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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十一章 STAR GAZER (星を仰ぐ者)
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2. 見知らぬところへ


■ 11.2.1

 

 

 間抜けな話ではあるのだが、ホールドライヴを最新のWZDDに換装したことで、レジーナもシリュオ・デスタラも太陽系外縁まで通常空間航行をしなければならなくなった。

 両船に搭載されたWZDDは、もちろん試運転が必要であり、そして試運転は数光分程度の短距離のジャンプにして様子を見るべきだった。

 だが、太陽系内でのホールアウトは原則禁止であるため、数光分の短距離ジャンプを行うためにわざわざ何十時間もかけて太陽系外縁まで移動しなければならない羽目となっていた。

 

 前回、ホールドライヴデバイスを初めて導入した時は、軍情報部の主導で導入した為、試運転のための一回のごく短距離ジャンプに限って太陽系内でのホールアウトが認められていた。

 本来、緊急時を除いて太陽系内でのホールアウトは認められていない。

 しかしながら、太陽系内の船舶管制は軍の管轄になる為、軍に協力する依頼を受け、その結果ホールドライヴデバイスを新たに導入したレジーナに与えられた、軍艦同様の試運転を許可された特例措置だった。

 しかし今回はSTからWZDDを受け取った為、同様の特例が適用されていない。

 軍にとって見れば部外者とも言えるレジーナに、スターゲイザーコアの捕獲を依頼したこと、もしくはその為に最新型の超光速航法であるWZDDをレジーナに与えたことに対して、政府もしくはST部隊の意向には完全に同意していないという彼等のスタンスを示した事が窺える様な対応だった。

 キャリーやアデールの話から、実は軍と政府の意向は必ずしも常に完全に一致している訳では無いという事を最近知ったばかりだ。

 

 シリュオ・デスタラは新たに船長と船員二人を得て、快調に航海を続けている。

 人生の殆どの時間を船上で過ごし、銀河のありとあらゆる所を渡り歩いてきた経験豊かなドンドバック船長がシリュオ・デスタラの船長となったことは、今後の彼女の運用に大きくプラスに働くだろう。

 同時に彼女は二人の船員を得た。

 一人はネルルカスという若い男だった。

 ドンドバック船長の下についてまだ数年ではあるが、メフベ星系でシードの襲撃によって大破撃沈されたゼブアラカナの船員では、船長を除いて唯一の生き残りだった。

 経験豊富とは言い難いが、しかしドンドバック船長のやり方を良く知っている唯一の生き残りとして、彼を上手く補佐していってくれることを期待している。

 

 もうひとりはミリアンだった。

 元々は自称ジャーナリストとして、太陽系外で活動している船とそのクルーの様子を取材するという名目でレジーナに乗った彼女だった。

 重水輸送依頼が終了した後、俺が船を失ったドンドバック船長をシリュオ・デスタラの船長として勧誘した時に、突然自分も船員になりたいと言い始めた。

 彼女にもともと太陽系外宇宙への憧れのようなものがあることは知っていた。

 その話の内容や口ぶりから、未知のものへの憧れが強く、それが太陽系外で活動する船への取材という形になって現れたのだろうと想像していた。

 果たして彼女は、大規模な海賊船団による襲撃や、船や乗員を侵食して喰い尽くすという不気味な未知のデブリの襲撃と云った、普通ならば恐怖の余り二度と宇宙に出たくなくなるような衝撃的な体験をして逆に、その様な未知なる宇宙への憧れと渇望をかき立てられたようだった。

 

 突然船乗りになる意思を表明したミリアンに関しては、少々面倒だった。

 シリュオ・デスタラの乗員になるという事は、KSLCの社員になるという事でもあった。

 ミリアンの父親は、実はアステロイドベルトでニッケルや鉄などを取り扱う精錬会社の社長だった。

 船に乗りたいと頼み込み泣きついてくるミリアンに、シャルルは渋い顔をし、そして俺も困り果てた。

 

