14. 第十惑星近傍
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
更新遅くなりました。申し訳ありません。
やはりGWはなかなか時間が取れません。
次回更新GW明けなのですが、やはり遅れるかも知れません。
■ 10.14.1
海賊船団がいなくなったので、無理に第十惑星系のど真ん中を突っ切る必要がなくなったことと、三隻残っていた海賊船達が正体不明の攻撃にさらされて消滅した宙域を避けるため、重水輸送船団はドンドバック船団長の指示に従って航路を変更した。
船団の新たな航路は、第十惑星系の端をかすめ第九惑星にほぼ直線で接近する、最短に近いものだった。
ここまで海賊船団の攻撃にさらされ続けた重水輸送船団だったが、運の良いことに足回りに深刻な被害を受けた船は無く、船団全てが重水輸送船が出す事の出来る最大加速800Gに足並みを揃えて残りの行程を昇華出来る見込だった。
目的地である第九惑星まであと約20億km、16時間ほどで到着する予定だ。
距離が増えようとも第十惑星を大きく迂回しようという意見もあったが、結局レジーナとシリュオ・デスタラが船団前面に展開する事で海賊船の更なる待ち伏せに対応する事で決着がついた。
海賊船団が消滅した未知の攻撃については、その範囲と効果も分からず、そもそもそれが攻撃だったのか、略奪を失敗したが為に発生した内部抗争だったのかさえも判断つかず、海賊船団が消滅した宙域を大きく迂回すること位しか対応出来なかった。
海賊船団が消滅した直後に同じ空間を通過した準光ミサイルは、何の障害も無く真っ直ぐに飛び続けた。
ミサイル群の中に幾つか混ぜてあったセンサー弾頭も、光学、電磁、重力、熱と、全てのセンサーに何の異常も検知出来なかった。
少々不気味な話ではあるが、分からないものに対応する事は出来ない。
せめてその空間を迂回しようというのが、今できる最大の対応だった。
ブリマドラベグレの警備艦隊は、第九惑星から約2億kmほど第十惑星方向に進んだ位置で停泊したまま相変わらず動きを見せなかった。
電磁波、もしくはレーザーでの通信は、どこかに潜んでいるかも知れない海賊に確実に傍受されるため今の状態で使う事は出来ない。
艦隊の量子通信IDはドンドバック船長に知らされていなかった。
もっとも、IDを知らされている第九惑星のステーションに対しても、ドンドバック船長は通信回線を開こうとはしなかった。
俺達重水輸送船団の予定航路は、明らかにどこからか海賊に漏れていた。
予定航路を通達した、仲介元のイルヴレンレック商船互助組合か、依頼者であり目的地でもあるブリマドラベグレのステーションが怪しいと、ドンドバック船長は睨んでいる。
もちろんドンドバック船長の予想は、ブリマドラベグレのステーションの通信担当、もしくは管制担当者の中に内通者が紛れているのではないか、という程度のものだ。
それはよくある話で、ある意味常識的かつ当然の疑いと対応と言えた。
星間企業体であるブリマドラベグレが、ホールドライヴデバイスを狙っているという事をかなり強い確信を持って予想している俺達の考えは異なる。
海賊という、余計なことを知っている邪魔者をほぼ片付けることが出来たブリマドラベグレは、待望の重水がやっと届けられて大喜びの依頼主の仮面を被り、何らかの策にこちらを嵌めようとしてくるか、どこかの時点で豹変して強攻策をとってくるものと予想している。
担当者、内通者レベルの話では無く、ブリマドラベグレのステーションぐるみで俺達を罠にかけようとしているものとして今後の行動を考えている。
こちらが策に気付いていることを気取られないよう、表面的にはあくまで海賊の襲撃に備えて、その実次にやって来るかも知れないブリマドラベグレ警備艦隊との戦いに備えている。
重巡クラス一隻、軽巡クラス三隻、駆逐艦クラス八隻の艦隊と事を構えるのであれば、流石にホールショットを隠しながら消極的な攻撃など出来ない、と俺も腹を括った。
