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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第四章 ベイシティ・ブルース (Bay City Blues)
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2. 幸せな家庭

■ 4.2.1

 

 

「リアクタ全出力40%。ジェネレータ#4、#5出力40%。重力アンカー解除。デピシャニカ・コントロール出港承認。クリアランスグリーン。船体浮上開始。高度50、100、200、500、1000mに到達。電磁シールド展開。重力シールド展開。シールド展開完了。姿勢制御開始。ジェネレータ#4から#6まで出力50%。加速10G。成層圏離脱。大気圏離脱します。重積シールド展開。進路エグネス・ジャンプポイント。加速100Gに増加。北方に1光分離脱後、直線にてエグネス・ポイントを目指します。オートパイロット。惑星デピシャノ静止衛星高度を越えました。以降、エグネス・ポイント到着までは異常事態発生時にのみ連絡します。お疲れさまです。」

 

 デピシャニカ宇宙港を離れ、宇宙空間で定常航行に入ったことをレジーナの読み上げが報告する。

 彼女はオートパイロットの宣言をしているが、地上を離れるところから操縦士である俺は何もしていない。俺にしてみれば、最初からずっとオートパイロットの様なものだった。

 航海士であるブラソンも、出港前にレジーナから提案された航路の承認ボタンを押す以外の作業は何もしていないだろう。

 船の全機能を管理するAIが組み込まれた宇宙船は、ルーチン作業のほぼ全てをAI任せにすることが出来る。そのような宇宙船を飛ばすのは、これほどまでに簡単なことだった。

 

「ブラソン、ちょっといいか?」

 

 俺はすぐ目の前の航海士席に座るブラソンに声を掛けながら、自分が座っている船長席から立ち上がる。こちらを振り向いたブラソンに、目配せでコクピットを出る事を知らせる。

 コクピットを出て、俺の自室に入って話をしたところで、レジーナとルナはその会話の全てを聞いているだろう。事によるとニュクスとノバグも。それでもやはり、あまり人に聞かせたくない様な話し難いことは、密室で話す方が話しやすいと言うものだろう。

 俺はブラソンを伴って、自分の部屋に入った。

 

「どうかしたのか?依頼の内容に何か問題でも?」

 

 俺に勧められてソファに座ったブラソンが怪訝な顔で俺に問う。

 

「いや、依頼には今のところ問題は無い。それよりも、お前に聞きたいことがある。言いたく無ければそう言ってくれ。イベジュラハイが連れていた奴隷の一人に随分興味を持っていた様だが、何かあったのか?」

 

 俺の言葉を聞いたとたんにブラソンの表情が曇ったのが分かった。やはり何かある様だ。

 

「言ったところでどうしようも無い事なんだ。多分。迷惑をかけることになるかも知れないし。」

 

 しばらくの沈黙と逡巡の後にブラソンが口にした言葉は、普段のブラソンからすると随分と歯切れの悪い台詞だった。

 

「お前らしくないな。水くさいこと言うなよ。迷惑ならお互い様だろう。それに俺は、ダマナンカスの酒場でお前を引きずり込んでしまった借りがある。大概のことなら相談に乗るぜ。」

 

 それこそブラソンは気にするなといつも俺に言っているが、それでもやはり軽いノリでブラソンを道連れにハフォン人の後を付いていったことを、今でも少し負い目に思っている。

 結果的に俺たちは生きていて、ブラソンの懐にも大きな金が転がり込んだとは言え、しかし一歩間違えれば命を落としていてもおかしくない状況の連続だったのだ。

 

「その話はよせ。俺はなんとも思っていない。それどころか、随分でかい金を稼がせてもらった。俺が礼を言う話だ。」

 

 一つ溜息をついて、ブラソンは続けた。

 

「そうだな。お互い様だ。話そう。

「二人の奴隷の内、黒髪の方な。多分俺の知っている奴だ。大の親友という訳じゃ無い。ただ、故郷くにでいろいろヤンチャしていた頃にな、何度か一緒に仕事をしたことがある。腕の良い奴だった。この手の商売をしている奴にしては、随分人の良い奴だった。一緒に仕事をやりやすいので、何度かこちらから儲け話を持ちかけたことがある。その逆もあった。

