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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十一章 STAR GAZER (星を仰ぐ者)
255/264

7. 地上部隊回収


■ 11.7.1

 

 

「レジーナ、ホールイン。本船は地上部隊の回収に移ります。デブルヌイゾアッソ駐留艦隊距離30万km。有効射程まで27秒。」

 

 ビルハヤート達地上部隊の回収方法はあらかじめ決めてあった。

 元々強襲揚陸艦であるシリュオ・デスタラの特性を生かし、ビルハヤート達が展開して戦線を形成している眼の前の地上に直接突入する。

 その時にはスターゲイザーはコアを抜かれて残骸と化しているか、或いは形を残していたとしても頭脳であるコアを失ってまともに動くことは出来ない状態になっているので、スターゲイザーからの攻撃を殆ど気にすること無く地上部隊を回収できる筈だった。

 

「ホールイン、5秒前、3、2、1、ゼロ。」

 

 第四惑星地表から数千kmしか離れていないシリュオ・デスタラであったが、その数千kmを加減速して移動するのももどかしく、短距離のホールジャンプを行った。

 一瞬の後、その白銀に彩られた双胴の船体は第四惑星の大気圏内、高度2万mに姿を現した。

 大気圏内開いた真空のホールと、全長600m余の船体が大気を押しのけてホールから飛び出した轟音を後方に置き去りにして、シリュオ・デスタラは音速の十倍もの速度で大気を切り裂き、大気の断熱圧縮による炎の尾を引いて、地表に向けて深い角度で真っ直ぐに突き進む。

 

「高度15000、距離35000。突入10秒前。総員対ショック防御。」

 

 もちろん突入の衝撃は慣性制御で全て吸収される筈だが、万が一のことを考えて地表への突入時は全員身体をどこかに固定する様に打ち合わせてある。

 

「シリュエ、突入と同時に対レーザー防御板展開。」

 

 有効射程距離とは、宇宙空間で動いている船舶に対して、レーザー砲を射撃した場合に高確率で目標を捕らえられる距離のことである。

 目標の運動性や、レーザー砲の照準精度によって左右されるが、多くの場合は10万km、約0.3光秒が有効射程距離とされる。

 これに対して、加速していない固定目標に対する射程距離は単純にレーザー砲の性能にのみ依存し、大口径レーザーの場合には数百万kmにも達する。

 そして今、シリュオ・デスタラは地上に突っ込んで静止しようとしており、デブルヌイゾアッソの駐留艦隊は僅か30万km先をこちらに接近してきている。

 

 周りにデブルヌイゾアッソの従族と思われる多数の原住民が存在するため、彼等を確実に巻き添えにしてしまう大口径の艦砲射撃を実施することはないと思われていたが、希望的な過信は禁物だった。

 

「5、4、3、2、1、突入。」

 

 大気圏内を音が伝わる速度よりも遥かに速い速度で地表に突っ込んだシリュオ・デスタラだったが、最後の瞬間に3000Gで急制動を行い、「比較的」やんわりと地表に突入した。

 それでも艦首方向のシールドは地表を数十mも深く抉り、重力シールドで押し退けきることが出来なかった土砂は、船体表面に沿う様に展開された分解フィールドで素粒子レベルにまで分解され、大気中へと拡散していった。

 

「船体下部ハッチ開放。おい手前え等、迎えに来てやったぞ。急げよ。さっさと乗らねえとおいてくからな。」

 

 まるで地表に突き刺さったかの様に半分土砂に埋まり、船体下部の大型ハッチを開放した白銀の船体から、荒っぽい船長のダミ声が響いた。

 

 

■ 11.7.2

 

 

「ギムレット展開。スターゲイザーコア消失を確認。スターゲイザーコアを回収します。ホールイン。」

 

 レジーナが、スターゲイザーコアが切り取られどこか遙か彼方の空間に吹き飛ばされたことを宣言すると、あれだけ激しく蠢き間断無く攻撃を浴びせかけてきていた、スターゲイザーから無数に伸ばされた触手が全て一瞬ビクリと痙攣した様に見えた。

 一瞬の静止の後に、全ての触手が制御を失った暴走状態のようにてんでバラバラの無茶苦茶な動きを始めた。

 真っ直ぐに伸びてどこまでも突き進むもの、切られた蜥蜴の尻尾の様にのたうち回るもの、近くの触手を巻き込み絡みついて巨大な塊と化すもの。

 

 制御を失ったその動きは予測が付かず、ただでさえ細く速度が速く狙いの付けにくかった無数の触手をさらに狙いにくいものにする。

 辺りを薙ぎ払う様に動いた触手に、何機かのHASが薙ぎ払われ吹き飛ばされるのが見えた。

 吹き飛ばされた程度であれば問題無いだろう、とアンサリアは空中で姿勢を制御して体勢を立て直すHASを視野の隅に追う。

 

