12. 1800mm Triple mounted Gatling Laser Turret (1800mm三連装ガトリングレーザー砲)
■ 10.12.1
「第十惑星到達まで約九時間必要です。」
それが長いとも短いとも感想を差し挟まず、そして特に何の感情もこもっていない口調でレジーナが告げた。
もちろん長い。
すでに先ほどから重水輸送船団は海賊船団からの攻撃を受け始めており、急激な遷移運動を行うことが出来ない重水輸送船には被害が出始めている。
重水輸送船は、重水ブロックを船の骨格の外側に固定する構造を持つ。
それはちょうど重水で出来た装甲板で船を守っている構造にも等しく、多少の着弾で船体そのものに被害が及ぶようなことはない。
だがもちろん一発レーザーが着弾すれば、その熱量によって蒸発した分の重水が宇宙空間に飛び散ってしまうわけであり、本来の重水輸送任務を考えれば当然レーザーの着弾などなんとしてでも避けたいものであることは間違いない。
もちろん海賊達の方も、お宝である重水を傷つけたいなどとは思っていないだろう。
大型輸送船に着弾するレーザーは、そう言う意味では流れ弾のようなものだった。
深刻な状態に陥っているのは、重水輸送船を護衛する武装貨物船の方だった。
第十二惑星に到達した時点ですでに満身創痍と言って良い状態だったデガージは当然のこととして、ゼブアラカナもアソルイヤもその船体に徐々に被弾ダメージを蓄積させていっている。
案の定、レジーナとシリュオ・デスタラに被弾は殆ど無い。
たまに掠るように被弾するのは、重水輸送船と同じ理由で、レジーナ達の激しい遷移運動がたまたまレーザーを横切ってしまった流れ弾のようなものだろう。
海賊達が他の三隻と同様に本気でレジーナを排除しに掛かっているのであれば、もう少し深刻な被害が出てもおかしくはない。
つまり、海賊達の攻撃は殆ど全てゼブアラカナ以下三隻の護衛船に向かっていると考えて良いようだった。
七隻の海賊船からの集中砲火を三隻の武装貨物船が受け続けて、第十惑星に到達するまでの九時間を生き延びられるとは到底思えなかった。
通常の宇宙空間で、レーザー光線を見ることは出来ない。
だから、ドンドバック船長以下船団の誰もが、実は海賊船の攻撃がレジーナとシリュオ・デスタラには殆ど向けられて居らず、自分達に集中しているという事を知ることは出来ない。
レジーナとシリュオ・デスタラはその高い運動性で遷移運動を行い、その結果上手く敵の攻撃をかわし続けていると理解しているだろう。
二隻の高い運動性は眼で見ることが出来る。
徐々にダメージが増えていく護衛船三隻の状況を見て、ドンドバック船長が布陣の変更を伝えてきた。
「マサシ、ビルハヤート、船団の前面に出てくれ。こっちはダメージが溜まりすぎている。少し下がる。」
聞きようによっては、俺達を生贄にして自分達が助かろうとしているようにも聞こえるが、そうではない。
なかなか被弾しない盾役を前面に押し出し、海賊達の注意をレジーナとシリュオ・デスタラに向けて、他の船のダメージを少しでも軽減しようとしているのだ。
例え俺達が船団の前面に出ようとも、海賊達の狙いは変わらないだろうと思ったが、理由はどうあれ船団の前面に出られるのは好都合だった。
「諒解。レジーナ、船団の前面に出る。」
「こちらシリュオ・デスタラ、ビルハヤート。諒解。」
重水輸送船団を追い越し前に出て、海賊船団から見て輸送船団のちょうどど真ん中になるように占位する。
海賊達にしてみれば、攻撃したい空間のど真ん中に、弾を当ててはならない障害物が出来たようなものだ。
少しは連中の被弾数減少に役立てるだろう。
「シリュエ。GLTだ。一番手前のP10に集中して攻撃。撃破しろ。」
「諒解。目標P10。全砲塔集中。」
GLTは空間制圧兵器だが、本来は艦船に対して用いるものでは無い。
ミサイルや、小型の戦闘機、戦闘艇など、一定の空間内に多数の個体が存在するような兵器をまとめて攻撃するための空間制圧兵器だ。
しかし効率は相当悪くなるものの、運用によっては、必中距離以遠を遷移運動する船舶に確実にダメージを重ねていく攻撃手段として用いることも出来る。
回転する三門の砲身から連続して撃ち出されるレーザーが、シリュオ・デスタラを頂点とするレーザーの円錐を形成する。
砲身の角度を浅くして円錐の開きを閉じていけば、円錐の空間の中に存在する物体は、どれだけ遷移運動を行っていようとも少なくとも一度は必ずレーザーの直撃を受ける。
目標を何度も円錐内に捉えることで、例え一度のダメージは小さくとも、少しずつでも確実に目標にダメージを蓄積する。
シリュオ・デスタラはそのGLTを六基搭載している。
