11. 第十二惑星大気圏内周回
■ 10.11.1
レジーナがP33を撃破する頃、シリュオ・デスタラに先導された大型貨物船二隻は、第十二惑星に到着した。
船団と第十二惑星の相対速度はいまだ3,000km/sec近くあったが、それは数百秒程度でゼロにすることも可能な速度だった。
輸送船団の後方をずっと追跡してきていた七隻の海賊船は、マグパッファが駆るデガージの牽制によって、輸送船団を有効射程に収めるまで接近出来ていなかった。
デガージは海賊船を撃破する事までは出来てはいないようだったが、数隻の海賊船の脚や外殻などに看過出来ない損傷を与えていた。
そのデガージの働きは海賊船に対する充分な威嚇となった様であり、脚を生かした護衛としての役割を充分に果たしていた。
もっともその過程で、デガージの方も軽くない損害を出しており、五門装備されていた単装中口径のレーザーのうち、二門が使用不能となっているようだった。
レジーナがP30とP33を立て続けに撃破した後、残る四隻の前方海賊船団はその場から逃げ出すような航路に転針した。
六隻中二隻の船が一瞬で撃破されたのを見て、敵わないと判断したようだった。
そのまま追撃してさらに海賊船の数を減らすことも出来たのだが、深追いしては輸送船団から距離が出来てしまう事を考え、四隻は逃げるに任せて俺達は輸送船団の元に戻った。
「このまま第十二惑星大気圏に突入する。対気速度1000km/secを維持する。遅れるな。惑星を一周して第十惑星方向に飛び出すぞ。」
シリュオ・デスタラに先導された輸送船団は、速度を完全に殺しきれず、1500km/secほどの相対速度で第十二惑星大気圏に突入した。
船団はそのまま濃密なメタンの大気の中に潜り込み、重力シールドで大気を弾きながら編隊を組んで第十二惑星の大気圏内を突き進む。
重力シールドで弾き飛ばされる大気が断熱圧縮を起こし、船体後方に白熱した長い炎の尾を引く。
合流したレジーナを含め、七つの巨大な火球が第十二惑星の大気を猛烈な速度で切り裂いて飛ぶ。
この状態で海賊のレーザーが俺達に届くことはない。
第十二惑星の濃密な大気に邪魔されるというのもある。
だがそれよりも、重力シールドに沿って船体を取り巻く大気の炎は、密度の濃淡によって強烈な陽炎のように複雑に乱れた屈折を発生し、レーザーの直進を大きく阻害する。
例えレーザーを撃ち込もうと、レーザー光はその陽炎に掻き乱され、着弾したとしてもその威力を大きく減じており殆ど無害となっているだろう。
海賊達も当然そんな事は十分分かっているのだろう。
十一隻残った海賊船団は大気圏内に突入してくることはなく、輸送船団から10万kmほど距離を取って上方を同航している。
船団は第九惑星に重水を届けなければならない都合上、いつかはこの第十二惑星の大気の外に出なければならない。
大気圏の外に出た所で再び一斉に襲いかかろうという考えだろう。
長く炎の尾を引きながら、500秒程かけて七隻の船団は第十二惑星をほぼ一周した。
濃密な大気に邪魔されて勿論肉眼で見える事はないが、第十惑星が固体の地表を持たないぼやけた地平線の上に登り、徐々に高度を上げる。
この500秒の時間を使って輸送船団は、まだ重大な事態には陥っていないとは言え海賊の攻撃によって傷付き始めた船体の応急修理や、なけなしのミサイル残弾の補充などを行った。
特にマグパッファの駆るデガージの被害は大きく、レーザー砲塔二門は完全に破壊されており、他にも外部から見て一目で分かるほどに船殻のあちこちに破砕孔が開いていた。
濃密な第十二惑星の大気圏内を高速で突っ切っている状態では、応急修理で気密を確保する以上の事は出来ず、デガージはあと何発かレーザーの直撃を受ければ間違いなく深刻な状態に陥るという不安を抱えたままとなった。
航行には支障はないようだが、実質的にデガージはもう戦いに参加する事は出来ないだろうと俺は考えている。
一方レジーナはと言えば、船体表面全体に緻密に施され、ニュクスによって常に完璧な状態に保たれている対レーザー反射皮膜が期待通りの仕事をしており、船殻内部にまで至るほどの破砕孔はまだ発生していなかった。
傷付いたレーザー皮膜は、この時間の間に再びニュクスの手によって補修された。
そしてミサイルやマスドライバ用の実弾体なども、これから必要になると想定される分だけ、普段よりもかなり多めの予備が用意された。
似たような戦い方をしたデガージとレジーナの間に、これほどまでに大きな被害の差が存在している理由は、一つには船体表面に施された対レーザー皮膜の有無、そしてもう一つはレジーナによる遷移運動の制御だと思っている。
