表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第三章 キュメルニア・ローレライ (Cjumelneer Loreley)
73/264

21. 仮面


■ 3.21.1

 

 

 もちろんアデールには相変わらず色々とイライラさせられる事が多い。しかし、話してみて思ったよりはまともな人間だった、というのが正直な感想だった。

 話の流れから推測するに、キュメルニア・ローレライ探索の時のアデールのあの性格は、外から操作されて作られたものの様だった。

 

 ハフォンにいた時に、ミリが外見と共に性格をコロコロと取り替えるのに面食らった事がある。

 どうやら、一流のエージェントはあのようにして簡単に完全に別人になりすます能力を備えている様だった。

 「銀ネフシュリ」などというあだ名を付けられる程の腕っこきのエージェントだったミリは、他の助けを借りる事無く、自分で自分を制御して僅かな時間で人格を入れ替える事が出来ていた。

 アデールはどうやらその人格ごとの変装というのが苦手らしかった。そのために、必要に応じて催眠などの色々な外的な操作で人格を入れ替えているらしい。

 彼女は長期潜入作戦は苦手だと言っていたが、その辺りに苦手の原因がある様だった。

 

 任務に応じて外から手を加えられて人格をいじり回されるので、どうやらすでにどれが本当の自分なのか分からなくなっているらしかった。

 そのような話を傍から聞いていれば、それではまるで自分の自我というものを特定できなくなってしまっており、そう遠くないうちに人格が完全に崩壊して発狂してしまうのではないかと思うのだが、彼女曰く、下手に自分らしさだとか、本当の自分などという不動のものを求めようとするから発狂してしまうのだそうだ。

 今ここにいる自分が自分の全てである、と理解し納得してしまえば、何を苦しむ事も無いのだという。

 その辺りの心理的かつ抽象的な話は俺には良く分からなかったのだが、俺が思う程彼女は不安定では無いと云う事は分かった。

 そして、話の言葉面から想像する程、彼女がそれに苦しんでいないことも。

 

 そうやって食事の間、しばしば食事を口に運ぶのも忘れるほどに案外長い間話し込んでしまった。自分でも、このクソ女とこれだけの長時間会話を続けられたことに驚いている。

 アデール曰く、今現在定義されている性格は、理知的でかつ冷静、感情の起伏の少ない性格なのだという。それに対して、キュメルニアガス星団に同行した時の性格設定は、何事にも強気で人一倍負けん気が強く、しかしいざとなったら頼りにならない性格だったのだそうだ。

 それの一体どこが俺の好みなのか全く理解に苦しむのだが、情報部はその「いざとなったら頼りにならない」ところが、俺の庇護欲を刺激すると考えたらしい。

 あの少佐、色々と切れる男なのかも知れないが、恋愛関係だけは破滅的にセンスが無い様だ。

 

「見当はずれも良いとこだ、馬鹿やろう。確かに俺は色々な者を守ろうとするが、いざとなったら頼りになる女の方が好みだ。データファイル書き換えておけ。」

 

 すでに冷めて伸びてしまったスパゲティをフォークに絡ませながら、呆れて言い放つ。

 

「そのようだな。今なら分かる。しかしそう考えるならば、今の私の性格の方がお前の好みに合うだろう。」

 

「お前な。自分の第一印象が最悪だったことを忘れるなよ。お前自身は人格を交換して割り切っていられるのかも知れないが、周囲までがそうだとは限らないだろう。そもそもなんだその他人事のような言い方は。」

 

「例えるなら、という話だ。私がお前から好かれるとは思っていない。それくらいの自覚はある。何れにしても、これから当分の間はお前の船に厄介になる。少なくともお前が嫌う性格でないというのは、お互いにとって悪い話ではない。

「他人事のような言い方は・・・そうだな、これだけ何度も人格を入れ替えられてしまうと、自分の事が徐々に第一人称でなくなってくるのだ。理解できないだろうから、無理をしなくて良い。妙に冷めて斜に構えた女、位に思ってくれれば良い。」

 

