18. ステーション462
■ 10.18.1
ボーディングゲートを通り抜けた俺を、二人の男が待っていた。
「マサシ船長、ようこそステーション462へ。管理部のベエルスケです。こっちは資材部のケルットケド。まずは、亡くなったお仲間をお悼み申し上げる。」
そう言って、ベエルスケンと名乗った男は右手を左肩に当てた。
どこのものかは分からないが、出会いの挨拶か、死者を悼む敬礼の類だろう。
俺も無難に軽く頭を下げて黙礼を返す。
「大変な航海であった事は承知しております。が、早速で申し訳ないがビジネスの話をさせて戴きたい。」
銀河では、人の命は地球ほど重くない。
そして誰かの死に対して、地球のように延々と儀式めいた事を続ける事もない。
そして俺達船乗りは、常に死を意識しながら仕事をする。
顔を合わせて打合せをしたマグパッファやアロンの死を悼む気持ちは当然あるが、しかしそれだけだ。
特に親しかった訳でも無い。
そして、見知った奴が事故や海賊の襲撃に遭って命を落とす話などざらに転がっている。
船乗りと云う仕事とは、そういうものだった。
「承知した。当船の内務を担当するルナだ。同席しても?」
そう言って、俺の左斜め後ろに立つルナを紹介した。
相変わらず無表情ではあっても、所作や反応がこなれてきて、もう人前に出しても問題無いだろうと判断したのもある。
ブリマドラベグレの連中にどう思われようが知った事じゃない、という理由もあるが。
「勿論です。立ち話という訳にもいきません。こちらへ。」
そう言ってベエルスケンは踵を返した。その後をケルットケドが追う。
二人の後に付いて俺達も歩き始めた。
少し薄汚れた通路を歩く。
簡単な装飾さえもない、掃除も完全には行き届いていない、いかにも開発途上の鉱山の最前線にあるステーション、といった印象を受ける。
「マサシ。接岸直後からずっとネットワーク上での攻撃を受けている。レジーナに侵入しようとしている様だ。」
ブラソンの声が頭の中に響いた。
予想された事だった。
勿論、レジーナやシリュエ、その乗組員達との会話はAEXSSの量子通信端末を使っているので、このステーションのネットワークは経由していない。
そんな事をすれば間違いなく盗聴されるだろう。
「予想通りだが、大丈夫か?」
「ああ。全く問題無い。ガキの悪戯のような、レベルの低い攻撃だ。俺一人でも片手間で対処出来る。企業に雇われたシステム屋の、教本通りで欠伸が出るような手口だ。」
「諒解。油断はしないでくれ。計画通りに頼む。」
「勿論だ。」
彼等がステーション462と呼んだ、このブリマドラベグレの第九惑星軌道ステーションには俺とルナだけが移乗しているが、レジーナやブラソンからのバックアップ態勢はいつも通り完璧だ。
そして勿論、俺達二人はAEXSSを着用している。
俺はいつものレジーナスカジャンを上に羽織っているが、ルナの黒メイドAEXSSはとても船外活動服や戦闘用装甲スーツには見えないのでそのままだ。
しばらく歩いた後、ベエルスケンは通路脇の小部屋に入った。
ケルットケドに続いて、俺達も部屋に入る。
表面に傷の目立つ大きなテーブルが部屋の真ん中にあり、部屋の外の通路同様に薄汚れた椅子がテーブルに沿って並べてあった。
椅子を勧められるがままに俺達は着席した。
「早速ですが、今回の重水輸送依頼の失敗について、事態の報告をお願いします。その後、損害賠償のお話しをさせて戴きます。」
機先を制するかのようにベエルスケンは、失敗、損害賠償と云った言葉を並べてきた。
思わず内心苦笑いする。
勿論俺は、重水輸送の失敗の責任がこちらにあるなどと思ってはいないし、損害賠償など応じるつもりも無い。
待ち伏せしていた海賊船団との戦いと、それに続いて触手を伸ばし船を侵食する不気味なデブリとの戦いを終えたが、次は密かにホールドライヴデバイスの奪取を狙い、依頼の損害賠償を俺達に被せようとする星間企業との会議室での戦いの火蓋が切られたのだ。
「詳細は航海ログを別途送っている。そっちを参照してくれ。
「大まかに言えば、情報の流出には細心の注意を払ったものの、この星系に到着と同時に大規模な海賊船団に襲われた。田舎海賊はたいした障害でも無かったが、その後第十惑星系で未知の生物と思われるデブリ群に襲われた。輸送船団は壊滅、特殊装備のあったレジーナとシリュオ・デスタラだけが生き残れた、という訳だ。」
「情報の秘匿が十分ではなかったのではないですか?」
ベエルスケンが予想された質問を発した。
