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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十一章 STAR GAZER (星を仰ぐ者)
257/264

9. Far side of moon (ファーサイド・オブ・ムーン)

■ 11.9.1

 

 

 アデールとニュクスがスターゲイザーコアの回収を行う作業の会話を聞きつつ、一方で俺はシリュオ・デスタラと第四惑星地表に降下した警備部隊の動きを追い続けた。

 

 地上に突入し、艦砲射撃の的になりかけて慌てて逃げ出したシリュオ・デスタラに、かなり手荒い地上部隊回収法を提案したのは俺だ。

 

「シリュエ、地上部隊を地上1000mくらいの空間に集めろ。船体下部ハッチを全開にしてそこに突入して連中を回収すれば良い。」

 

「艦砲射撃のただ中に突っ込むことになります。」

 

「上空にホールを並べて展開しろ。その下をくぐっていけば良い。」

 

 精度は粗いが、俺が思いついた突入方法が仮想空間上で図示される。

 ブラソンのインターフェースさまさまだ。

 

「・・・成る程。諒解しました。流石テランです。新しい戦術が開けます。船長に許可を取ります。」

 

 相変わらず機械達は、基本や定石を応用することは出来ても、根本的に思想の異なるやり方、いわゆる奇想天外な戦術を編み出す事を苦手としている。

 それは、俺達地球人と直接の付き合いが長いシリュエにしても改善されていない問題である様だった。

 

 それにしては同じ機械知性体であっても、地球産のAIであるレジーナやルナは、時々突拍子もない事を言い出す様な気がする。

 気のせいだろうか。

 まさか「育ちより氏」という訳でも無いだろう。

 

 いや待てよ。

 彼女たち機械知性体の基礎的な能力は、ベースにした基礎人格フレームに大きく左右されると聞いている。

 純粋に機械達が作り上げた人格フレームと、地球人が機械達と共同で開発したものとでは、実は能力に大きな差があるのかも知れない。

 地球人がまた持ち前の異常さを発揮して、地球産の人格フレームにおかしな機能を付与している可能性は充分にある。

 だがそれにしては、あのコピー好きの機械達がそれをまだ採用していない事には違和感が残るが・・・

 

 などととりとめのないことを考えていると、スターゲイザーコアの回収作業も終盤に近付いた様だ。

 

「ようしニュクス、そっちを持ち上げてくれ。そう、それで良い。あとはこいつを押し込んで、それから扉を閉める。」

 

 第四惑星地表に大きく展開していたスターゲイザーコアは、レジーナのギムレットによって切除され、ヴェヘキシャー星系南方外縁に転送された。

 ギムレットではコアの周りの本体を多く付着させたまま、粗く切り取ることしか出来ない為、回収のため近付いたレジーナに対してスターゲイザーは触手を伸ばし、取り付き乗っ取ろうとしてきた。

 

 その触手を分解フィールドで消し飛ばしつつ、逃げ回ろうとするコアを重力アンカーで固定し、さらに分解フィールドで細かく丹念に本体物質を取り除いてコアをほぼ丸裸にするという作業が必要だった。

 その甲斐あってスターゲイザーコアは最後には何も出来なくなり、そして大人しくなったコアを今、アデールとニュクスがコア回収用ポッドに何とか収容しようと悪戦苦闘しているところだった。

 

 わざわざ危険を冒してまで二人が船外作業を行うことはない。

 あまり俺が言えた義理ではないが、この船の船長として、より安全な方法があるのなら乗組員を危険にさらす様なことはしたくない。

 回収はレジーナによる重力操作で出来るじゃないかと俺が言うと、アデールがそれに反論した。

 

「回収ポッドは内部に特殊空間を作ってコアの動きを止める。そうでなければポッドがスターゲイザーに取り付かれてしまう。その特殊空間を形成するに当たり、僅かでもシーリングが破れていると失敗する。繊細かつ微妙な作業だ。危険は承知の上で手作業で行うしか無い。」

 

