20. 星空を見上げるもの
■ 10.20.1
キャリーは、ミスラに言及した。
彼等の事は、はぐれファラゾア人とでも言うべきか。
どこかの星で、生まれ持った原生生体を維持し、そして汎銀河戦争とは関係なく細々と生きている原生ファラゾア人達。
俺が彼女の存在を地球に対して隠そうとしている事は知っているだろう。
何故そんな事をするのか、も。
それにも関わらず彼女について言及するという事は、つまりそういう事だ。
所詮は役人か。
「それは、脅しか?」
キャリーを睨み付ける。
「違うわ。私達でも掴みきれていない様な情報を得ようと、たった一人の子供のために随分面倒な事を背負い込むものだと感心しているのよ。
「どうでも良いけれど、何かある度に国や軍で働いている者を極悪非道な人非人と決めつけるのは止めてもらえないかしらね。」
キャリーは少し怒った様な呆れたような顔をしてこちらを見た。
「否定出来るか?」
「完全には否定できないところが哀しい所ね。」
そう言ってキャリーは天井を仰ぎ見た。すぐに視線をこちらに戻す。
「でも、この件については違うわ。
「貴方がひねくれて受け取ってくれたお陰で、話がおかしな方に行っちゃったわね。それも今回のおまけよ。本来なら、契約条件の中に入れる予定だった。」
一旦話を切ると、彼女はグラスからまた一口コーヒーを飲んだ。
グラスをテーブルに置いたキャリーは、組んだ手をテーブルの上に置き、真っ直ぐにこちらを見た。
「私達の部隊が彼女の故郷について知り得たら、教えるわ。今判っているのは、ファラゾア領域内に幾つかそういう星があるらしい、という事だけ。
「どちらかが滅亡するまで関係改善は絶対にあり得ない、言わば『絶対敵』とでも言うべき連中の領域内の事だからね。調べてはいるけれど、なかなか思うように進まないのよ。連中、どことも同盟を組んでいないし。
「余り期待せずに、気長に待っていて頂戴。」
そう言ってキャリーは、どこか愛想笑いじみて嘘くさかった先ほどまでの笑顔とは異なり、今度は本当に笑っていると言える様な表情を浮かべた。
どうやら先ほどからこっち、俺がどういう反応をするか判っていてあの手この手でアプローチを掛けて来ていたようだった。
ミスラの故郷がどこにあるかというのは、買おうとして幾ら金を積んでも買える情報ではない。
ミスラを捕獲した連中にとっては、「変わり種」の種族を捕獲出来る良い儲けのネタだ。
そんな情報を他者に流そうとする奴はいないだろう。
そもそもが闇取引に関する情報だ。拡散するほど、発覚して摘発される危険が上がる。
俺達がその情報を得ようと思うならば、ミスラをバペッソに売りつけた闇業者を突き止め、そこから一つずつ、ともするとすぐに切れてしまう細い糸をたぐり寄せるように遡っていって、彼女を捕獲した連中の元に辿り着かねばならない。
不可能だ。取引の記録をネット上に残す様な不用心な事は絶対にしないだろう。
闇業者を一つひとつ潰し、現地でスタンドアロンの端末を探るか、もしくは紙で保管されている情報を虱潰しに当たらなければならない。
闇業者とやり合う危険も合わせて、それは途方もない作業であり、成功する確率も低い。
「判明したら」という条件付きではあっても、その情報を提供してくれるという。
彼女は「おまけ」と言ったが、本来であれば単発の依頼一つ分の報酬に相当するような価値の情報だった。
「良いだろう。依頼の内容を聞かせろ。」
キャリーが思い切り大きな溜息を吐き、肩を落とした。
「ねえ、やっぱり考えを変えて契約にしない? 貴方に依頼一つ頼むために毎度こんなに疲れるのはやってられないわ。」
上官の命令が絶対で、指示一つで組織が動く軍隊とは違う。
俺達民間のフリーランスは、こうやって毎回お互いが納得いくまで条件を詰めてから仕事に取りかかるのが普通だ。
「民間ではこれが普通だ。特に俺達フリーの運び屋はな。役人や軍隊とは違う。あんたも民間のやり方に慣れろ。」
「嘘でしょ? 貴方に依頼するときが特別でしょ? 貴方は気難しくて、役人嫌い軍人嫌いだから、依頼の際には言動に注意する事、と言われてるわよ。」
それを俺に言ってどうする。
「隣のファルシャードに聞いてみろ。仕事の内容がヤバければヤバいほどこうなる。闇取引ならもっとだ。」
「・・・そうなの?」
そう言ってキャリーは、隣に座っているファルシャードの顔を見た。
ファルシャードは曖昧な苦笑いを返すのみだった。
「いずれにしても、次回から窓口はファルシャードに任せる事にするわ。」
成る程。それが奴がこの場に同席している理由か。
確かにファルシャードとはSTの中では最も付き合いが深く、関係も良好だ。
アデールを除いては、という話だが。
「話が逸れた。依頼は受ける。そういう約束だったからな。依頼の詳細を教えてもらおうか。まずはその、スターゲイザーコアというのはなんだ?」
キャリーが真面目な顔つきになってこちらに向き直った。