デガージの遷移運動は、銀河中で標準的に用いられており、また入手もし易いプログラムされた通りの動きを再現するものを使っているのだろう。
手軽に導入でき、費用対効果も高いが、パターンの読まれ易さは否めない。
それに対してレジーナが制御する遷移運動は、何重にも乱数式を乗算した上、そこにさらにレジーナの作為が介入するという、先読みが相当に難しいものとなっている。
コストパフォーマンスという観点ではデガージのものに及ばないが、性能では勿論レジーナの方が遙かに勝る。
推測でしかないが、多分海賊どもはブリマドラベグレから、レジーナを爆沈させるような攻撃はするなと釘を刺されているのではないだろうか。
ブリマドラベグレが欲しいのはホールドライヴデバイスだ。
レジーナが爆散しては、ホールドライヴデバイスも跡形もなく消滅する。それだけは絶対に避けたいはずだ。
絶対に傷つけるなと雇い主から厳命されているホールドライヴデバイスを搭載しているのが、この船団で一番生きの良いレジーナとシリュオ・デスタラだと云うのは、海賊どもにとって最大の不幸であり、悪夢でしかないだろう。
「野郎ども・・・おっと、今回は淑女もいたか。この船団はもうすぐ第十二惑星を一周する。あと100秒ほどで第十惑星方向に最大加速だ。海賊どもは相変わらず俺達の頭の上で、こっちが動くのを今か今かと待っていやがる。第十二惑星大気圏離脱後、大気圏を抜けた所でありったけくれてやれ。いいか、出し惜しみするな。しみったれた攻撃は無しだ。有るだけ全部叩き込め。その後は第十惑星に向けて一目散に逃げる。残念ながら奴らの方が脚が速いので、引き放すのは無理だ。第十惑星を超えて、第九惑星にいる雇い主の防空圏に入るまでの辛抱だ。ゴールは眼の前だ。攻撃は、状況に応じてこちらから逐一指示するから、この回線は常に開けておけ。では、幸運を祈る。」
ドンドバック船長の力強い声が、携帯端末から聞こえてくる。
第十二惑星を周回している間に、携帯端末では一対一での通信しか出来なかったところを少々改造して、レジーナを中継局に使って船団に配布した全ての携帯端末を同時に接続可能にしてある。
シリュオ・デスタラや、重水輸送船に乗り込んでいる警備部隊員達については、もとより同時接続可能である量子通信回線を持っている。
ドンドバック船長の声は、ほぼ全員に届けられたはずだ。
ドンドバック船長は、依頼主であるブリマドラベグレが裏切るかも知れないという俺達の推察を知らない。
多分海賊達が、レジーナとシリュオ・デスタラを避けて残りの三隻の護衛船に攻撃を集中させるだろうという予測を知らない。
レジーナとシリュオ・デスタラがホールショットを有している事には気付きつつも、その兵器がどれだけの性能を持っているのか正確に把握していない。
実は今、俺達を囲んでいる海賊船団など、レジーナとシリュオ・デスタラがその気になれば瞬く間に全滅させてしまえる事を知らない。
知らせてやりたいが、俺達の身の安全を守るためには知らせる事が出来ない。
色々と情報漏洩し始めているとは云え、しかし今でも地球軍の最高機密に属するホールドライヴデバイスに関して口を滑らせ、刑務所送りにされる、それともこの世から消されるなど考えたくもなかった。
或いはこれまで何度も命を救われてきたホールドライヴデバイスを地球軍に取り上げられてしまう訳にもいかなかった。
良い訳がましいが、俺はレジーナとシリュオ・デスタラの乗員を守らねばならないのだ。
ドンドバック船長には悪いが、それは他の船とその乗員の安全よりも遥かに優先順位の高いことだ。その順番を入れ替えるなどあり得なかった。
「転針10秒前。5秒前、3、2、1、転針。大気圏離脱します。A、B、C砲塔目標P05、射撃開始。ミサイル全弾発射。次弾装填。ミサイル第二射。マガジンロード。次弾装填。ミサイル第三射。次弾装填・・・」
第十二惑星の大気圏内深部を高速で突き進んでいた船団は突然向きを変え、大気圏内を急上昇してさらに加速しながら大気圏を飛び出した。
重力シールドが大気を押しのけ断熱圧縮で発熱する炎が消滅すると同時に、重水輸送船を含めた全ての船は持てる全ての武器を海賊船団に向けて一斉に解き放った。
海賊船も、獲物の最期の足掻きとも取れるその行動を黙って眺めていた訳ではなかった。
重水輸送船団が第十二惑星の大気圏を飛び出すと、その進路から目標は第十惑星であると予想し、十万kmほどの距離を維持しながら重水輸送船団と第十惑星との間に位置を取りつつ、重水輸送船団の出せる上限の800G加速に合わせて同航し始めた。