 ミリアンには姉がおり、姉は既にセレスのセレアリアシティで銀行員として働いているとのことだった。

 彼女たちの父親は、部下の一人と娘を結婚させることで会社を継がせたいと考えている様だとミリアンは言った。

 既に他の会社にて働いている姉は諦め、ミリアンを自分の会社を継がせたい部下と結婚させようと考えていた様だ。

 その為ミリアンを手元に置き、自分の仕事の手伝いをさせながらも基本的にミリアンの好きにさせていたという事の様だった。

 お陰で時間を持て余した彼女は自称ジャーナリストという仕事を始めてしまい、その取材を行う中で急速に大きくなった未知への憧れの心を満たす為に船乗りになりたいと言い出したというのは、なんとも皮肉な話ではある。

 もしかしたら彼女は船乗りになる事で、親に決められた将来から逃げ出そうとしたのかも知れなかった。

 その真偽はミリアンのみが知るところだが。

 

 いずれにしても、突然船乗りになりたいと言い出したミリアンの希望を叶える為に、俺とシャルルはミリアンの味方として彼女の父親を説得する援護射撃の役を、彼女から直々に泣き落とされ仰せつかってしまった。

 シャルルは彼女を俺の船に紹介した当事者だった。

 そして俺は、彼女が乗りたいと言っている船を所有する会社の社長だった。

 

 面倒な仕事だった。

 俺はどうしてもミリアンが船員に欲しいという訳ではなかった。シャルルも、骨を折ってまで彼女をシリュオ・デスタラに乗せる義理がある訳では無かった。

 だがそこで俺はふと思い出した。

 納品のために珍しく地上まで降りて来て、研究都市の外れにある離着床に佇む船に夜の闇に紛れて忍び込んだ日のことを。

 今の彼女はまさに、あの夜の俺なのだと思った。

 

 家を出ようとしている者を繋ぎ止めておくことは出来ない。

 無理に引き留めた事への反発心から家出されてしまい、どこに行ったかさえ分からない、流れ流れて銀河のどこかで素性の分からない怪しげな船に拾われて、挙げ句の果てには「何らかの理由で」二度と家に顔を出す事が出来なくなる様な事態に陥るくらいならば、親戚の伝手で紹介してもらった、政府や軍から仕事を回される様な身元のしっかりとした会社の船で働いている方が遥かにましだろうと、シャルルは父親に言った。

 そして最終的に父親は折れた。

 確かにありがちな話だが、シャルルがしたその話が決定打となった様だった。

 ミリアンの意志が固いこと、そして何よりも「何らかの理由で」娘を失ってしまうことを恐れた様だった。

 

 そうしてここにまた一人、憧憬を現実のものとして星の海に漕ぎ出した船乗りが生まれた。

 

 

■ 11.2.2

 

 

 太陽系外縁、あまり目立たぬ様にヘリオスポイントとはほぼ逆方向の宙域を二隻の宇宙船が進んでいる。

 一隻は全長350mほどの細く尖った白銀の船体を持ち、もう一隻は地球上で最もポピュラーな炭酸飲料のボトルを二本横に並べて繋いだ様な形状をしていた。

 二隻が航行する宙域は既に太陽系の外と一般に認識されている場所であり、既にエッジワース・カイパーベルト領域に踏み込んでいた。

 太陽系内ではホールアウト原則禁止のため行うことが出来なかったWZDDの試運転のために俺達はここに居た。

 

「シリュオ・デスタラ、WZD起動。リアクタ出力安定30%、ジェネレータ出力安定45%。WZDD認証プロセス起動確認。初回認証完了。WZD起動確認。目標設定変わらず。WZジャンプ5秒前、3、2、1、ジャンプ。」

 

 シリュエの声がカウントダウンを読み上げ、ジャンプを宣言した次の瞬間、レジーナから20kmほどの所に停泊していたシリュオ・デスタラの姿がかき消すように見えなくなった。

 そしてすぐにシリュエの声がジャンプ成功を告げてくる。

 

「シリュオ・デスタラWZジャンプ終了。ジャンプ時間0.03sec。ジャンプアウト位置確認。誤差僅少。WZジャンプ成功しました。」

 

 シリュオ・デスタラは予定通り20光分ほど離れた所定の位置にジャンプアウトした様だった。

 もちろんその様子はレジーナからでは、今は光学観察出来ない。

 あと二十分ほど経ったら、虚空にいきなりシリュオ・デスタラが現れるのが見えるだろう。

 