最初その武装を聞かされたときは、何の冗談か悪ふざけかと思ったが、ここに来て機械達に与えられたそのおかしな方向に過剰な武装が役に立つ。
シリュオ・デスタラは持てるGLTを全て海賊船P10に向けた。
GLT砲身が5000rpmもの速度で回転しながら、その1800mmの口径から撃ち出される強力なレーザーを連続的に照射し、宇宙空間を円錐形に切り取っていく。
三本の砲身に付けられた角度は僅か数度ずつの差でしか無かったが、10万km先ではその僅かな差が直径7000kmもの円に広がる。
この7000kmの中に海賊船を捉えることは難しくない。
高速で回転する砲身が角度を変え、円錐の開きを絞っていき、最後には三本のレーザー光が並行に束ねられて回転する状態になる。
その過程で、僅かほんの一瞬ではあるがレーザー光は海賊船を捉えた。
照射される時間が短か過ぎて、一度の照射で与える被害などたかが知れている。
だが、シリュオ・デスタラはその様なレーザー光線錘を六本同時に発生させ、その六本全てがP10海賊船を確実に捉える。
円錐を絞り終えたGLT砲塔は、再び砲身に角度を付けて円錐を形成し、また海賊船P10を捉える。
その結果、海賊船P10は僅か1秒間の間に数度の直撃弾を受けることになる。
一度の被弾は、船殻表面や、そこに塗布された劣化した対レーザー装甲を僅かに削るだけに留まる。
だがその被弾が、立て続けに数十回、数百回と重なって行くに従い、海賊船P10の船殻表面はまるで長期間恒星の近くに放置され、重粒子イオンに叩かれ続けたかのように荒れてささくれ立った。
その様な荒れた船殻表面は、レーザー光から与えられる熱エネルギーをより効率よく受け取ってしまう様になり、一発の被弾による損傷の度合いが時間を追うに連れて加速度的に高くなっていく。
海賊船P10は船体を半回転させて、まだ殆ど損傷していない面をシリュオ・デスタラに向けつつ、慌てて加速して距離を取り始めた。
しかしシリュオ・デスタラのGLTはP10を捉え続ける。
そしてどれ程慌てようと、一瞬で距離が開く訳ではない。
GLTの攻撃を殆ど受けていなかった反対面も、レーザーによって徐々に侵食され、そして表面温度は船殻全体で急激に上昇していく。
今や船殻全体が白熱するほどに高温となった海賊船P10だが、シリュオ・デスタラのGLTはまだP10を確実に捉え続けている。
船殻が歪み、熔け始め、そしてレーザーが当たる度に小規模な爆発が連続する。
吹き飛ばされた外殻の下から、既に充分に熱された内部構造が覗き、「柔らかな」内部構造をレーザーはさらに無慈悲に削り取り、切り刻んで融かし、吹き飛ばしていく。
熱循環系が破壊され、ネットワークが寸断され、気密が破られる。
破壊は加速度的に進み、内殻とも云うべきいわゆる重要区画を保護している隔壁が弾け、熔け落ち、熱の船内への侵入を許した。
爆発的に低下する船内気圧と、それを追うように船内に侵入する高温の金属蒸気があらゆる物を吹き飛ばし、燃やし尽くした。
コクピットは比較的長く保った方ではあったが、それでも船内を駆け巡る爆風から逃れることは出来ず、コクピット脇の通路で発生した金属蒸発爆発の爆風が室内を駆け巡り、金属蒸気を含んで極限まで熱せられた高熱の爆風に船員達はなぎ倒され、そして一瞬で燃えあがり炭化した。
船内を吹き荒れる爆風は通路を通って船尾方向に突進し、放射線防御の分厚い隔壁を一瞬で吹き飛ばし、エンジンルームを満たした。
手前側にあって爆風をもろに受けたリアクタ#1は、爆風によってコアベッセルに穴を開けられ、数百万度の金属蒸気が吹き込んだことで「冷やされ」て失火した。
船尾側のリアクタ#2は爆風の直撃を受けなかったためベッセル損傷は免れたが、船内ネットワークはすでにズタズタに破壊されており、制御を失った燃料がベッセル内に流れ込んで爆発的反応を開始した。
リアクタ内で過剰な核融合反応を起こしたプラズマは一瞬でベッセルを破壊し、更に膨れ上がってその高熱の火球の中に船全体を飲み込んだ。
「海賊船P10爆沈。次目標P29。」
感情のこもらない声で目標の撃破を告げたシリュエが、次の目標を定める。
そして数分後、海賊船P29も同様の末路を辿った。
立て続けに二隻の仲間を屠られ、重水輸送船団側にも効果的な反撃手段があるのだと云うことに流石に気付いた海賊船達は、一斉に輸送船団からの距離を取る動きを始める。
とは言え、一瞬で百万kmの彼方に待避できるわけもなく、退避行動中に海賊船団はさらにP01とP15の二隻を失った。
残り七隻となってしまった海賊船団は、重水輸送船団側の攻撃手段、即ちシリュオ・デスタラのGLTの有効射程の方が、自分達のそれよりも遙かに長いことを身をもって理解させられているため、百万kmよりも近づいてこようとはしなくなった。
