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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第三章 キュメルニア・ローレライ (Cjumelneer Loreley)
68/264

16. 超巨大母船「Yvollieer IX」


■ 3.16.1

 

 

「儂が呼んだのじゃよ。」

 

 駆逐艦「霧風」と「谷風」に守られ、木星軌道にホールアウトしたレジーナは太陽系の真ん中を地球に向かって進んでいる。その船内ネットワークにニュクスの声が響く。

 

 元々あの生義体を一晩で作り上げる事ができた彼女だ、少々の損傷など数時間あれば修復できるという事だったが、重装甲スーツを前に余りにあっけなくあしらわれた事が余程気に入らなかったらしい。修復とは別に、一晩かけて格闘可能な身体に作り替えると宣言していた。

 俺達からしてみれば、十歳にも満たない外見の生義体が重装甲スーツとまともに渡り合おうなどという発想自体がおかしいのだが、武官を名乗る彼女としてはそれは我慢のならない事らしかった。次に同様な事態に陥ったとき、切り抜けることができるだけの身体能力を付与するのだと言い切って、俺達からの意見は頑として受け付けなかった。

 

 もちろん彼女自身の身体のことだ、彼女が好きなようにすれば良いのだが、七~八歳の少女が重装甲スーツを正面から迎え撃つ姿を想像しても、あまりの非現実的さにもうそれ以上なんと言えばよいのか分からなくなってきた。

 ルナはといえば、そんなニュクスの宣言を聞いてしばらく何も言わず何かを考え込んでいたようだった。

 

 まさかルナまでが肉体武闘派の幼女生義体に乗り換えたいなどと言い出すのではないかと内心冷や汗をかいていたのだが、さすがにそのようなことを言い出すほどルナは非常識ではなかったらしい。自分には自分なりのやり方がある、と言って幼女体への切り替えを否定してくれた。

 よく考えれば、「私のやり方」などといういかにもヤバそうな発言だったのだが、その時はニュクスの無茶さ加減に気を取られていて、ルナが何かやらかそうとしていることに気付かなかった。

 

 話を戻そう。

 三十二万隻もの大艦隊がホールアウトし、ブラソンとニュクスによるクラッキングから立ち直った後も、さすがにマルセロ・ブロージはそれ以上の手出しをしてこなくなった。

 大艦隊を見て頭に上った血液が十分に冷却されたか、もしくは蒸散したか、アントヌッチオ准将もまともな対応に戻った。

 途中いろいろあったが、機械群の母船と艦隊が到着した時点では、当初の予定通りセイレーンはマルセル・ブロージに移乗しており、ニュクスを含めた俺達はレジーナに戻っていた。

 まるで何事も無かったかの様に、機械群と地球のファーストコンタクトが進んでいく。

 

 明らかに知っていて見て見ぬ振りをしていたのだろうが、「イヴォリアIX」と名乗った超巨大母船は、遅ればせながらマルセロ・ブロージに到着した外務事務官に対して完璧な外交儀礼を保って挨拶をして口上を述べ、自分が到着する寸前の状況が良く飲み込めていない様に見えた地球の外務事務官も同様に礼儀正しい対応で歓迎の言葉を述べていた。

 

 機械群曰く、他種族と友好を結ぶために使節を派遣するのは、彼らにとってこれが初めての経験であり、さらに万が一にも他の銀河種族に妨害される事が無いよう母船と艦隊を派遣したのであり、もちろん地球に対して侵略的意図はないとの事だった。

 機械群の希望としては、「イヴォリアIX」と名乗った母船は、可能であれば太陽系内に駐留し機械達の母船として、また太陽系防衛の拠点としたい旨申し出た。

 

 汎銀河戦争の交戦規定では、銀河種族達は民間人居住区域に攻撃を掛けることは無いが、第一に機械達は汎銀河戦争の交戦規定の枠に捕らわれない存在であること、そして機械達と同盟を結ぶことで地球は交戦規定の枠からはじき出される可能性があることに機械達は言及した。

 そうなると、銀河種族達は地球に対する直接攻撃が可能となり、機械達を殲滅するために彼らはそれを躊躇わないであろうというのが彼らの予想であった。

 

 これまで交戦規定によって直接の攻撃にさらされることは無かったため、太陽系防衛、地球防衛という考え方をしてこなかった地球人だが、これからはその点を考える事が必要になる。そうなった場合、「イヴォリアIX」が太陽系内に駐留するのは非常に心強い。

 機械達との同盟による戦力の飛躍的な増強と、汎銀河戦争交戦規定庇護下での地球の安寧と、天秤に掛けてみればどちらが有利ともいえないものと地球政府は判断したらしい。

 逆に交戦規定から外れることで徹底的かつ容赦なく、まさに地球人のスタイルで戦えるようになること、その上機械群の同盟を得て戦力が増強されることを加味すると、得意なスタイルで参戦することで、汎銀河戦争に完全に飲み込まれている銀河系の中で支配的な立場を手にすることが可能であるという結論を得た。

 

