8. 艦砲射撃
■ 11.8.1
高いエネルギーを持った太く収束した光の筋が僅か数十kmしかない大気の層を貫く。
その光は遙か彼方からやって来て、大気に接触した瞬間、その異常に高いエネルギーで大気を燃え上がらせ、急激な熱膨張による爆発を起こさせる。
光の筋は、渦巻く大気に拡散され邪魔されながらも、そのエネルギーの大半を保ったまま赤茶けた大地に太い杭の様に真っ直ぐ突き立った。
光が当たった地表はそのエネルギーを受け止め、瞬時に加熱されて煮えたぎり、なおも与えられる強烈なエネルギーで沸き立ち、爆発的に蒸発する。
その高温の蒸気は周辺のあらゆる物を暴力的に巻き込みながら、爆発衝撃波として拡散していく。
その様な艦砲射撃のレーザーが何本も大気を貫いて地表に到達し、地表を舐めて燃え上がらせながら一瞬の内に数十kmを移動して、焼け爛れ煮えたぎった地表を帯状に抉り取っていく。
地表に存在したありとあらゆるものはその爆発に巻き込まれて吹き飛ばされ、宙に舞い上がる。
平原に布陣し、ビルハヤート達降下部隊の戦いを呆けた様に眺めていた原住民の兵士達もその例外では無かった。
スターゲイザーによる殺戮から生き残った数千人の原住民兵士達であったが、すぐ近くを通った艦砲射撃による爆発に巻き込まれ、あるものは熱風に焼かれ、あるものは爆発に巻き込まれて地表に叩き付けられ、或いは爆風に混ざった様々な物に身体を切り刻まれ、その大半が命を落としていった。
「クソッタレ。連中、従族の命よりもこっちの口を塞ぐことを優先しやがった。シリュエ、飛び上がれ。地上部隊は空中で回収する。」
至近弾の爆発による衝撃に揺れるシリュオ・デスタラの中で、ドンドバックが歯ぎしりの間から漏れる様な声で毒づいた。
ただの運の良い偶然でしか無いが、シリュオ・デスタラはまだ直撃弾を受けていなかった。
「諒解。加速逆転。地表から離れました。地上部隊との距離1.5km。空中にランデブー・ポイント設定。本船は一旦現位置から離れます。」
「良いだろう。全地上部隊に連絡。それと、レーザー反射板は連中の為に残していく。」
「諒解。」
シリュエが瞬時に計算した予定航路をちらりと眺め、ドンドバックはその案に許可を出した。
ドンドバックを船長とし、三名の船員を得たシリュオ・デスタラにもレジーナと同じ様に、ブラソンが開発した思考伝達インターフェースが装備されていた。
相互の意思伝達は口頭で行うよりも遙かに速い。
「緊急。地上部隊は新たに設定した集合地点に向かって下さい。カウントゼロで回収します。カウントに合わせて最大限密集して下さい。回収15秒前。」
既に上空数十kmまで飛び上がったシリュオ・デスタラから、地上部隊に新たな集合地点が示された。
ビルハヤート達の視野の中に、高速で点滅する黄色のマーカーが現れた。
マーカーが示す地点は、先ほどまでの目標地点と大きくずれてはいなかった。
つい先ほどまでシリュオ・デスタラが突き刺さっていた場所から、南西に300mほど離れた、レーザー反射板がまるで傘の様に展開する空間の直下、地上500mほどの位置。
「小隊、散開しながら目標地点に向かう。カウントゼロで集合。遅れるな。」
ビルハヤート達の駆るHASが、地表近くを滑空しながら大きく回り込む。
アンサリアが同じ様な指示を出しているのが聞こえる。
直前になっての数百mの集合地点変更など日常茶飯事だった。
1分以内に隣の大隊の集合ポイントに来い、とか言われるよりは遥かにマシだ。
こっちの都合を最大限に考えてくれるのは本当に有り難い、と一斉に向きを変える部下のHASを示す輝点をマップの上で確認しながら、ビルハヤートはシリュエに感謝する。
ただ、この位置に俺達を集合させて、彼女はどうやって回収するつもりなのだろう、と疑問に思う。
テランに毒された機械達の考える事だ、どうせまたこちらが思いも付かない様なとんでもないことをやらかすに決まっている。
