15. アポロポイント
■ 11.15.1
結局、スターゲイザーコアは第四惑星から50万kmほど離れた場所で見つかった。
やはり予想通り、コアは分体大放出のどさくさに紛れて殆ど加速せずにこっそりと逃げ出していたようだった。
皆の眼が加速しつつ一斉に第四惑星系から逃げ出そうとする六百万個もの分体に注がれる中、第二衛星スヴォートの弱い引力圏を早々に抜けだし、デブリの振りをしてゆっくりと安全圏に逃げようとしていたようだ。
恐るべきはコアが取っていた軌道だった。
第二衛星から脱出する分体に貼り付いて本体から離れる一瞬だけ加速し、その後完全な自由落下状態となった様だ。
その一瞬で必要充分なだけ加速し、星系北方に向けて第二衛星から離れる軌道に乗った。
だが、第四惑星の引力圏から完全に脱する事は出来ず、第四惑星の引力で引き戻される途中で第一衛星のごく近傍を通過してスイングバイを行い、今度は星系南方へ向けて脱出する。
再度第四惑星引力に引き戻され、今度こそは本命の第四惑星軌道で再度スイングバイして第五惑星に向けて旅立つ。
第四惑星から充分に離れた空間を目立たない様に自由落下でゆっくりと移動するコアを発見したST部隊が、その軌道を計算した結果前述の様な複雑な動きの末に第五惑星に移動するつもりであった事が判明した。
二度のスイングバイには八百時間程度かかる見込と計算結果が示された。
もちろんその頃には連合艦隊は第四惑星近傍での作戦を終えているだろう。
つまり第二衛星を逃げ出したコアは、第四惑星付近に敵がひしめいている間、少し離れた所でのんびりと自由落下を楽しみ、敵が捜索を諦めた頃に第四惑星系に戻って来て落ち着いてスイングバイを行って充分な速力を得た後に、新天地である第五惑星系に向けて旅立つ旅程を組んでいたようだった。
もちろんこれだけの軌道計算を一瞬のうちにやってのけ、そして実際にそれを実行に移したスターゲイザーの演算能力と、管制能力も感嘆に値する。
だがそれは、ただ単に非常に高い演算能力を持っているという証明に過ぎない。
レジーナのシステムにハッキングをかけてきた時点でそんな事は判っていた。
それよりも何よりも、こちらの裏をかいて逃げ延びる作戦を考え出したことに驚かされ、そして背筋が薄ら寒くなるのを感じた。
六百万もの囮を放出しておいて、その陰で自分はひっそりと目立たず敵の目の前からまんまと逃げ出す。
六百万の囮に思わず目が行ってしまうというヒトの特性、それだけの数があるのだから「当然」その中の一つに本命が紛れ込んでいるだろうと思い込んでしまう誘導、脱兎の如く逃げ出す六百万の囮に焦り、反射的にそれらに反応して攻撃してしまい、その結果大量のデブリを生み出してしまうことでより一層混乱が深まる。
百や万程度の数であればともかく、六百万の囮という想定の遙か上を行く事態に直面すれば、例え訓練を受け経験を積んだ者であっても思わず釣られる。
このような敵の目を欺き裏をかく方法は、俺達ヒトであれば比較的容易に思いつくことが出来るだろう。
どうすれば自分達ヒトが意表を突かれ、思わず反応してしまい、そして無意識に思い込みを生み出すか、自分のこととしても知っている。
だが、同じ事をレジーナやニュクスが思いつけるかというと、それはかなり怪しくなってくる。
ましてや、この銀河系においてまだ存在さえろくに知られていない未知の敵が、まさにうってつけのタイミングでその様な手を使ってきて、そしてまんまと成功させるなどと。
第二衛星スヴォートを喰らい尽くし巨大化したスターゲイザーを眺めながらアデールに言った台詞だったが、確かにこの知られざる敵は俺達銀河人類にとって深刻な脅威だ。
これもアデールが何度も口にしていた事だが、あのスターゲイザーでさえ所詮は機能限定された偵察ユニットに過ぎないのだ。
機能限定版の偵察ユニットでさえ、ホールショットを使い、衛星を一つ貪り尽くし、船に取り付けばシステムを乗っ取り、有機物無機物の区別無くあらゆるものを喰らい、そしてこちらの裏をかくような計略を使ってくる頭脳も持っている。
後ろに控える本体が如何ほどのものなのか。
敵の脅威を不必要に大きく捕らえる事は危険であるという。誰だったか、古代の兵法家の言だっただろうか。
だが今まさに得体の知れない不気味さをもって銀河に襲い掛からんとしているこの敵は、一体どれほどの脅威であるのか、それを予測した地球人と機械達を震撼させるほどの存在であることだけは確かだった。
しかし、予想とは全く異なる結果で終わったとは言え、とにもかくにもST部隊からの依頼は終了した。