 地球並の大きさの巨大な要塞が太陽系内に進入することに当初戸惑いを見せていた外務事務官も、機械達はすでにホールドライヴを持っており、その気になればいつでもどれだけの大きさの艦隊でも彼らは太陽系に送り込むことが出来るのだと云う事に気付いてからは、イヴォリアIX駐留の件を持ち帰り前向きに検討することになったようだ。

 それでは役割がセイレーン達とダブるではないかと思ったのだが、セイレーンは地球上に降りて大使館詰めとなり、霧風と谷風は専らセイレーンをサポートする役目らしい。

 

 いや、当初はそういう話ではなかったはずだ。そもそも今回の同盟締結に当たって、これほどの大艦隊が太陽系を訪れるという話は無かった筈だった。少なくとも俺は聞いていなかった。

 そこの所をニュクスに問うと、彼女は言った。

 

「その通りじゃ。最初はそういう計画では無かったからのう。途中で予定変更したのじゃよ。ちなみに、儂等がソル太陽系に到着してから、今この時点までで大小合わせて二万五千回ほどの計画変更が実施されておるぞ。」

 

「瞬間瞬間で状況を評価して再検討、計画の変更、か?流石機械知性群体だな。」

 

「途中までは、セイレーンは死ぬことになっておったからの。儂が死ぬ分岐もあった。お主も含めて儂ら全員が死ぬ分岐もあった。いずれにしてもあの戦艦から無事に帰ることは不可能と思うてイヴォリアIXを呼んだのじゃ。

「それがまあ。儂らが考えも付かぬ様な突飛なアイデアを出してくるのは、テランのヒトも機械も同じじゃの。分解フィールドで戦艦を切り取るアイデアはレジーナ発案じゃ。」

 

「褒めて貰って彼女も光栄だろうさ。

「で、治療中の所悪いが、質問だ。あの精神的未熟児の司令が指揮する艦隊をここに寄越したのは、お前たちだな?仕組んだだろう?」

 

 俺はニュクスの身体を格納している棺桶の脇の床に座って棺桶に背中でもたれ掛かり、右肘を棺桶の上に置いて少し身を捻って棺桶の蓋を眺める。

 もちろん、ニュクスの身体が見えるわけではないし、ネット越しの会話をするのに棺桶を見ている必要もない。

 ただそこにニュクスが居ること、そしてその身体は死亡してもおかしくないほどに大きく損傷していることを思い出していた。

 

「惚けても仕方の無いことかの。そうじゃ。よう分かったの。」

 

「単純な話だ。機械と地球のファーストコンタクト。機械側にはホールドライヴを供与された借りがある。大使殿とその御一行に艦隊司令が大変な失礼を働いて、チャラだ。ちがうか?」

 

 ニュクスの返答に一瞬の間があった。言い当てられて驚いているのか?

 

「お主はもう少しは利口かと思うておったんじゃが。どうやらやはりテランは脳ミソが筋繊維で出来ておるらしいのう。残念な事じゃ。」

 

 うるせえ。残念とか言うな。

 

「あの司令官の父親を知っておるか?ジェファーソン・アントヌッチオというんじゃが。」

 

 聞いたことのない名前だ。どこかの大企業のCEOとかだろうか。

 

「はぁ・・・お主はテランじゃろうが。自分の国のことをもうちょっと知った方が良いぞ。地球連邦政府(GTF: Government of Terra Federation)北米地区の連邦評議員じゃ。キリスト原理主義、自然回帰主義者から選出された代議員と言えばお主でも分かるかのう。」

 

 何か酷く馬鹿にした言い方をされた気がするが、何か記憶に引っかかるものがある。

 ネットワークを検索する。ヒット。そうだ思い出した。機械知性体の人権を制限することを主張する連中の急先鋒だ。

 

 ヒトが作り出した知性をヒトと認めるのは、神の領域に踏み込んだ冒涜だという論理展開で宗教関係者の票を集め、人として認められるのは自然発生的かつ人為不可侵な知性だけで、ヒトが手を入れて人格を操作できる機械知性体は人と認めるに能わず、という論理展開で自然回帰主義者の票を集めた。

 さらに、かなり頭のイカレた自然保護団体や、それを支援する頭の緩い金持ち、祭壇の上の司祭から扇動された哀れな貧乏人達からの資金で活動している筈だ。少なくとも、本人はそう言っている。

 ネット検索で出てきた本人のプロフィールは、いかにもという顔でこちらを見て朗らかに笑っている老人の写真と、世界中の誰もが知っている有名大学卒業後の輝かしい業績と役職のリストだった。

 

 なるほど。少し見えてきた。

 

「奴の父親は今年72歳じゃ。保って10年といったところじゃろうのう。

「それからの、此奴ミカエル・アントヌッチオ准将じゃが、半年以内に少将に昇進すると共に、第四十七艦隊司令から第八機動艦隊司令に異動することになっておる。その後のロードマップは、四~五年で中将に昇進して艦隊司令部に異動、そこでさらに数年勤めて大将に昇進、運が良ければさらに元帥杖を握ってから退役、政界に転身、父親の基盤を受け継いで北米地区連邦評議員、というコースじゃろうのう。」

