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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十章 ワイルドカーゴ
235/264

9. 罠


■ 10.9.1

 

 

 海賊船団はじりじりと俺達に近付きながら、しかし完全に追い付いて来るような動きはしなかった。

 双方がこのままの動きを維持すると、あと二時間ほどで互いを射程内に収める事が出来る。

 そしてあと三時間ほどで俺達輸送船団は第十二惑星圏に突入する。

 海賊船団の動きは、俺達に追い付くタイミングをこちらが第十二惑星に到着するタイミングに明らかに合わせてきていた。

 それはつまり、海賊船団の増援が第十二惑星圏に存在しており、共働して俺達を挟み撃ちにしようとしているという事を示していた。

 

 連中のその意図が見えているのだが、それに対抗しようにもこちらも手詰まり気味だった。

 実は燃料が有る限り幾らでもミサイルを生成する事が出来るレジーナとシリュオ・デスタラはともかく、他の三隻のミサイル残弾が底をつき始めていた。

 各船とももう一斉射するだけのミサイル残弾は残しているが、この後まだ海賊船団との交戦が行われると予想される事を考えると、ここでミサイルをほぼ使い切ってしまうのは余りに心許ない。

 準光速ミサイルは、通常の近距離ミサイルとして用いる事も出来るのだ。

 とは言え、海賊船団との距離は各船が搭載しているレーザー砲の射程よりも遙かに遠く、主兵装であるレーザーを今撃ったところで有効な打撃を与える事などできはしない。

 

 挟み撃ちをかわすために後方の海賊船団に追い付かれるタイミングをずらそうとも、輸送船団は現在最大減速加速をかけている最中である為、第一二惑星到着をこれ以上遅くする事は出来ない。

 逆に減速加速を緩める事も可能ではあるが、それでは第一二惑星系を一瞬のうちに通り過ぎてしまい、わざわざ減速までして惑星系を一種の遮蔽物として利用しようとしている今の計画が根底から覆る。

 そもそも海賊船の方は加速力にまだまだ余裕がある。

 どの様にタイミングを外そうと加速を変更したところで、上手く対応されてしまうだけだろう。

 

 残り七隻をホールショットで狙撃するのは簡単だが、それでは先ほどわざわざ窮屈な思いまでしてホールショットを誤魔化した意味が無い。

 勿論、第十二惑星圏から出現する待ち伏せ海賊船団の数が余りに多いならば、隠すなどと言う余裕も無くホールショットを無制限に使わなければならなくなるという事態も想定出来る。

 だが今はまだはっきりしていない。

 俺はホールショットの無制限使用を決断出来ないでいた。

 

「船長。聞こえるか?」

 

 レジーナに頼んで、量子通信回線をドンドバック船長に手渡した携帯端末に繋いでもらった。

 

「おうよ。だから船長は止めろつってんだろが。なんだ?」

 

「俺の中ではもうそれで定着している。今更他の呼び方は違和感が酷い。諦めてくれ。

「ところで、一時的に船団全体の減速加速を止めて、前方加速に変更出来ないか? 第十二惑星圏の伏兵をおびき出す。計算では五分間800Gの加速であれば、まだ第十二惑星を使える速度まで減速出来る。」

 

「ん? どういう事・・・成る程。第十二惑星を高速で素通りすると見せかけて、相手を慌てさせる訳か。」

 

 流石海千山千の船乗りは話が早くて助かる。意図する所を瞬時に理解してくれたようだった。

 

 第十二惑星での待ち伏せ挟撃は、俺達が惑星系を遮蔽物として利用する速度まで減速する事が前提で成り立っている。

 第十二惑星系のどれかの衛星に潜んでいるのであろう海賊船達は、近づいて来た俺達輸送船団に対してインターセプトをかける形で飛び出してくるのだろう。

 だがもし輸送船団が第十二惑星脇を高速で通り過ぎるならば、例え多数の海賊船がそこで待ち伏せていたとしても、俺達はその眼の前をほんの一瞬で通り過ぎてしまう。

 待ち伏せしている海賊船がこちらを攻撃する事の出来る時間など、ほんの一瞬でしかないだろう。

 輸送船団の航路によっては、待ち伏せ海賊達は攻撃を行う位置にさえ付けず、挟撃の有利をまったく生かす事が出来ずに無様にも俺達の後ろを必死で追いかけてくる羽目になりかねない。

