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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第一章 危険に見合った報酬
44/264

44. 疑念


■ 1.44.1 

 

 

 その後の俺達は、余りやる事が無かった。

 ベレエヘメミナ内部で俺達の占領するエリアに侵入しようとする動きは、ブラソンがネットワーク上に仕掛けているプログラムが検知してくれるという事だったので、俺達は完全に警戒をやめ、ビルハヤート達も最低限を除いて警戒を解いた。

 事実これまでもメンテナンス用の小通路や、物資移動用通路などを使った侵入が何度も行われては、全てそのプログラムによって発見され撃退されていたことから、ビルハヤートもブラソンの防衛プログラムを信用したようだった。

 

 事態はすでに俺達のいる最前線での攻防では無く政府対反乱軍の政治交渉のレベルに入っており、俺達がやる事と言えば、このエリアの占領を継続して、いつでもまたすぐに本気の殴り合いが出来るぞという姿勢を示す事だけだった。

 政府と反乱軍との交渉が始まった事で状況は停戦状態となり、表面的には反乱軍からの明確な攻撃や侵入行為は無くなっていた。

 もっともブラソンによると、ネットワーク上では未だになんとかネットに潜り込もうとする反乱軍オペレータと、それを片っ端からモグラタタキのように潰していくブラソン謹製プログラムとの間で小競り合いが続いているらしい。

 それは明確な敵対行為で、政府対反乱軍の停戦協定違反なのではないか、と言うと、

 

「ああ、こんなのは戦争じゃ無えよ。ちょっとワルイ事を覚えた近所のクソガキが悪戯するレベルの日常の風景だ。」

 

 とブラソンは鼻で嗤っていた。

 

 ブラソンのベレエヘメミナネットワーク占領宣言から数時間の後に、ハフォン政府とクーデター対策本部、反乱軍艦隊指揮官とベレエヘメミナ反乱軍総司令官との間で交渉が持たれた。

 ベレエヘメミナ鎮圧軍の隊長としてビルハヤートが、ネットワーク占領「部隊」の指揮官としてブラソンがその会議での傍聴を要請された。

 実際は俺とブラソンを含めた二十四名の軍民混成部隊が一ヶ所に身を寄せ合っているだけの「ベレエヘメミナ鎮圧軍」なのだが、ネットワークを手中に収めた後、ブラソンは欺瞞情報をばらまきまくったらしく、ベレエヘメミナの反乱軍は、今現在一体何人の鎮圧部隊が自分達と同じステーション上に存在するか全く掴めていないようだった。

 

 調子に乗ったブラソンは、数万の陸戦隊を満載した数千もの兵員輸送艦が続々とベレエヘメミナに到着し、次から次に部隊を展開している情報を流したらしい。

 目と耳を塞がれ、連絡手段も奪われるというのは恐ろしいもので、どう考えてもあり得ない荒唐無稽なその欺瞞情報に、ベレエヘメミナ反乱軍はコロリと欺された。

 センサーを奪われ、通信手段を奪われたベレエヘメミナ反乱軍は、たかだか一万km向こうに展開する同志部隊と連絡を取る事も出来ず、数百kmしか離れていない同志艦隊と話す事も出来ない。

 あり得ない、ウソだ、と思っていてもその情報の真偽を確認する手段が無い。

 さすがにこの状態で敵を過小評価するほどベレエヘメミナ司令官は愚かではなかったらしく、最大の可能性として数万の陸戦隊が突入済みとして考えた場合、目も耳も手足ももがれたこの状況ではもはや投降するしかないとの判断を下したようだ。

 実際は、最小の可能性であるたった二十四人の部隊が居るだけだったのだが。

 

