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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第一章 危険に見合った報酬
39/264

39. ノバグ


■ 1.39.1 

 

 

 通路の反対側の遮蔽物裏に陣取ったビルハヤート達が何かをしている。

 通信管制を指示されているため、何をしているのか問うことも出来ない。

 ビルハヤートの部下ではないとは言え、今現在この突入部隊の指揮を採っているのはビルハヤートだ。指揮官の指示には従わねばならない。

 

 前方の特殊スーツの部隊はすぐ近くまで来ているだろう。

 連中のスーツの装甲はどれくらいの耐久性を持っているのだろう。

 すぐ傍なら光学迷彩特有の揺らぎを見ることは出来るのだろうか。

 武装はアサルトライフル以外に何を持っているのだろう。

 今まさに俺達に襲いかからんとしている前方の特殊スーツの事が気になるが、戦闘薬の効果で、もうすぐ自分が絶体絶命の状態に陥る事への恐怖はなかった。

 申し合わせたわけではないが、俺が遮蔽物左側、ブラソンが左上方、ミリが上方に向けてライフルを構えていた。

 遮蔽物を越えてこちら側に敵が現れたなら、即座に引き金を引ける状態で敵が現れるのを待っていた。

 

 ビルハヤート達の方から爆発音がした。

 ミサイルか?

 いや違う。ビルハヤートが壁に向かってライフルを撃っている。

 弾種を炸裂弾にしているらしく、打ち込んだ弾が壁の中で爆発している。

 何をしているのだろうと疑問が浮かんだ瞬間、ビルハヤートの頭上が真っ赤に染まった。

 その赤い色は爆風に乗って辺り一面に拡散した。

 宇宙船やステーションなどの構造に損傷が発生し、空気漏れが発生した場合応急処置としてその穴を塞ぐための粘着性浮遊(リペア)粉末補修材(ゾル)だ。

 破断孔から空気が漏れる気流に乗って空気漏れ箇所まで漂っていき、そこの構造材に張り付いて積層して穴を塞ぐ。大概の宇宙船は応急処置として似たようなものを搭載している。

 俺はビルハヤートの意図を理解した。

 つまり、こういう事だ。

 

 遮蔽物から飛び出した俺は、ライフルを前方に向ける。

 その銃口を向けた先、ほんの数m前方を赤い人型の固まりがこちらに突進してくる。

 引き金を引く。

 銀色に光る徹甲弾が撃ち出され、赤い人型に吸い込まれる。

 最初の一・二発は弾かれたが、何発目かが頭の部分を吹き飛ばした。さらに右腕が吹き飛ぶ。

 HASに比べて弱そうな装甲を貫いて弾体が赤い人型の中に潜り込む。

 光学迷彩が消え、赤く汚れた白銀色の装甲服が姿を現す。

 徹甲弾は胸部装甲を吹き飛ばし、消えた頭の破断口から兵士の体内を突き抜け背中に抜ける。

 背中の装甲が吹き飛び、次の瞬間白い装甲服は俺の目の前から消えた。

 貫通した弾がジェネレータを破壊し、慣性制御出来なくなったスーツは30km/secで叩き付けられた口径約20mmの徹甲弾の運動エネルギーで遙か彼方に吹き飛ばされたのだ。

 

