13. 救難信号 (Distress Signal)
■ 10.13.1
約二時間後、レジーナとシリュオ・デスタラが放った準光ミサイルが、俺達重水輸送船団の進行方向に展開する海賊船団を襲った。
第十二惑星に到着するまでのミサイル斉射では、着弾と同時にホールショットを行い、ホールショットによる海賊船の撃破を誤魔化しつつ、一隻でも多くの海賊船を削ることが出来る様に四苦八苦していた。
今回も同様にミサイル着弾と同時にホールショットを行って、七隻残存していた海賊船のうち四隻を撃破し、残り三隻とした。
海賊船団の残存数は正確には六隻なのだが、最初の接触で大破し第十二惑星圏で漂っているだけの三隻は勘定に入れなくても良いだろう。
放っておいても、その内酸素が尽きて窒息死するか、燃料が尽きて第十二惑星の引力に引かれて落下して破壊されるか、その辺りの末路が待っているだけだ。
レジーナのようにニュクスの操るナノボットのような存在が無い限り、大破漂流している船がそのまま戦線復帰することは無い。
既に脅威ではなくなった海賊船団ではあったが、敵性と思われるブリマドラベグレの警備艦隊と接触する前に面倒事は全て片付けておこうと、ミサイル斉射による戦果を確認した後に、再びミサイル斉射を行った。
海賊達の船が第十惑星に到達する頃にミサイルが殺到し、確率から考えても今度こそ海賊船を一掃してくれる筈だ。
もしくは、こちらが再度飽和ミサイル攻撃を行った事を検知して、逃げ出してくれればもっと都合が良い。
破れかぶれでこちらに突っ込んでくる可能性も無い訳ではないが、それならそれでレジーナとシリュオ・デスタラで対処するだけのことだった。
実質的に海賊船団の問題を片付けた事で、船内に弛緩した空気が流れる。
先のホールショットの時に、シリュオ・デスタラはセンサープローブを一機第九惑星近傍に送り込んでおり、ブリマドラベグレのステーションが何か妙な動きをすれば即座にそれを掴むことが出来る。
そして彼等の警備艦隊はいまだ第十惑星圏にも到達して居らず、距離がありすぎてこちらに手を出すことは出来ない。
「今の内に腹ごしらえをしておこう。」
そう言って皆に休憩を促した。
海賊とやり合っているこの数十時間、食事と云えば自席で食べるサンドイッチや握り飯などの簡易食ばかりだった。
そろそろちゃんとした料理が欲しくなってきた。
パックに入ったものでなく、マグカップに入ったコーヒーが立てる香りが恋しい。
「船長、ブリマドラベグレは何か言ってきたか?」
皆の後をダイニングに向かいながら、ドンドバック船長に尋ねた。
輸送船団長である船長のところには、ブリマドラベグレが何か言ってきているかも知れなかった。
聞きたいのは、警備艦隊の展開が遅れた言い訳ではない。
もしブリマドラベグレが何か言ってきているようならば、その内容からこの後連中がどの様な行動をとるつもりか探れないかと思ったのだ。
ゼブアラカナは船体にかなり深刻なダメージを受けている。海賊達からの攻撃が止まっている今、船員達は応急修理のために死にそうな思いをしながら船内を走り回っているだろう。
それを知りつつ暢気に暖かい作りたての食事を摂るのは少々気の引ける話だが、しかしこればかりはどうしようも無い。
まだ海賊が数隻残ってこちらを窺っている中で、接舷して修理の応援はさすがに出来ない。
ここは運と備えと実力によって出来てしまった差と割り切るしかない。
もっとも、海賊の向こう側に現れた新手の艦隊の本当の目的は、レジーナとシリュオ・デスタラを捕獲するか行動不能にするかして、装備しているホールドライヴデバイスを奪い取る事だろうと予想しているが。
「何も言ってこねえ。支援するとも、頑張れとも、何も。」
眼の前で自分達が発注した重水を輸送する船団が襲われていて、その対応はどうなんだと思うが、どうせ消す奴等にはどう思われても構わない、という事かも知れなかった。
「支援するつもりはあるのだろうな。一応、警備艦隊が出てきた。」
「遅えよ。こっちはもう満身創痍だ。一隻も沈んでないのが奇跡だ。どうにかこうにか海賊を黙らせられたから良かったものの、今頃出てきてでかい顔でもしやがったら一発ぶん殴るくらいじゃ済ませねえ。」
船長と会話する俺の前に食事が並ぶ。タリアテッレ・アーリオオーリオペペロンチーノ。
どうやらさっと手軽に出来るメニューをルナは選んだようだ。
ニンニクとオリーブオイルの匂いが食欲を刺激する。
まともな食い物に相当飢えていたのだろう。がっつくブラソンは、タリアテッレをまるでラーメンのようにすすって食っている。
恥ずかしい奴だ。そろそろ一度食事のマナーを教えた方が良い。地球圏でこんな食い方をされては堪らない。
意識を半ば船長との会話に持っていかれ、ゆっくりと食事を進めている所にレジーナから割込が入る。
「ブリマドラベグレ警備艦隊、減速に入りました。第十惑星までの中間宙域辺りで停止する模様です。」
ほっぺたにオイルを付けながら、小さな口でタリアテッレをはむはむと嬉しそうに食っている向かい側のニュクスと眼が合った。
「妙だな。」
「妙じゃの。」
俺達を無力化してホールドライヴデバイスを取り上げたいなら、海賊と一緒に襲いかかってくる方が有利だろう。
「船長、ブリマドラベグレの警備艦隊が減速に入ったみたいだが? 連中から何か?」
「こっちでも確認した。相変わらず何も言って来ねえ。」
「何がしたいんだこいつら?」
「第九惑星から1億kmが防衛ラインだ、とか抜かすんじゃねえか。海賊を放置している言い訳にもなる。」
成る程、建前上の言い訳はそれで良いだろう。
しかし依頼主が裏切るだろう事を知っている俺達にしてみれば、警備艦隊の行動は不可解だ。
わざわざ自分達に有利な状況を捨てているようにしか見えない。
海賊は俺達に始末させておいて、第九惑星に到着して油断した所を接岸後に占領しに来るか?
