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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十一章 STAR GAZER (星を仰ぐ者)
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12. 針状突起物


■ 11.12.1

 

 

「C分隊第三象限へ移動。D分隊到着。数62547隻。艦隊構成確認中。確認。異常なし。D分隊、第四象限に移動開始。C分隊第三象限に到着。回頭。進路を目標に。B分隊待機宙域に到着。停止。D分隊、第四象限に到着。E分隊到着。数63698隻。艦隊構成確認中。確認。異常なし・・・・」

 

 戦艦ジョリー・ロジャーの管制AIであるマリニーが状況を読み上げるのを、キャリー・ルアン中佐は艦長席の後ろに立ち、シートの背もたれから伸びるキャノピーの上に肘を突いて聞いていた。

 背もたれとは言っても、シート全体は殆ど一体化したシェル構造をしており、どこまでが背もたれなのか、どこからがキャノピーなのか明確な境目など存在しないが。

 その視線の先には正面主スクリーンと、その手前の空間にホロ投映されている第二衛星スヴォート周辺空間の艦隊配置図がゆっくりと回っている。

 

 ヴェヘキシャー星系第四惑星ルクステ近傍の空間には、今続々と艦隊が到着しつつあった。

 汎銀河戦争の戦況を知らぬものが見れば、幾つかの衛星を伴った惑星周辺宙域に数十万隻の軍艦が集まっているだけという、少々奇妙な配置ではあっても何の代わり映えも無い艦隊の終結風景であるのだが、汎銀河戦争をよく知るもの或いは当事者達がこの光景を見るならば、それは理解出来ないほど不思議で、そして驚きに満ちた光景であった。

 

 その星系は、いわゆる列強種族として名の知れたデブルヌイゾアッソが支配する星系だった。

 列強種族達の排他性は誰もが良く知っている、銀河全体の一般的な知識として共有されている。

 ただ戦いに有利になるためだけに、列強種族達は生まれながらに持つヒトの身体を捨て、生体ユニットと呼ばれる小型のカプセルの中に脳とその周辺の重要部分だけを取り出して封じ込め、その生体ユニットを兵器や基地ステーションなどの制御系に組み込む。

 

 生体ユニットを利用することで処理速度や耐衝撃性など、軍事的に多くの面で優位性を獲得した反面、列強種族達は文化や文明といった「人間らしい」ものを全て削ぎ落とした社会と組織を構築している。

 その為彼等は、艦やステーションといった兵器を製造するための物資以外を殆ど必要とすることが無い。

 生体ユニットに必要な栄養素としての有機物や微量元素なども、その辺りの手近な惑星から幾らでも手に入った。

 その様な理由で列強種族達の社会は自分達の中で全てが完結しており、他の種族と貿易をする必要が殆ど無い為、彼等が他種族と交わる事は非常に希であった。

 

 そのデブルヌイゾアッソ領域に他国の艦隊が集結している。

 それだけでも目を見張るほどに希なことであるのだが、その上その集結している艦隊が潜在的ではあれども敵対している地球の艦隊である事は更なる驚きだろう。

 ましてや、「地球の艦隊」というのは実はただの名目上の方便であり、各部隊の指揮艦など僅かな艦を除いて、四十万隻も集結している艦隊の殆どが機械達の艦で構成されているとなれば、それは驚きを通り過ぎて天地開闢以来の珍事とさえ言って良い。

 

 デブルヌイゾアッソも、彼等の支配する領域の中で何度もシードに出会っており、それなりに痛い目に遭ってきたようで、シードとスターゲイザーの脅威を納得させること自体はさほど難しいことでは無かった様だった。

 むしろ彼等の支配領域の中に、他にも巨大化したスターゲイザーが居るのではないかという疑いがあり、今後はその辺りの情報開示を交渉せねばならないだろう。

 

 それはともかく。

 地球軍第七基幹艦隊に所属する戦隊司令というこちらの立場を上手く使いつつも、四十万隻の艦隊の一時的駐留と星系内でのスターゲイザーの排除行動を認めさせたマサシの詭弁には、なかなか目を見張るものがあった。

 さらにその上、やってきた艦隊が実はその四十万隻の99%以上が機械達の艦で構成されていると知って猛然と抗議する第三惑星ステーション統括者を、半ば脅迫に近い理屈で無理矢理納得させて黙らせた。

 

 敵対的な脅迫をした訳ではない。

 例えその殆どが機械達の艦で構成されていようと、地球軍が指揮を執り、各部隊の指揮艦として地球軍の艦が置かれ、そして艦隊全てが地球軍の指示に従って動くならば、その艦隊は地球艦隊であると言い切った。

 兵器とはあくまで兵器でしか無く、それを運用する者の意思によってどの様な結果を生むのかが左右される。

 今回派遣された艦隊は地球軍によって指揮されており、機械達の艦全てがその指揮に完全に従う意志を明らかにしているため、この艦隊は地球軍の意志によって運用される地球軍の艦隊であると言えるのだ、と。

 