完了したのか、成功したのかと問われれば、かなり微妙な線であることは確かだったが。
俺達は第四惑星に取り付いていた大型のスターゲイザーのコアを入手することに成功した。
だが、ST部隊からの当初の依頼は、第二衛星に着床しているスターゲイザーコアの取得であり、これは余りに巨大に成長してしまったスターゲイザーを始末するために急遽呼び寄せられた依頼人、ST部隊によって確保された。
つまり俺達は、スターゲイザーコアは確かに取得したが、それは指定のものとは異なる別の個体のものであった、という微妙な結果を残してしまったわけだった。
報酬を大きく減額されなければ良いが。
そして俺達は太陽系に向けて帰路に着いた。
■ 11.15.2
太陽系外縁にあると云うアポロポイントは、アデールが言ったとおり確かに秘匿などされてはおらず、探せばすぐに見つけることが出来た。
もちろんレベルVIという巨大で詳細なマップを一気に検索出来るレジーナの力あってこそだが。
太陽系黄道面上でヘリオスポイントとはまるっきり反対の位置に設置されたこのステーションの周囲は、合わせて数万隻にも及ぶ地球軍と機械達の艦でごった返していた。
「驚いたな。よく考えればあって当然だが。太陽系外縁にこんな艦隊泊地があるとは。」
マップに表示される夥しい数の青色のマーカー、つまり地球軍と機械達の船を眺めながら、思わず独り言が漏れた。
「ここはシード対応部隊だけが集まってくる場所だから、それ程でも無い。アマテラスポイントは一般艦隊対象の補給基地だから、もっとすごいことになっている。停泊艦船だけで百万隻を超えることもザラだ。」
アデールがこころなしか誇らしげに俺の独り言に応えた。
銀河種族の中ではもっとも新参者で、技術的にも遅れたところがまだまだ数多く残り、そして物量的にも貧弱な二流の、いや多分二流にも届かない三流の軍とその艦隊。
それが従来、俺の地球艦隊に対する印象であったし、銀河系全体としての評価も多分そんなものだっただろう。
だが、ホールジャンプやホールショットという独自の技術を開発し、艦一隻につき一人以上の機械知性体が乗り組むことで、単艦での戦闘能力と機動力は大きく向上して、今や銀河種族達のそれを凌駕しつつある。
機械達と緊密な同盟を結んだことで、多くの機械艦隊が太陽系に常駐して守りを固め、太陽系外でも行動を共にすることで物量的な不利も消えたと言って良い。
ただでさえ反応速度が他の銀河種族よりも速い原生地球人に操られていた艦が、機械知性体が搭乗することでさらに反応速度が増し、艦隊の連携も緊密になり、機敏でよく統制された動きを取ることが出来る様になった。
地球軍の造船技術も向上し、機械知性体が矢継ぎ早に出す指示に対し的確に追従出来るだけの船体強度や機械的応答性を持つようになった。
列強種族に肩を並べるほど、というのは少々贔屓目に見過ぎだろうが、しかし実際のところ地球-機械連合艦隊はもう無視など出来ないだけの大きな勢力となって汎銀河戦争の中で存在感を主張するようになっていた。
機械と同盟を組んだことで、地球との同盟関係を破棄した種族もあれば、逆に機械との同盟関係には目を瞑り、着々と力を伸ばし続けているこの若い種族にすり寄ってこようとする種族もあった。
地球が所属する同盟であるSGA(Species of Galaxy Alliance: 銀河種族連合)の中では、機械と同盟を組み、連合艦隊を形成したことで、地球軍はトップ3の勢力の中にカウントされるようになっているらしい。
そして元々SGA参加種族には、新参者の地球人を認め、仲間として迎え入れてくれるだけの革新的な気質を持つものが多く、地球-機械同盟やその連合艦隊に対しても案外に強い拒否反応を示してはいないという事だった。
もちろんそこには、大きな勢力になり始めた地球との関係を維持しておきたいという思惑がある事は間違いないのだろうが。
レジーナは、数万隻もの地球-機械連合艦隊の艦艇が整然と居並ぶ太陽系外縁空間をゆっくりと進んでいる。
冥王星軌道のさらに遥か外側のこの位置では、太陽系の主星である太陽さえも、周りの他の恒星よりも明るい星、程度の大きさでしか無く、届く明かりだけではとても肉眼で周りの艦を視認することなど出来ない。
だが周りに数万もの軍艦が停泊中である事は、システムに接続している俺達の視野に表示されるマップ上で確認出来るし、同じマップがコクピット中央部のホロモニタにも投映されている。
「こちら地球軍所属アポロポイントステーション。貴船は現在地球軍施設に接近しつつある。貴船の帰属と目的を明らかにせよ。」
レジーナとアポロポイントの距離が二百万kmを切った辺りで、アポロポイントからの誰何を受信した。
