19. 限界点 (Edge of Returning)
■ 10.19.1
今俺はメフベ星系外縁近くに停泊したジョリー・ロジャー艦内の会議室に居る。
星間企業体ブリマドラベグレが、レジーナとシリュオ・デスタラが搭載しているホールドライヴデバイスを奪取しようとした企みを阻止し、その勢いでブリマドラベグレの駐留護衛艦隊を一気に片付け、ブリマドラベグレが第九惑星系に設置したステーションをシステム的に破壊したのをまるで待っていたかのように、第十惑星近傍での自分達の仕事を片付けたらしいST艦隊旗艦ジョリー・ロジャーの艦長兼戦隊司令であるキャリー・ルアン中佐から、急に呼び出しを受けたからだ。
呼び出された理由は大体分かっている。
例の触手付きの見えないデブリの件に違いなかった。
これまでの状況とその対応から、どうやら地球軍と政府はこのデブリの存在を隠しておきたいらしい事、そしてこのデブリに関する情報を何とかして手に入れたがっている事には薄々気付いていた。
その対応に、この見えないデブリは地球軍が開発中の新兵器か何かなのかと勘ぐったりもしたが、今は多分そうではないと思っている。
あれは、異質すぎる。
どこからともなく近づいて来て突然現れ、船に取り付き、そして船もシステムも人も区別無く、一切合切を喰い尽くす。
警備部隊のレイハンシャールによると、遮蔽物を利用したり、襲いかかるタイミングを計ったりと、それなりに知性がある行動を見せているようだった。
レイハンシャールと共に行動していた彼の部下のケカブスによると、人を見つけた時には他のものを無視して、優先的に人を襲っていたようにも見えたという。
しかもただ喰うだけなのかと思えば、船と人を物理的に溶解して喰い尽くす傍らで、システムに侵入してシステムを解析し乗っ取ろうとするなど、器用な真似もしてみせる。
自然的に発生した生物が、ネットワークシステムを解析して侵入するとはあまり思えなかった。
大きさは違うが、要するに地球の海に住むプランクトンが集団でネットワークハッキングをやらかすようなものだ。
そんな事はあり得ない。
それは即ち、あの不気味なデブリは人為的に開発された一種の兵器であると云う事だった。
では翻って、地球かもしくは他の銀河種族があのデブリ兵器を開発したのかと云うと、それもあり得ない話だった。
軍民の区別無くとにかく船を見つけたら見境無く襲う兵器など、明らかに汎銀河戦争の交戦規定に抵触している。
この様な交戦規定への悪辣な違反は、所属している同盟から即時除名される事は間違いない。
単独種族で大戦力を抱える列強種族ならばともかく、同盟を組んでいるような弱小種族は、同盟を外れては生き残る事が出来ない。
ここぞとばかりに他の種族や同盟から集中的に攻められる事になる。
地球には「打落水狗」という古語があるが、汎銀河戦争はまさにそれを地で行く生存競争なのだ。
弱みを見せれば付け込まれる。弱ればここぞとばかりに狙い撃ちされる。生き残りたければ強くなければならない。
弱小種族が同盟から除名されるという事は、まず間違いなくそのまま種族の滅亡、もしくは他の種族への隷属を意味する事になる。
そんな自らが滅びる将来を招き入れる様な兵器を開発して投入するバカは居ない。
では「あれ」は一体何なのだ?