誰もその表情を見ることは無かったが、ビルハヤートはHASのヘルメットの中でニヤリと笑った。
「集合したところをギムレットで回収した方が良くないか?」
ドンドバックがふと思いつき、シリュエが発案した地上部隊回収案に疑問を投げかけた。
「はい、数機のHASであればその方が確実に有利です。四十機も集まると、ホールインの瞬間に、ホールに流れ込む風に煽られて位置がぶれる機体が発生する可能性があります。最悪、ホール内空間で迷子になります。本船が直接回収に向かう方が有利と判断しました。」
「成る程。諒解した。」
艦砲射撃に狙い撃ちにされない様に散開しつつ、大きく回り込みながら集合地点に向かう地上部隊の状況をマップで確認しながらドンドバックは頷いた。
シリュエは既に地上部隊から数千km離れ、第四惑星の大気圏を抜けて宇宙空間を大加速で航行している。
デブルヌイゾアッソの駐留艦隊は、自力でこの星系から脱出する力を持たない地上部隊よりも、この星系の情報を持ち帰る可能性のあるシリュオ・デスタラの方が重要目標であると判断した様だった。
駐留艦隊の戦艦は全て砲撃目標をシリュオ・デスタラに変更していた。
軽巡洋艦は引き続きビルハヤート達を狙っているが、艦隊全て、特に戦艦から狙われていることに較べれば、遥かに危険度は下がっている。
シリュオ・デスタラはいわゆる遷移運動、0.5秒毎に加速ベクトルを大きく変えてレーザーの直撃を避ける動きを繰り返している。
既に艦隊との距離は10万kmを割り込もうとしている。
今のところ直撃を受けてはいないが、一瞬撫でられる様な至近弾を幾つも受けて、船体表面には軽微な被害が発生しつつある。
「回収10秒前。各機、黄色の空間内に集合。マーカー空間からはみ出さない様注意。」
こいつはまた面白い注文だ、とビルハヤートはシリュエからの指示に少々面食らう。
集合地点には、AAR表示で直径10m、長さ50mほどの筒状の表示が浮かんでいる。
ここに来い、とマーカーを示されるのはいつものことだが、この中に入れと、空間を示されたのは初めてだ。
「小隊、集合地点に集結。黄色の空間の中に収まれ。手前ぇ等、死にたくなけりゃちゃんと言うこと聞けよ。」
アンサリア隊を含めた四十名全員が、ビルハヤートの号令を聞いて集合地点に殺到する。
それまでバラバラに適当に動いて艦砲射撃を避けていた様に見えた部下達の輝点が、明らかに意志を持ってマップ上の一点に集まり始める。
当然、その動きは駐留艦隊の察知するところとなる。
地上部隊に向けて砲撃を行っていた軽巡洋艦八隻は、地上部隊に動きありと見て、その動きの中心に向けて砲撃目標を変更した。
重力ジェネレータによる反発で土煙を巻き上げ、地上数mを滑走していく黒く塗られたHASの集団。
その脇を幅1mほどの光の帯が走り抜け、地表を薙ぎ払ったかの様に爆発を巻き起こす。
爆風に煽られ吹き飛ばされたHASは、空中で向きを変えて態勢を整えまた滑空を始める。
また地上を薙ぎ払う光の帯。
「クソ! 喰らった!」
誰かが叫んだ。
ビルハヤート麾下のキーゴーラーンが駆るHASの両足の膝から下が消滅していた。
爆風で吹き飛ばされたHASは、空中でよろめきながらも半自動で姿勢を制御。
そして自動で欠損箇所を切断して、シーリングを行って気密を保つ。
シーリング部分はHAS装甲に較べて遥かに脆弱である為、再度同じところに攻撃を受けた場合、シーリングを突き破って高温の金属蒸気がHAS内部を駆け巡る危険がある。
もちろんその場合、搭乗者は確実に命を落とす。
膝から下を失う程度であれば再生治療も効くが、全身焼け爛れて失った命を元に戻す技術は無い。
「回収5秒前。」
シリュエの声が地上部隊全員の頭の中に響く。
数十機ものHASが、指示された空間めがけて殺到する。