その時、脇に誰かが近づいて来て思考を中断された。
俺のすぐ脇で止まった足音に続いて、喜びと感動に満ちた声が上から降ってきた。
「凄いわ!」
・・・そう言えば、こいつの存在を完全に忘れていた。
メフベ星系にジャンプアウトした後は、いつ海賊の襲撃があるか分からないからと、自室から出てこないように言いつけていたのだった。
そのまま本当に海賊との戦闘に突入し、今まで完全に忘れていた。
命のやりとりをする中で邪魔などされたくはなかったので、船の状況や俺達の会話を脇から眺め聞くことは出来ても、彼女から俺達乗員に話しかけることは出来ない様に制限をかけていた。
声も聞こえないので、その存在を完全に忘れていた。
脇に立った彼女の顔を見上げると、興奮で顔を紅潮させ、眼を潤ませてこちらを見ている。
演技でもしているのかと思ったが、どうやらそうではなさそうだ。
俺達にしてみればこの一連の戦いは、攻撃手段を縛られた上に、敵に到達するまで時間がかかり命中率も低い、攻撃効率の低い武器ばかりを使ってダラダラと戦い続けていたという印象しかない。
しかし宇宙空間での戦いを初めて見る者にとっては、ダラダラと過ぎていく長い待ち時間も、死の恐怖と重圧と闘いながら攻撃の応酬をする緊迫した時間の連続に思えるのかも知れない。
「・・・被弾した僚船を庇って船団の前方に動いて、その場所から二隻で海賊に砲撃したと思えば、瞬く間に四隻の船を沈めて・・・」
「ミリアン。まあ、座れよ。」
興奮してよく分からない事を延々と喋り続けているミリアンに、俺は向かいのニュクスの隣の席を勧めた。
ミリアンに分からない程度でニュクスが微妙に嫌そうな顔をする。
そんな顔をするなよ。嫌なら適当にいなせば良い。
「腹が減っただろう。同じ物で良いか?」
ダイニングテーブルの反対側に回って席に着くまでの間も、幸せそうな顔をしてぶつぶつと何かを呟いている。
それ程感動したのか、それともただの危ない奴だったのか。
いずれにしても喋り続けてうるさい奴は、口に何か押し込んで黙らせるに限る。
「ねえ、ニュクスって兵装担当だったわよね? さっきの攻撃もニュクスがコントロールしてたの?」
「いや、あれほど間延びした攻撃は、儂が何か手を出す前にレジーナの方で処理してしまうからのう。」
ニュクスがやれやれという苦笑いを浮かべて隣にやってきたミリアンの質問に答える。
「そうなの? あの海賊船を立て続けに四隻も撃破した攻撃は、レジーナがやったの?」
「・・・いや、あの攻撃は全てシリュオ・デスタラからの攻撃じゃ。レジーナは手を出して居らぬよ。」
一瞬存在した沈黙は、レジーナの発言を待っていたものの様だ。
レジーナはこの会話に巻き込まれることを避けたようだ。
多分僅か一瞬の間に、誰が答えるの、自分に押し付けるなだのと、機械知性体達の間で俺達生身のヒトには知覚出来ない速さの色々な会話が為されているに違いなかった。
「この星系に入ってから合流してきた船ね? 知ってるわ。あの船もKSLCの所属船でしょ? 惑星ヴィーイーから脱出する際に、ハフォン軍の2883陸戦小隊がフィコンレイドから奪ったものよね?」
公式にはそういう事になっている。
もちろん大嘘だが、機械から無償で提供された等と言う訳にもいかない。
本当のところは機械達がいつも言うとおり、いつぞやのテラフォーミングサテライトの借りを返すうちの一つ、という形なのだが、いずれにしても機械達の船であると公言できない。太陽系から外に出歩けなくなる。
フィコンレイドから奪ったことにするのが一番都合が良かった。
勿論フィコンレイドは強く否定するだろう。そんな事実は無いからだ。
だが周囲は、ごく少数の陸戦隊兵士と、ただの民間輸送業者に上手いこと手玉に取られて、船を一隻巻き上げられた恥ずかしい事態をフィコンレイドが躍起になって否定している、としか受け取らない。
シリュオ・デスタラが、古いとは言えフィコンレイドが戦いの中で実際に使用した船と同型式だからだ。
機械達を良く知らない銀河種族達は、暇を持て余した機械達が面白がって古今東西色々な船のコピーを作って楽しんでいる等と思いもしないだろう。
食事を終え、それぞれがデザートやコーヒーなどを楽しむ時間になっても、ミリアンの取材攻勢は続いた。
すでに取材なのか、個人的興味なのか分からない様な質問ばかりだが、フリーランスのジャーナリストというのはそういうものなのかも知れなかった。
二杯目のコーヒーが半分ほど無くなったところで、レジーナからの状況報告が入った。
「マサシ、海賊達の様子が変です。」
「変? どうかしたのか? 距離は?」
第十惑星が近くなり、さらに増援でも出てくるのだろうか。
それともブリマドラベグレの虎の子殲滅兵器が動き出したか?
