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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十一章 STAR GAZER (星を仰ぐ者)
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16. スターパイロット


■ 11.16.1

 

 

 そして俺達はまたアステロイドベルトに帰ってきた。

 もちろん、シャルルの造船所だ。半ば俺達のホームと化している。

 レジーナとシリュオ・デスタラの二隻が接岸するのも、ドックを避けて係留ヤード側に接岸するのであれば、少々長時間接岸しっぱなしでも迷惑を掛けることはない。

 

 シャルルからは身内扱いされており、そして身内(ファミリア)の繋がりを大切にするベルター達にとって、偶に「故郷」に戻って来たときに身内の家に顔を出さない事などあり得ない、というのが習慣だった。

 そんな習慣に良い様に甘えさせてもらっているのだが、アンジェラ曰く「シャルルは本当に会えるのを楽しみにしている」という事らしいので、変に気を回さないことにする。

 

「地球に行く? 良いんじゃないか? ついでに偶には親に顔を見せて来い。飛び出したあと、一度も帰っていないんだろう?」

 

 夕食の席で、シャルルにこの後の予定を聞かれてそう答えた。

 地球に行ってみようと思う、と。

 実際のところ、実家に帰りたいと思った訳ではなかった。

 それよりも、ずっと船の中に閉じ込めておくしかなかったミスラを青い空の下に出してやりたかった。

 はぐれファラゾアの幼女だとばれたときに、地球軍がどの様な反応をするか分からなかったので今まで彼女を地球に近づけることをしなかったのだが、今回の件でどうやら少なくともST達には彼女の存在はばれているらしいと云うことが分かった。

 アデールが居るのだから当たり前だが。

 

 最近頻繁にST部隊との接触があり、はた迷惑なことだが、どうやらST部隊からは半ば身内のような扱いを受けているようだという事に連中の言動から気付かされている。

 実際にST部隊からの勧誘を受けてしまったほどだ。

 アデールも、軍から一目置かれているST部隊と関係の深い俺やレジーナの搭乗員、さらに云うならKSLCの社員には、軍もその情報部も迂闊には手出し出来ないだろうと言う。

 ならば、ミスラを連れて地球に降りたとしても、連中が手荒な手段に出ることはまずあり得ないだろうというのが、ニュクスを含めた俺達の結論だった。

 

 軍や政府と関わり合いになりたくないと、幾ら連中を遠ざけようとしても勝手に近寄ってきて纏わり付き、絡め取ろうとする。

 であるならば、連中が絡みつくことの出来ない劇薬を身に纏えば良い。

 今から思えば、キュメルニア・ローレライの探索のためこの造船所でアデールに会った時点で、もうST部隊に目を付けられ、逃げられない事になっていたのだ。 少しでも使い方を誤れば自分の身を滅ぼす劇薬ではあっても、地球軍情報部と云う顔の見えない正体不明な連中から常に纏い付かれ脅され脅かされ続けるよりは、たとえ劇薬であっても顔が見えており、こちらとの関係を構築しようとしているST部隊に対してこちらも正面から向き合い関係性をコントロールしていく方が、遙かにマシだと俺は結論した。

 

「で、どうだったよこいつは? 役に立ったか? 足手まといだったか? 使い物にはなりそうか?」

 

 シャルルが鱈のソテーを切り分けながらミリアンの方を見て、そして俺に問いかけてきた。

 自分が話題となったことに気付いたミリアンは、一瞬ドンドバック船長の方に視線を走らせ、そして俯いてしまった。

 危うく命を落とし掛けた例のミスを気にしているのだろう。

 

「彼女のことならドンドバック船長に聞いてくれ。一番近くにいてずっと彼女を見ていたのは船長だ。」

 

 無責任に投げ出したようにも見えるが、実際それが事実であり、そして彼女が自分の船で使える船員なのかどうなのかを判断するのも船長だ。

 シャルルはドンドバック船長を見た。

 地球式の魚用ナイフとフォークを巧みに使って鱈を切り分けていたドンドバック船長は、シャルルの視線に気付くと言った。

 