 ミリが遮蔽物を蹴って空中に飛び出す。

 遮蔽物の向こう側に丁度取り付いた赤色の人型に、ほぼゼロ距離から銀色に光る弾丸をまとめて叩き込む。

 その俺の射線の上をミリのHASが飛び越え、空中から前方の人型に連射を加える。

 俺が撃った人型は、遮蔽物と壁の間に押し込まれ、大量の弾を食って肉片と金属片が混ざり合った鮮やかな赤と灰色の固まりと化した。

 背中に衝撃。

 振り向きざまにライフルを撃とうと思ったが、敵までの距離は1m無かった。

 至近距離から装甲の弱い部分を狙おうとしたのか。バックパックが無ければ今頃死んでいたぞこのクソ野郎。

 振り向いた勢いでそのままライフルを横殴りに頭に叩き付ける。

 パワーではHASが勝っている。

 慣性制御された敵のスーツをHASのパワーが弾く。

 そのまま一歩踏み込み、顔面を思い切り殴りつける。

 赤くまだらに染まった人型の体制が崩れる。

 それはまるで、中ががらんどうの赤いまだら模様の人型の膜がたたらを踏んだようにも見える。

 体勢の崩れた人型に右の回し蹴り。

 さらに人型が傾く。

 持ち替えたライフルの銃床を頭に叩き付けて、赤い人型を床に叩き伏せる。

 胸の上に踵落し。

 徹甲弾を弾くこともある装甲がこの程度でイカレる訳はない。そんなことは分かっている。

 だから、同じ事をやってやるよ。

 銃口から人型の赤い頭までの距離は20cm。

 右足で胸を踏みつけたまま引き金を引く。

 数発目で人型のヘルメットはグズグズになり、こればかりはステルスがかかっていない血液が床に飛び散る。

 AAR画面の情報に赤いアラート。

 文面を読む必要もない。

 前に向かって飛び込む様に床の上を転がる。

 HASを着て飛び込み前転は難儀する。

 一瞬、上から俺に向かって落ちてくる赤い人型が見える。

 一瞬だけジェネレータを作動させ、仰向けのまま数m移動しながら向きを変え立ち上がる。

 人型は空中で向きを変え、こちらに迫る。

 なぜ撃たない?

 違う。右手が何かを構えている。

 右手の先にあるものは、未だ周辺の空中を漂っているリペアゾルを纏い赤く煙っている。

 今俺に向かってくる人型は、刃渡り50cm程の高周波ナイフを持っている。

 ナイフと云うよりも、ショートソードと言った方が良い長さだ。

 高度光学迷彩(ステルス)で絶対に見つからないという自信があっての近接武器だろう。

 確かに、高周波ナイフの中にはHASの特殊装甲でさえ易々と切り裂くものがある。気付かれずに接近さえ出来れば、下手な銃よりも余程有効だろう。

 だが悪いな。

 今のお前は真っ赤に着色されて夜空の彗星並に目立っている。

 たっぷり数十発の実体弾を叩き込んだ後に、俺の前にステルス剣士の姿はなかった。

 

 追加のAAR画面のアラートは無い。

 高度光学迷彩スーツは、そのままでは今俺達が着用しているHASのセンサーには全く引っかからないが、赤いリペアゾルをぶちまけられて輪郭がはっきりとしたことで、光学シーカーにきっちり認識されるようになっている。

 取り敢えず差し迫った脅威はなくなったようだ。

 辺りを見回す。

 しかし辺りを見回しても、動き回る赤い人型はもういない様だった。

 

「大丈夫か。」

 

 遮蔽物の後ろにまだ隠れているブラソンに声をかける。

 ブラソンは白兵戦や格闘戦の要員では無い。きっちりと隠れていてくれる方がこちらも助かる。

 

「よく分かった。やっぱりテランの戦闘能力は異常だ。」

 

 そうボヤきながら、ブラソンは遮蔽物の陰から出てきた。

 

 ミリが戻ってくる。

 そう言えば、俺達のスーツは相変わらず光学迷彩がかかっている。ミリの姿もほとんど透明で光が滲む程度でしかない。赤い人型になっていない。

 

 俺達は三人そろって、ビルハヤート達四人がいる通路の反対側に向かった。

 

「無事なようだな。結局何人いやがったんだ? こっちは三人倒した。」

 

 ビルハヤートが声をかけてくる。

 

「私は二人。」

 

 ミリが応える。

 

「ブラソンは?」

 

「無茶言え。俺は肉体労働派じゃねえ。」

 

「ブラソンはゼロ。で、俺が四人。」

 

「・・・・は?」

 

 ビルハヤートが間の抜けた声を上げる。

 

「こっちゃ四人掛かりでやっとこさ三人倒したんだぞ。その間に銀ネフシュリは二人で、おめえは一人で四人だと? あのクソ素早くてチョロチョロするのをこの短時間でどうやったら四人もやれるんだ。」

 

 どうやったらと言われても、普通に撃退したとしか言いようがない。

 勿論、戦闘薬の効果はあるだろうが。

 俺にしてみれば、普通に街中のゴロツキとやり合った程度の苦労でしか無かった。それほど素早い動きの奴らだとは感じなかった。

 

「ったく、テランってやつはよ。おめえ、運転手やめて陸戦隊になった方がいいんじゃねえか? 俺んとこに来るか?」

 

 陸戦隊に入る気は勿論無いが、これは多分ビルハヤートなりに俺のことを認めたという意味なのだろうと思った。悪い気はしない。

 