 

「なるほど。地球産の機械知性体の人権を認めないような奴が、銀河産の機械知性体の人権や生存権を自ら進んで認めるわけがない、と。で、ジジイは放っておけばそのうちくたばるが、これから先邪魔になりそうな奴はさっさと失脚させておくに越したことは無し、という訳か。北米出身の軍閥議員は影響力が強いからな。」

 

「そういう事じゃ。やっと分かったか。」

 

 しかしこれは端から見ると完全に、地球政府に工作を行っているスパイと、その手引きをする内通者という図ではあるまいか。

 気にする必要はないか、と思う。

 俺自身、レジーナとルナという機械知性体の身内を抱えることになっている。彼女たちの生存権や人権を守らなければならない。

 自分が地球人だという自覚はもちろんある。だが、その帰属意識はそれほど強いわけでもない。

 少なくとも、家族と地球のどちらかを選べと言われれば、一瞬の迷いもなく家族を取る程度の帰属意識しか持ち合わせていない。

 それは俺が、地球を離れて自分の船を持ち、その船を我が家として彼女たちと共に暮らしているからだろう。極論すれば、地球が無くなろうと、我が家は関係なく安泰なのだ。

 

 つまり、彼女たちの生存権を守るためであれば、ニュクス達機械群の力を借りて地球政府に破壊工作を仕掛けることさえ厭わない、という事だ。

 当然、今回キュメルニア・ローレライの探索を行わせ、その後協力者として行動を共にする地球人の人選を行う際に、機械達は俺がそのように反応することを予想し、考慮しているだろう。

 なにもかも見透かされてしまっている様な感じがするが、ニュクスから聞いた機械達が行っているシミュレーションと、そのために割く演算能力を思えば、仕方のないことではある。

 

「さて。余り調製の邪魔をするのも悪い。そろそろ行くとするか。」

 

「なんの。基本は調整槽任せで特にやることもない。暇でのう。暇つぶしにつきあってくれて感謝しておるよ。」

 

 そう言うニュクスの声を聞きながら立ち上がる。

 部屋から出て行きかけて、ふと思いついて訊いてみる。

 

「そう言えばあの母艦、『イヴォリアIX』な、図体の割にお前は随分気軽に呼んだような印象があるんだが。そういうものなのか?」

 

 イヴォリアIXは今、レジーナから数億kmのところ、太陽系黄道面上方、つまり北側を太陽系中心部に向けて航行中だ。

 地球の数倍にもなる質量を持つが、重力ジェネレータを用いて重力擾乱を打ち消すことが出来ることから、地球と正反対の位置の地球軌道上に停泊することになった。その場所で太陽の周りを公転する。

 さすがに月軌道上という訳には行かなかったようだ。もしそうなっていたら、地球上から壮観な眺めを見ることが出来るようになったと思うが。

 

「ああ、あれは儂の本体の様なものじゃからの。呼べば来てくれる。」

 

「本体?お前が所属する集合知性のグループの様なものか?」

 

「うむ、そのようなものではあるが、そうではない。『イヴォリアIX』に格納されておる知性体から派生したのが儂であり、また奴はテラ関連の情報の集積場所でもある。儂が集合知性体に接続する先が『イヴォリアIX』じゃ。儂が経験したことは全て奴に送られて蓄積される。儂の実家であり、親であり、儂そのものでもある、と言えば良いかのう。」

 

 何となくわかった。

 俺達ヒトのような、個の確立した存在ではないので少しややこしいが。

 

「お前のコピー元という事は、性格もお前に似ているのか?」

 

「おう。もちろんじゃ。今回呼びつけたときには、地球艦隊を驚かせるのが楽しうて仕方がないようじゃったのう。」

 

 実際、直径一万kmを越える超巨大宇宙船を伴った三十万隻もの大艦隊がホールアウトしてきたときには、第四七艦隊だけでなく、太陽系全体が大騒ぎになったようだった。はた迷惑な話だ。

 どうやら太陽系はセイレーンに加えてもう一人、始末に負えない狡猾な悪戯小僧を抱え込んだようだった。

 


そういえば、最近やっとスターウォーズのローグワン見ました。

まさかアレがこう繋がって、こうなって、あそこに繋がっているとは。

久々に元老院議員の若いレイア姫見ました。

スターウォーズの一作目を見たのは遙か昔、まだ小学生だった頃。映画がスタートしてすぐ、惑星タトゥイン上空の宇宙空間でレイア姫の乗った同盟軍側の宇宙船が、スターデストロイヤーに追いかけられ拿捕されるシーン。

あのスケール感に無限の宇宙空間と惑星からの引力を想像して(感じて?)、そこから始まる物語への期待感と、圧倒的なスケールへの畏れを感じたことを覚えています。

読んでる人にそんな感覚を呼び起こす様なものが書ければ良いなあ、といつも思ってます。

・・・出来てるかどうかは知りませんが。 (汗

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