それがこのところ俺がずっと抱き続けている疑問だった。
今回ジョリー・ロジャーに呼びつけられた事で、その答えの一部でも得られるのではないかと期待している。
前回と同じく、俺達を迎えに出てきたパテル少尉がテーブルに置いていったコーヒーが冷めるか無くなるかする頃、キャリーが部屋に入ってきた。
キャリーは、これも前回と同じくファルシャードを伴っていた。
ちなみにレジーナからの参加者は、ニュクスとアデールと俺の三人だ。
今回は、ジョリー・ロジャー訪問を微妙に嫌がっていたアデールも引っ張ってきた。
こちらにも色々と思う所はあるのだ。
「お待たせしたわね。あ、私もコーヒーを頂戴。アイスで。彼等にもお代わりを。」
ファルシャード曰く自慢のブルーマウンテンを、顔を覗かせたパテル少尉に頼みながらキャリーは席に着いた。
「さて、いきなりだけれど始めさせてもらうわ。まずは亡くなった船団の皆さんのご冥福をお祈りするわ。大変だったわね。生存者は二人?」
「正確には一四人と俺達だ。ゼブアラカナから二人、各重水輸送船から六人ずつ。」
「その人達の処遇を心配しているのだけれど。」
キャリーの言う「心配」は、常識で受け止めるところの心配とは多分意味が違うだろう。
彼等が収容されたシリュオ・デスタラは、色々と秘密満載の民間船という不思議な船だ。
「彼等には申し訳ないが、シリュオ・デスタラ内で行動制限を付けさせてもらっている。ちょうど資材倉庫が一つ空いていたのでな。極力そこから外には出ないように言ってある。とは言え、食事も居住スペースも不自由はさせていないと思う。」
レジーナとは違い、KSLCの警備部専用船であるシリュオ・デスタラには、乗客を迎え入れる設備も無ければ、想定もしていない。
資材倉庫に簡単な間仕切りをして居住スペースを確保し、食事も資材倉庫内で摂れるように提供している。
あと勿論だが、彼等に直接話しかけないようにシリュエには言いつけてあるし、元々機械達が造った船だという事も伏せるように乗員達に言ってある。
「そう。安心したわ。貴方も随分こういう対処に慣れてきたわね。」
と言ってキャリーは笑った。
慣れたくて慣れた訳じゃない。
「ブリマドラベグレの方は、見事ね。一点気になるのは、ステーションは破壊した方が良かったんじゃない? 見せしめとして。手を出したら皆殺し、という噂が立つでしょ?」
キャリーは機嫌の良さそうな顔でさらりと非道な事を言う。
良いのか民間人にそんな事を言って、と思うが、多分彼女たちの中では既に俺達レジーナの乗員は半ば身内扱いなのだろう。
「それも考えた。だが、会社の命令であそこに赴任している奴に罪は無い。それに、生き残った奴等が戻って噂を広めてくれるだろう。それならそれでいい。」
「まあ、そういう考えもありか。じゃ、それで良いわ。」
そう言って、キャリーは自分の前に置かれたグラスからコーヒーを飲んだ。
「では、本題に入ろうかしらね。あのデブリについてだけれど。」
ずっとモヤモヤとしていた問題に区切りが付けられるかも知れない。
そう思って俺は少し身構えた。
「何も話せないわ。」
散々気を持たせておいてそれは何かのウケ狙いかと、キャリーの頭をひっぱたきたくなった。ここからでは手が届かないが。
「と言っても貴方は納得しないでしょう? 開示出来るギリギリまで話すわ。但し、絶対に口外しない事。それから、聞いたらもう引き返せないわよ?」
聞いたら引き返せない。
その台詞を色々な奴の口からこれまで何回聞いただろう。
そもそもが、聞いたら引き返せなくなるような事態に直面している事自体が異常なのだと、そう思う感覚が麻痺し始めている。
「そうか。ならば止めておく。ここで引き返す事にする。」
そう言って俺は溜息をつき、椅子から立ち上がろうとした。
ポーズでも何でもない。本当にレジーナに戻るつもりだった。
軍や政府に囲い込まれて、連中の仕事を専門に受けるような立場になどなりたくもなかった。ましてやST部隊などと。
「ああん。待ってよ。だから、契約をしましょう。」
「契約?」
「そ。この件に関してお互いの利益になるような契約をね。」
契約とは、つまりお互いに縛り合う事だ。
「興味が無いな。契約を盾にされて、無理矢理利用されるのは御免被る。」
「勿論、双方にとって利益になるような契約よ。こちらから提供出来るのは、軍の最新装備。そちらに要求するのは、守秘義務。」
それではこちらにたいしたメリットは無い。
守秘義務を要求するという事は、軍がそれなりの情報をこちらに開示出来る状況を作るという事であり、それはつまり軍機に近付くような依頼を俺達に投げつけてくるという事でもある。
そんなヤバそうな依頼には近付きたくもない。命が幾つあっても足りそうにない。
軍の最新装備など欲しいとは思わない。
レジーナは今でも貨物船としては過剰武装しているのだ。
俺はしばらくの間、キャリーの顔を見つめていた。
キャリーは、どうだ装備が欲しいだろう、と言わんばかりの、既に勝った気でいる笑顔で視線を返してきた。
ため息を一つ吐いて、俺は席を立った。
話にならない。
「ねえ、ちょっと。何が気に入らないのよ。」