 俺は所詮駆逐艦の艦長でしかなかったのでその会議への傍聴要請はなかったが、参加したブラソンは始終ニヤニヤしながら会議の進行を傍聴していた。

 外様の民間人の駆逐艦の艦長が「特務突入艦隊司令官」などを名乗って会議に入れば、せっかく信じ込んでくれている嘘がばれてしまう。

 ブラソンのニヤケ顔を眺めながら、たぶん嘘と茶番だらけで下手なコメディー映画よりも遙かに面白そうな会議に参加できないことを少し残念に思っていた。

 ただ一度、たぶん発言を求められたブラソンが、

 

「司令官殿。我々はあなた方の索敵通信手段を全て掌握している。全て、だ。そこをご理解いただければ助かる。」

 

 と言っていた奴の口調が少し引っかかった。

 ブラソンはその発言をわざわざ音声に出して喋った。

 つまり、俺に何かを聞かせたかったのだ。

 

 連中の会議が終わり、またしばらく待機時間が続く。

 何時間か後、未だラシェーダ港のクーデター対策本部に詰めるサベスから全員に通信が入った。

 

「諸君、ご苦労だった。もうすぐそちらに陸戦隊輸送艦隊が接岸する。引き継いだ後に帰還しろ。帰りのルートは陸戦隊の部隊司令の指示に従え。以上。」

 

 帰還命令が出ると、さしものビルハヤートの小隊にもホッとした雰囲気が漂い始める。

 しかしその間もブラソンはシステムメンテナンスルームに籠もりっきりだった。

 さらに数時間待機が続き、突然通路の気密隔壁が上がり始める。幾つかの隔壁が上がると、その向こうに歩兵部隊らしい小さなユニットの集団が見えた。

 

「第3156陸戦小隊、ご苦労だった。こちら第七基幹艦隊所属第659陸戦大隊、大隊長のセイエダンだ。占領任務を引き継ぐ。」

 

 歩兵部隊は空中に浮き上がると、素晴らしい勢いでこちらに向かってくる。

 ディスプレイには友軍のシンボルが表示されている。

 

「おいオタク野郎。あれは本当に659大隊で間違いないか? 味方か?」

 

 ビルハヤートの声が飛ぶ。

 無理もない話だ。ここは反乱軍占領地のど真ん中で、確実に味方だと自信を持って言えるのは、目の前にいるずっと一緒に戦ってきた二十数名のみ。

 敵に回っている連中も全員ハフォン軍で、こちらと同じ装備を使用している。外見で敵と味方の見分けなど付きはしない。

 

「大丈夫だ。連中の通信先が第七基幹艦隊であることは確認している。第七基幹艦隊はクーデターに参加していない。味方だ。」

 

 ブラソンの声がビルハヤートに答える。

 

「こちら第3156陸戦小隊、小隊長ビルハヤート。第659陸戦大隊長殿、引継感謝致します。」

 

 ビルハヤートの返答が聞こえ、そして第659陸戦大隊の兵士達が俺たちの前に着地し始める。

 肩に赤色の線がペイントされたHASがこちらに進み出てくる。たぶんあの線が大隊長マークなのだろう。

 

「ビルハヤート小隊長、聞きしに勝る大活躍だ。見事と言うほか無い。それと民間からの協力者のお二方。厳しい任務ご苦労だった。もう安心して良い。第四、第七基幹艦隊から続々陸戦隊が上陸している。状況は収束に向かっている。

「さて、早速だが現状を教えてもらい引き継ごう、ビルハヤート小隊長。」

 

「諒解しました。こちらにどうぞ。」

 

 ビルハヤートがセイエダン大隊長を連れてシステムメンテナンスルームに入り、説明を始める。

 状況説明はものの10分程で終了し、第3156陸戦小隊は占領任務を解かれて、俺たちは帰還を開始した。

 

 

■ 1.44.2 

 

 

 反乱軍との停戦交渉会議に傍聴出席が終わった後も、ブラソンはネットワーク上で調査を続けた。

 クーデターは阻止され、依頼はほぼ達成された。

 ただ、ここで気を緩めるほどバカではない。

 報酬を支払わずに済ませるため、あるいはただ単純に口封じのため、今まで味方だったハフォン情報軍がいきなり裏切る可能性はまだ十分に残っている。

 