「特に問題は無いな。ミスはあったが、新米の船員なら誰でもやらかすようなミスだ。ちょっとした油断が命に関わることになると本人も身に染みただろうさ。誰しもそうやって一人前になってくもんだ。」

 

 そう言ってドンドバック船長は小さく切り分けた魚の身をフォークで口に放り込んだ。

 

 船に乗ったばかりの頃は、とにかく船長が恐ろしかった。

 船のことを何も知らないガキが次から次へとヘマをやらかし、そのたびに怒鳴られ、時には拳骨が飛んで来た。銃で足元を撃たれたことさえあった。

 ミスをすれば本当に命を落とすような仕事をやらされ、まだまともに仕事の出来ない新米の命など人間以下の扱いなのだろうと当時は思っていた。

 確かにそれは間違いではないのだが、そうやってヤバイ仕事を乗り越えて経験を積んで一人前になっていくというのもまた確かに事実だった。

 

 今から思えば、例え俺が致命的なミスをしたとしてもギリギリのところでフォロー出来るように、必ず熟練者がすぐ近くにいて、俺が何かやらかす度に怒鳴り散らされながらもフォローしてくれていたのだ。

 ヤバイ所でミスをすれば命を落とすのは今も同じだ。その様な経験を沢山して、上手く回避出来る様になった事が当時と異なっている。

 パイロットとして抜擢され、コクピットに座る船長の近くに長く居る様になってから分かった。

 船長は何も知らない俺に、本当にギリギリの経験をさせてさっさと一人前にしようとしていたのだった。

 もちろんその途中で命を落とすようなことがあればそれまでだが、それは当たり前のことだった。

 厳しくも優しい、まさにその文字通りの男だった。

 

 もっとも、オンボロ中古とは言え海賊のHASにハンマー一つで立ち向かわされたのは、船内に充分な数の火器が無く、船員殆ど皆がハンドガンやSMGなどの豆鉄砲のような軽火器で武装しており、命中率に不安のある新米の俺に回すような武器は無かったのだと知った今でも、あれはちょっとやり過ぎだっただろうとは思うが。

 地球人補正を考慮に入れたドンドバック船長の絶妙な采配だった、と納得することにしている。

 実際、俺は生きて今ここに居る。

 

 ミリアンを見ると、食事の手を止めて俯いていたが、明らかにその強張った肩から力が抜けていくのが見て取れた。

 彼女はこのまま船に乗り続けたいのだろう。

 船長からダメ出しされるのではないかと緊張していたのだろう。

 船に乗り続けたい、星の海を旅したいと切望している間は大丈夫だ。

 その心を失わなければ、彼女はその内に良い船乗りになるだろう。

 

 流石に人数の多いビルハヤート達警備部の連中全員を同じテーブルに着けることは出来なかったが、レジーナとシリュオ・デスタラの主だった船員全員を歓待してくれたシャルル主催の夕食会は和やかに終わった。

 

 

■ 11.16.2

 

 

 白銀色の船体が陽光を受けて煌めく。

 レジーナがゆっくりと進む先には、真っ暗な宇宙空間の中にまるで周りの星々に縁取られ飾られたかのような青く光る星が虚空に浮かんでいる。

 白く渦巻く雲を透かして、黒や茶色に彩られた大陸がくっきりとその形を浮かべているのが良く見える。

 それはまるで、小学校の教科書の表紙を飾る写真のように美しく青い地球の姿だった。

 

 東半球の1/2をコントロールする天京(アメノミヤコ)ステーションの管制誘導に従い、レジーナはゆっくりと地球の大気圏に進入する。

 眼下には見慣れたユーラシア大陸の東端地域の地形と、そしてその更に東の海上にまるで太平洋からの波を止める防波堤のように、北極圏から赤道まで南北に連なる列島をはっきりと視認することが出来る。

 そのちょうど中間辺り、知と力の象徴である架空の生物に例えられる形を持つ島嶼部を目指して、レジーナは船体を更に濃密な大気の中に沈めていく。

 

