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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues)
84/264

10. アノドラ・ファデゴ矯正孤児院


■ 4.10.1

 

 

 俺達が船に戻ってしばらくすると、アデールも戻ってきた。

 アデールは、最新型、少し古いが大量に出回った型の二種類で、それぞれ一般に流通している端末と、IDがクラックされている所謂非合法端末の、計四台の端末を購入してきていた。

 ブラソンはその四台の端末を持って、すぐに部屋に引き籠もった。

 

「何か面白い情報でもあったか?」

 

 基本的には、アデールの「郵便配達」の仕事の方は不干渉としている。干渉しようとも何をやっているのか良く分からないし、それにそもそもそちらが奴の本業だ。

 

「アノドラ・ファデゴ矯正孤児院について少し聞き込んでみた。評判は良くないな。どうも裏社会との繋がりがある様なのだが。」

 

 どっかりと深くソファに腰掛け、足を組んだアデールがサングラスを外す。ルナがアイスコーヒーをサイドテーブルに置き、アデールは礼を言って早速グラスを持ち上げ、氷の音をさせてコーヒーを飲んだ。

 

「孤児院が裏社会と繋がるなど、嫌な想像しか出来ないのだが?」

 

 俺は微妙に顔をしかめながら言った。

 子供というのは、銀河中どこに行っても裏社会では引っ張りだこだ。

 寿命延長用の培地であったり移植先であったり、クローン用の素材を取るにしても経年劣化していない遺伝子は異常を発生する確率が低い。ヘイフリック限界、所謂細胞の寿命もまだ長く残っているため、わざわざ特殊な処理をせずとも長く使える細胞が取れる。一部の器官のみを急速に成長肥大化させて人体由来の化学物質を採取するにも好都合だ。そもそも愛玩用、観賞用、場合によっては標的や解体用、その他特殊用途としても孤児ならば好都合だろう。

 

「ああ、私もそう思う。ブラソンには悪いが、すでに孤児院から出荷されている可能性が高いだろう。」

 

 バディオイが奴隷落ちして半年。つまり、エイフェが孤児院に収容されてからも、半年。

 ブラソンは、エイフェは母親似にて美人だろうと言った。見た目の可愛い少女が、半年も売れ残るとはとても思えない。

 孤児院から出荷されてしまえば、運良く愛玩用や観賞用とされているならまだ生きているだろうが、素材として切り刻まれていれば、勿論もう命は無いだろうし、運が悪ければ細胞の一片も回収できない可能性も高い。

 

 ブラソンは多分、この孤児院が裏社会と繋がっている事を知っているのではないだろうか。だからアデールが戻ってきて、ひったくる様にして端末を受け取りすぐに部屋に籠もったのだろう。

 奴の努力が無駄にならない事を祈るしかない。

 

 

■ 4.10.2

 

 

「ノバグ、手伝ってくれ。端末を二つクラックする。」

 

 アデールから受け取ったパッケージを持ってブラソンは部屋に入るなりノバグに呼びかける。

 ノバグは部屋の隅に置かれたサーバの中にいるが、基本的に行動は自由だ。船内のネットワークを適当にうろついて、レジーナやニュクスと遊んでいるはずだが、ブラソンの室内は常にモニタしている。

 

「承知しました。ネムソアン社のBB087とBAC015端末ですね。アデールから連絡を受けて、すでに図面は手に入れてあります。」

 

「上出来だ。状況は分かっているな?」

 

「まずこれらの端末をクラック、BB087端末でステルス侵入。BAC015端末で通常のドメスティックアクセス。BB087で孤児院前に設置されているナノボットクラスタを使って侵入用ボットを作製し、孤児院に侵入。BAC015は調査用にブラソンにお任せします。」

 

「ニュクスを呼んでくれ。BAC015を容量アップしてノバグゼロを常駐させる。」

 

「諒解です。ニュクス五分後に来ます。BB087端末IDクラック終了しました。レジーナIDをスキップしてドメスティックにダイレクトに接続、侵入します。」

 

 ブラソンは赤い筐体を持った手のひらサイズの携帯端末であるBAC015を分解にかかるが、上手く行かない。この手の携帯用端末は堅牢性を向上するために分解を想定していない。ニュクスを待つしかない。

 その間にもノバグRによるドメスティックネットワークへの侵入は進む。

 

「ドメスティックネットワークに接続。IDマスキング問題ありません。防衛拠点構築、ノバグR001~005展開。孤児院前のナノボットクラスタ・・・発見しました。接続起動します。起動しました。周囲の素材を使用して、侵入用ナノボット一万機を製造します。必要時間8分16秒・・・風向きが良くありませんね。ナノボット散布用キャリアも同時に作製します。必要時間11分35秒に延長。」

 