「私達はあのデブリの事を『シード』と呼んでいるわ。駆逐艦雪風から、シードコアの採取依頼があったから知っていると思うけれど。
「もう気付いていると思うけれど、あれを『シード』と呼ぶなら、当然種はどこかで発芽して根を下ろす訳よ。
「宇宙船の様な小さなものでは無く、もっと大きなものにぶち当たったとき、あのデブリは根を張るわ。つまり、岩石惑星ね。その根を張って巨大になったものの事を『スターゲイザー』と呼んでいる。」
「おかしな名前を付けるものだ。名前の由来は?」
実際のそのものの凶悪性に反して、その詩的表現の様な名前に少し違和感を覚える。
「今から説明するわ。スターゲイザーはシードを生み出し、宇宙空間に射出する。播種しているようなものと思って頂戴。
「でも、ただ闇雲に打ち出しても、シードが次の目標に行き当たる可能性は極めて低い。だからスターゲイザーは、星の地表から空を見上げて天体観測のような事をする。幾つもの有力な候補を選定し、そこに向けてシードを打ち出す。」
なるほど。それでスターゲイザーな訳か。
「打ち出されたシードは次の星で根付く。そしてそこで新たなスターゲイザーを形成する。」
キャリーはそこで話を切った。
まるでこちらが何かコメントをするのを待っているかの様だった。
「何が目的でそんな事を。ただの繁殖行動ではないのだろう? あれがただの生物ではないだろうという事は、予想している。あれは間違いなく、誰かが開発した兵器だ。だが今の説明では、兵器にしてはその行動が余りに地味だ。
「それではまるで、一歩ずつ地味に着実にこの銀河を調べて回っているような・・・」
はたと気付いた。
いや正確に言えば、とても恐ろしい考えに至った。
百万年も似た様な面子で、スポーツマンシップ溢れる正々堂々とした汎銀河戦争を戦っている国々には、その様な調査は必要は無い。
極秘新兵器でも投入されない限りは、相手の国勢や軍事力、手の内はすでに大体分かっている。
戦ってはいても、民間レベルでの経済的人的なやりとりは行われているのだ。
つまり、明らかに軍人である場合は入国の拒否もされるだろうが、「きちんと」偽装さえすればスパイを送り込み放題という状態であるのだ。
そんな状態で、この様な地味な偵察兵器が必要であるはずもない。
では、こんな自律増殖型の偵察兵器など、必要とするのは一体誰だ?
テーブルの上に置かれたコーヒーカップを見ながら考えていた俺は、視線を上げてキャリーを見た。
キャリーもファルシャードも、完全に笑みを消して俺の視線を真っ直ぐに受け止めた。
左のニュクスを見ると、いつも笑っているような彼女の表情が消えている。
右のアデールを見ると、彼女も何も言わず眼鏡の奥から真っ直ぐに俺を見返してきた。
多分、この二人は知っている。
いや、この部屋の中で知らないのは俺だけ、と言うべきか。
「・・・あれは、兵器だよな?」
「今更隠しようがないわね。ええ、兵器の一種だと思っているわ。」
表情を消したままのキャリーが応えた。
「どこの国の?」
「言えないわ。それは、依頼の遂行に必要な情報ではないでしょう?」
俺はキャリーの抗議にも近い言葉を無視して続けた。
「地球製ではないのか? 暴走した新兵器を慌てて回収しようとしている、とか。」
「断じて違うわ。」
なんとも言いようのない不気味さと、軽い恐怖をあのデブリに感じた。
誰が、どういう目的で、何を調査しているのか。
・・・いや、切り替えよう。その疑問に捉えられて離れられなくなる。
今は、依頼の達成に必要な情報を収集するべき時だ。
「なぜ、デヴルヌイゾアッソ領域なんだ?」
「他の領域のものは既に回収した。最後に残ったのが今回の目標とするスターゲイザーで、そして最大のものよ。場所が場所だけになかなか気付けず、気付いた後も手を出しあぐねていたら、かなり大きく成長してしまったの。」
敵性国家の領域にいきなり軍艦を送る訳には行かないだろう。
民間船ならまだしもだが。
とは言え、他国との貿易を殆ど行わない列強種族であるデヴルヌイゾアッソが、民間船であれ他国の船舶の侵入を素直に認めるとはとても思えない。
しかも、星に接近してその表面に有るものを掘り返してくる、という行動をとるのだ。
間違いなく悪い方に誤解され、そして問答無用で攻撃を受ける可能性が高い。
救いは、デヴルヌイゾアッソがファラゾアなどの他の列強種族よりも幾分理知的であり、普段であれば、多少領域内に迷い込んでも、それが民間船であれば問答無用に攻撃をするような事をせず、まず警告を行う所から始めるという点くらいか。
アステロイド祭の折に、あの「シード」と同じ物らしいデブリが俺の駆るレーサー船に接触した後の地球軍の行動を思い出す。
「地球軍は、シードやスターゲイザーを見つけたら全て回収して回っているのか?」