「クソッタレ。キリがねえし、やりにくい。迎えはまだか畜生。」

 

 ビルハヤートが毒づくのが聞こえる。

 眼の前で暴れるスターゲイザーの残骸を抑え込み続けるのも、まるで永遠の時間に思えるほどに面倒で神経の擦る減る作業だが、それよりも外惑星から急速に接近しているというデブルヌイゾアッソの駐留艦隊の動きが気になった。

 いくらHASの装甲が分厚いとは言えども、戦艦の艦砲射撃を喰らえばひとたまりもない。

 集中砲火を浴びれば、シリュオ・デスタラも一瞬でくず鉄に変えられてしまうだろう。

 艦砲射撃を喰らいながら撤収するなどまるで悪夢の様な話であり、収容されたと一息付いたところで乗艦ごと木っ端微塵にされるのは笑い話にもならない。

 

 スターゲイザーコアを切除したら、シリュオ・デスタラはすぐに惑星表面に突入し、地上部隊の回収に移るはずだった。

 コアの切除からシリュオ・デスタラによる回収まで、予定では僅か数十秒だったはずだ。

 その数十秒がまるで数十分にも思える。

 主観的な感覚で時間が引き延ばされているだけだと自覚はしつつも、予測が付けにくくなったスターゲイザーの触手の動きに迎撃と防御の余裕が無くなり、迎えはまだかと焦る気持ちが一瞬を永遠にも引き延ばす。

 

 触手の一本が突然頭上を越えて後方の原住民の方に伸びて行こうとする。

 全く予想できなかったその動きに慌ててライフルを向けると、半ば自動的に狙いが合ってレティクルが光り、そして引き金を引き絞ること無く数十発もの弾丸が音速を遥かに超えた速度で送り出され、そして徹甲弾に削られた触手は破片を飛び散らせながら切断される。

 空中を素早く伸びていた触手は力と勢いを失い、放物線を描いて地上に落ちる。

 地上でのたうち回るその姿は、まさに触手の断末魔でもあった。

 

 地上に降りた直後は、全ての触手は統制された動きでこちらを狙ってきた。

 後ろにいる原住民の兵士達よりも、突然空中に現れ、HASを着てあらゆる携行型の兵器を乱射する自分達の方が「優先順位上位」だったのだろう、槍のように真っ直ぐ突き刺そうとするもの、横向きに薙ぎ払おうとするものなどの差こそあれ、ほぼ全ての触手が着地したHAS部隊を狙ってきた。

 今はその統制が全く取れていない。

 

 また一本、頭上を越えて後方の原住民兵士達の方に進もうとした触手をたたき落とす。

 そして、赤茶けた空に黒い穴が空くのを見た。

 その小さな穴から、白銀に塗られた双胴船が飛び出してくる。

 真空のホール内から大気圏内に突入した双胴船は一瞬白い霞に覆われた後、大気の断熱圧縮で発生する炎に包まれた。

 火の玉と化した船が、真っ直ぐに自分達の方に突っ込んでくるのをアンサリアは見た。

 

「迎えだ!」

 

 誰かが叫ぶのが聞こえた。

 幾つもの喚声がそれに応える。

 

 シリュオ・デスタラはそのまま真っ直ぐ地面に突っ込み、そこに存在したスターゲイザーを吹き飛ばし、分解し尽くした。

 重力シールドに巻き上げられた土煙が辺り一面を覆い、土煙にまみれて船の姿が見えなくなる。

 土煙は更に重力シールドに吹き飛ばされ、すぐにシリュオ・デスタラの船体が見えるようになった。

 船はスターゲイザーが居た場所から僅かに進み、地表に1/3ほど突き刺さった状態で止まって居るようだった。

 重力シールドと分解フィールドに護られているとは言え、余りに無茶苦茶な着陸に皆が唖然とし、声を上げる者も居ない。

 

「おい手前え等、迎えに来てやったぞ。急げよ。さっさと乗らねえとおいてくからな。」

 

 地表に突き刺さり斜めになった船体の下部ハッチが開くと同時に、ドンドバック船長の荒っぽくも何故か安心感を感じる声が全員の頭の中に響いた。

 

「3165小隊、撤収! 各自母船に向かえ! 自力で移動できない者は居るか!?」

 

 ビルハヤートの指示が飛んでいる。

 また皆のことを3165小隊と呼んでいる。無意識だろう。

 長年の癖というものも有るだろうが、それよりも彼らは自分達の小隊名に誇りを持っており、その名をなかなか捨てられないのだろうと思う。

 

「2883小隊、撤収! 各自で撤収せよ! 行動不能の者は居るか!?」

 