 そしてもう一つ、すっきりしない点が残っている。

 反乱軍ネットワークがフィコンレイド語を中心としたコマンドで構築されていたと言うことは、クーデターそのものがフィコンレイドの謀略であったことはほぼ間違いないと見てよい。

 では、フィコンレイドはどうやってこのクーデター組織とそのネットワークをハフォン国内に、さらにハフォン国内でも最もその手のセキュリティが厳しいであろう軍内部に構築できたのか。

 この点をはっきりさせた上で正しい場所に落とし所を見つけなければ、依頼達成と見なされずに報酬を割り引きされる可能性が残る。

 フィコンレイドが極秘裏に構築したネットワークについてハフォン情報軍に報告する義務は無いが、バックグラウンドを押さえずに結論を急ぐと、思わぬところで足下をすくわれかねない。

 ブラソンは占領任務が解除されて帰途についた後もこの問題を考え続けた。

 どこで盗聴されているか分からないため、マサシに相談するのも憚られた。もちろんミリに相談するのは以ての外だ。

 

 ベレエヘメミナを離れるために、兵員輸送艦に乗り込むピアを移動する。

 ピアの旅客待機エリアにフードベンダーがあったのでちょうど良いと云うことになり、ビルハヤートの号令一下全員食事を摂る。

 ブラソンは3156小隊の面々と一緒にベンディングマシンの前に並び、固形ブロックを受け取った。

 未だ続々と陸戦隊が到着し、HASやLASを着た隊列が駆け足で行き交う人の往来の激しいピアの隅に邪魔にならないように固まり、3156小隊はめいめいにパッケージを開け、食事にありつく。

 

 マサシが相変わらずしかめっ面をして食事のパッケージを開けているのが眼に入り、思わず笑ってしまう。

 この仕事も多分もうすぐ終わる。生きてこの星系を出る事が出来れば、多分マサシはいの一番に船を買うために地球に向かうだろう。そうすれば食事に関するマサシの欲求不満も解消できるだろう。

 マサシにはまだ話していないが、ブラソンはマサシに同行してテラを訪れるつもりだった。

 あれだけ腕の良いフリーランスのパイロットなどそうそういるものでも無い。

 操船技術が卓抜しているだけで無く、非常時の格闘能力もさすがテランと言える頼りになるものだった。

 マサシさえ良ければ、しばらくコンビを組んで仕事をするのも悪くない、と思っていた。

 

 周りで床に座り込んだ小隊の兵士達が食事のパッケージを開ける音がする。

 常時数百人もの陸戦隊兵士達がピアを通り抜けていくので、少々埃っぽいのが気になるが、光学迷彩にセンサーリダクションを掛けた見えない敵がいつ突入してくるかと気を張って警戒しながら、チューブに入った軍用食(レーション)ゲルを口にするしか無かったつい先ほどまでに較べれば、落ち着いて食べられるだけ随分マシな状況だと言える。

 

 ベンディングマシンから吐き出された自分のブロック食のパッケージを開け、ピアの床に直接腰を下ろしパッケージの中に覗くブロックを摘まんだ瞬間、ブラソンは頭の中で色々な状況証拠が一気に繋がった気がした。

 

 あれは定期航路でハフォンに到着した時。

 ハフォネミナの民間用ピアの入国管理区画をマサシと並んで歩いている時。出入国管理用IDセンサが誤動作を起こし、身体拘束を受けた。

 あのとき、誤動作の原因となったのは前を歩いていた民間のハフォン人だった。

 決して軍人では無かったし、政府高官といった感じの役人風の身なりでも無かった。

 

 フィコンレイドのスパイがハフォンに潜り込んだのでは無くて、ハフォン国内でスパイが発生した(・・・・)のだとしたら?