 ノバグが孤児院前に落としてきたナノボットクラスタを見つけて起動する。元々銃器を作製するためのナノボットであるので、設計データさえ入れ替えてやればどんなものでも造れる。

 そうしているうちにニュクスがブラソンの部屋のドアを叩いた。

 

「なんぞ手助けが要るんかや?」

 

 ドアを開けて部屋の中に歩き入りながら、不敵な笑いを浮かべたニュクスがブラソンに問う。

 

「これがさっきアデールが手に入れてきてくれた汎用端末だ。ハード的にクラックしたい。手伝ってくれないか。」

 

「お安いご用じゃ。で?」

 

「容量を増やして、ノバグゼロを常駐させて、さらに通信速度を上げたいんだ。」

 

「なんじゃ、その程度かや。どうせ儂の手を借りるというなら、演算回路を多重化して全体的に性能を十倍位にしたらどうじゃ?」

 

「大きくなるのは困る。」

 

「問題無いわ。そのムダだらけの端末を貸してみや?」

 

 そう言ってニュクスはブラソンの前に右手を突き出した。

 ブラソンは赤色の端末をニュクスの手の上に置く。大人にとっては手のひらより少し大きい程度の端末なのだが、ニュクスの小さな手にはもちろん収まりきらない。結局端末を両手で受け取ったニュクスは、そのまま両手で端末を胸の高さに維持した。

 ニュクスの着ている白いブラウスの両袖から煙が湧き、携帯端末を包み込む。ニュクスの両手ごと端末が見えなくなり、そして一分も経たずして煙は再びブラウスの袖の中に消えていった。ニュクスの両手には先ほどと何も変わらず赤色の携帯端末が握られていた。

 

「ほれ、終わったぞ。」

 

 ナノボットの雲で包んだのだから、何らかの改造を行ったのだろうが、余りに速く、そして外見が何も変わっていないので、ブラソンは半信半疑の状態で赤い端末を受け取った。

 パワーを入れて、リンクを確立して、システムのスキャンを行って驚愕する。

 先ほどまで存在した少しもっさりとした感じのタイムラグが全く感じられない。スキャンして返ってきた情報は、確かにニュクスの言うとおり約十倍程度にもなっていた。ノバグを格納してまだ余りある。むしろ、この端末をノバグ専用端末としてしまいたい位の性能向上だった。

 

「驚いた。すごいな。どうやった?」

 

「メンテナンスフリー用に無駄に冗長になっておった所を切り捨てたのと、端末のケースそのものを変性・改造して多重化回路を組み込んだのじゃ。物理的強度が多少落ちるが、ま、お主の扱いなら問題無かろう。」

 

 そう言ってニュクスが得意げな笑みを浮かべる。

 確かに一般に販売されている端末はどのような使われ方をするか分からないので、故障対策として色々と冗長性を組み入れてある。ニュクスはそれを削除して必要な機能に絞った上に、ケーシングなどの空きスペースを使って複数の回路を組み上げ、端末の容量を向上させたと言っているのだった。

 ブラソンはハード屋ではないのでその改造の詳細なところまでを想像することはできなかった。しかし目の前に実際に容量が上がった端末がある。その性能向上は存分に利用させてもらうこととする。

 

「また用があればいつでも呼んでくりゃれや。それでは、がんばっての。」

 

 そう言ってニュクスは機嫌良さそうに部屋から出ていく。

 ブラソンはというと、そのようなニュクスの挨拶に適当に手を振って応えるだけで、すでに作業に没頭していた。

 

 まずはバイオチップからノバグゼロを端末に展開して、名称をノバグ00とする。ノバグ00が端末をスキャンし、環境条件を取り入れる。

 おもむろにHMDを取り上げ、自室のサーバーと接続し、ネットワーク作業用の3D表示を立ち上げる。

 サーバはすでにノバグRがもう一方のBB087端末を用いてパイニエのドメスティックネットワークに接続しているが、それとは別に赤いBAC015を経由してもう一つの回線を繋げる。

 マスクしたIDを使用して、ドメスティックネットワークに接続し、通常の接続プロトコルを走らせる。この辺りの作業は、昔毎日のように行っていたので手慣れたものだ。

 回線が確立し、目の前に3D表示されたパイニエのドメスティックネットワークが広がる。

 ふわりと青色の光点が近づいてきて、ブラソンのすぐ側に待機する。ノバグ00だ。

 それとは別に、近くのデータ流からもう一つの青色の光点が浮き出してきて、これもブラソンの近くを漂い始めた。こちらにはノバグRのマーキングが見える。

 

「ブラソン、現在ナノボットを使用して孤児院の内部に物理的に進入を開始しています。現場は少々風があるため、何割かのナノボットの喪失が予想されます。」

 