重水輸送船団の事を考えず、レジーナとシリュオ・デスタラの二隻が生き残ることだけを考えて二隻の全力で共闘すれば、充分に勝算はあるとみている。
そう、こちらには、連中が喉から手が出るほどに欲しがっているホールドライヴデバイスがあるのだ。
警備艦隊はまずはレジーナとシリュオ・デスタラを狙ってくるだろう。
他の邪魔な目撃者達は、圧倒的な戦力差に任せて後からゆっくりと片付ければ良い。
上手く立ち回れば、重水輸送船団の他の船に被害を出さずに警備艦隊を撃破できるだろうと予想している。
俺達はマップに表示された、まだ黄色のマーカーで表示されている警備艦隊を睨み付けながら行程をこなし、徐々に第十惑星に接近していった。
■ 10.14.2
それは唐突に発生した。
船殻を殴り飛ばすような鈍い衝撃音と、それに伴う振動。
「何だ今のは? レジーナ?」
ブラソン、ニュクス、ルナと俺の四人は、来たるべき警備艦隊との殴り合いに備えて、全員がコクピットに詰めていた。
「デブリと思われます。重積シールドを抜けて、左舷中央下部に直撃しました。」
そんな馬鹿な。
デブリが重積シールドを抜けることはあり得ない。
地球軍艦隊のニュートロンスプレーガンでさえ分解無効化した分解フィールドをただのデブリが突き抜けられるはずは無かった。
唯一可能性としては、ホールショットで重積シールドの内側に実体弾を撃ち込むくらいしか、分解フィールドを抜く手立ては無いはずだ。
「分解フィールドスキニーモード。被害状況は?」
「左舷中央下部にデブリがめり込んでいます。気密区画には到達していません。メンテナンスロボットを向かわせています。排除が困難な場合は、申し訳ありませんが船外活動を・・・えっ?」
「どうした?」
「気密区画を破られました。デブリ船内に侵入中。ネットワークに侵入を試みています。ノバグ、メイエラが防戦に入りました。ブラソン、援護を。デブリ更に侵入中。貨物室に到達します。メンテボット動作停止。メンテボット増援します。」
船内の照明が一瞬で赤に変わり、警報が鳴り始める。
「タマとアルを向かわせろ。時間を稼げ。ニュクス、頼む。俺達もすぐに行く。ルナ、アデール、AEXSS着用で貨物室だ。俺も行く。武装を忘れるな。」
「ミケをミスラに付けろ。ミスラとミリアンは自室待機。」
ひとしきり指示を飛ばして、強制的にシステムからログアウトする。
シートのキャノピーを押し上げる俺の横をニュクスとルナが駆けていく。
コクピットのハッチを抜けると、前を走るニュクスに、同じ大きさのニュクスが一人と、大人のニュクスが二人部屋から飛び出してきて合流して船尾側に走って行くのが見えた。
自室に飛び込み、クローゼットの中のAEXSSを引きずり出す。
「正体は何だ? 自動ロボットか? ナノマシンの類いか?」
「不明です。ノバグがネットワーク侵入元に逆ハッキングをかけていますが、プロトコルを一切受け付けません。未知のシステムです。物理的に侵入中のデブリから電磁波等の放出は認められません。デブリ、貨物室に到達しました。隔壁を侵食中。」
「どれくらいの大きさのデブリだ? 質量は?」
「質量不明。現在核部分を中心に長さ25mほどの紐状です。」
「質量不明? 接近中に計測できなかったのか?」
「接近してきた記録がありません。突然ぶつかりました。加速度からの推定質量が不安定。ニュクスが貨物室に到着。デブリがニュクスを攻撃。ニュクス応戦中。」
海賊船もこれにやられたのか。
まるで仲間割れしたかのように、船内での武器使用で海賊船が爆散した理由がこれか。
ふと気付いた。
・・・なんだって?
レジーナが何かとんでもないことを言わなかったか?
「記録が無い? どういうことだ?」
「言葉通りの意味です。デブリが接近してきた記録がありません。重積シールド内部で突然実体化しました。ホールショットではありません。ホール形成に伴う重力擾乱が検知されていません。
「ニュクス押されています。生物を選択的に攻撃する様です。デブリ、多数の不定形触手を伸ばしてニュクスを攻撃中です。マサシ、アデール、急いで下さい。」
重積シールド内でいきなり実体化した?
不定形? 触手?