 やがて細く紐のようだった島は、拡大されて大地となり、そこに刻まれた人間達の足跡までもが肉眼で確認できるようになる。

 レジーナは混み合う東京湾中央宙港ではなく、関東平野の北部に作られた第二新東京宙港を目指して雲を割り大気をかき分けてさらに進んで行った。

 そして最後には現実の映像の地平線がグライドスロープの水平線と重なり、そしてレジーナは夕陽を受けて金色の穂を風に波打たせる麦畑と、まるで大地に広がる無数の鏡のように見える水田に囲まれた宙港の一角に、斜めから差し込む太陽の光に金色に輝くその船体を静かに横たえた。

 

「高度ゼロ。フルストップ。着陸完了です。着陸シーケンス終了します。お疲れさまでした。」

 

 レジーナが船の静止を告げた。

 

「さて、到着だ。皆はどうする? 俺は明日の朝ビークルで実家に向かう。今夜はこのままレジーナで寝る。」

 

 既に夕方だ。いくら実家とは言え、予告も無しにいきなり夕食時の忙しい時間に押しかけるのは気が引けた。

 夜落ち着いた頃の時間を狙って一度連絡し、明日の朝にでも向かうのが良いだろう。

 

「俺は出かけてくる。東京まで三十分もあれば行けるだろう?」

 

 ブラソンがどこに行くのかは大体判っている。

 レジーナの脇までビークルを呼び寄せれば、確かに都心まで三十分もあれば十分だろう。

 

「お前達はどうする?」

 

「私も少し出てくる。明後日には戻る。実家に一泊はするのだろう?」

 

 アデールはストラスブールか。長距離用のビークルを捕まえることが出来れば、一旦大気圏外に出て北極回りで数時間だ。

 戻ってくるのが間に合わないなら、こちらから出向いて拾っても良い。連邦地球政府本部のあるストラスブールには巨大な宙港がある。

 

「儂は特に無いのう。お主と一緒に行動するかの。」

 

「私も特にありません。マサシと共に行動します。」

 

「諒解だ。取り敢えずの出航予定は明後日の夜にしておこう。お互い予定変更があったときは早めに連絡をしてくれ。」

 

 特に次の仕事を受けているわけでも無い。

 俺は船長席を離れ、自室に戻った。

 ブラソンとアデールはエアロックを開け、タラップを降りていった。

 夕食まで数時間。やることも無い。一眠りするか。

 

 

■ 11.16.3

 

 

 夜。

 食事を終え、部屋でウイスキーを舐めながら壁面スクリーンに投影した辺りの風景を眺めていた俺は、ふと夜風に当たりたくなって船外に出た。

 

 まだ初夏とも言えない季節の風は少し肌寒く、それがアルコールで火照った顔に心地良かった。

 少し離れたところに街の明かりが見える。

 数百mほどのビルが幾つか建ち並び、そこが街の中心部である事を物語っていた。

 

 関東平野北部のこの辺りは、内陸から太平洋沿岸まで続く航空宇宙産業を中心とした工業地帯だった。

 接触戦争時に、ここより少し南にある国の研究所群と、関東平野北部に集まる多くの軍需産業がネットワークを形成し、墜落したファラゾア戦闘機械から鹵獲した重力ジェネレータを分解解析し、恐るべき短期間で地球製のジェネレータを開発して戦いに投入した事で地球側のあらゆる兵器の性能を劇的に向上し、接触戦争の勝利に大きく貢献したことは、地球人の多くが知る歴史的な偉業だ。

 かのタカシマ航空宇宙工業(Takashima AeroSpace Industry)の最大拠点があるのも、この工業地帯の西端あたりだ。

 

「眠れぬのかや?」

 

 軽い足音が後ろから近付いてきて、俺の横で止まった。

 

「少し酔い覚ましにな。」

 

 それきり会話は途絶える。

 麦の穂が風に揺れる軽い音が聞こえる。

 西の空に浮かぶ下弦の月が黒いシルエットの山並みのすぐ上に掛かり、今にも稜線の向こうへ消えようとしている。

 

「不思議なものじゃ。お主と会うて、何もかもが変わった。何十万年も渇望しつつも、じゃがもう二度とこうやってヒトと共に大地に立つなど夢のまた夢と思うておった。それがどうじゃ。今や友と呼べる種族を得て、そしてこうやって地面を踏みしめて共に星空を見上げておる。」