 コアの動きを止める特殊空間というものが一体何なのか、かなり引っかかりを感じたのだが、取り敢えずアデールの説明を受け入れることにした。

 そして今、アデールとニュクスがその船外活動を行っている。

 近くには、両手に一丁ずつ重アサルトライフルを持ち、背中のハードポイントに大口径重粒子砲を装備したルナが待機し、万が一の事態に備えている。

 

 これは今回ビルハヤート達の降下作戦中に行った実験の成果だった。

 物理弾体以外はほとんど効果が無いと思われていたスターゲイザー、またはシード本体だったが、実は質量数200以上の原子イオンによる重粒(Heavy )(Ion )(Gun) (HIG)がある程度有効である事が判明したのだ。

 

 通常の重粒子砲は質量数数十から百前後の原子を用いる。

 ビルハヤート達に持たせた特殊仕様の重粒子砲を使って、叩き付ける粒子の質量数を徐々に上げていった結果、質量数が200を越える辺りから粒子砲による砲撃効果があることが確認されたのだった。

 今までの実験では通常の重粒子砲を使っていたため、それ程までに重い元素を打ち出すことが出来なかったので気付かれなかったのだ。

 

 よく考えればそれはある意味当たり前のことで、それだけの質量を持つ重粒子であれば、重イオンが表面に叩き付けられた時の物理的インパクトはそれなりのものになる。

 言わば、極めて細かい物理弾体を持ったスプレーガンを連続的に叩き付けている様なものだ。

 そしてそのイオン化した重金属粒子は、コイルガンと重力レールガンの原理をもって粒子砲のバレル内で加速されるのだが、当然その粒子速度が大きければ大きいほど、即ち与える物理的インパクトが大きいほど、スターゲイザー本体に与える損害が大きいことも確認されていた。

 

 通常の重粒子砲と、対シード/スターゲイザー用の重粒子砲を区別するため、この質量数200以上のイオンビームを照射する事に特化した重粒子砲は「(Super)重粒( Heavy )(Ion )(Gun) (SHIG)」と名付けられた。

 

 問題はそれだけの重粒子を物質転換器で生成する事の方だった。

 超重粒子を1kg生成するには、当然同量の燃料軽水、またはその他の物質を消費する。

 ところがたった1kgでは、粒子砲の口径にも依るが、SHIGは僅か十秒ほどしか照射出来ない。

 とんでもない話だった。まるで、大口径のプラズマジェットエンジンを全開で噴射している様なものだ。

 もっとも地球軍の軍艦ならば、ホールショット用のニュートロン(中性子)弾を多量に保持しているので、問題は無いのだろうが。

 

「OK。後はシーリングチェックして、ポッドを立ち上げれば終わりだ。」

 

 アデール達の作業が終わった様だった。

 

「レジーナ、ポッドの周辺空間を監視していてくれ。空間が歪む様ならば、ポッドに欠陥がある。」

 

「諒解しました。いつでもどうぞ。」

 

 空間の歪み、つまり重力波だ。

 

「ポッドを起動する・・・起動した。どうだ?」

 

「ポッド周辺空間に変化ありません。」

 

「OK。作業終了だ。あとはこいつをアポロに持って帰るだけだ。」

 

 アポロ? どこだそれは?

 

「アデール、アポロとは何だ?」

 

 聞き慣れない名称に思わず口を挟む。

 もちろんアポロが何かは知っている。ローマ神話の太陽神だ。

 アデールとニュクスは量子通信を使っている。デブルヌイゾアッソに傍受される危険は無い。

 

「ヘリオスポイントと対称位置にある地球軍の施設だ。軍専用のジャンプポイントだったステーションを改造したものだ。地球軍はもうジャンプポイントは不要だからな。今はシード研究の中心的施設になっている。」

 

「そんなものがあったのか。」

 

 軍専用ということは、多分存在自体が軍機なのだろう。

 道理でマップにも出てこない訳だが、しかしそれを俺に話しても良いものか?