「俺達の光学迷彩は何でそのままなんだ? 大丈夫なのか?」

 

 ビルハヤートも俺の肯定の答えを期待して言ったわけでは無いだろう。俺は先ほどからの疑問を口にした。

 

「連中の高度光学迷彩は、スーツの材質そのものが光学迷彩の特性を持っている。我々のはフィールドを発生して電磁波を処理している。連中の高度光学迷彩はほぼ完全に透明を達成するのに対して、こっちのは完全な透過が得られず、動く度に少し揺らぎが出来てしまう。しかし光学迷彩フィールドなので、ボディにリペアゾルが付着しても透明なままで居られる。だから、光学迷彩を切ったら我々のスーツも多分真っ赤になっているだろう。」

 

 相変わらず微妙にコミュ障のスパイバージョンミリが解説してくれる。

 なるほどな。HASと船外作業服は基本的なところが同じとはいえ、船外作業服に光学迷彩など付いていないので、光学迷彩の種類や動作原理など今まで知らなかった。

 

「さて、怪我や故障はないか? 無ければ進むぞ。」

 

 視野の端に表示されているスーツのバイタルがまだグリーンであることを確認して、ビルハヤートに報告する。

 奇跡的にも、七人のうち誰も負傷しておらず、被弾はしていたもののスーツの動作不良も無かった。

 

「お前えらの実力は分かったが、それでもしっかり付いて来いよ。レイハンシャール、行くぞ。」

 

「了解。」

 

 レイハンシャールとその部下二人が宙に浮き、前進を開始する。ビルハヤートがそのすぐ後を飛ぶ。俺達も浮き上がり、その後を追う。

 システムメンテナンスルームまであと60km。

 

 そのまましばらく平和に飛行していたが、メンテルーム20kmほど手前でまたビルハヤート達が地上に降りる。そのまま脇道に入り込む。

 部屋に入る前の身繕い、という訳でも無いだろう。システムメンテナンスルーム手前に大規模な防御陣地でも築かれたか?

 

「おう、オタク野郎。奴ら絶対メンテルームの回りをガチガチに固めているはずだ。分かるか?」

 

「ちょっと待て。」

 

 そう言ってブラソンはまた手近な制御盤の外板を手でむしり開ける。

 

「お前えら、今のうちに弾の補充をしておけよ。徹甲最大で残弾100以下は交換だ。運転手、素人のお前えは残弾がどうあろうが交換だ。」

 

 と言われても、ブレットタブの取り出し方が分からない。

 固まっていたらミリが後ろに回り、俺のバックパックからブレットタブを取り出して手渡してくれた。AAR画面にブレットタブx1イジェクトの表示。

 

「彼らはイジェクトレバーを押すけれど、あなたはチップから指示すれば出てくる。取り出し口は右下。」

 

 ミリが取り出し口辺りを指先で叩く。

 チップをほとんど使わないハフォン人のスーツがチップ対応機能を持っているというのは少々奇異に感じる。

 多分、標準規格の船外活動服に合わせたのか、リモート機能がそのままチップ対応機能となっているか、そんなところなのだろう。

 ライフルにタブレットイジェクトを指示する。ストック部分から残ったタブレットが排出された。

 タブレットが床に落ちる前にミリが左手を出してそれを受け取り、ゆっくりと床に置く。

 

「タブレットは重い。案外音が大きい。ステルス掛けている間は手で受ける方が無難。」

 

 さすがその辺は経験者なのだな、と思った。

 タブレットがイジェクトされた穴に新しいタブレットをあてがう。新しいタブレットは一瞬の溜めの後、ライフル内部に吸い込まれた。

 

「そういえば、かなり被弾したんだが、一応外観を見て貰えるか? 光学迷彩を切る。」

 

 横に立つミリに頼んでみる。HASで撃ち合いなど初めての経験だ。今自分が着ているスーツがどういう状態なのかさっぱり分からない。

 スーツのバイタル表示はまだグリーンだが、相当被弾したのは確かなのだ。

 

「そうね。ここなら大丈夫。」

 

 光学迷彩を切った。赤くまだらに着色された俺のスーツが姿を現すが、思ったほど赤い色が付いていない。奴らのようにリペアゾルが漂う空間を高速移動した訳じゃないからか。

 