既に黄色く着色された空間の中に留まっているHASに、別のHASがぶつかり弾き飛ばす。
弾かれたHASは、瞬時にジェネレータパワーを上げ、自動で再び黄色の空間の中に戻る。
HASが集中している空間に向けて光の帯が降り注ぐ。
数発はレーザー反射板に当たって弾き返される。
表面を完全鏡面加工された反射板ではあるが、全てのエネルギーを撥ね返すことは出来ず、与えられた高熱によって歪み、表面が泡立ち曇りを発生する。
そこにまた別のレーザーが直撃し、反射板としての機能を失いかけた表面を一瞬で超高温に熱し、爆発を発生させる。
1.5m四方ほどの反射板が何枚も吹き飛ばされ脱落し、大きな穴が開く。
まるでパズル片を組み替えるかの様に、スライドしてきた別の反射板が開いた穴を塞ぐ。
レーザーが降り注ぐ地表からは、絶え間ない爆風と衝撃波が吹き上がってきて、集合しているビルハヤート達のHASを翻弄し、さらに上空2000mほどに展開しているレーザー反射板を大きく揺らす。
四十二機のHASは互いにぶつかり、弾き合いながらも、どうにか指定の空間の中にまとまろうとする。
「3、2、1、」
シリュエのカウントダウンが響き渡る中、少し遅れてきたアンサリア隊の兵士が、遅れを取り戻すかの様に高速度でHASの集団の中に突入した。
そのHASとまともにぶつかり、一機のHASが弾き出された。
「あ。」
アンサリア隊の誰かであろう、女の声が絶望に染まって呟かれた。
ビルハヤートは瞬時にジェネレータを最大にし、助けを求める様に仲間達に向かって伸ばされたその手を掴み、力任せに引きながら指定空間内に戻る。
ビルハヤートの身体は黄色い領域内に戻ったが、女兵士のHASは大半がはみ出したままだ。
「ゼロ。ホールイン。進路逆転。下部ハッチ開放最大。ホールアウト。ホール連続形成。」
集合地点上空にダークグレイのホールが九個、互いに重なりながら一直線に連なって開いた。
軽巡洋艦からの激しい艦砲射撃の煌めきは、連なるホールに吸い込まれそのままどことも知れない空間へ向けて転送される。
一直線に並んだホールの下、その一番端にもひとつ地表に対して垂直に立ったホールが開いており、そこからシリュオ・デスタラの船体が後ろ向きに飛び出してきた。
「HAS全機集結を確認。回収します。」
船尾を前にして高速でホールから飛び出したシリュオ・デスタラは、その最大の搬入口である下部ハッチを大きく開け、僅かに進路を修正しながら、連なるホールの防壁の下を真っ直ぐにHASの集団に向けて突き進んだ。
そしてまるで鯨が大きな口を開いて海水ごと餌を掬い取る様に、指定された区域に集まったHASの集団を、大きく開いたそのハッチに飲み込む。
凄まじい勢いでその白い船体が真っ直ぐ自分達に向けて突き進んできた時、ビルハヤートは本能的に恐怖を感じるとともに、余りに奇想天外なその回収方法に半ば呆れもしていた。
普通は集結点に待ち受ける船や回収ポッドにHASが自ら飛び込む。
指定時間までに回収ポッドに飛び込むことが出来なかったHASは、敵中にただ一人置き去りにされる事もある。
それをまさか回収地点を指定し、全員が集まったところで船自体が後ろ向きに突入してきて回収していくとは。
シリュオ・デスタラのハッチに飲み込まれたHAS達は、そのまま貨物室の壁に叩き付けられる。
もちろんその程度の衝撃は、HASの慣性制御で中和され、搭乗者に大きなダメージを与える様なことは無い。
しかしこの前代未聞の無茶苦茶な回収法に、流石に部隊員の口々から驚きの声が上がる。
一度回収されたHASは、シリュオ・デスタラの船内重力の範囲内に入る為、壁に叩き付けられた反動程度では再びハッチの外に溢れ出る様なことは無い。
ビルハヤートは、凄まじい勢いで迫り来るシリュオ・デスタラの船体と、大きく開いたハッチを凝視した。
ハッチ脇に一機の白いHASが見える。
何故そんなところに作業用のHASが?