「生物か? 特定できるか? スキニーモードは効いてるか?」
「分解フィールドスキニーモード有効です。先ほどから同様のデブリ三個を排除に成功しています。
「生物であると断定できません。赤外線放出ありません。ガス吸収放出有りません。攻撃用レーザー照射により局所的な温度上昇を認めましたが、破壊に至っていません。重力波放出無し。一部電磁波の反射を確認。スキャンします。可視光領域反射は低レベル。赤外吸収。紫外吸収。マイクロ波僅かに反射。X線吸収。短波吸収。γ線吸収。長波吸収。攻撃用レーザー照射にて赤外スペクトル分析を実施。黒体放射を観察。スペクトル分析不可。レーザーの殆どを吸収しています。光学、電磁、放射線領域でのエネルギー兵器は無効、または極めて効率が悪いものと推測されます。実弾体などの物理攻撃手段を用いて下さい。」
レジーナが色々とやっている報告を聞きながらAEXSSを着ていく。
「マサシ、まだか? 先に行く。」
アデールが俺を急かす。
分かってる。プロと一緒にするな。
部屋のドアが開いて黒メイド姿のルナが駆け込んできた。
AEXSSを着るのを手伝ってくれる。
最後の接合を噛み合わせ、AEXSS起動。
クローゼットの中からナイフホルスタを取り出し装着。
ルナがアサルトライフルを渡してくる。
珍しくルナもアサルトライフルを持っている。
「行くぞ。」
「はい。」
部屋を飛び出て主通路を走る。
一瞬でリフトに到達した。
リフトの壁を蹴り飛ばして下に向かう。
リフトの壁をもう一度蹴って飛び出す。
すぐ眼の前にアデールと成人ニュクスの黒い背中が見える。
そしてその向こう、貨物室の壁に埋まり込むようにして「それ」がいた。
■ 10.14.3
「ビリン、パワーコア#2の出力が落ちてる。」
マグパッファは船長席のコンソールモニタを確認しながら、機関・兵装担当のビリンに注意を促した。
コンソール上では、二つあるパワーコアの内右側に表示されている#2の出力表示のバーグラフが1/4を割り込んでふらふらと揺れている。
「分かってるッスよ。コレもうしょうがないッスよ。元々調子悪かったのに、爆発で台座が緩んで磁力密度が上がらんッス。防護服がありゃ行って直すんスけどね。こないだの仕事で胸当てに穴開いたままッス。あんなモン着てエンジンルーム入ったら、放射線障害で死んじまうッスよ。」
マグパッファの船デガージは、先の海賊船団との戦闘で大きく損傷していた。
二基あるパワーコアの内、一基は出力が全く安定せずいつ止まるとも知れないような状態だった。そしてもう一方は出力が1/4も出ていない。
六基あるジェネレータの内半分は動作不良を起こしており、残る三基もフル出力運転をするのは危険な状態だった。
六門あった1100mmレーザーは全て使用不能となっており、虎の子の加速重粒子砲などは出番がないまま台座から消失していた。
エンジンルームの気密はとうに失われており、かろうじて居住区画の気密は保たれているものの、いつ何時気密が破れるか分からない状況下で全ての船員は船外活動服を着用せざるを得ない事態となっていた。
そんな状態でもなんとか重水輸送船団に遅れずについて行けているのは、元々が出力重視の俊足自慢の船だったからだ。
800G加速程度であれば、ジェネレータ出力の40%もあれば充分だった。
しかしそれでも、とマグパッファはコンソールに表示される船体状況報告の表示を見ながら苦い表情を浮かべる。
この船はもう駄目だ。
この依頼が終わって報酬を受け取ったら、次の船を手に入れなければならないだろう。
手元の金は、小型の貨物船を一隻購入するには充分だったが、その船を改造してこのデガージ同等の性能にするには全然足りていない。
またしばらくは、面白くもないただの輸送依頼を幾つも掛け持ちして地道に金を稼ぐ生活に戻るのか。
突然、身体の中を突き抜けるような衝突音が響いた。
同時に強烈な衝撃が船を揺るがせ、構造材が悲鳴のような軋み音を発する。
シート固定具を使用していたマグパッファは、スーツのヘルメットを右側のコンソールに叩き付けられた程度で済んだが、シートから放り出されてコクピットの壁や床に叩き付けられた船員の呻き声が聞こえる。