お互いの攻撃手段が相手に届かなくなったことにより、戦況は一端落ち着いた状態となった。
数で圧倒的に優勢な海賊船団に進行方向に占位されて、長時間攻撃に晒され続けた輸送船団側にも大きな被害が出ていた。
ドンドバック船長のゼブアラカナは、右舷に深刻な破砕孔を開けられており、武装も半数が使い物にならなくなっていた。
マグパッファのデガージは、すでに輸送船団と共に航行しているのがやっとというほどの被害を受けており、次に海賊船団が距離を詰めてきたとしても、とても戦闘に参加できるような状態ではなかった。
アロンのアソルイヤは、どうやら重武装した分船殻の装甲も強化してあったらしく、ズタズタに見える外見の割には大きな機能低下は無いようだった。
しかしそれでも二基あった単装2000mmの主砲の内一基は破壊されており、攻撃力の大幅な低下は否めなかった。
輸送船二隻については、航行に支障が発生するほどの損害は発生していないようだったが、精度の悪い海賊達の射撃の流れ弾を受けて、いずれの船にも数十個の重水ブロックに破損が出ているか、もしくは破壊されて消失しているようだった。
レジーナとシリュオ・デスタラも一応はそれなりに被弾はしているのだが、いずれの船もそれぞれの船の守り神とでも云うべき機械知性体の操るナノボットのお陰で、発生した損傷はすでに全て修復されており、万全の状態を保っていた。
互いの距離が大きく開いてしまったことで膠着状態に陥ったように見える状況だが、もちろん俺はその状態で海賊船を引き連れて航行し続けるつもりなど無かった。
「船長。レジーナとシリュオ・デスタラは準光ミサイルでの攻撃を継続する。構わないな。」
輸送船団が第十惑星圏に到達するまであと六時間もある。その間何もせず海賊船を睨み付けているだけという手は無い。
俺達にはまだ連中を攻撃する手段がある。いくつも。
「あ、ああ。構わない。残弾がまだあるのか? お前えら一体どれだけのミサイルを積んでるんだ。」
「幸運の女神がくれた不思議な魔法のポケットがあってな。いくら撃っても残弾が無くならないのさ。」
「バカ言ってんじゃねえよ。だが、助かる。少しでも数が減れば、生き延びられる可能性が高くなる。出来れば依頼主に面倒押しつけずに、到着の間までに片を付けられりゃもっとありがてえ。」
その依頼主が裏切って、こっちを殲滅しようとする事への対策も考えなくちゃならないのだが。
しかしまずは、目の前に転がる石をどかさなければならない。
シリュオ・デスタラがGLTで海賊船団を追い払う間、ニュクスとシリュエによって作られたミサイルのストックは、レジーナに百二十発、シリュオ・デスタラに二百四十発、即ち六斉射分存在する。
ドンドバック船長の諒解が得られてすぐに、二隻から一斉射六十発、二十秒間隔で六斉射、計三百六十発の準光ミサイルが放たれる。
ミサイルは海賊船団に全方位からの飽和攻撃を行うように、輸送船団の進路とは直角の方向に67度ずつ角度を違えて発射された。
地球製のミサイルだ。七隻に減った海賊船団が、この飽和攻撃で更に数隻数を減らすことが出来ると見積もっている。
第九惑星に到着する前に更に何度かのミサイル飽和攻撃を行い、海賊船の残数が数隻となったところでレジーナとシリュオ・デスタラの二隻で打って出て海賊船団を完全に殲滅し、俺達を裏切って殲滅しようと待ち構えている依頼主への対策を十分に取れる状態にすれば良いだろうと考えている。
と言う様な戦術的なあらすじを考えていたところで、レジーナの声が考えにふける俺を現実に引き戻した。
「第九惑星圏に動きがあります。1500m級1、1000m級3、500m級8、計十二隻の船団がステーションを離岸しました。」
もちろん、海賊船団に襲われる俺達重水輸送船団を支援するための警備艦隊だ。
建前では。
海賊船団が劣勢とみて、とうとう自分達の艦隊を投入してきたか。
俺達を支援するという建前を言い張るには余りに投入のタイミングが遅すぎて、どのような言い訳をする積もりなのか一度試しに聞いてみたいと思うほどだ。
ブリマドラベグレが打ち出してきたこの警備艦隊にどのように対抗するか。
どうやら頭痛の種は尽きないようだった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
トンデモ兵器大活躍回です。(笑)
もっともガトリング(回転)構造にしたのは、作中でもあります通り、空間制圧兵器としての機能を持たせるためであるので、レーザーをパルスにして撃ち出す意味不明の機能よりはマシだと思っているのですが。
やっぱり次は船首にドリルか!?