そう思った次の瞬間、ビルハヤートと、彼に手を繋がれたアンサリア隊の兵士はともにシリュオ・デスタラのハッチに飲み込まれた。
ビルハヤートのHASは、ハッチ斜面に叩き付けられてバウンドし、さらに貨物室の壁に激しくぶつかった。
手を持たれた女兵士のHASは、さらに激しく斜路に叩き付けられたところでビルハヤートの手から離れて横向きに飛んだ。
その先にはミリアンが着用する、白い船外作業用のHASが存在した。
女兵士のHASがぶつかり弾き飛ばされたミリアンのHASは、ハッチ開口部断面に衝突し、そのまま開口部から船外にこぼれ落ちる様に消えていった。
「ミリアン!」
ビルハヤートの声が響く。
「ハッチ閉じます。ホールイン。」
シリュエのその声は、まるでミリアンに対する死刑宣告の様にビルハヤートには聞こえた。
「ミリアンが落ちた!」
気付いていないのか、と、ビルハヤートが再び叫ぶ。
「承知しています。まずは本船の退避を優先します。」
「馬鹿野郎! 見捨てるのか!?」
仲間を絶対に見捨てない。それが彼等の信条であり、誇りであった。
「まさか。ハッチ開きます。ミリアンを回収して下さいね。」
落ち着いたシリュエの声とともに、再び船体下部ハッチが開き始めた。
意味が分からず開いたハッチの方を振り返ったビルハヤートの眼に映ったのは、ハッチの向こうに広がる宇宙空間に輝く星々だった。
その中を一機の白いHASが漂う。
ハッチの端を蹴ったビルハヤートは、真っ直ぐに白いHASに近付きその腕を取る。
「ミリアン、大丈夫か?」
「あァァァ、あ・・・」
戦場のど真ん中に振り落とされ、置き去りにされるという絶望から来るショック状態だと判断した。
まずは連れ帰ってHASを脱がさないことには。
ビルハヤートはミリアンのHASの腕を引きながらジェネレータの出力を上げ、眼の前に停泊するシリュオ・デスタラの明るく照らされた船底部ハッチを目指した。
「お帰りなさい。大丈夫。損傷は発生していないし、バイタルも正常。ちょっとビックリしてショック状態になっているだけ。」
「そうか。置き去りにされたのかと思ったぜ。」
ビルハヤートはミリアンのHASを貨物室の床に寝かせて息をついた。
辺りを見回すと、壁に叩き付けられた隊員達のHASがまだ床に手をついていたり、艦砲射撃で損傷のあった仲間のHASを脱がそうとしている。
「そんな事する訳無いでしょう? 何の為に私が十個もWZDDを装備したと思ってるの。」
「ああ。そうだな。」
そう言ってビルハヤートも貨物室の床に腰を下ろした。
スターゲイザーになぎ倒され叩き潰される幾千もの原住民。平原一面に散らばる死体と肉片と化した身体の一部と血の海。
生き残った原住民をまるで気にすること無く吹き飛ばす駐留艦隊の艦砲射撃。
そして艦砲射撃の中での撤収。
酷い降下作戦だった。
今はシャワーを浴びてただ眠りたい、とビルハヤートは思った。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
レーザー反射板、あんまり活躍しませんでしたね・・・