 彼女の話を聞いていると、本人はそれを自覚し、受け容れた上で問題無いと言ってはいるが、どう少なく見積もっても今俺の前に座っている女は重大な精神的な障害を抱えている様にしか思えなかった。

 さらに異常なのは、本人がその異常も含めて自分なのだと言い、その異常な状態が自分にとっての正常なのだと言い切っている事だ。

 俺は心理学者ではないし、もちろん精神科医でも無い。つまらないお節介を焼いて彼女の精神を正常に戻すなどと言うおこがましい事を考える事無く、それこそ今眼の前にいる女が、何もかも含んだ上でアデールなのだと納得して付き合っていくのが最善の策の様だった。

 

「ったく。今のお前は分かり易くて付き合いやすい。最初からその性格でやって来ていればややこしい話にならずに済んだものを。」

 

 俺はフォークを冷めて固まったエンチラーダの上に放り投げて言った。

 四輪で駆動する清掃ロボットが音も無く近付いてきて、一瞬立ち止まった。俺はトレイの上からコークがまだ三分の一程残っているコップだけを取り上げ、テーブルの上に置いた。

 俺の動作が止まるとロボットはゆっくりと腕を伸ばし、俺が食い残した食事が乗ったトレイをおずおずと腹の中に飲み込んでいく。

 トレイの端が腹の中に見えなくなると、くるりと向きを変えて走り去った。

 後にはコークの入ったコップだけが残った。

 アデールの眼鏡の奥の青い眼が、ロボットの動作の一部始終を追っていた。

 

「さてそれはどうかな。本当にお前の好みの女だったりすると、余計にややこしい事になっていたかも知れんが。スパイが恋をすると酷い事になると決まっている。そこまで考えての少佐の采配かも知れんぞ。」

 

 「とてもそうは思えんが、もしそうだったなら少佐の事を見直してやるよ。」

 

 アデールがフォークとナイフを揃えて皿の上に置いた。

 また同じロボットが近付いてきて、空になった皿とトレイを腹の中に飲み込んでいく。

 やはりアデールはその一部始終を全て眼で追っていた。

 それはまるで、自分の知らない仕事をする他のロボットを見て、その意味するところを理解しようと努めている生まれたての作業用ロボットの様にも見えた。

 

「ここの造船所は設備が整っているな。」

 

 俺の視線に気付いたアデールは、少し慌てた様に視線を外し、まだロボットをみた後に食堂の中を見回す。

 その動きに違和感を感じる。

 

「まさかお前、俺を籠絡しろという指示を受けたりしていないだろうな。」

 

 有り得る事だった。情報部としては手っ取り早く駒が一つ手に入る。しかも、アデールを通じて指示を出せば、相当に無理が利く便利な駒が。

 

「そんな事は無い。」

 

 アデールはすぐにそれを否定した。

 ・・・当たりか。

 

「どこから仕込んでいた?最初からか?そんな筈は無いよな。キュメルニア・ローレライ探索の顛末など、誰も知らなかった。」

 

 アデールは表情のない目でこちらを見ている。俺の問いに対する返答はない。

 まるでモードが切り替わった様だ。先ほどの動揺した表情などどこにもない。

 さすがはエージェントと云ったところか。こうなるともうどこからどこまでが本当の話なのかさっぱり解らなくなる。

 そしてこの女は決定的なミスを一つ犯した。

 今モードを切り替えたことで、今までの話全てに対して俺に不信感を持たれた事だ。どこまでが本当でどこからが作り話か知らないが、こうなってしまっては俺の疑心暗鬼を深くするだけで、もうなにを言っても無駄だ。

 

 そこではたと気づく。

 ニュクスはなんと言った?

 『こ奴、我らが組織の中に居るのをとおの昔に気づいて居ったやもしれぬ』『儂等より何枚も上手やも知れぬ、注意した方が良い』と。

 そして、一旦却下され棄却された機械達の工作員が発行したキュメルニア・ローレライ探索の依頼をもう一度復活させたのも少佐だった。

 つまり。

 ハナから全て仕込まれていて、そして全ての絵図を書いたのはあの少佐か。

 少佐はニュクスが警告を発したとおりの凄腕で、そしてたぶん、今俺の目の前にいるのは、実は超一流のエージェントだろう。

 ではなぜ?