「続いて高速ジャンプアウト試験を行います。WZジャンプ5秒前、3、2、1、ジャンプ。」

 

 シリュエの声が再びジャンプを告げた。そしてまた次の瞬間、

 

「シリュオ・デスタラ高速ジャンプアウト成功。ジャンプアウト位置誤差僅少。レジーナとの相対速度、0.25光速。」

 

 シリュエが成功を報告している間に、レジーナのすぐ脇を何かがとんでもない速度で通過していった。もちろん肉眼では見えない。7万km/secもの速度だ。

 そして次の瞬間、レジーナから僅か5kmの位置に、相対速度ほぼゼロのシリュオ・デスタラが忽然と姿を現した。

 

 WZDD(Zero-Zero Drive Device)のその性能に絶句した。

 ホールドライヴ唯一の欠点であった、ホール突入速度の問題が完全に解消されている。

 ホールドライヴは、通常空間と連続的にホール内空間を航行出来る利点がある反面、ホール突入速度がホール内空間航行速度を決定する。

 同じ距離のホールジャンプであっても、高速でホール突入した場合と、低速で突入した場合とでは、ホールアウトまでの時間が大きく違う。

 そして、通常空間にホールアウトする時のホールとの相対速度は、突入時の相対速度に等しい。

 

 例えば、長距離のジャンプを素早く終わらせたくてホールに高速で突入したとする。

 ジャンプ自体は短時間で終わったとしても、ホールアウト時の速度が高速になる。

 ホールアウトした後、通常空間を航行して目的地に到着するまでの間にその速度を殺しきるか、もしくは止まりきれずに一度通り過ぎ、減速して戻ってくるという時間が必要になる。

 WZDジャンプでは、出港したばかりの低速でホールインしたとしても、長距離のジャンプを一瞬で終わらせることが出来る。

 逆に、高速でホールインしたとしても、ホールアウト時にホール相対速度をほぼゼロにする事も出来る。

 

 その性質を利用して、一瞬だけホールに入り、ホールアウト速度を高速にすることで、まるで一瞬で光速の20%に加速したかの様な、今実際にシリュオ・デスタラがやって見せた様な芸当が可能となる。

 もちろんその逆も可能だ。

 一瞬で光速の20%に到達する様な技術は、銀河系中探してもそんなものを持っている種族など居はしない。

 もちろん、長距離のジャンプを一瞬で終わらせることが出来る様な技術もだ。

 

 だだっ広い宇宙空間で時には数百万隻という規模で艦隊戦を行う汎銀河戦争において、距離とその移動時間は戦局を大きく左右する支配的因子だ。

 それらを思いのままにする事が出来るWZDジャンプは、唯一その技術を保有する地球を圧倒的な優位に立たせることだろう。

 これは確かにアデールをして「勝てると分かっている汎銀河戦争にもう興味は無い」と言い放たせるだけのものだった。

 

 その後、レジーナがシリュオ・デスタラ同様にWZDDの試運転を行った。

 小型の貨物船である割には、元々軍用の強襲揚陸艦のシリュオ・デスタラよりも多くの荒事を経験してきているレジーナは、WZDDの性能に珍しく興奮しているようだった。

 今まで共に旅をしてきて、「もしあのときこのWZDDがあったならば」と思えるような場面が沢山あった。

 それを思えば、これからは同様の場面を遙かに楽に切り抜けることが出来るであろう事を実感でき、機械知性体であるレジーナでさえも興奮させてしまうだけの力を彼女は手に入れたのだった。

 

 シリュオ・デスタラと共に一通りの試運転を終え、アデールも話の輪に入ってどのような使い方が出来るかを皆で検討した後、俺達は太陽系を後にした。

 目指すは、デブルヌイゾアッソ領域深部。

 ファラゾア、ラフィーダと並び列強種族と称される、強大な軍事力を誇り、排他的な社会を形成している者達の懐奥深い星系。

 もちろん俺自身も、デブルヌイゾアッソ領域に踏み込むなどこれが初めての経験だった。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 よく考えたら迷惑な女で、よく考えたらマサシもシャルルと同じ事をしてましたとさ。

 というか、殆ど脅し? (笑)

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