「詳細は船団長であったドンドバック船長がコントロールしていた。ログは彼の船であるゼブアラカナと共に失われてしまった。ドンドバック船長自身も彼の船が破壊された際に大きな怪我をして、現在意識不明の重篤な状態にあるので本人に訊く事も出来ない。
「だが情報管制のため、仲介人のイルヴレンレック商船互助組合にも、依頼人であるあんた達ブリマドラベグレにも輸送ルートは知らせていなかったはずだ。
「船団内部でも、輸送ルートは出発直前まで伏せられていた。データ送信は行わず、各船長がハンドキャリーで持ち帰ったほどの念の入りようだった。ドンドバック船長が情報管制に失敗したとは思えない。」
「しかし現実には待ち伏せされた。どこからか漏れていたとしか思えませんが? 船団内部にスパイがいたかも知れない。」
「ああ。居たかも知れない。居なかったかも知れない。多分居なかっただろうと思っている。居たとしても、情報管制は保たれていたと確信している。
「海賊達は輸送船団の正確な航路を掴んでいなかった。輸送船団が、第十二惑星と第十惑星を経由する航路を取ってこの星系にジャンプアウトした後、連中は慌ててジャンプして追いかけてきた。連中が網を張っていたのは、俺達のジャンプアウト宙域から40光時ほど離れた場所だ。星系外縁からこの第九惑星への最短航路の位置と大体一致する。
「俺達が通常の最短航路を取ると予想して網を張っていたのだろう。つまり、俺達の航路情報は漏れていなかったという訳だ。」
明確な物的証拠だ。
船団のメフベ星系への到着は、パダリナン星系内の船団の航路を観察していれば大まかな予想を付ける事が出来る。
だが、ジャンプアウトする宙域は、航路予定を知らなければ予想がつかない。
だからドンドバック船長はわざと外した航路を取ったのだ。
「成る程。情報漏洩は無かった、と。しかしいずれにしても、我々が大切な生命線である重水を受け取る事が出来なかった事に変わりは無い。依頼を完遂できなかったことは、輸送船団側の責任であると思われますが?」
さて、ここからが本番だ。
「まず最初に、あんた達ブリマドラベグレの常識を疑ったよ。
「イルヴレンレック商船互助組合から示された経費と報酬は、重水を運ぶ輸送船を調達した後は、とてもじゃないが傭兵団を雇う事など出来ない額しか残らなかったと聞いている。だからドンドバック船長は俺達のような中途半端に武装した貨物船を護衛に使うしか無く、そして俺達は昔のよしみで常識よりも随分と少ない報酬でこの依頼を引き受けた。
「そもそもこの点からして、あんた達が本気でこの重水が欲しかったのか思わず疑ってしまう様な話だ。」
ベエルスケンが口を挟む暇を与えず俺は続ける。
「そしてあんた達はこの星系内に隠れていた海賊達を放置した。自分達が開発している星系だろう? 同じ星系の中に海賊船が何十隻と隠れていて、そればかりか第一二惑星系には基地のようなものまで設置している。
「あんた達はそれを放置した。重水輸送以前の問題として、あんた達の常識と倫理観を疑う。
「もう一つ言おう。
「大事な自分達の重水を輸送している輸送船団が、眼の前で何倍もの数の海賊船団に襲われていてもあんた達は何もしなかった。見ているだけだった。
「最後の最後に申し訳程度に警備艦隊を投入してきたが、その警備艦隊の行動も結局同じだ。遙か彼方に離れた所から眺めているだけだった。すぐ眼の前に、自分達が依頼した大事な重水を輸送している船団がいて、明らかに海賊と思しき船団に襲いかかられているというのに、だ。」
ベエルスケンとケルットケドの表情が険しくなる。
「あんた達、本当にあの重水が欲しかったのか? 生命線とか言っている割には、やる気が全く見られないのだが?」
こちらは気付いてるんだぞ、と匂わせる。
その時、ちょうど良いタイミングでまたブラソンから通信が入った。
「マサシ。目的のものは手に入れた。いつでも良いぞ。盛大に煽れ。」
待たせる訳でも無く、急かす訳でも無い絶妙なタイミングだ。
さすが相棒。
「予想通り、本惑星系の鉱物資源に特徴は有りません。チタニウム鉱石採掘の実績はありません。ステーション駐留者はメンテナンス要員を中心に八十七名。警備艦隊は先ほどの艦隊が全てです。HAS装備のステーション警備部隊が十名。海賊と接触したと思しき状況証拠を確認。ホールドライヴデバイス奪取計画の指示書を確認。ほぼ全て予想通りです。」
当然だ。銀河一の演算能力を誇る機械達と共に予想したのだ。
ベエルスケンとケルットケドはこちらを睨み付けたまま黙っている。
白々しい弁解をするつもりは無いらしい。もう一押しだな。
「あんた達、海賊を放置したんじゃ無い。海賊と示し合わせただろう?