「何回目だったか、お互いそれなりに相手のことを認める様になった頃の話だ。一緒に作業をしている時に少し待機時間が出来てな。しばらく雑談したんだ。そうしたら、たまたま家がすぐ近くだと言うことが分かってな。仕事の後に会ってみようと云う事になったんだ。」

 

 少し長くなりそうな話だ。俺はルナにグラスと水差しを持ってきてくれる様に頼んだ。

 

「思いの外良い奴だった。自分で言うのも何だが、この商売、人格が崩壊している奴や、人とさえ認めたくない様な性格の奴が多い中、希に見るまともな奴だと思ったよ。

「奴とはそれから何回か会って話をした。仕事の話もあったが、くだらない雑談が多かったかな。昨日何をしたとか、この間どこに行ったとか、そんな話さ。俺は独り身だったし、たいした身の上話も無かったがね。仕事中は神経を削るからな。そんな話が、案外気が休まってちょうど良いんだ。

「娘がいると言っていた。当然、カミさんも。あの頃、生まれてそれ程経っていなかったから、今まだ六~七歳だろう。この業界では珍しく幸せそうな家庭を持っていたので、奴の話はいろいろと印象に残っている。良く覚えているよ。

「娘が自分の顔を見て笑っただとか、名前を呼んでくれたとか、ネットに入っている時に構ってやらなかったら泣かれただとか、つまらない事に一喜一憂してな。幸せそうだったよ。」

 

 ルナが水を持って部屋に入ってきた。ブラソンはグラスを受け取り、ふたくち程口に含んで喉を湿した。

 

「俺がくにを出た時には、奴はまだ一線で活躍していた。それから後、どこかでドジ踏んだんだろうな。

「珍しい話じゃ無い。俺たちが扱うのは、国や企業のトップシークレットの情報だ。怪しい連中からの事もあれば、国が依頼をしてくる事もある。政府に雇われてりゃ立派な諜報員だが、そうで無ければただのアウトローだ。尻尾を掴まれりゃ、一発で監獄行き。懲役刑じゃ済まなくて、奴隷落ちする奴も珍しくない。腕の良い奴ほどヤバい情報に近づく。だからそんな奴ほど、パクられた時の刑は重い。

「奴は一流だったよ。自惚れていると笑うかも知れないが、幾つものデリケートな仕事を俺と肩を並べてこなす事が出来る程の腕だった。つまり、ドジを踏んでパクられた奴の量刑は相当重いだろう、ということだ。とても数年の奴隷落ちで済むとは思えない。終身の奴隷落ちか、もしかすると家族まで巻き込んでしまったか。」

 

 地球人の感覚としては理解できないだろうが、銀河には奴隷制度が存在した。

 そもそもが、未開の種族を知性化して従属とし、労働力として延々こき使うやり方がまかり通っている銀河系なのだ。奴隷制度は当然のように存在している。

 労働や犯罪の対価・結果として身分の差というものは存在するべき、というのが銀河全体の考え方だ。地球の様に、全ての市民が皆平等、という考え方の方が実は珍しい。

 

 だがそれは他人事ではない。我々地球人も元々は、ファラゾアの従属として知性化された種族だったという事は、銀河中の誰もが知っている。

 汎銀河戦争が続く中、機械戦争で人工知能という隷属を失った彼等は、その代わりを求め次々に原始知性体に遺伝子改造を加えて知性化した。

 適度に知性が進化した原始知性体は、そのまま労働力として使役するか、もしくは地球人の場合のように知性を持った有機演算ユニットとして脳を刈り取り、戦いの中で消耗の激しい小型戦闘機械の制御ユニットとして用いるのが普通だった。

 

 宗主族であるファラゾアの支配の手を撥ね退け、今でこそ戦闘用種族としてそれなりに名の通っている地球人だが、300年前、やっと宇宙に一歩を踏み出したばかりの技術レベルの地球人は、本当にファラゾアに刈り取られる一歩手前までいったのだ。実際、接触戦争中に行方不明になった兵士民間人は何億人という数に上る。

 戦闘中に行方不明となった兵士の多くはいわゆるMIA(Missing in Action)なのだろうが、カリブ海の都市サン・クリストバルや、中央アジアの都市アクタウの様に、一都市数十万の市民が痕跡も残さず忽然と消えたという当時の記録は枚挙にいとまが無い。