 

「それは、何のヒントだ?」

 

 先ほどまでの、食事をしながらのんびりと会話していた雰囲気は、もうどこにもない。

 今俺とアデールの間に横たわるのは、氷のように冷たく、ナイフのように鋭い空気だ。

 その刃のような空気がふと一瞬だけ弛む。アデールが右側の口の端だけで笑っている。

 

「なるほど。噂通り、ただの肉体派パイロットと云う訳でも無いようだ。今まで散々聞かされてきた罵詈雑言は、全て流しておこう。

「しかしお前も不幸な奴だ。気付かなければ、人格が入れ替わってちょっと人の良い女スパイと今まで通り楽しく毎日を送れたものを。」

 

「それは残念だ。しかし生憎だが、美女との愉快な生活の代償が国家権力なんぞに首輪を付けられる事だというのであれば、俺は美女との生活をすっぱりと諦める。自由は何物にも代えがたい大切なものだ。」

 

「いずれにしても、契約は有効だ。私はお前の船に乗る。」

 

 それは避けられないだろう。

 両親が怪しげな連中に狙われているというのは事実だろう。少佐との会話中にルナが事実を確認した。

 情報部からもたらされたネタを情報部のデータベースに問い合わせる様な間抜けな事をルナはしない。これほど重要な情報は、情報部以外にダブルソースで確認を取るはずだ。

 肉親の安全を確保する為に、アデールを船に乗せる必要がある。と、連中は思っている。少なくとも、俺がそう信じ込んでいると思っている。

 

「契約では、お前を通じて俺に指示されるのはあくまで『依頼』だ。依頼条件が気に入らなければ拒否も出来る。」

 

「非常時に民間船の徴発を行う事は、軍規に明記されている。」

 

「非常時の定義が問題だな。軍が勝手に非常時を宣言できる様では、民主主義の法治国家とは言えない。」

 

 何かくだらないガキの口喧嘩のような言い合いになっている。

 アデールの表情から考えは読めないが、こんな無意味な言い合いをしたがっているわけでもあるまい。

 

「オーケー。不毛な言い合いは好きじゃない。取り引きだ。余程バカな依頼じゃない限りは、基本的に受けてやる。そのかわりそっちも隠し事は無しだ。それで手を打て。」

 

 アデールが皮肉な笑みを浮かべる。

 

「国家機密を喋る訳にはいかんな。」

 

「そんなことは分かっている。妙な絵図を描いて担ぐのをやめろ、という話だ。俺の船は少々人員構成が特殊だ。その気になればかなりのことまで調べることが出来る。後になってバレて気まずくなるよりはましだろう。国家機密なら国家機密で、これ以上話せないとはっきり言えばいい。こっちも妙な詮索はしない。」

 

「どうだかな。覗き屋はとにかく何でも覗きたがるからな。それに私は気まずかろうがどうだろうが別に構わん。」

 

 眼鏡の奥の眼が、揶揄するように笑っている。

 話に乗る気はあるのだろう。ただ単にこちらをからかっているだけ、という感じがする。

 

「船長を含めて船の乗員が協力的なのとそうでないのとでは、お前の任務の達成し易さにも随分差が出ると思うが?」

 

「今更お前達が協力的になるとでも?」

 

「お前、自分達の立ち位置を少々見誤っているぞ。俺の肉親の護衛は、別にお前達にしか出来ないわけじゃない。AIの生義体何体かで守ってもらっても構わないんだ。なんなら今この場で契約を破棄するか?俺の実家の周りに近づけば、たとえ地球軍情報部だろうと排除対象だ。」

 

「奴らはそんな話には乗らんよ。メリットが薄すぎる。」

 

「さてな。あいつ等はお前が思っているよりも遙かに『面白がり』だ。三十万年暇にしていた連中の好奇心を甘く見ない方がいいと思うぞ。」

 

