューが表示された。

 

「何にする?どの子がいい?」

 

「イバーズをくれ。女は適当に呼ぶ。チップを五万もらえるか?」

 

 メニューの中にパイニエで最もポピュラーなビールに似た酒を見つけ、それを注文して中年女を追い払う。情報収集したい内容については、壁に張り付いている若い女達よりも、メニューを取りに来た中年女の方がよく知っていそうな気がするが、中年女の方をテーブルに座らせるのは目立ちすぎる。

 騒音と暗がりを飛び回るライトの中、プラスチックのボトルに入ったよく冷えたイバーズと、棒状のチップを中年女がテーブルに放り出して戻っていった。

 銀河中、どこに行ってもこの手の店のシステムはだいたい似通っている。今俺の手元にあるチップを連れ出した女に渡すと、それを受け取った女は仕事が終わり店に戻ってから店にチップを戻す。女は受け取ったチップ分だけ店から金を受け取る、という流れだ。

 ボトルからイバーズを数口飲んで、おもむろに辺りを見回す。

 壁に張り付いて待機中の女を俺が物色している間、女達もこちらを伺って俺を品定めしている。支払いの良さそうな客か、妙な性癖を持っていそうにないか、面倒な奴ではないか、どれだけ金を絞り取れそうか。そんな女達の目線と何度も目が合う。

 超音速で流れる雲海の窓のすぐ下に座っている女に手招きする。

 他に居並ぶ女達よりも少し年上で、こちらを見る眼に力があり、そして他の女に比べて服装が幾分地味だった。

 

 俺に手招きされると、女の表情がぱあっと明るくなり、満面の営業スマイルをたたえた女はまるで踊るようにフロアの椅子とテーブルの間をすり抜けながら俺のテーブルまで歩いてきた。

 女は俺の隣の椅子に座るのかと思いきや、いきなり俺の膝の上に座って抱きついてきた。地味な服装に似合わず派手な営業をする女だった。

 女が付けている香水が甘く香る。

 

「あたしデミザナ。お客さん、ホテルどこ?」

 

 殆ど鼻先が接触する距離にまで顔を近づけた女が言う。デミザナという名前は、女が歩いてくる途中に胸元にホロ表示されていたので知っている。

 客の宿泊するホテル名は営業上の重要な情報だ。宿泊しているホテルの格で、客の懐具合も分かる。余りに劣悪な衛生状態のホテルであれば、同行をやめるべき時だってある。

 

「ホテルはまだだ。今から決める。ショートで良いか?」

 

 とたんに女の表情に影が差す。

 俺の手元にあるチップは五万。翌朝までのロングタイム料金に相当する金額だ。ロングタイムの稼ぎだと思って近づいてみれば、ホテルは決めていないし、ショートタイムで良いかと尋ねられる。ショートタイムの稼ぎしか得られない事に対してか、ショートタイムのくせに五万ものチップを持つ俺が何か特殊な要求をしてくるのではないかと警戒しているのか。

 確かに、特殊な要求ではあるのだが。

 

「安心して良い。おかしな事を頼むつもりはない。少し話し相手になって欲しいだけだ。」

 

 それでも女の表情は晴れない。

 

「まさか、警察?」

 

「違う。船乗りだ。この星は初めてで、この街ももちろん初めてだ。いろいろ勝手が分からなくてね。そうだな、情報料と言ったところだ。心配しなくて良い。」

 

 とりあえず、表面上は女の表情が戻った。多分、内心ではまだ警戒している。

 

「あたしも何か飲んで良い?」

 

 女が少し上目遣いに尋ねてくる。もちろん、俺の支払いだ。

 

「ああ、構わない。部屋に行こう。その方が落ち着いて飲める。」

 

 女は俺の膝の上から飛び降りると、先ほどオーダーを取りに来た中年女に耳打ちをして戻ってきた。

 俺の前に戻ってきてまたにっこりと笑った女は、俺の手を取り立ち上がるように促した。女に手を引かれるままにテーブルを離れる。

 まさか、衛星軌道からのパイニエの夜景を映すAAR窓に隠れて、二階に通じる階段があるとは思わなかった。


こういう夜の街って好きなんです。どこか胸がざわざわするようなあの妖しい雰囲気と、心の底から落ち着ける闇と。

実は南スペゼは昔住んでいた街をモチーフにしています。サービスバー「パゾバ」も、実際に存在する店をモチーフにしています。

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