 当時の統合地球軍の調査により、世界各地にファラゾアの生体プラントが建造され、そこで彼らは地球人の脳をパーツ化し、有機演算ユニットとして本国へ送り出していたという記録が残っている。実際に数億の地球人が有機演算ユニットとして脳だけになり、多分今でもその一部はファラゾアに使役されている。

 

 話がそれてしまった。

 そう、奴隷制度は銀河に当然の様に存在する。それは、犯罪を犯したものに対する量刑という意味であったり、死刑を廃止するための対価であったり、ただ単に機械では賄えない部分での労働力の確保であったりもする。

 通常、犯罪者が奴隷となる。余程の重犯罪で無い限り、奴隷とは一代限りの身分であり、それも普通は期限が切られている。

 そして多くの場合、懲役刑に対して適用される保釈金と同じように、奴隷刑にも救済金もしくは買い戻し金という制度があり、家族や親戚縁者、同じ組織の親分や子分がそれを支払う事で奴隷刑の期間を大きく短縮する事が出来る。、或いはコツコツと自分で金を貯めて自分の身分を買い戻す事さえも出来る。

 要するに、懲役刑よりももう少し重い量刑が奴隷刑だと考えれば大体合っている。

 

「頼んでみるか?少しは話が出来るかも知れない。」

 

 沈んだブラソンの顔を見ていられず、思わず提案する。

 ブラソンは、たいした知り合いじゃ無い等と言っていたが、その表情を見ているとそうでは無いだろう事くらい俺にも想像が付いた。或いは、飛び出してきた故郷を想っての事かも知れなかった。

 

 通常、奴隷はバイオチップによる思考ブロックを受けている。主人に対して害意を持たない様にしたり、量刑である奴隷刑を逃れる為に脱走したりしない様にする為だ。奴隷の用途にも依るが、その思考ブロックにより、主人以外とはまともに会話さえできない様にされている事が殆どだった。

 見たところイベジュラハイの奴隷は二人とも、主人以外とは会話をしないように思考ブロックされている様だった。

 奴隷の用途を選択するのは主人なので、主人が認めれば選択的に思考ブロックを解除する事も出来る。それをイベジュラハイが受け入れるかどうかは、奴の判断だが。

 

「奴の量刑だ。話をしてみたところで何が変わる訳じゃ無い。」

 

 ブラソンは、沈んだ表情のまま言葉を床に落とすように呟いた。

 

「悪いが俺は身勝手な奴でな。俺はお前の友人の事を思って言っている訳じゃ無い。お前の事を考えているだけだ。

「気になるんだろう?奴自身のことも、奴隷刑が何年続くのか、家族はどうなったのか。娘はどうやって暮らしているのか。聞いてみれば良い。何の解決にもならんかも知れないが、少しでもお前の気が晴れるなら、だ。」

 

「余計に気が滅入るだけかも知れないがな。」

 

 ブラソンが視線を上げて俺を見る。

 俺は肩をすくめるしかない。

 

「そうだな。だが俺なら、何も見えていないよりは見えている方が良い。」

 

 ブラソンはまた視線を落として、向かい合う俺のつま先辺りをしばらく眺めていたが、ややあって俺の顔を見ると上目遣いのまま言った。

 

「その通りだ。目を塞いでも現実は変わらない。なら直視する方が良い。」

 

 では、イベジュラハイと話をしに行こうかと腰を上げかけた時、鋭い警告音と共にレジーナの声が頭の中に響いた。

 

「込み入ったお話しの最中申し訳ありません。デピシャノ宙域を離れてから、複数の船舶による追跡を受けています。また、第7惑星ゲゼイレガ宙域から本船に向けてインターセプトらしき動きをする船隊が出発しています。ご指示願います。」

 

 やはり来たか、というのがその時の俺の第一印象だった。

 肩を落としてソファに座っていたブラソンも、跳ね起きるようにして立ち上がる。

 

「レジーナ、相手の船籍と質量の特定。武装についても可能な限り調査しろ。」

 

 ブラソンとルナを伴い、俺の部屋から飛び出す。

 

「船籍特定作業は終了しています。システムリンク後投影します。武装調査中です。」

 

 俺の部屋からコクピットは目の前だ。ハッチを開け、コクピットに飛び込む。三人ともそれぞれの席に着く。操縦士席にはニュクスが座っており、コクピットに飛び込んだ俺達の方を見つつ、口元に凄みのある笑いを浮かべている。

 