 ノバグRが報告する。ナノボットの喪失については問題無かった。そもそも喪失することを想定して、一万ものナノボットを発生させているのだ。孤児院の中に数十機も侵入できれば事は足りる。

 孤児院にナノボットを侵入させる作業はノバグRに任せておき、ブラソンはノバグ00のサポートを受けつつ情報収集に当たる。

 まずは孤児院の情報を得ることとし、孤児院の周りに張り巡らされている障壁の突破に取りかかる。

 孤児院にしては妙に強固な障壁が張り巡らされていることに違和感を感じるが、本来孤児院と言うところは子供たちのプライバシーを強固に守らねばならない場所なので、そう言うものかと納得しながら、皮を一枚ずつ剥いでいくかの様に障壁を取り払っていく。

 何層かの障壁を剥いだところでノバグ00がパターンマッチングに成功し、作業効率が一気に上がった。あれよあれよという間に障壁が解除されていき、孤児院のフラグメント内への侵入に成功した。

 

 ノバグ00が管理情報を取得し、管理者IDにマスクを変更する。後はやりたい放題だ。

 しかしいくら探しても、入所している孤児の情報と、孤児院が繋がっているという大方ヤクザがらみの人身売買業者の情報は得られなかった。

 裏取引の情報に関しては、このように侵入された場合に備えてスタンドアローンの端末で別管理している可能性もある。しかし、孤児の情報がいっさい得られないというのは不思議だった。

 それは考えを変えれば、入所している孤児の情報が人に絶対知られたくない他の情報と密接に関わっている為に、裏業者関連情報と同様ネットワーク上には置いていないものだと考えることもできる。

 企業のような大規模なフラグメントではない。ものの数分のうちに孤児院内の情報は総て洗い終わり、なにも成果の無いまま孤児院から離脱することになった。

 

 さて困った。

 仮想空間の中を漂いながら、ブラソンは途方に暮れる。

 せめてその繋がりのあるという裏社会の団体の名称か、名称ほど大当たりではなくとも何か辿れるような情報がなければ、ここで道が閉ざされてしまう。

 もう一度孤児院の中を洗い直すか?

 

「ブラソン、トラップです。建物内にナノボットトースターが多数配置されています。侵入したナノボットが総て網にかけられて分解されていきます。数分で全滅します。」

 

 実際には冷静な声で報告されているのだが、その声はまるでノバグRの悲鳴のように聞こえた。

 

 ナノボットトースターには色々な種類がある。電磁的に焼き切るもの、実際に熱線を当てるもの、ナノボットを見つけだして襲いかかり分解するタイプのナノボットは、ナノボットイーターと呼ばれる。

 建物の内部に設置されるのは主に電磁的に焼き切るタイプだが、それにしてもただの孤児院がナノボット対策を講じるというのは尋常ではない。先ほどのネットワーク上の情報の「清潔さ」と併せて、やはりこの孤児院はおかしい。

 しかし、辿れる糸がなければここから先に進めない。

 

「ブラソン、孤児院から外部に警報が飛びました。追跡します。」

 

 ノバグの声とともに、孤児院フラグメントから黄色の信号が飛び出てネットワークの中を疾走する。

 孤児院にナノボットの侵入があったことを外部のどこかに知らせるための警報信号だろう。

 

「それだ。絶対に見失うな。ノバグ00、おまえも追跡しろ。」

 

「諒解しました。」

 

 すぐ湧きに控えていたノバグ00の青い光点が一気に加速して黄色の信号を追跡し始める。

 

「攻撃するな。その信号がどこに到達するかを見極めろ。」

 

「承知しました。」

 

 ノバグRとノバグ00を示す二つの青い光点が、ネットワークの中を疾走する黄色の信号を追う。

 信号はすぐに他のデータ流に紛れてブラソンからは見えなくなる。しかしノバグが追跡しているのだ。たかが警報信号を彼女たちが見失うなどあり得ない。

 しばらくして、青い光点が二つブラソンの元に戻ってくる。

 

「警報の受け手を特定しました。ダバノ・ビラソ商会、南スペゼにある貿易商です。」

 

「よくやった。その商会について徹底的に洗うぞ。」

 

「諒解しました。」

 

「承知しました。」

 

 脇に控える二人のノバグから返答がある。青い光点はネットワーク空間の中に散っていった。

 貿易商か。ここの所妙に貿易商に縁がある。

 南スペゼに拠点を置く貿易商が、先日までレジーナの乗客であった真面目で情の深い貿易商のように品行方正であるとは、とても思えなかった。


書いていて自分で気付いているのですが、仮想空間での追跡劇とか戦闘とか、ミリ秒以下のタイミングで行われているのでとても人間がついていけるレベルでは無い筈です。

いいんです。HMDを通じてチップがネットワークにダイレクト接続されているので、ブラソン君の反応速度もスピードアップしているのです。

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