4. Dbbrneuyzzeoasso (デブルヌイゾアッソ)
■ 11.4.1
ヴェヘキシャー星系外縁に通常ジャンプアウトした俺達は、通常空間で加速せずに停泊、つまり等速直線運動に移行した。
トランスポンダはオープンにしてあり、ずっと船籍情報を流し続けている。
緊張しながらそのまま30分も待っただろうか。
レジーナが、デブルヌイゾアッソと思しき船から応答が送られてきた事を告げた。
「識別コード返信。本星系からの即時退去を求めています。」
「音声で割り込めるか?」
「音声通信要求します。拒否されました。」
「そのま音声通信要求を送り続けてくれ。」
「諒解。音声通信要求継続します。応答あり。繋ぎます。」
しつこく音声通信要求を送り続けることで、僅かでもこちらに興味を持ってくれることを期待していたが、上手くいった様だった。
「こちらデブルヌイゾアッソ、第264空間艦隊、ヴェヘキシャー星系駐留隊である。貴船は我が国の星系領域を侵犯している。速やかに退去せよ。不服従は実力によって排除する。この処置は民間船舶にも適用される。繰り返す。貴船は我が国の・・・」
「緊急事態だ。聞いてくれ。」
「・・・速やかに退去せよ。不服従は実力によって排除する。この処置は・・・」
「聞こえているんだろう? 頼む。話を聞いてくれ。」
「・・・我が国の星系領域を侵犯している。速やかに退去せよ。不服従は・・・」
「重力擾乱。ジャンプアウトです。数十二。距離90万km。400m級フリゲート艦十二。接近してきます。相対速度5000km/sec、減速3000G、150秒後に推定有効射程圏内。」
デブルヌイゾアッソの星系駐留艦隊がジャンプアウトしてきたことをレジーナが告げた。
レジーナは接近してきた艦を400m級フリゲートと言っているが、デブルヌイゾアッソやファラゾアなどの「人が乗っていない」艦船の打撃力は、その1.5倍の大きさの艦船に相当すると一般に言われる。
ヒトの脳だけを取出して生体ユニット化してそのまま艦船に組み込む彼等のやり方は、艦船内部にヒトの居住空間を必要としない。
その分武装やジェネレータを搭載出来るので、大きさの割には強力な打撃力を持つ艦船が出来上がる。
つまり、今接近してくる十二隻のフリゲート艦は、実質600m級の駆逐艦に相当すると考えなければならない。
「・・・星系領域を侵犯している。速やかに退去せよ。不服従は実力によって排除する。この処置は・・・」
駐留艦隊からの音声通信は、相変わらず定型句を繰り返すのみだ。
「緊急事態だと言っているだろう! 聞こえていないのか!?」
取り付く島も無い定型句の繰り返しに、思わず怒鳴る。
すると突然、定型句が途切れた。
少しの間、沈黙が流れる。
「テラン。何用だ。」
金属を引っ掻く様な、思わず顔をしかめる耳障りな合成音声が響いた。
「応答感謝する。いきなりやってきて領域侵犯して悪いとは思っている。だが聞いてくれ。あんた達にも関係のある重大な問題だ。」
打合せの中でこの交渉役を決める時、何故か満場一致で俺が担当することとなった。
「口先は一級品」と憎まれ口を叩いたのはアデールだ。
ちなみに昔のことを知っているブラソンは、「語るに落ちて地下牢に入れられた事もあるが」と皮肉に笑っていた。
「聞こう。話せ。」
生体ユニット化して機械に組み込まれると、話し方まで機械の様になってしまうのかと思った。
本物の「機械」であるニュクス達や、地球産の機械知性体であるレジーナ達の方が余程人間味に溢れる話し方をする。
「俺達がここに来たのには訳がある。このヴェヘキシャー星系の第四惑星系に、星系外からの侵略的飛来物が着床している筈だ。俺達が用があるのは、その飛来物だ。あんた達デブルヌイゾアッソや、この星系に対して害意は無い。」
「その様なものは無い。退去せよ。」
「悪いが、ここからでも確認出来る。第四惑星地表面に存在している。」
実は本当は見えていない。
分厚い大気と雲に遮られて、レジーナとシリュオ・デスタラの光学観測機器では、この位置からスターゲイザーを特定することは出来ない。
センサープローブ情報を元にハッタリをかましているだけだ。
今レジーナが停泊している位置は、第四惑星から4光日ほどの距離だ。
ここから見えるのはスターゲイザーは第四惑星に移動した後の光景だ。