「どうした!? 状況報告!」
ジェネレータ出力が低下して、管制制御のマージンが下がっている。
また怪我人が増えただろう。
何か拙いことが起こっているのは分かる。
自分の眼の前のコンソールでは、エンジンルームに大きな赤い表示がまたひとつ増えている。
「エンジンルームで爆発・・・いや、攻撃・・・でもないな。デブリ衝突。エンジンルーム右舷上方にデブリが突き刺さってます。」
「クソッタレ。ビリン、排除出来そうか?」
よりにもよってこんな時に。
先の戦闘であちこちのセンサーが吹き飛ばされ故障して、警戒能力が大きく低下している。ジェネレータ出力も下がり、シールドも万全なコンディションではない。
デブリの接近を探知出来ず、シールドも上手く弾くことが出来なかったのだろうとマグパッファは理解した。
それにしても、こんな船の調子が悪い時に直撃コースのデブリに出会うとは。
悪い時には悪いことが重なるものだ。
問いかけたビリンの返答がない事を訝しんで、マグパッファはビリンの座る機関士席を見た。
機関士席は空席だった。
機関士席の右コンソールの向こう側の隙間にはまり込んでいるソフトスーツが見える。
バカ野郎が。
席に着く時には面倒臭がらずに必ず固定具を使えと、いつもあれほどうるさく言っているというのに。
「エルッケンニ、ビリンのバカを救い出してやってくれ。エンジンルームの状況が分からん。」
通路を挟んでビリンの隣の席に座る索敵・通信担当のエルッケンニが、マグパッファの指示に応じて動く。
「諒解。おいビリン。ざまぁねえなお前。おい大丈夫か。エンジン調子悪いんだから、お前えがしっかりしてねえと・・・」
コンソール裏からぐったりとしたビリンの身体を引きずり出そうとして、ふとモニタを見たエルッケンニが固まる。
「船長、やべェ! エンジンルームの放射線強度が異常に上がってる。気密が完全に破れて・・・って、なんだこりゃ? リテレット! 船内モニタ確認しろ! エンジンルームがおかしい!」
貨物担当のリテレットが、叫ぶエルッケンニの声に反応して顔を上げた時、大きな破砕音が響きコクピット内の気圧が爆発的に下がった。
ソフトスーツのヘルメットシールドが自動的に下がり、音声がレシーバ音声に切り替わる。
「なんだこいつ、どkガファ!」
「テテリドリ? どうした? ガブ・・・」
ヘルメット内がレシーバ音声に切り替わったことで、コクピット外にいる他の船員の声がレシーバから聞こえた。
気密が破られただけにしては様子がおかしい。
何が起こっている?
「船内に侵入物! なんだこりゃ!? ヤベエ、こっちに向かってる!」
リテレットの悲鳴のような声が聞こえた。
マグパッファは正面コンソールを船内モニタ画像に切り替えた。
本来なら主通路が移るはずのモニタが半ばブラックアウトし、画面の端の方の色調がおかしい。
マグパッファはすぐにそれが何であるかに気付いた。
画面端の色調がおかしくなっているのではなく、モニタのすぐ近くに千切れた赤色のソフトスーツの手だけが転がっている。
画面はブラックアウトしているのではなく、何か黒いものが画面の殆どを埋め尽くしているのだった。
もう少し画像をよく見ようと目をこらした瞬間、いきなりソフトスーツ内の気圧が下がり息が出来なくなった。
急激な気圧変化で耳が痛い。
肺の中の空気が出ていく。
気圧差か、胸が痛い。
違う。
マグパッファは、自分の胸から生えている黒い棒状のものを呆然と見つめた。
なんだこれは。
それはずるずると自分の胸から出てきて、うねうねと足元に向けて蠢く真っ黒い触手。
自分の身体から生えているのではなく、シートごと後ろから貫通している事に気付いた時には、既に気圧差で視界がゆがみ始めていた。
緊急パネルを叩き割ろうとしたが、右手はピクリとも動かない。
まるでその意志に気付いたかのように、足元に向かっていた触手の頭がぐるりとこちらを向いた。
血で濡れて赤黒くぬらぬらと光る丸い先端。
見えているようなのに、何か感覚器官の様なものは無いのだな。
妙に冷静にそんな事を考えながら、自分に向かって勢いよく近付いてくる触手の先端を見る。
それがマグパッファがこの世で最後に見た映像だった。




