10. 即時排除
■ 11.10.1
「センサープローブ、破壊されました。シードによる突撃と推定。」
第二衛星スヴォートの表面に広がる巨大なスターゲイザーを映し出していた映像ウインドウが真っ暗になると同時に、レジーナが報告した。
どうやら奴等は学習するだけでなく、その内容を個体間で共有する事も出来る様だ。
第四惑星ルクステ表面に貼り付いていたスターゲイザーのコアをニュートリノスキャンした際、小さなセンサープローブは無視されるという前情報に反して、第四惑星のスターゲイザーは全長3mにも満たないセンサープローブを次々と攻撃した。
そのこと自体は、ニュートリノスキャンを一種の攻撃、或いは自分を探る行為と見なした第四惑星のスターゲイザーが、例え小型であっても敵性の機器を排除する行動をとるようになった、と理解出来る。
だが、第二衛星スヴォートに取り付いた別個体がそれと同じ行動をとるようになったという事は、個体間でその情報が共有されたものと推測出来る。
すぐ近所に住み着いた個体間だから共有出来たのか、全ての個体で共有出来るのかは分からない。
シードやスターゲイザーが帯びている任務の事を考えると、各個体が収集した情報や学習した内容は、一旦全て統括する司令塔に送られ、その後改めて全個体で共有されると考えるのが道理だろう。
地球軍が同じ結論に辿り着いたのだとしたら、彼等がシードやスターゲイザーを躍起になって潰して回る理由や、カルナヴァレの時に俺の船に激突したシードを見てヒステリックに太陽系中を虱潰しに捜索した理由も分かろうというものだった。
「叩き潰せ。速やかに排除しろ。どう考えてもあれはヤバい。」
生身の声に振り返ると、AEXSSを着用したままのアデールがコクピット入口に立ってこちらを見ていた。
言いたいことは分かるが、それはどう考えても貨物船に対する指示ではないな。
「コア採取しなくて良いのか? かなり特殊な個体だろう?」
「その通りだ。だが今手元に空の保管ポッドが無い。地球軍艦船がこの星系に侵入するのはまずい。かと言ってあの個体から目を離すのはどう考えてもまずい。」
「例えば俺達がここに残って、シリュオ・デスタラがポッドを取りに太陽系に戻るというのは?」
ヴェヘキシャー星系は、当然太陽系内航行規定の適用外だ。
星系内からホールインしようが、ホールアウトしようが、誰もそれを咎めることはない。
シリュオ・デスタラは数時間もあれば戻ってくるだろう。
「アポロポイントにポッドの在庫が無い。たまたま昨夜確認したところだ。かと言って他の作戦任務に就いている艦から奪い取る訳にもいかない。つまり、回収しても持ち帰る方法がない。
「ポッドの供給を待ってこれ以上あの個体を巨大化させる愚を犯すくらいなら、今すぐ排除する方が良い。」
「今ポッドに入っているコアを捨てて、入れ替えるのはどうだ?」
「無理だ。安全上の理由から、ポッドは一旦起動したらアポロポイントの特殊設備内でなければ開けられない。無理に開ければ機能が失われる。最悪暴走して空間的な大災害に発展する。」
「ニュクスに作ってもらうことは?」
「可能だ。だがあのポッドは特殊技術を使っていて、歩留まりが非常に悪い。不良品を起動した場合、周囲の空間を巻き込んで暴走する可能性がある。アポロポイントの機材があればそれに対処出来るが、ここには無い。暴走したポッドと心中はしたくないだろう?」
八方塞がり、か。
「OK、理由は分かった。だが、どうやって?」
スターゲイザー本体に物理弾体と超重粒子砲が有効であるのは分かっている。
そしてレジーナもシリュオ・デスタラも重力レールガン(GRG)を装備している。
大口径の超重粒子砲も、ニュクスやシリュエならば鼻歌交じりに作ってしまうだろう。
弾丸となる燃料も、まだ八割がた残っている。