 もっともその傍らで、デブルヌイゾアッソにはこの巨大なスターゲイザーに対して有効な打撃を与える手段がないことと、下手に第二衛星スヴォートを破壊したり、今の場所から移動したりしてしまえば、第四惑星に居住する彼等の従族の生存に深刻な影響がある事を指摘することも忘れては居なかったが。

 今ある場所でスターゲイザーごと第二衛星を破壊すれば、その破片が大量に第四惑星に降り注ぐことになる。

 降り注ぐ破片そのものによる被害だけでなく、そこから引き起こされる大規模な気候変動や地殻変動などの巨大な自然災害は、やっと文明初期段階に到達したばかりの彼等をほぼ絶滅に近いところまで追い込むだろう。

 

 それはスターゲイザーごと第二衛星をどこかに移動した場合も同じだった。

 第二衛星からの引力と潮汐力が突然無くなることで、第四惑星はやはり全球的な天変地異に見舞われることだろう。

 

 第二衛星の質量の殆どをその場に残しつつ、かつ破片などを第四惑星に降らせることなくスターゲイザーを無力化する方法があるならば自分達でやってみろとマサシはデブルヌイゾアッソに選択を迫った。

 その手段を持たない、だが地球軍がその作業を行うことも認められないと言うならば、今ここにある戦力でまず最初にお前達デブルヌイゾアッソの駐留艦隊を排除し、それからスターゲイザーの無力化作業に取りかかっても良いのだ、と。

 その様な事をせず、正式な申し入れを行った上で、駐留艦隊にも、そして第四惑星に生息する従族達にも最大限の配慮をしているこちらの態度を汲み取れ、と。

 そして最終的に第三惑星ステーション統括者は折れ、マサシの提案と詭弁を受け入れた。

 

 それはもちろん色々と限定された特殊な条件下だった。

 だがそれでも、天下の列強種族の代表者をたかが一介の民間貨物船の船長が言い負かしたという事実に、胸のすく思いがした。

 相変わらず、良い意味でも悪い意味でも、作戦開始当初に想定していた以上の事をやらかしてくれる男だった。

 四十万の艦隊を後ろ盾にしていたとは言え、それでも列強種族に向けて一人啖呵を切ったあの小さな貨物船の船長に笑われない働きをしなければ。

 

「A分隊からF分隊、全て準備位置に到着。各分隊、衛星地表面からの距離15000。ニュートリノジェネレータ励起中。」

 

 第二衛星スヴォートを六方向から囲むように、六つの分隊が待機している。

 その間隔僅か1kmという密度で八百隻の艦が一列に並ぶ。

 その列が横方向に10kmおきに八十列並び、800kmx800kmという巨大な平面を形成している。

 

 直径800km弱の小さな星ではあるが、一つの衛星を丸ごとニュートリノスキャンするならば、本来であれば気が遠くなるほどの時間がかかる。

 だがそこに四十万隻もの艦船を投入して六方向から平面を為して衛星を囲み、それぞれの艦が全てジェネレータとレシーバの両方の役割を担うことで、ものの数分でスキャンを終了することが出来る様になる。

 

 地球艦隊だけではこの様なことは出来なかった。

 幾らST部隊指揮官とは言え、一声で四十万隻の地球軍艦隊を動かせる筈も無い。

 だが、機械達は違った。

 地球政府とともに正しくスターゲイザーの脅威を認識している機械達は、協力を求めると二つ返事でそれに応えてくれた。

 それぞれの艦が個体であるとともに、全ての機械知性体が集まって一つの集合知性体でもある彼等の反応は速かった。

 今眼の前にある衛星スヴォートのスターゲイザーを排除する為に地球軍と共同作戦を行うと決めた次の瞬間には、必要と思われる数の艦が行動を開始していた。

 

 その四十万隻が、美しく整列し衛星スヴォートを六方向から取り囲む光景は壮観なものがある。

 今や全ての艦が所定の位置に着き、ニュートリノジェネレータを起動してスキャン開始を今かと待ち受けている。

 

「F分隊全艦ニュートリノジェネレータ励起完了。艦隊全艦所定の位置に着いています。全艦準備完了。ご指示を。」

 

 マリニーが準備完了を告げた。

 

「全艦、ニュートリノスキャン開始。」

 

 背もたれの上に肘を突いて前方のホロ画像を見据えた姿勢のまま、キャリーは四十万隻の艦隊に号令を発した。

 

「諒解。全艦ニュートリノスキャン開始願います。」

 