「いざとなれば何もかも全てあの第十惑星のデブリに喰わせて、デブリ衝突事故にでも見せかけて俺達ごと始末するつもりだったな? 違うか?」
「・・・言いがかりも甚だしい。何を根拠にその様な事を。自分達の失態を誤魔化すために責任転嫁するのは止めてもらおうか。」
ベエルスケンの顔から怒気が消えた。
堕ちたな。
ベエルスケンの台詞は無視して続ける。
「残念だったな。俺達の特殊装備は、あんた達が喉から手が出るほど欲しがっているホールドライヴデバイスだけじゃないんだ。最近色々と物騒でね。備えあれば憂い無し、ってな。」
ホールドライヴデバイスの名を聞いたからか、ベエルスケンの眼が光ったように見えた。
「マサシ、警備部隊のHASがその会議室に急行しています。到着まで15秒。」
二人の表情を眺めて楽しんでいると、会議室のドアが乱暴に開けられ、HASが五機飛び込んできた。
その民間用の灰白色に塗られたHASを眺めながら、レジーナを通して皆に指示を出す。
「作戦開始。」
次の瞬間、室内の気圧が変動した。
レジーナとシリュオ・デスタラがスキニーモードにした分解フィールドを身に纏い、ステーションに突っ込んだ事が原因の減圧だ。
彼女たちがその気になれば、そのままステーションを突き抜ける事も、ステーションそのものを分解してしまう事も出来る。
「あんた達、手を出しちゃいけないものに手を出したんだよ。」
そう言ってAEXSSのヘルメットを展開した。
気密保持の小さな緑のサインが視野の端に点るのが見えた。
次の瞬間、視界がグレイに染まり、そして真っ暗になる。
俺達の前には、星々が煌めく宇宙空間が広がっていた。
俺が座っていた椅子や、切り取られたテーブルの切れ端がゆっくりと俺から離れていく。
ギムレットを非常脱出に利用するのは、例の触手デブリをレジーナの船内から叩き出した時に思いついた。
「ステーションのシステムを破壊します。完全破壊まで21秒。」
「ギムレット、目標ブリマドラベグレ警備艦隊。」
レジーナとシリュエの声が響いた。
レジーナが一度に扱えるギムレットは二つだが、シリュオ・デスタラは十個のギムレットを同時に展開出来る。
ギムレットの有効範囲である10万kmの近接戦闘に限れば、戦艦と正面切って戦って勝てる。
レジーナはブラソン達と共にシステム攻撃と、全体のコントロールを。
シリュエはその重武装を生かして物理的な攻撃をと、それぞれ役割を振ってある。
「重巡洋艦HC1・・・撃破。続いて目標軽巡洋艦LC1。」
ブリマドラベグレの警備艦隊は、レジーナとシリュオ・デスタラの護衛を終え、ステーションの近くに停泊していた。
レジーナ達の逃走防止のためにそんな位置にいたのだろうが、今はそれが徒となった。
どの船も、レジーナとシリュオ・デスタラが同時に展開する十二個ものギムレットに、文字通り喰い尽くされていった。
しかし彼等はレジーナとシリュオ・デスタラを攻撃する事が出来ない。
分解フィールドを纏った彼女たちの船体は、半ばステーションに埋まり込んでおり、二隻を攻撃しようとすればステーションが巻き添えになる事は明らかだった。
「ステーション基幹システム破壊完了。エネルギーと空気と水だけは最低限のシステムを残してあります。」
戦闘艦に乗っていた者達には諦めてもらうしか無い。戦闘艦に乗るとはそういう事だ。
だが、会社の命令でこの辺鄙なド田舎に赴任させられたステーションの連中を全て殺してしまうのは気が引けた。
妥協案としてステーションは破壊する事を避け、最低限の機能を残してシステムを破壊する事にしたのだ。
見せしめを作らなければならなかったが、それは俺達と同じ会議室に居たベエルスケとケルットケドがその役割を果たしただろう。
ヘルメットを付けずあの会議室に居て、ギムレットを打ち込まれて生きているとはとても思えなかった。
「制圧完了しました。民間企業相手は楽ですね。お迎えに上がります。」
レジーナのそのコメントに、俺は苦笑い半分、空恐ろしい思い半分と云った所だった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ギムレットを転送装置のように使うのは厳しいです。
出口側の座標指定が厳しくなるためです。
転送装置は一対一の装置間でやりとりするもの、ギムレット(ホールジャンプ)は何かを遠くへぶん投げるもの、という感じで理解して戴ければ良いかと思います。