席を立って後ろを向いた俺の背中をキャリーの声が追いかけてきた。
振り向いて、立ったまま再びキャリーを見る。
先ほどとは打って変わって、いかにも不満げな顔だった。
「世の中皆が自分と同じ価値観だなんて思うな。別に俺は最新の武装など欲しくない。もともとレジーナに重武装などしたくないんだ。その契約内容では、あんた達にはメリットがあっても、こちらには何の得も無い。
「俺はあのデブリが何者なのか知らなければならない訳じゃ無い。気になったから知りたかっただけだ。あのデブリへの対処は、あんた達軍がやってくれるんだろう? なら俺にはそれで充分だ。」
そう。元々は重武装をしたくなくて、対デブリ用の小口径レーザーが三門装備されていただけなのだ。
それがいつの間にか、主に兵器オタクのゴスロリのお陰で、着々と重武装化が行われた。
ゴロツキやヤクザや後ろ暗い匿名の艦隊などとやり合う事が連続して、その重武装を便利に使ってしまったものだから、なし崩し的に貨物船とはとても思えない重装備の現在のレジーナが出来上がってしまったのだ。
彼女に言ったとおり、あのデブリが何なのか、実際のところ俺には関係ない。
あのデブリに関して俺が本当に必要としている情報は、スキニーモードの分解フィールドなら侵入を防げる、という事実だけだ。
俺はただの運び屋であって、他国の非道な兵器の存在を暴く正義漢に溢れるヒーローでも無ければ、祖国の利益のために裏に表にと活躍する特殊工作員でもない。
そんなものはクソ食らえだ。
「分かったわ。本当にストレートには落ちない男ね。普通は軍や政府との契約というと、飛びついてくれるものだけれど。」
軽く溜息を吐いて、キャリーはあきらめ顔で言った。
それは、軍や政府との契約が最後にどういう顛末になるのかを知らない奴の行動だ。
俺にしてもブラソンにしても、その手の事で散々痛い眼に遭ってきている。
勿論、それなりに美味しい思いもしている。
レジーナを造る金を手に入れたのも、すでにレジーナの生命線と化しているホールドライヴデバイスを手に入れたのも、国は異なれどもいずれも軍からの依頼だ。
だが、その見返りに到達するまでの過程がヤバすぎる。
後から思い返して、あの時命を落としていても何ら不思議では無かったと、ゾッとする思いをするような状況に何度陥った事やら、だ。
「新しい依頼があるの。依頼は、受けてくれるのでしょう? 私達が嘘を吐かなければ。」
キャリーが今度は満面の笑みを浮かべて、今も会議室の扉の前に立ち続けている俺に向かって言った。
確かにそう言った記憶がある。
本気でこっちを殺しに来ている戦艦に追い回され、後もう少しでこの世からおさらばというところを救ってもらった恩もある。
一度は彼女からの依頼を受けない事には、この恩を返す事は出来ないだろう。
俺は溜息を吐いて、先ほどまで座っていた椅子に戻った。
溜息の多い日だった。
「聞こう。但し、余りに無茶苦茶な依頼は断るぞ。」
キャリーの笑顔が、満面の笑みに変わる。
「大丈夫よ。あなた達にとってそう難しい話じゃ無いわ。ある所から、あるものを取ってきて欲しいの。報酬は、最新型のホールドライヴデバイスと、地球軍ネットワークへのダイレクトアクセス権。どっちも前払いよ。アクセス権は一般ユーザだけれどね。」
敵性国家のど真ん中から超VIPを取り戻して来たり、海賊のアジトから友人の娘を奪い返してきたり。
後者のような話であればまだしも、前者の様な依頼であればお断りだ。
「ものは言い方、という奴か? つまりそれは、最新型のホールドライヴデバイスが無ければ実行できないような内容で、行動を逐一報告するか、逆に軍からのモニタを受け入れる、という話だろう?」
うんざりしながら彼女に投げ返した。
そしてキャリーはニッコリと笑う。
「話が早くて助かるわ。おまけに2400mmチェーンGRGも付けようかしら。」
ニュクスの眼がキラリと光った様な気がした。
「肝心な所をまだ言っていないぞ。どこから何を取ってくるんだ?」
「ヴェヘキシャー星系第四惑星ルクステ第二衛星スヴォートから、スターゲイザーコアを取ってきて欲しいの。」
まるで角のドラッグストアでハンドクリームを一つ買ってこいと云う様な口調でキャリーは言った。
「マサシ。ヴェヘキシャー星系はデヴルヌイゾアッソ領域深部です。ハブ星系という情報はありませんが、星系外縁に物資集積補給基地が存在する事が、光学観測で確認されています。」
レジーナの声がした。
デヴルヌイゾアッソだと? 冗談じゃ無い。
「寝言は寝て言え。ただの敵国領域ならともかく、よりにもよってデヴルヌイゾアッソ領域だと? 気は確かか?」
俺の抗議に、満面の笑みを浮かべたままキャリーは答えた。
「もちろん。ファラゾア領域で迷子のおうち探しをするよりは楽そうでしょ?」
クソッタレめ。食えねえ女だ。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
毎度後書きを書いた後に、「あ。こんな事よりもアレを書くべきだった・・・」と重要な事を思いつく(思い出す)事が多いです。
多分今回もそうなのだろうなあ・・・