 号令を復唱したマリニーから、各分隊の指揮艦に指示が飛ぶ。

 それぞれの指揮艦の管制AIがそれを再び復唱し、分隊内の指揮系統に命令を流し込んでいく。

 四十万隻の艦隊によるスキャンが始まる。

 肉眼では何の変化も観察することは出来ないが、今衛星スヴォートは超新星爆発もかくやと言う密度のニュートリノ流に曝されている。

 一面六万隻強の各艦艇から放出されたニュートリノビームが、六方向から衛星スヴォートを貫き、その内部情報を事細かにスキャン映像として伝える。

 同時に各艦艇は、星を挟んで反対側に位置する分隊が発したニュートリノ流を受け止め、そこに含まれる透過情報を読み取り、各分隊の指揮艦にその情報を集約する。

 各分隊の指揮艦は、六万隻もの艦艇から送られてきたスキャン情報をまとめ上げ、その結果を機械達のネットワークに流していく。

 機械達のネットワークに接続した何億という個体がその情報の解析に名乗りを上げており、そんな彼等の手によってただのデータの羅列が瞬く間に平面スキャンの画像へと置き換わり、そしてさらに平面画像が立体画像に起こされ、衛星スヴォートの詳細な内部構造が次々と明らかになっていく。

 

 それは、艦隊全艦がニュートリノスキャンを始めて五十秒も経った頃であったろうか。

 衛星スヴォートに取り付くスターゲイザーに動きが確認された。

 

「スターゲイザー表面に動きがあります。推定直径50m、長さ200~300m程度の突起部が多数生成。」

 

 半ばぼんやりと、その地表の何割かをスターゲイザーで覆われて白黒二色となった衛星スヴォートを眺めていたキャリーは、マリニーからの警告で我に返った。

 スターゲイザーの表面は真っ黒く距離感が掴めないため、ぱっと見ただけではマリニーが報告した突起部がどこにあるのか分からない。

 もっとも、例え本来の衛星スヴォート地表面である明るい色の部分であったとしても、十万kmの彼方から僅か数百mの高さの突起が判別出来るかどうかは怪しいものではあるが。

 

 キャリーが報告した突起部を捜し当てられないことを察して、マリニーは衛星スヴォートの画像に重ねて、突起部の存在を示す赤色のマーカーを表示した。

 クロイスターゲイザー表面が、多数のマーカーで真っ赤に染まる。

 

「衛星スヴォートの地殻を新たに突き破って突起が生成しています。現在確認されている突起数は約一万五千。増加しています。」

 

 スターゲイザーはニュートリノを反射も吸収する事も出来ないが、しかしニュートリノ照射を感知する能力はある。

 そしてスターゲイザー達はその学習内容を各個体間で共有することが可能だ。

 これはニュートリノ照射を行っている艦隊に対する攻撃では無い、とキャリーは直感的に理解した。

 艦隊が衛星スヴォートを包囲したときから、スターゲイザーが撃ち出すシードによる突撃とみられる攻撃は無数に検知されており、その全ては各艦が身に纏う分解フィールドによって分解され無効化されていた。

 今更「弾丸」の大きさを少々大きくしたところで、この四十万隻の地球-機械連合艦隊に傷一つ付ける事が出来ない事はすでに学習済みだろう。

 となれば。

 

「全艦砲撃準備。ホールショットによるマスドライバ攻撃。弾種徹甲。スターゲイザーが分体を多数生成して飛ばしてくる。撃ち漏らすな。その中にコアが紛れ込んでいる可能性大。」

 

 キャリーがその台詞を言い終えるか終わらぬかのうちに、スターゲイザー表面から突き出した無数の針状突起はそのまま天を突くかのように伸び上がり、そしてそのままの勢いで今や衛星スヴォートの地表面となりつつあるスターゲイザー本体から千切れ、素晴らしい勢いで加速して衛星スヴォートを離れた。

 その様な突起が衛星スヴォート表面に一度に数百万も発生し、そして一斉に飛び立った。

 しかも突起の放出は一度だけではなく、同様の突起が次から次へと生まれては、立て続けに宇宙空間に向かって飛び立っていく。

 

 もちろんこれほどの数の突起を一つずつニュートリノスキャンする事など出来はしない。

 数百万、或いは数千万分の一の確率でその中にスターゲイザーコアが紛れ込んでおり、この追い詰められた状況から逃げ出しているものだと思われた。

 

「各個体を追尾可能。統制射撃も可能ですが、マスドライバ射撃能力が追従出来ません。四割撃ち漏らします。」

 

 マリニーが悲鳴のような報告を上げるのが聞こえた。

 四割も撃ち漏らすのか。

 

「撃ち漏らすな。ミサイルも併用し、最大限撃墜せよ。」

 

「ホールショットによる重力擾乱にて探知分解能低下。目標を正確に同定出来ません。」

 

 スターゲイザーは電磁的光学的にステルス性を保っている。

 その本体と推進器が発する僅かな重力波を捕まえて位置を割り出しているに過ぎなかった。

 そこに数百万発ものホールショットによる重力擾乱が加われば、重力波の探知能力が低下し、多数の見逃しが出来てしまうのは当たり前だった

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 季節柄、打ち上げ花火です。

 横から見てもとんがったまんまですが。

 百万発同時の打ち上げ花火なんて、いかにも壮観で一度見てみたいものです。

 逆に長さ一万kmのナイアガラとか、ものすごそうなのになぜかショボい感じが否めません。

 最近の花火って、波打つように色が変わって綺麗ですよね。

 

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