 席に着いてすぐにシステムにログインする。

 現実の視野に、AAR表示のコンソールが多重に表示される。

 シートベルトを着けてすぐ、現実の視野を追い出し、システムの表示する3D画像に切り替える。

 目の前に宇宙空間が広がる。前方かなり下の方に白いマーカーがいくつかと、惑星ゲゼイレガの表示。後方に白マーカーが4つと、その遥か向こうにデピシャノの表示。

 

「デピシャノから追跡してくる船舶は4隻。ゲゼイレガを出港した船舶は7隻です。船籍等詳細はズームにて確認願います。」

 

 レジーナの報告に従い、デピシャノから追跡してくる船のマーカーをズームする。4隻の船が完全に区別できるようになったところでマーカーにタグが付いて詳細が表示される。

 エレンソ船籍の400m級貨物船二隻と、ボバブルア船籍の300m級貨物船が二隻。視認されている武装は、対デブリ用と思しき600mm前後のレーザーが各船に数門ずつ。

 そんな事は無いだろう。

 貨物船なら貨物室に色々なものを入れておく事が出来る。改造すれば、格納できるタイプの大型砲を貨物室に仕舞い込む事さえ出来る。貨物用ハッチだとばかり思っていたら、実は多弾装準光速ミサイルランチャーでした、などという偽装も簡単にできるだろう。

 とは言え、貨物室の中身まで見通す手段など無い。四隻の船の質量が非常識なものでは無い事だけを確認し、焦点をもう一方の七隻に移す。

 

 こちらの船隊はなかなか興味深い構成だった。

 600m級が三隻と、100m級が四隻。船籍不明。

 600m級は綺麗な山型の編隊を組み、100m級はいわゆるダイアモンド編隊を組んでいる。

 その整然とした編隊行動は、この編隊での行動に慣れているか、もしくは相当に訓練された部隊である事を連想させる。

 600m級は母艦で軽巡洋艦クラス、100m級は大きさから連想される通りに戦闘機だろう。

 非常に良く統制された海賊か、それともどこかの国家の部隊が身元を隠しているのか。

 

「ブラソン、少し揺さぶってみよう。進路真北0,100。加速1000。あわ食って追いかけて来たところで、連中の運動性を見よう。」

 

「諒解。進路0,100、加速1000。」

 

 太陽系黄道面に対して並行に航跡を刻んでいたレジーナが、突然直角に進路変更して追跡してくる船隊から逃亡を図る。

 最初に反応したのは当然のごとく戦闘機隊だった。見事なダイアモンド編隊が崩れ、各個に2000Gほどの大加速をかけて追いすがってくる。

 その後ろの600m級もすぐにそれに続く。

 四隻の貨物船団は、一瞬遅れて徐々に加速を始める。しかし加速が鈍い。

 どうやら貨物船団は放っておいて大丈夫のようだ。

 

「戦闘機隊最短接触コースに乗りました。触敵まで25分36秒。軽巡洋艦級後を追っています。こちらは32分21秒以下。」

 

 反応は戦闘機隊の方が早かったが、加速力は軽巡の方が高いかも知れないという訳だ。

 

「OK。大体の所は分かった。進路をエグネス・ポイントに戻そう。戻して、連中がまた進路を変更したところで、最大加速だ。多分逃げ切れる。」

 

「諒解。進路変更、エグネス・ポイント。レジーナ、最適の加速ポイントで加速最大だ。タイミングは任せる。」

 

 と、ブラソンが応じる。

 

「諒解しました。敵性船隊転進後、位置関係が最適になったところで最大加速します。」

 

 レジーナは虚空で再び大きく進路を変えた。

 

 さて。加速競争なら勝てそうだと見込んだのだがな。

 見立てが正しければ良いが。

 

第四章になって、ブラソン君出まくってます。あれだけ露出が高かったニュクスさえ弾き飛ばし、ブラソン・オン・ステージ状態です。

いや、主人公の相棒なのですから、これが本来の姿なのですけれどね。どうも、主人公以外のヤローを書くのが気が進まなくて登場人物女だらけにしてしまったら、ヤローどもの影が随分薄くなり。

書いていてふと思ったのですが。ヒトだと、ブルーなハードボイルド的な演出もできるのですが、これを機械知性体でやったらどうなるのでしょう。そもそも成立するのだろうか。

いつかやってみよう。


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