「何が言いたいか分かってるわ。そうよ。全て見つけて回収する事など絶対に出来ない。それでも野放しにする訳にはいかないから、せめて見つけた分だけでも全て処置しているのよ。」
ご苦労な事だった。
他の国にも協力を求めればもっと楽になるだろうが・・・難しいか。
多分、機械達は協力してくれているのだろう。
今、彼等はホールドライヴデバイスを持っている。以前よりは遥かに動きやすくなっているはずだった。
「この星系の第十惑星系にもスターゲイザーが居たのか?」
「あったわ。」
「つまり、スターゲイザーに近付くと、あんな風にシードの集中攻撃を浴びる訳だな。」
「そうね。まず間違いなく。」
シードの攻撃、というか体当たりはもうさほどに問題では無い。分解シールドで排除できることが分かっている。
「スターゲイザーも同じ様に触手を出して攻撃してくるのか?」
「ええ。スターゲイザーとは、巨大に成長したシードがさらに播種能力を獲得したものと思って貰えば良いわ。シードみたいに姿を隠す機能は失われているけれど。」
「そんな危ないものをどうやって持って帰る? まさか船体に寄生させて、等とは言わないよな?」
「絶対零度で凍結するための専用ユニットを渡すわ。コアの大きさは大体直径五m程度よ。今この船に積んであるものを受け取ってもらっても良いし、太陽系まで戻ってもらっても良い。」
「この船のものを後で受け取ろう。
「ところでそもそも、スターゲイザーの中でコアの位置をどう特定する?」
シードはレジーナに突入してきたので、本体がある位置があらかじめレジーナに分かっていた。
大きく育ったスターゲイザーでは、コアがどこにあるのか一目で分かるなどという事は無いだろう。
しかしシードでさえ、X線はおろかあらゆる電磁波を弾くか吸収するかしたのだ。
何かで計測してやらなければ位置の特定は出来ないだろうが、その手段が無い。
「貴方の船は、ニュートリノスキャンは出来る? 無ければこれも貸し出すけれど。」
貨物船にそんな物を搭載している訳も無い。
「無いな。借りた方が良さそうだ。ニュートリノで特定出来るのか?」
「銀河バックグラウンド放射だとぼんやりとしか分からない。ニュートリノ発生器をポッドか何かで射出してビームを照射するの。それを船のレシーバーで受ける。収束されたビームなら、透過像でかなりはっきりと分かるわ。」
「成る程。コアの位置を特定したら、ギムレットを打ち込んでえぐり出せば良い訳だ。」
「そういう事よ。」
そう言って、キャリーは笑顔で締めくくった。
「で。新型のホールドライヴデバイスは、どこで受け取れば良い?」
「貴方が懇意にしている造船所で構わないわ。貴方が到着したら届ける。ネットワークのパスキーも一緒に。」
「良いだろう。ところで、アデールはお前達の仲間だろう?」
一瞬口を開きかけたキャリーが黙った。
流石に引っかからなかったか。だが、充分だ。
会議室に沈黙が降りる。
キャリーは、睨むでも無く、訝しがるでも無く、微妙な表情でこちらを見ている。
右を見ると、感情を消し去ったアデールの青い眼が、眼鏡の奥からこちらを見返してきた。
「その質問は今回の依頼に関係ないわね。」
「はぐらかさなくて良い。答えはもらった。軍ネットワークのパスコードは不要だ。アデールが乗っている。彼女は乗員のIDを持っている。運航ログから映像記録まで、一部を除いてほぼ全ての情報にアクセス出来る。アデールから報告を受けてくれ。ライブのカメラなど積まされて、後ろからギャンギャン言われたのでは敵わん。」
「何を言っているの。それは条件の一つ・・・」
「違う。『報酬』だ。あんたはそう言った。その報酬は要らない。代わりにアデールがSTであるという情報をもらった。これでチャラだ。」
「・・・分かったわ。本当に気難しくて扱いにくい男ね。」
キャリーが呆れた顔で言う。その横でファルシャードがまた苦笑いしている。
この会議の中で、アデールがSTである事を知っていると匂わせるつもりだった。
それがアデールを連れてきた理由だ。
まさかこれほど最高の切り方が出来るとは思っていなかった。
もっとも、キャリーがやけに簡単に引き下がった所を見ると、軍ネットワークIDの話は元々取り外し可能な選択肢だったのかも知れないが。
アデールがSTだと明らかにして、何かが大きく変わる訳では無い。
利点と言えば、彼女からSTに情報が流れるだろう事を期待して、「情報部員の」アデールに情報を渡す、という面倒な方法を取る必要が無くなった位だろうか。
「いつから知っていたの?」
キャリーがアデールを見ながら訊いてきた。
「かなり前からだ。彼女が漏らした訳じゃ無い。とある筋から聞いた。」
アデールがこちらを見ていた。
相変わらず何を考えているのか読めない冷たい眼だったが、いつもより少し大きめに見開かれている気がした。
驚いているのだろうか。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。