「背中の一発はヤバいわね。もう一回近くにもらったら貫通する。胸部装甲はまだ保ちそう。左の肩当てが取れかけている。ここもあと一発ね。他は大丈夫。随分撃たれてる。慣れないのに無茶し過ぎ。」

 

「背中と左肩に注意、だな。分かった。ありがとう。」

 

 もう一度光学迷彩をかける。

 さて、ブラソンがリアルに戻ってくるまで待機だな。

 

 

■ 1.39.2 

 

 

 ブラソンはベレエヘメミナのネットワークに接続する。

 そんな暇がなくてHASのU/Iの改造が終わっていないので、スーツの内部モニタで3D表示はまだ出来ない。

 ネットワークからの信号をチップI/Fにリダイレクトして、チップの処理で視野情報に割り込ませる。

 このやり方だと3Dの表示にチップのリソースをかなり取られてしまうのだが、自分が直接手を下すつもりでは無いのでこれで良しとする。

 

(ノバグ。ベレエヘメミナ上のコピーとリンクしろ。)

 

《はい、ブラソン。ベレエヘメミナ上のノバグ01とリンクしました。》

 

(状況を報告。)

 

《ノバグ01は最終切断以降待機中。状況変化無しです。スキャンや攻撃を受けた形跡はありません。》

 

 当然だった。

 ベレエヘメミナのシステム部隊の連中に見つかったりなどしないよう、念を入れて隠してあるのだ。

 

(至近のシステムメンテナンスルーム近傍に展開中の陸戦隊部隊を検知・特定できるか?)

 

《至近のシステムメンテナンスルーム08近傍に、陸戦部隊と思われる端末を多数検知しました。名称を特定出来ない不明なデバイス多数。既知のものは、ブラソンが装着中のものと同種の「HAS」二百八機、先ほど無効化したものと同種の「シールドジェネレータ」十二機、同「移動砲台」十二機、「戦闘用車両」二十六輛です。不明なデバイスが二十二機です。》

 

 HASが二百機以上存在することにブラソンは少々驚く。

 HASを着た一個大隊が、システムメンテナンスルーム前で彼らを待ち構えている訳だった。

 

(システムメンテナンスルーム08に配置されている端末とシステムに異常は見られるか?)

 

《システムメンテナンスルーム08に配置されている端末四台について、ハードウェア、ソフトウェア、ネットワーク接続いずれも異常は検知できません。》

 

(現在システムメンテナンスルーム08からネットワーク接続しているIDはあるか?)

 

《現在システムメンテナンスルーム08からネットワークアクティブなIDは存在しません。》

 

(ハフォン軍第3156陸戦小隊のIDとマサシとミリのHASのIDを識別できるか。)

 

《ハフォン軍第3156陸戦小隊のIDとマサシとミリのHASのIDについて、現在ネットワークアクティブでは無いため識別できません。》

 

(では彼らがネットワークアクティブになれば特定は可能か?)

 

《駆逐艦「キリタニ」接続時の記録から可能です。》

 

(ようし上出来だ。指示を与える。①システムメンテナンスルーム08周辺の全てのデバイスのネットワークアクセスをハッキング、②システムメンテナンスルーム08および周辺の全てのデバイスに対して現時点固定の欺瞞情報を送信、③システムメンテナンスルーム08配置の端末四台を占領し防衛、④システムメンテナンスルーム08周辺に展開する陸戦部隊の全てのデバイスのシステムを完全破壊、ああそれと⑤第3156陸戦小隊のIDとマサシとミリのHASIDにはリアルタイム情報を送信。優先度は⑤①②③④。即時実行。)

 

《ブラソン、①を実行するためには当方戦力が不足しています。ベレエヘメミナシステムメンテナンスルーム08コントロール下のネットワーク上にノバグ02~15のコピー形成します。許可を。》

 

(許可する。)

 

《ノバグ02~15を形成します。形成しました。指示内容①②③④⑤を即時実行します。》

 

 彼女がふわりと自分から離れていった気がした。それはあくまで気のせいで、名前の後に数字の付かないいわゆる彼女本体は常にブラソンの脳内生体チップに寄生している。

 小規模ネットワークを堕としたり、デバイスのシステムを完全破壊したりなど彼女は手慣れている。放っておいても上手くやるだろう。

 こうやって相棒を自由に動かせる事のありがたさを感じながら、ブラソンはネットワークからログアウトした。

 


いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

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