「こちら地球船籍貨物船Regina Mensis II。DSR58933ERE。船長のマサシ・キリタニだ。第七基幹艦隊第13打撃戦隊戦艦ジョリー・ロジャーから依頼された物を届けに来た。確認願いたい。」
「・・・連絡は受けている。随分酷い目に遭ったみたいじゃないか。ご苦労さん。ゲート338Eに接岸してくれ。ビーコン送る。接岸した状態で外からブツを受け取る。」
「諒解した。ところで俺達乗組員は上陸して良いのか?」
「そちらの船だと、ニュクス大使付武官殿とアデール・ミンネマン少佐は上陸出来るが、他の乗組員は駄目だ。基地の性格上、認証された者以外の立ち入りは許可できない。悪いな。」
当然と言えば当然か。秘匿情報を扱っている軍事施設なのだ。スターゲイザーコア入りのポッドが無ければ、接岸も許可されないだろう。
「いや、良い。理解している。荷物を届けたらさっさとおうちに帰るさ。」
暫く後、レジーナが自動で接岸シーケンスを開始する。
かなり近付いてようやく、虚空に浮かぶステーションの明かりと背景の星々の区別が付くようになってきた。
明滅する緑と赤の誘導灯。そしてステーション外殻を照らす白い光。
接岸シーケンスと共に灯ったレジーナの投光器の明かりの中にステーションの姿が浮かび上がる。
少し明るめのグレイに塗られたそのステーションは、直径3kmほどの環状であるようだった。
環状の構造体の環の中に、幾つもの構造体が追加されたような形をしている。
多分、旧式のジャンプゲート構造体をそのままステーションとして用いているのだろう。
ヘリオスポイントは太陽系の玄関口であり交通量も多いため、施設設備は何度か更新されている。
使用されているジャンプゲートは、地球としては最新型に近いものであり、既にこのような金属で形成された環状の構造体を使用しなくなっている。
数百年も前、地球にこの手のステーションを作る能力など無かった頃に、旧型で使われなくなったようなステーションを幾つも同盟国から格安で譲ってもらい、なけなしの金をはたいて太陽系内外の交通と防衛拠点を必死で整備したのだと、学生の頃の授業で習った。
まだまだ予算が潤沢とは言いがたい地球軍は、最新型の装備を次々と揃え配備していく他方で、その様な使われなくなった旧型のステーションを改造して使い回しているのだろう。
ST部隊から先行で連絡があったのだろう、接岸後のコア回収ポッドの受け渡しは何の障害も無く速やかに行われた。
キュメルニア・ローレライの件で地球軍と関わりを持ってしまい、その後敵対関係とも協力関係ともつかない関わり合い方を続けてきた。
レジーナを拿捕され俺達乗組員も監禁されるのでは無いかと、軍の施設や艦艇を極力避けた時期もあった。
「STが介入しているからだろう。ST部隊との関わり合いが出来て、軍もこの船におかしなちょっかいは出しては来ないさ。」
受け渡し作業の後の事務手続きを待っている間、ダイニングのいつものソファでコーヒーを飲みながらアデールが言った。
「接触戦争の時のST部隊の活躍はもちろん聞いていたが、お伽噺だと思っていた。今でもSTの力はそんなに強いのか?」
そもそも実在すると思っていなかった。
そんなお伽噺のヒーローの様な部隊が今でも存在し、それどころかまさか自分の船に潜り込んでいようとは思いもしなかった。
「憧れ、嫌悪、畏れ、恐怖、期待、呆れ、諦め。そんなところか。一言で言ってしまえば、色々な意味で一目置かれている。」
「恐怖? 諦め? 意味が分からないが?」
色々な技能を極めた者達が集まる部隊とその構成員に対して憧れや畏れを感じるのは分かるが、嫌悪や諦めを感じるという意味が分からない。
「あー・・・まあ、それは、STの行動に依るところもあるが・・・まあ、余り気にせず納得してくれると有り難い。」
苦笑いしながら、アデールにしては随分と歯切れの悪い答えが返ってきた。
どうやら余り突っ込んでは欲しくないところらしい。
あとでルナにでも聞いてみるか。
それからしばらくして受け渡しの事務手続きは全て終わり、俺達はアポロポイントを後にした。
気になって確認してみたが、依頼は成功したことになっていた。
ありがたい話だった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
アポロポイントの構造は、輪っかを主体に、輪の中に色々詰め込んだ1960年代SFの宇宙ステーションみたいな形、と思って戴ければ。
ミヨ~ンとかピユユ~ンとか、よく分からないBGMでぐるぐるぐるぐる回ってるアレです。