だが、すでに数億トン、もしかしたら数十億トンの大きさに成長してしまっているスターゲイザーを排除するのに、たかだか数千トンの物理弾体や重粒子による攻撃が有効であるとはとても思えなかった。
一つ手は思いついたが、それは採用したいとは余り思えない解決法だった。
「考えろ。お前は船乗りだ。こういう事は私よりも知識があるだろう。」
「貨物船の船長、だ。艦隊の司令でもなければ、軍艦の艦長でもない。自分の船よりも遥かにでかいアレをただの貨物船が排除出来ると、どうやったら思えるんだ。」
「その為の道具は供給されているだろう。」
「お前・・・物理的に可能かどうか考えろよ?」
幾ら瞬時に数万光年を移動する手段や、俺の身の丈を超える口径のマスドライバがあろうとも、殆ど天体と言っても良い大きさに成長した異種族の不気味な偵察用デバイスをどうやって消滅させろと云うのか。
「お話し中済みません。第二衛星に取り付いたスターゲイザーの推定サイズ出ました。衛星表面で観察される大きさは、幅80km、長さ100km、高さ10km程度ですが、大部分が地下に存在する模様です。推定サイズは最大値で500kmx100kmx深さ400km。体積八千万立方km、質量6.2x10の17乗トンと推定されます。誤差8%を見込みます。モールプローブ観測データからの推定値です。」
まるで追い打ちを掛けるようにレジーナから絶望的な報告が届く。
既に数字が大きすぎて感覚が追い付かず、どれ程のものなのか想像が出来ない。
「体積で小惑星パラスの約1/8、質量でパラスの1/3位です。」
親切にもレジーナがとどめを、もとい追加情報を教えてくれた。
小惑星パラスと云えば、太陽系のアステロイドベルトの中でセレスに次いで大きな天体だ。
それの1/3もあるものを吹き飛ばせ、と?
「聞いたか?」
「だからどうした。アレはとにかく排除しなければならないものだ。」
溜め息しか出ない。
「マサシ。第四惑星周辺を遊弋していたデブルヌイゾアッソの駐留艦隊が、第二衛星のスターゲイザーに気付いた模様です。艦隊、第二衛星に接近中。センサープローブ再射出許可願います。今度は距離を取ります。」
「許可する。何をやっている。奴等知らないのか。分解フィールドなど持っていないだろう。」
すぐに先ほどと同じ様な、第二衛星を光学観察したウインドウが開く。
デブルヌイゾアッソよりも遥かに領域の狭い地球がシードについて知っていたのだ。
連中がシードに遭遇したことがないとは思えないし、その脅威を理解していないとも思えなかった。
「第三惑星ステーションから艦隊が現れました。3000m級戦艦二八隻、2000m級重巡四八隻、1000m級軽巡一二隻、500m級駆逐艦二四隻。目標第四惑星系と推定。」
「連中、やはり知っていたのだな。そうでなければ、これだけの戦力がここにある意味が無い。スターゲイザーが地中に潜ったので、一旦手を引いていたのだろう。」
レジーナからの増援艦隊出動の報告に続いて、アデールが状況を分析する。
成る程。だから俺達が到着した時に、あれほどスターゲイザーコアの切除方法にこだわったのか。
奴等は多分、わざわざはるばるこんなところまでスターゲイザーを掃除にやってきた俺達が、どうやって原住民に被害を与えずにスターゲイザーを無力化するのかを知りたかったのだろう。
「マサシ、このまましばらく観察しよう。連中のお手並み拝見だ。もしかすると、我々の知らない対処法を持っているかも知れない。」
アデールはいつの間にか船長席脇にあるビジター用のスツールを引き出して座っていた。
「諒解。それについては異存はない。」
分解フィールドによる防御と、ホールショットによる攻撃以上のものをデブルヌイゾアッソが持っているとは余り思えなかった。
アデールとしては普段余り見ることが出来ないデブルヌイゾアッソのスターゲイザー排除方法に、何か自分達のヒントになるものが無いかと、生真面目に調査がしたいと言ったところか。