レジーナとシリュオ・デスタラを除いた残り三隻の護衛船のミサイル残弾はとうとう底をつき、ありったけのミサイルを全て投入しても第一斉射で合計九十八発のミサイルを発射するのが精一杯だった。
第二射以降は、レジーナの二十発とシリュオ・デスタラの四十発のみが断続的に発射されるのみとなった。
二隻の打ち出すミサイルは全て地球製の追尾性の良いミサイルではあったが、十万km以下というレーザー砲の必中距離の内側を目標に向けて飛んでいくミサイルの被弾率は高く、着弾までの数十秒の間に次々と撃墜されていく。
例え生き残って目標の海賊船に到達しようとも、準光ミサイルのように速度が乗っている訳ではないミサイルでは海賊船の重力シールドを突き破る事が出来ず、目標本体に到達出来なかった反応弾頭のプラズマ球を宇宙空間に断続的に咲かせるのみの結果となった。
残念ながら散発的に着弾するだけのミサイルでは、戦果らしい戦果を得る事は出来ず、海賊船は大きな被害を受ける事無く相変わらず重水輸送船団の前方を飛び続けていた。
しかしむしろ俺達がミサイルに期待していたのは、海賊船達をミサイル迎撃で忙しくさせておいて重水輸送船団本体に向けて攻撃を出来ない様にする事であり、その意味ではこのミサイル攻撃は充分に目的を達したと言えた。
重水輸送船団はミサイル攻撃が稼いだその時間を使って、急な方向転換と大気圏脱離で乱れた隊形を整え、護衛船五隻で重水輸送船二隻を囲み、船団を守れる態勢となった。
やがて二隻のミサイル残弾も底をつき、ナノボットがミサイルを生成するのを待たねば次弾を撃てなくなったところでミサイル攻撃を終了した。
第十二惑星圏離脱直後の、船同士の間隔が数百から数千kmしか離れていない密集隊形では、マスドライバの発射やホールの形成などを光学的に観察されてしまう恐れがあった。
そのためこのミサイル攻撃の間はホールショットを一切使用出来ず、海賊船の数を結局一隻も減らすことが出来なかったのは少々痛かった。
問題は、第十二惑星圏離脱後も引き続き船団全体に密集隊形を取ることをドンドバック船長が求めたことだった。
船長の判断は極めて常識的で、そして正しい。
海賊が重水輸送船を狙い、その重水輸送船を傷付いた護衛船五隻で守るという前提の下では。
だが実際は、海賊達はレジーナとシリュオ・デスタラを除いた護衛船三隻に攻撃を集中するだろう。
七隻もの海賊船からの集中攻撃は、既に満身創痍の状態のデガージはもとより、ろくに手入れもされていない低品質なレーザー反射膜しか持たず、機械知性体達のバックアップなど持たない護衛船達を簡単に撃破してしまうことだろう。
レジーナかシリュオ・デスタラが自由に飛び回り、海賊船団を牽制すれば、その分だけ船団が生きていられる時間を少しでも延ばすことが出来る。
どれだけ暴れ回ろうと、海賊船達はこの二隻の船を撃破する訳にはいかない筈だからだ。
だがその二隻が、ホールショットを封じられた状態で、海賊船団から10万kmも離れて重水輸送船団に縛り付けられているのでは、思うような牽制を行う事は出来ず、結果として海賊達の集中砲火を許してしまうことになる。
「船長。レジーナは脚を生かして前方に打って出た方が良いと思うのだが?」
理由を説明することは出来ない。
だから根拠としては薄弱なものになる。
「それも考えた。だがデガージがやられて、ミサイルも尽きたこの状態では、一隻でも多くの守りが欲しい。お前が飛び出て集中砲火を浴びて、万が一沈められるようなことになれば事だ。これ以上戦力を失いたくない。まとまっている方がまだ生き延びる可能性が高い。」
船団長の指示を無視することも出来る。
敵の目的がホールドライヴデバイスであると予想されるなら、今更船団長の指示を無視したことで報酬をカットされるなど些細なことだった。
しかしまだその決断をするべき時ではない。
俺はレジーナに、重水輸送船のすぐ前に位置取るように指示した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
前回の後書きで書いておりませんでした。
お陰様で、50万PVを突破致しました。
ひとえに、拙作を読んで下さる皆様のおかげです。ありがとうございます。
異世界ファンタジー系の小説に較べれば、二桁も三桁も低い数字ではありますが、しかしそれでも自分が書いている小説が50万回も閲覧されたという事が素直に嬉しく、そして少しの驚きを持って受け止めております。
自分で読み返してみても拙いと感じる所の多い作品ではありますが、これからもどうぞお付き合い戴けますよう宜しくお願い申し上げます。