 唐突にアデールがにっこりと笑った。本当に楽しそうに笑った。

 

「合格だ。取り引き成立だ。私の裁量の範囲内で、教えられることは教えよう。だから協力しろ。」

 

 思わず溜息をつく。

 

「お漏らし半壊女じゃなくなっても、やっぱりお前は面倒くさい奴だな。」

 

 俺の言葉は気にならなかったらしい。アデールがクスクスと笑っている。

 笑っていれば、結構美人なんだがな。

 

「俺は部屋に戻って寝る。じゃあな。」

 

 俺は立ち上がり、椅子をテーブルの下に戻して歩き始める。

 また面倒の種を一つ抱え込んだような気がする。

 

 

■3.21.2 

 

 

 翌日、アデールがでかい荷物を搬入した。標準規格の小型貨物用コンテナ一個分だ。

 もちろんレジーナは貨物船であるので、小型コンテナの一つや二つ位積み込んだところで何の問題もない。しかしそういう問題ではない。

 王侯貴族じゃあるまいし、個人の荷物で小型コンテナ一個分を持ち込む奴はいない。

 

「なんだこれは。」

 

「見て分からんのか。コンテナだ。私の携行品だ。」

 

「バカかお前は。店でも開く気か。個人の荷物がこんなにあってたまるか。なにが入っているんだ。」

 

「店を開く気は無いが、開けるだけのものは入っているな。いわゆるスパイ七つ道具だ。」

 

 アデールが楽しそうに笑う。

 なにがスパイ七つ道具だ。開き直りやがって。

 

「スパイがこんなに荷物を持っていたのでは潜入も何もないだろうが。何を考えているんだ。」

 

「活動拠点がこの船に移ったからな。そうそう頻繁に太陽系に戻ってくるわけでもないのだろう?長期出張にはこれくらい持っていないと心許ない。」

 

 どうやら中身は武器弾薬やそれに類したろくでもない物のようだ。

 

「管理はてめえでやれよ。暴発なんかさせるんじゃないぞ。」

 

「分かっている。そうむくれるな。いざというときには使わせてやる。」

 

 どこからやってきたのか、ニュクスがいきなり俺の横から首を突き出す。

 荷物搬送用のロボットが無重力のドック内を牽引していくコンテナを興味深そうに眺めている。

 

「ふむ。テラの武器か。面白いのう。今度儂にも見せてくりゃれや?」

 

 武器オタクが早速喰らい付いてきた。

 こいつ等案外気が合うかも知れない。恐ろしい話だ。この二人が示し合わせて悪巧みをするととんでもないことになりそうな気がしてしょうがない。

 

「いいだろう。その代わり消耗品の供給を頼めるか?」

 

「お安いご用じゃ。反物質以外なら何でもござれじゃ。」

 

 ニュクスがニイと笑う。

 やはり、面倒の種を一つ増やしただけのような気がする。

 俺は頭痛と目眩を覚えながら、出発前に造船所の皆に一声挨拶するために事務所に向けて歩き出した。

 後ろではコンテナの中身の説明をするアデールの声と、嬉しそうに笑うニュクスの声がドック詰め所の中に響いていた。

 

更新が少し遅くなりました。登場人物リストを作っていたのもあるのですが、それよりも仕事の方が急に忙しくなって、手が回らなくなってしまいました。

大丈夫です、忙しいなら忙しいなりに、時間の取りようはあるものです。(と、ちょっとカッコいいことを言ってみる)

レギュラーキャラクターがまた増えました。今度はマサシと本気でやり合えるキャラクターなので、話の広げ方や会話のバリエーションが増える便利なキャラクターになってくれることを期待しています。

最大の問題は、クールで強くて頭がキレるキャラクターなので、書くのにそれなりのパワーを消費すると言うことです。ニュクスみたいな書きやすいキャラは、放っておいてもどんどん筆が進んでいくのですが、主人公と駆け引きをするようなキャラはそれなりにエネルギーを消費します。

レベルの高いキャラは使役するのにもそれなりにマジックポイントを使います。召還魔法ですね。(笑)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