「増援艦隊、光学ブラックアウト。空間断層シールドです。軽巡以下は第三惑星系に留まる模様。空間断層シールドを展開した戦艦と重巡が前進します。」
第三惑星から第四惑星への移動はものの数十分だ。
どうやら第三惑星系に駐留していた艦隊の戦艦と重巡は、空間断層シールドを装備した特殊装備型だったようだ。
空間断層シールドは通常空間からの攻撃に対して絶対的な防御力を誇るが、その分自分達の目と耳を塞いでしまうと云う難点がある。
常に外部の情報をセンサープローブを使って監視せねばならないので、機動力が命の戦艦などでは運用が難しく、軍艦にはあまり搭載されることのない装備だ。
「空間断層シールドではシードは防げないだろう?」
横に座るアデールの顔を見る。
空間断層シールドはホールショットに対して効果が無い。ということは、シールドの内側にシードが実体化するのを防ぐことも出来ない。
「無理だ。あれが最大限の防御法なのか、他に隠し球があるのか。」
ちなみに今は、珍しくコクピット正面と上面のスクリーンが稼働して衛星スヴォートの表面を映し出しており、コクピット中央にホロモニタで内惑星系のマップが表示されている。
それを俺とアデールは並んで眺めている格好だ。
アデールがビジタースツールに腰を落ち着けたので、同じ物を見ることが出来る様にした。
必要に応じて、自分の視野の中に追加の情報を表示するウインドウを開くことも出来る。
コクピットの中は暗く、内装もダークグレイに塗装されているので、他のものと画像が重なり合って混乱を招くようなこともない。
俺達を追いかけ、先に第四惑星系に到達していた戦艦五隻を擁する駐留艦隊は、衛星スヴォートに対して常にスターゲイザーの反対側を維持している。
やはり連中もスターゲイザーがシードを打ち出し、そしてそのシードは艦に取り付いて貪り喰らうことを知っているのだ。
「アデール、気付いているか? それとも既に知っていたか?」
「最初の艦隊が衛星の陰に隠れていることか?」
「そうだ。知っていたのか。」
「これまでの経験で知られていた。スターゲイザーは正面180度程度の範囲でしかシードを打ち出せない。シードが利用するのがホールドライヴに似た超光速航法ならば、その方向性は少々奇異に思えるが、何らかの制約があるのだろう。所詮あれは機能限定版の偵察ユニットという事だ。」
その後数十分掛けて衛星スヴォートに接近した増援艦隊は、接近中も接近した後も、慎重に衛星スヴォートの裏側を維持していた。
俺達を追い回して先に第四惑星系に到達していた艦隊と合流した増援艦隊は、駆逐艦と軽巡洋艦を惑星の裏側に残して、第二衛星を囲むように円形に布陣した。
スターゲイザーから見れば、衛星の地平線ギリギリのところに浮かぶ戦艦三三隻にぐるり包囲された形になる。
スターゲイザーからは、戦艦は見えていても攻撃出来ない。
要は、砲塔の仰角下限界のようなものだ。
「定石だ。分解フィールドがなければ、私もあのように布陣するだろう。だがあのスターゲイザーは既知の全てのものよりも遥かに大きい。今までの常識が通用するかどうか・・・」
スクリーンを見上げてアデールが言う。
その言葉が終わらないうちに、デブルヌイゾアッソの戦艦がマスドライバで砲撃を始めた。
スターゲイザーには実体弾しか効果が無いことも知っているようだ。
まあ、ビルハヤート達地上部隊が戦っているのを観察する時間は充分にあった筈なので、そこから学習したのかも知れないが。
駐留艦隊の砲撃が着弾し、スターゲイザーの構成物質が飛び散り、地表から砂煙が上がる中、スターゲイザーの中央部が大きく盛り上がった。
それは巨大なキノコの傘のような形に変わり、そのまま上に向かって伸び続ける。
デブルヌイゾアッソの艦隊は動かない。