「我が領域内の事だ。他国の干渉は受けない。退去せよ。」
「事はあんた達デブルヌイゾアッソだけでは済まない。だから俺達がここに居る。ここの第四惑星地表面に着床している奴は、他星系に向けて種を飛ばす。その種がここの奴と同じ様にまた別の星で着床する。それを繰り返してどんどん増殖する。」
「我らには関係ない。退去せよ。」
退去せよ、退去せよと、馬鹿の一つ覚えみたいに、こいつらは。
頭に血が上りかけたが、事前に行った打合せの中で、デブルヌイゾアッソに対してはとにかく下手に丁寧に、そして論理的に話をしなければならないのだとアデールが何度も念を押していたことを思い出す。
「関係無い訳が無いだろう。現に今眼の前で、第四惑星の原住民が奴等に虐殺されている。あんた達の艦の中にも、奴等に侵食されて破壊されたものがある筈だ。
「そして事はこの星系だけの話では無い。さっきも言った様に、奴らは種を飛ばす。種が着床する先は、あんた達には関係ない他国の星系かも知れない。だが、あんた達の領域内の星系かも知れない。
「あんた解って言っているだろう? 眼の前の不審船を追い返すためだけの近視眼的な対処で無く、この先どうなるのかをキッチリ考えて返答してくれ。俺達はこの件で、根本的な解決をしようと言っているんだ。」
腹立たしさが言葉に出るのをぐっと抑えて、務めて平静な口調で言う。
「根本的な解決として何をする?」
耳障りで平滑な口調の合成音声が応える。
「第四惑星地表面で活動しているものを無力化する。」
「それは第四惑星地表面に対して攻撃を加えると言う意味か?」
「攻撃では無い。あの飛来物の中心部分を切除し、活動不能にするだけだ。」
「切除の方法は?」
ギムレット、つまりホールドライヴやWZDについてここで言及する訳にももいかない。
もちろん相手は、地球軍が装備するホールドライヴの存在を知っているだろう。
だが、まさに今彼等の眼の前に居る民間船が、特例としてWZDDを搭載している船だと知られるのはよろしくない。
眼の前に餌を吊す様なものだ。
「方法の詳細については明かせない。だが一般的に『攻撃』と分類される様なものでは無い。第四惑星原住民にも、惑星そのものにも損害を与えることは無い。」
その時、レジーナの声が割り込んだ。
「駐留フリゲート艦隊、距離10万を切りました。相手側の有効射程圏内です。」
時間と共にこちらは不利になる。
もちろん、WZDを使って逃げ出す事は出来るが。
「切除の方法が不明である。認められない。退去せよ。」
「何故だ? 住民にも惑星にも損害を与えないと言っている。住民を殺しているあれを無力化するのは、あんた達にとって悪い話じゃない筈だ。」
「切除の方法が不明である。認められない。退去せよ。」
どうやら「切除の方法」を明らかにしなければ話は先に進まない様だ。
船内だけの通話に切り替え、本件の依頼者側の人間の意見を求めた。
「アデール?」
「賢明な判断だ。ホールドライヴの使用について言及しない方が良い。」
「話が進まない。」
「仕方なかろう。プランBだ。」
もう一度、駐留艦隊との音声通信に切り替える。
「惑星や住民に損害は無い。あんた達にとっていい話しか無い。それでもか?」
「切除の方法が不明である。認められない。退去せよ。」
「もう一度聞く。惑星や・・・」
「切除の方法が不明である。認められない。退去せよ。」
「分かった。仕方が無い。」
駐留艦隊への発信を切る。受信はそのままだ。
「ドンドバック船長、レジーナ、プランBに基づいて行動する。WZジャンプ。目標第四惑星。重積シールドを忘れるな。
「船長、ホールアウトと同時に軌道降下。ポッド無しダイレクト射出だ。
「警備部、ダイレクト射出用意。プランBオプション。降下と同時に原住民を援護。スターゲイザーの攻撃を阻止。」
「おう。諒解だ。」
「ビルハヤート、諒解。ダイレクト射出準備完了。」
「アンサリア、諒解。ダイレクト射出準備完了。」
「駐留艦隊、距離5万。砲口がこちらを向いています。
「WZジャンプ。目標第四惑星。シリュオ・デスタラ同期。5秒前、3、2、1、ゼロ。」
二隻の船は、デブルヌイゾアッソの駐留艦隊フリゲート艦一二隻の眼の前からかき消す様に消えた。
まさかこれほど早くWZDDの新機能を実践で活用することになろうとは。