 

「何もかもお前達が仕組んだのだろう? 渇望に見合った努力をしていたのだろう。お前達には無限の時間がある。夢はいつか叶うだろう。」

 

「それでもじゃ。全ての変化の始まりがお主との出会いであったことに変わりは無い。」

 

 今横に立っている彼女は、彼女たちはいつから俺達と共にいたのだろうか。

 

 また沈黙が降りた。

 ポケットを探り、かなり古くなって皺の寄った煙草のパッケージを取り出す。

 パッケージの中に一緒に突っ込んであったライターを取り出して火を付けた。

 地球であれば煙草は簡単に手に入る。

 

「お主等は本当に色々と面白い習慣を持っておる。飽きぬ。」

 

 光量を落としたレジーナの投光器の明かりの中、俺が吐き出した煙が風に乗り流れていくのを目で追いつつニュクスが笑った。

 

「ここから毎日眺めていたんだ。」

 

「ん?」

 

「ガキの頃から、毎日のように夜空に瞬く星を眺めていた。いつかあの星の海の中に飛び込んでいきたいと思っていた。ここからだ。」

 

 工業地帯と街の明かりに邪魔されながらも、子供の頃に見慣れた星空が広がる。

 ウミヘビ座が空を端から端まで横断し、乙女座のスピカがちょうど真南辺りに光っている。

 少し西に移動したところに、レグルスと獅子座。北に眼を向ければ頭上高くに架かる北斗七星と、街の光に消されつつも弱々しく光る北極星をどうにか確認することが出来た。

 

「どうじゃった?」

 

 左に並ぶニュクスの顔を見た。

 そよぐ風に黒髪が揺れる。白い明かりを斜めに受けて、緑の瞳が闇に光る。

 俺が笑うのを見て、ニュクスが眼を細めてニイと笑った。

 

 

■ 11.16.4

 

 

「Signal, received. Code W, Warning signal, via QIT. Identified; Explorer Magellan 938 (niner tree ait). Code U, Uniform. Coordinates; 239487, 39873, 9837. Contact unidetified vessels fleet. Classified Bravo Bravo Bravo, One billion. Vessels approaching. Signal disappeared. EMG938 destroyed. 」

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 本作は、ひとまずここで停止します。

 長らくお付き合い下さりありがとうございました。

 動かしやすい舞台とキャラクターですので、またそのうちぼちぼちと更新します。


 ちょっと息抜きの作品を書いた後、本作から300年遡った接触戦争を書きます。

 舞台は近未来、というよりもほぼ現代。空を埋め尽くすファラゾア戦闘機械と人類との戦いです。


 最後に、本作を書くに当たって常にBGMとして聞きながら書いていた曲を記しておきます。

 今更ながらですが、聞きながら読んで戴くと「なるほど」と思って戴けるかと。

 

 BGM01: KAIMO K, COLD RUSH & SARAH RUSSEL / ANGEL FLY

 BGM02: 山形ユキオ&リボルバー / 星影のララバイ


■お知らせ

本作の第12章以降を、「夜空に瞬く星に向かって 第二部」(N2203JW)に分離いたしました。引き続きお付き合い戴ければ幸甚です。


■宣伝

本作の途中で何度も出て参りました、300年前の「接触戦争」ですが、別作「A CRISIS(接触戦争)」(N2709FW)にて書いております。宜しければそちらもお楽しみ戴ければ。宜しくお願い申し上げます。


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― 新着の感想 ―
ネタバレ回避のため接触戦争読了後にようやく読み終わりました。商業スペースオペラものでは中々見ない独自の設定と展開でとても楽しめました。続編を楽しみにしております。
[良い点] 接触戦争完結からこちらを読み始め ついにここまでたどり着きました…! [気になる点] スターゲイザーというと、星を仰ぎ見るもの というフレーズがとても詩的で、大抵はこの名前が使われるのは美…
[良い点] 接触戦争から始まりこっちも2周目?以降です。 なんど読んでも面白いSF。 [一言] 最後の部分を和訳すると、 「信号受信 量子通信経由でコードW(警告信号) 個体識別:第938マゼラン方面…
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