スターゲイザーが何をしようとしているか、理解出来ていないようだ。
「レジーナ、駐留艦隊に警告だ。衛星の地平線より下に・・・」
「もう手遅れだ。」
アデールの声に遮られ、俺は言葉を止めてセンサープローブからの情報に目をやった。
すでに動きがおかしくなっている艦が何隻もいる。
取り付かれたか。
レジーナには、そんじょそこらの陸戦隊よりも遥かに腕の良い射撃や格闘の専門家が何人も乗っている。
システムへの侵食に関しても、その道の専門家が何人も居た。
だから、たった一匹のシードに取り付かれた程度であれば対処出来た。
だが、陸戦隊を乗せることもなく、サイバー攻撃に特化したAIも乗っていないデブルヌイゾアッソの戦艦が、一度に何匹ものシードを撃ち込まれて対処出来るものなのか。
その答えはすぐに出た。
システムを乗っ取られたのだろう、動きがおかしくなった戦艦の何隻かはそのまま第二衛星の地表に突進し、シールドを切った状態で無減速のまま地表に突入して巨大なクレーターを形成した。
隣の僚艦を砲撃し始める艦もあった。だがその狙いは全く精度を欠いており、目標とする艦の遥か明後日の方向にレーザーと実体弾が飛んでいく。
戦艦という移動する武器庫のような艦から全弾一斉発射された数千発のミサイルは、勢いを増しながらIFF信号を発さなくなった隣の戦艦に喰らい付いた。
艦隊に所属する艦が突然全て狂気に駆られたとしか見えない集団自殺と同士討ちの嵐が吹き荒れた後、つい先ほどまで第二衛星近傍空間に三三隻居た筈の戦艦は、僅か四隻しか残っていなかった。
その残り四隻も、映像を拡大すれば既に大破していることが分かる。
穴だらけにされた外殻からは無数の黒い触手が柔毛のように生えて蠢き、あちこちが食い破られ削り取られ陥没して消失していた。
背筋が寒くなる、というよりも吐き気を催すような生理的嫌悪を感じる光景だった。
「第二衛星に新たな地震。スターゲイザー動いています。」
レジーナの声が終わるか終わらないかの内に、スターゲイザーが衛星の反対側の地殻を食い破り突き破って飛び出してきた。
その先の宇宙空間には、攻撃を全て戦艦に任せ、後衛に回って衛星の陰に退避していた巡洋艦と駆逐艦。
「訂正します。第二衛星に取り付いているスターゲイザーの推定体積は二億五千万立方km、質量1.9x10の18乗トン。以前の推定の約三倍の規模であると思われます。第二衛星の内部の約60%は、既にスターゲイザーによって置換されているものと想像されます。」
巡洋艦と駆逐艦がお互いを殺し合い、そして黒い触手に貪り食われていく映像を背景にして、レジーナが冷たい声で言い放った。
「アデール。」
俺はその映像から目を離すことが出来なかった。
「なんだ。」
「同意する。あれはすぐにでも排除しなければならないものだ。」
(I agree. That must be excluded immediately.)
アデールが、真面目な顔でこちらを見ている。
その真面目な表情の理由はよく分かった。
だが。
「だが、どうやって?」
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
地球標準語であり、地球外では「テラン(地球語)」と呼ばれる英語ですが、現代英語から大きく変質しています。
これは、300年前の接触戦争時に、非英語圏の兵士達も必要に迫られ強制的に英語でのコミュニケーションを求められたため、不規則変化や三人称などの面倒なルールが相当消失してしまった為です。
中学校の英語の先生が見たら真っ赤になって指摘してきそうな「Do she take coke? (彼女コーク持ってった?)」とか、「He have two girl friend.(あいつ二股掛けてる)」というような形になってます。
・・・どうでも良いことスンマセン。