 

「宣伝している訳ではないが、秘密にもしていない筈だ。レベルVIの太陽系図でエッジワース・カイパーベルト領域を丹念に探せばちゃんと載っているはずだが。」

 

 誰がそんな詳細図をつかってそんな広大な空間を丹念に探そうとするものか。

 虫眼鏡を使って広大な小麦畑の調査をしようとする様なものだ。

 

「ちなみに100度ずつの位置関係で、スーリヤポイント、アマテラスポイント、ウィツィロポチトリポイント、ホルスポイントもある。いずれも軍施設だ。レジーナなら航法データで知っているだろう。」

 

 それだけ沢山の太陽神に護られているなら、太陽系も安泰だろう。

 アデールは秘密にしている訳では無いと云っているが、一般に知られているわけでも無いはずだ。少なくとも俺は今まで知らなかった。

 もちろん軍施設であるならば、今まで世話になることも無かったので知る機会も無かったわけだが。

 

「分かった。いずれにしてもそのアポロポイントに向かえばいいわけだな。」

 

「そうだ。太陽系外縁だ。いきなりホールアウトしても誰も文句を付けることも無い。」

 

 それは有り難い話だった。

 シードやスターゲイザーの調査や捕獲のために銀河系各地に散っている地球軍の艦隊が最小限の行程で立ち寄ることが出来るようにしてあるのだろう。

 太陽系内ホールアウト禁止の規則は、平時の地球軍艦隊にも適用されるのだ。

 

「シリュオ・デスタラホールアウトします。距離1万km。」

 

 レジーナがシリュオ・デスタラの接近を告げると共に、周辺宙域マップに彼女の存在を示す青いマーカーが現れた。

 

「酷え作戦だった。誰も死んでいないのが奇跡だ。よう、マサシ。コアの回収は終わったみたいだな。」

 

 ドンドバック船長の声が響く。

 

「お疲れ様だ、船長。正確にはあと少しで終わるところだ。ミリアンは大丈夫か?」

 

 不用意に貨物室の端に出ていたミリアンがアンサリア隊の隊員に蹴り飛ばされ、あわや戦場に一人置き去りにされるところだった事は、ビルハヤート達の会話を聞いていたので知っている。

 何が起こるか分からないので、開いたハッチには必要以上近付かないのは俺達船乗りにとっては常識だった。

 貨物積み込みのためにシールドを切っているところに、たまたまデブリが突入してくるかも知れない。コンテナヤードのオペレータが操作をミスって、軌道がずれたコンテナに弾き飛ばされたり、コンテナと壁との間に挟まれて潰されるかも知れない。

 

 だが経験の浅いミリアンは、それをマニュアルや人から教えられて学んだ知識として知っては居ても、まさにその状況に対面したときに思い出すことが出来なかったのだろう。

 艦砲射撃吹き荒れる第四惑星の地表から命からがら脱出してくるビルハヤート達の役に立ちたくて、少々張り切りすぎて勇み足でハッチの開口部まで出てしまったのだろう。

 いずれにしても良い経験になったはずだ。

 本当に命を落とすギリギリの所での経験は、恐怖と共に骨の髄まで染み込んで血の通った本物の知識となるだろう。

 

 今回の依頼とその状況は相当に特殊な例ではあるが、それにしてもあと一歩で死ぬところだったなどという危険は、船乗りをしていればその辺りに幾らでも転がっている。

 宇宙は、親切にも進入禁止の立て札が立っていたり、失敗しないようにあらかじめ警告を発してくれたりするような、危険が完全に管理されている過保護な地上の施設とは違う。

 一歩先には致命的な危険が存在するかも知れず、そしてその危険を自分で気付き、自分の才覚で切り抜け、その経験から学んで生き延びていく所だ。

 それが出来なかった者は命を落とす。

 出来た者だけが生き残り、さらに経験を積んで一人前の船乗りになっていくのだ。

 

「ああ。HASを脱いでそろそろ落ち着いてきた様だ。外傷は無い。今アンサリア隊のレヒーテトアが平謝りに謝ってるところだ。落ち着いたら、次はビルハヤートの説教が待ってる。」

 