「海賊船団までの距離約5000万。海賊船団から第十惑星の距離は2000万。本船から第十惑星の距離は7000万kmで、このままの進路であれば一時間程度で第十惑星を通過します。」
レジーナの説明と共に、ダイニングルームの中央に周辺宙域のマップが表示された。
黄色で示された第十惑星と、赤のマーカーの海賊船。そして青色で示された重水輸送船団と、緑色で示されたレジーナとシリュオ・デスタラが重なっている。
ニュクスを質問攻めにしていたミリアンも口を閉じてレジーナの状況報告を聞いている。
「OK。距離は分かった。で、海賊船が?」
「先ほどから意味不明の動きをしています。これは、まるで何かから逃げているような?」
俺の中で、ブリマドラベグレの殲滅兵器が動き出したのではないかという疑いが一気に強くなる。
「他の船影や、熱エネルギー放出は?」
「星系内には、本船団、警備艦隊と海賊船団以外の船影有りません。海賊船団からの熱放出に特に変化は・・・今有りました。外殻が破断されて、内部からレーザー光の放出と思われる散乱を確認。重粒子ビームの放出も確認しました。」
内部から?
意味が分からない。襲撃を失敗して、内輪もめでも起こしたか?
「海賊船P03から、緊急救難信号が発せられました。通常電磁波です。」
海賊船が厚顔無恥にも緊急救難信号とは、お笑いぐさだった。
だがよく考えれば、まったく笑えない状況の可能性が有る。
海賊船をして緊急救難信号を発信させる様な何かが起こっている、という事かも知れなかった。
「海賊船P03爆散。P16から大量の赤外線放出。船殻の破断を確認。大破。P24からも赤外線放出と同時にγ線放射を確認。P24爆散。前方海賊船団、消滅しました。」
一体何が起こっている?
「準光ミサイルの着弾は?」
「あと十分です。当方の準光ミサイルによる破壊ではありません。」
「他の外部からの攻撃は?」
「電磁波、重力波、放射線領域で確認出来ません。」
「レジーナ、重積シールド展開。シリュオ・デスタラもだ。何が起こるか分からん。十分後の当該宙域のミサイル通過を観察。未知のトラップの可能性が有る。」
「諒解しました。準光ミサイル航路変更。当該宙域全体を網羅するように分散させます。ミサイル減速。」
ドンドバック船長の携帯端末を呼び出す。
「船長、見ていたか?」
「勿論だ。海賊がいなくなったのは結構なこったが、なんだありゃ? 知ってるか? お前達、何かやったのか?」
「俺達じゃない。本当だ。全く想像つかない。取り敢えずあの宙域を避ける様に進路変更した方が良い。」
「そうだな。すまんが、索敵は頼む。どの船もかなり機能障害を抱えてる。すぐに進路変更する。」
幾ら目をこらして海賊船達が消滅した宙域を睨んでみても、そこには薄れ行きつつある高温のプラズマ雲と、海賊船の名残の大量のデブリが漂っているだけだった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
遅くなりました。やっぱりGWはなかなか書く時間が取れませんね・・・
「Distress Signal」は、正確には「遭難信号」と訳すべきと思われますが、現在においても遭難以外の緊急に助けを要する事態全てに用いられているようなので、救難信号でいきます。
「救難信号」という銀河標準の言葉に、英語の「Distress Signal」の訳を当てた、と考えても良いです。
ちなみに余談ですが、キュメルニア・ローレライもこれです。