■ 11.4.2
二隻は同時に第四惑星から1万kmの距離にホールアウトした。
「シリュオ・デスタラ、強襲軌道降下開始。警備部隊は原住民を援護。
「レジーナ、ニュートリノスキャンプローブを射出。位置に着き次第スキャン開始。」
「シリュオ・デスタラ諒解。全GRG射出開始。」
「ニュートリノスキャンプローブ射出。ホールショット。」
シリュオ・デスタラの片舷五門ずつ計十門の重力レールガンから、ビルハヤート達警備部の降下部隊が次々と射出され、砲口直前に展開されたホールに吸い込まれていく。
各GRGの射出間隔は2秒だが、片舷五門のGRGがそれぞれ釣瓶打ちを行う為、実質的な射出間隔は0.2秒弱となる。
まるでガトリングガンの様に降下部隊は射出され、四十二人の警備部隊は僅か7秒足らずで全員射出された。
スターゲイザー上空1000mで半円状に配置されホールアウトした降下部隊は、ジェネレータを用いて第四惑星地表面に速やかに着陸した。
肩部や腕部のハードポイントにオプション武装をフル装備した降下部隊のHASは、着陸するなりいきなり武器使用無制限で、シードに較べれば遥かに巨大なスターゲイザーが周囲に伸ばす触手を攻撃し始める。
彼等の周りには、これまでの突撃で無惨に殺された原住民の死体が散らばるが、これ以上の犠牲者を出さない様、原住民を狙って伸びる触手を最優先に迎撃する。
実は彼等の任務は、原住民の保護だけでは無かった。
シードが進化したスターゲイザーに対して有効な武器を探るため、手に持つ重アサルトライフルから発射される高速の徹甲弾だけでは無く、ハードポイントに取り付けられた重粒子ビーム砲や高収束熱線砲、種々の弾頭を取り付けられたハンドミサイルなど、多種多様な武器をもって彼等はスターゲイザーを攻撃する。
予想通り、レイガンやビーム砲などの物理的インパクトの低い兵器では、スターゲイザーに有効な打撃を与えられている様には見えなかった。
しかしそれでも彼等はレイガンの波長を変え、ビームのエネルギーを変えて撃ち続け、一件効果が薄く見えるエネルギー系の兵器でもスポット的にスターゲイザーにダメージを与えられる様な調整がないか探り続けた。
一方、突然眼の前に見慣れない人型の何かが空から降ってきて、多くの同胞を惨殺し続けた奇怪な化け物を着地するや否や凄まじい勢いで攻撃し始めるという光景を見せられた原住民の兵士達は、その余りに現実離れした光景を呆然として見守っていた。
天から降臨したその真っ黒い兵士達は、目に焼き付くほど眩しい光を発する攻撃を次から次に繰り出し、どうやっても傷一つ付ける事が叶わなかった異形の化け物が無数に生やす腕を次から次に引き千切っていった。
黒い異形の腕が風を切る音と、仲間の兵士達が発する怒号と悲鳴、そして生臭い血と内臓のにおいに満たされていたこの空間を、彼等は煌めく閃光に轟く爆音と様々な物が燃える焦げ臭いにおいで埋め尽くした。
彼等は仲間達の血が染み込んだこの広い平原に突然舞い降りた。
自分達が束になってかかっても動きを鈍らせることすら出来なかったあの黒い異形を、長く弓状に広がった一列横隊で圧倒していく。
長く伸びた異形の黒い腕が、引き千切られ、吹き飛ばされ、飛び散って地面をのたうち回る。
数えられぬほどの多くの仲間が流した大量の血で赤く染まった地面を、数百数千もの細く黒い腕がのたうち回って汚していく。
黒い兵士達は異形を削り吹き飛ばし、彼等が描く弧をじわじわと狭めてながらゆっくりと異形に近付いていく。
異形の延ばす黒い腕は彼等黒い兵士達に近付く事が出来ず、希に運良く兵士に辿り着いた腕があっても、兵士は揺るぎもせずゆっくりと歩み続け、自身に絡みついた黒い腕を落ち着いて吹き飛ばしていた。
原住民の兵士達は、スターゲイザーを囲む様な位置を維持しつつ前進するHASの、さらに大きく外側を囲む様に集まり、ただ呆然と四十二機のHASが戦う様を眺めていた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
本作はこの章を終わったら一次休載します、と書いたら、突然PVが上がって高止まりしてるんですが。
誰かの嫌がらせですか? (泣
こんなにPV上がると、止められなくなってしまうのですが。