 ドンドバック船長は面白そうに言った。

 ミリアンには良い経験だっただろう。

 もっとも、そんな事を言えるのは彼女が今生きているからだが。

 機転を利かせて、自分がホールインするとほぼ同時に彼女をギムレットで転送したシリュエに感謝だ。

 

「シリュエ、礼を言う。新米船員を失わずに済んだ。最初の航海でいきなり死亡者リストに入れたりしたら、彼女の父親にもシャルルにも合わせる顔がない。」

 

「そんな事。御礼ならビルハヤート達に言って。『絶対に仲間を見捨てない』というプライドは、彼等から習ったのよ。私には、たまたまそれを実行する手段があっただけ。」

 

「それでも、だ。手段があったところで、実行する意志がなければ実現はしない。お前のお陰だ。ありがとう。」

 

「ふふ。ここは『どういたしまして』と言っておくべきかしら。」

 

 はじめの頃に較べて、シリュエも随分固さが取れたものだと思った。

 地球人のヒトと会話をするように普通に話をする事が出来る。

 こうやって機械達と地球人はそれぞれお互いに馴染んでいくのだろうな、とふと思った。

 

「コア保管ポッド収容完了。」

 

 アデールの声が作業の終了を告げた。

 あとは太陽系に戻るだけだ。

 また色々とヤバい橋を渡る羽目になった依頼が、やっと終わる。

 

 そんな弛緩した雰囲気が流れ始めた時だった。

 

「マサシ。第四惑星系第二衛星スヴォートに投下したモールプローブに感あり。しばらく前から地震が連続して発生しています。」

 

 少し緊張した雰囲気のレジーナの声が緩い空気を断ち切った。

 嫌な予感がした。

 

「地震? あの小さな衛星で? 潮汐力に依るものか?」

 

 小さな星は急速に冷えて中心まで固体化する。全て固体化した星に地震はあり得ない。

 但し主星を持つ衛星などは、主星の引力によって引き起こされる潮汐力による地殻変動が発生して、地震が起こることはあり得る。

 しかしレジーナは「しばらく前から」と言った。

 

「地震波解析完了しました。投下した三機のモールから見て、衛星の(Far side)反対側( of moon)で何か大きな物が動いています。」

 

「デブルヌイゾアッソの資源採集機では?」

 

「可能性は低いです。本星系到着時に行ったセンサープローブによる衛星スヴォート地表スキャンでは、人工的な物は何も見つかりませんでした。」

 

「別のスターゲイザーが?」

 

「可能性はあります。が、同じく到着時には存在しませんでした。」

 

 ここでああだこうだと言っているよりも、見た方が早い。

 

「レジーナ、プローブ射出。ホールショット。衛星スヴォートの該当エリア上空で地表スキャン。」

 

「諒解。プローブ射出。二機。ホールショット。プローブ起動しました。映像出ます。」

 

 ヴェヘキシャー星系主星からの太陽光を受けて、少し黄味がかった灰白色にまばゆく輝く衛星スヴォートの表面にそれは居た。

 明るい地表を侵食する黒い染みのように広がり蠢く真っ黒な物体。

 第四惑星地表に取り付いていたのは、別個体だったのか。

 

「スターゲイザーです。巨大です。見えている部分だけで幅80km、長さ100km以上あります。かなりの部分が地中に潜っているものと推察されます。」

 

 ST部隊のキャリーは、このスターゲイザーを長期間放置してしまったと言っていた。

 その間に巨大化したという訳か。

 俺達がこの星系に到着した時に発見した第二衛星表面の窪みは、奴が逃げ出した跡ではなく、奴が地中に潜った侵入口だったのだろう。

 そのスターゲイザーが、第二衛星の地殻を食い荒らして再び地表に出てきたという事なのか。

 ではこのスターゲイザーは、一体どれだけの大きさがあるというのか。

 

 第二衛星の表面で蠢く黒い物体の映像を眺めながら、俺は背筋が寒くなるのを感じていた。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 「オブ」が余計だ、とか言わないで下さいね。

 それ抜いちゃうとモロになるんで。


 地球のルナではないので、「moon」の頭は小文字です。

 でもホントは、サテライトとすべきなのでしょうけれど。

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