 軍人や政府高官に標的を絞ってスパイ化したのではなくて、無差別大量にスパイ化して、その中から政府高官や軍高官の役職に就いた者が現れたのだとしたら?

 そもそも、彼らスパイが、自分がスパイである自覚が無いとしたら?

 いや違う。

 スパイである必要はない。ただ単にハフォン政府を転覆し、フィコンレイドと「友好を結ぶ」思想を持つ集団が発生するだけで良い。

 青いネットワークは、クーデター組織の連絡用のネットワークという機能だけでは無く、スパイをアクティブ化する信号を発し、無自覚に自然とそのネットワークに取り込むためのものだとしたら?

 

 今食べているブロック食のようないわゆる「食品」は、天然由来の原料が多い。ここに妙な化合物が混ざっていれば目立つ。

 しかし薬品はどうだ? 医療用薬品は規制も監視も厳しいが、いわゆる日常薬品や機能性食品であれば、少々複雑な化学物質が入っていても比較的怪しまれないのではないか?

 人体を構成する生体組織との親和性を高めるため、標準的なバイオチップを構成するのは主に蛋白質類だ。

 チップ全てで無くて良い。最初の種になるコントロールコアさえ作ってしまえば、あとの原料は宿主の身体から幾らでも供給される。

 機能性食品の中に、バイオチップの基となるような蛋白質を混入し、これを人知れずハフォン中に流通させればどうなる?

 人体に蓄積したバイオチップ原料蛋白質をごく単純な機能を持ったナノボットで結合させれば、機能の方向性は似通っていても規格に統一性のないバイオチップが出来るのではないか?

 

 銀河標準プロトコルとのマッチングがたったの51%、標準規格とのマッチングが83%しかない、規格の統一されていないバイオチップ。

 今回クーデターを起こしたのは政府を転覆させる為に一番手っ取り早い力を持つ軍人達だったが、何十億という民間人もまた同じ様なバイオチップを持っているとしたら。

 

 やばい。

 しかしまだあくまで想像でしかなく、そして確認の方法がない。

 これだけハフォン軍が上陸してきた中で、ベレエヘメミナネットワークに再度ノバグを展開するのは危険すぎる。

 AIの特徴的な動きはすぐに特定され、警報が鳴り響くだろう。

 ベレエヘメミナの全ネットワークを完全占拠するつもりだったから、ネットワーク上へのノバグの展開が出来たのだ。今はもう無理だ。

 とは言え、機材も無い中でブラソン自身が情報探索をするには何日もの時間が必要だ。

 機材の揃っているクーデター対策本部に戻るにしても、クーデターが鎮圧された今となっては機材を使用する明確な理由がない。

 

 ハフォンに帰還する兵員輸送艦の中で、マサシを前にしてブラソンはミリに話しかける。

 

「クーデターの未然防止はできなかった。しかし最小限の規模と被害で終結させた。これは依頼完遂と見なして良いと思うが?」

 

「それを判断するのは私じゃない。サベス連隊長よ。」

 

「そんなことは分かっているさ。ダマナンカスで俺たちをスカウトしたお前の目から見てどうだ、という話だよ。言質が取りたいわけじゃ無い。素直な感想を聞かせてくれりゃ良い。要は、安心させてくれ、という話だ。」

 

 契約内容を彼らに説明する役割を担っていたハナラワンサ最上級隊長であれば、この依頼の完遂条件を熟知していたかもしれない。

 しかし、酒場でマサシを煽る娼婦の役を割り当てられていたミリに、そこまで明確に任務完了条件が伝えられていたかどうか。

 果たして、少し考えた後に口を開いたミリはこう言った。

 

「私個人の考えなら、十分に依頼達成だと思うわ。」

 

 マサシとブラソンの二人の顔に不敵な笑みが浮かんだ。

 クーデター対策本部長が同じ判断を下すようならば、とっとと金を受け取って一番早い船でこの星系ともおさらばだ、とブラソンは思った。

 

いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

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