 そして自分も同じように旧部隊名で皆を呼ぶ。

 

「ペルエシカ隊問題なし! 撤収開始!」

 

「スプルランサ隊問題なし! 撤収開始!」

 

 まさに打てば響くように二人の副隊長から全員無事の報告が返ってくる。

 

 もっと酷い場所をくぐってきた。

 新兵の頃、運悪く直接の上官が全滅し、とうの昔に発せられている撤収命令を受けとることが出来ず、隣接部隊の回収ポッドが飛び上がる姿を見て初めて自分が戦場のただ中に置き去りにされようとしていることに気付いたこともある。

 自分達が乗るはずだった回収ポッドが撃墜され、数百kmも離れた隣の大隊の集合地点まで、あらん限りの速度を振り絞って敵の間をすり抜けながら地表数mを延々と滑走したこともある。

 撤収命令を出して、そして誰からも返答が返ってこなかった事さえあった。

 それに比べれば、少々見てくれが不気味なだけのでかくて黒い毛玉のようなスターゲイザーからの攻撃など。

 それは例え焦りを生むようなものではあっても、死を覚悟させるようなものでは無かった。

 皇女護衛に回されて数年経ち、多少の腕の鈍りが見えるとは言え、そんな温い攻撃にやられるような出来の悪い部下を持った記憶は無かった。

 

 もちろん、全員の生存情報は視野の隅に常に表示されている。

 意識して拡大したいと思えば、小さく簡易表示されているだけだった小隊情報が拡大され、全員の名前のリストと健康状態、HASの破損状況などが一覧となったウィンドウが開く。

 それでもやはり、部下の声でもって部下の無事を伝えられるのが一番安心する。

 

「シリュエ、こちらアンサリア。欠員無し。小隊撤収する。」

 

 船長はドンドバックだが、地上部隊の行動を管理するコーディネータ役はシリュエだ。

 ドンドバック船長は経験を積んだ頼りになる男だが、あくまで船乗りであって地上部隊の指揮官では無い。

 強襲揚陸艦のAIであるので当然といえば当然なのだろうが、シリュエは定石から稀な例外まで、軌道降下兵部隊の扱いに非常に長けていた。

 何もかも任せておけば大丈夫、という安心感がある。

 

「アンサリア。お疲れ様です。慌てず急いで下さい。まだ少しだけ余裕はあります。」

 

 シリュエの声が聞こえたのとほぼ時を同じくして、シリュオ・デスタラは空に向けて突き出した格好になっている船尾から、鏡面の光沢を持つ板を多数射出した。

 撃ち出された板は、シリュオ・デスタラ船尾上空数百mの位置に留まり、行儀良く一平面上に並んで大きな鏡面の板を形成した。

 対レーザー反射板。

 完全に反射しきれるわけでも無ければ、長時間保つわけでも無い。

 だが、ただの薄い皮のような一枚の板でしかないその反射板が、あると無いとでは大違いであることをアンサリアは身をもって知っていた。

 反射板を展開しておけば、例え戦艦の艦砲射撃であっても一撃は何とか凌いでくれる。

 展開していなければ、最初の一撃で消し炭に変わる。

 

 赤茶けて、所々にスターゲイザーの黒い触手が力なく横たわる平原で、艶の無い黒に塗装された幾つものHASが地上数mの位置を滑空している。

 一切の欠員が無いことは良いことだ、とすぐ近くを飛んでいるペルエシカの機体を横目で見る。

 

 それはその僅かに気が緩んだ瞬間だった。

 

「緊急。 デブルヌイゾアッソ駐留艦隊が射撃位置に移行。戦艦の砲門準備を確認。目標は本船と予想。地上部隊、艦砲射撃に注意。速やかに帰投せよ。繰り返す。地上部隊、艦砲射撃に注意。速やかに帰投せよ。」

 

 シリュエの声がまるで感情を失ったかのように切迫した状況を報告した。

 

 ・・・最悪だ。

 

 舌打ちするアンサリアの視野の左隅に、同心円状に吹き飛ばされ白い霧を発生した大気と、急激に眩さを増す地表の着弾点が見えた。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 折角2小隊も持ってるんだから、もっと陸戦隊活躍させてみたいよな・・・という欲求から生まれた話です。

 ただ、闘ってる敵がアレなので、ぜんぜんかっこよくないのですが。

 

 そろそろお気づきの方もおられると思いますが、シードやスターゲイザーのモチーフとなっているのは、アレです。


 その名を口にするだけで呪われてしまい、その呪いはいつまでもどこまでも付き纏い、そして全てを失うまで、いや全てを失ってもその呪いが解けることは無い。

 決してその名を口にしてはならない存在。

 ビh・・・おっとっと。


 因みに別称の頭突き土左衛門の方は比較的呪われにくい模様。



 

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