 あらかじめ加速しておいて、こちらが通り過ぎる速度に合わせておかない限りは。

 

 つまり、俺達輸送船団が第十二惑星脇を素通りする素振りを見せれば、待ち伏せが意味を為さなくなる事を恐れて、待ち伏せ海賊船達が慌てて飛び出してくる可能性が大いに有ると考えたわけだ。

 先ほどの一言でドンドバック船長もそこに思い至ったらしい。

 

「良いだろう。こっちの計算結果でも可能と出た。航路を第十二惑星から少し外すと見せかければ距離も充分取れる。正加速は五分後にスタート、きっかり五分で終了だ。重水輸送船に合わせてくれ。結果が分かるのは早くても四十分後だな。」

 

 輸送船団が加速ベクトルを変える。

 最も速いケースでは、輸送船団の加速度変更を三十秒ほど後に光学的重力的に観測した後方の海賊船団が、仲間に量子回線で即時通報して、その報を受けた待ち伏せ海賊船団が慌てて飛び出す事が想定される。

 その光が俺達のところに届くのにそれでも三十分以上はかかる。

 フェイントの結果を見てから再減速するという訳には行かないが、こればかりは仕方が無い。

 今観測用プローブセンサーを打ち出すとするとホールショットを使わなければならないからだ。

 ミサイル攻撃のどさくさに紛れて一機打ち出しておけば良かったと後悔するが、今更な話だ。

 

 五分後、輸送船二隻が同時に減速を止め、前方に向けて加速し始めた。

 一瞬遅れて、船団の向きとは逆を向いていた俺達護衛船四隻も回頭してそれに続く。

 一分ほど経ち、後方の海賊船団がこちらの加速度を遥かに上回る速度で加速した事を確認した。

 今頃海賊達は大慌てだろう。

 上手く行っているようだ。

 きっかり五分加速し、輸送船は再び全力で減速加速を掛け始めた。

 俺達護衛船もそれに倣う。

 さらに一分遅れて、後方の海賊船団が慌てて加速ベクトルを逆転したのが観測出来た。

 さて、上手く釣れれば良いが。

 

 約三十分後、パッシブ、アクティブ双方のセンサーを最大限投入して第十二惑星周辺をスキャンしていたシリュオ・デスタラの索敵に、第六衛星から飛び上がる船舶の群れが引っかかった。

 

「スクランブル発進した船舶数は六隻です。他に第六衛星地表付近に八つの重力擾乱を確認しました。重力擾乱数十箇所に増えました。第六衛星地表付近に二箇所の赤外線放出の増大を確認しました。赤外線放出地点と重力擾乱箇所、および船舶の発進地点は一致しています。第六衛星地平線の向こう側で重力擾乱が集中している地点については、赤外線放出の確認が出来ていません。」

 

 シリュエが落ち着いた声で状況を読み上げた。

 その情報は即座にドンドバック船長の貨物船ゼブアラカナにも通知される。

 

 確認出来た船舶と、船舶らしき重力擾乱の合計は十六。

 これが全てだと思い込まない方が良いだろう。

 発進準備が間に合わず、ジェネレータ出力を上げる前にこちらの再減速を知ってフェイントに気付いた船があるかも知れない。

 

 それにしても、最初に待ち伏せしていた二十隻と、現在第十二惑星近傍で確認されている十六隻とで合計三十六隻。

 よくぞこれだけの数の船を揃えたものだと思う。

 全ての船が一つの組織に属しているのでは無く、幾つかの海賊船団の寄せ集めなのかも知れなかった。

 

 勿論、圧倒的な力で輸送船団とその護衛を抑え込んで撃破し、略奪品を確実に手に入れるためには、輸送船団の護衛戦力を大きく上回る戦力を揃えて襲いかかるのが当然だ。

 分け前が少なくなるからと、戦力を絞って襲いかかったのでは思わぬ反撃を食らい、分け前の心配どころか、自分達の生存さえもが怪しくなる事態にも陥りかねないからだ。

 

 だがそれでも。

 三十六隻かそれ以上という大過剰の戦力には違和感を感じた。

 百二十万トンの重水を三十六隻で割り振れば、一隻当たり三万トン強の重水が手に入る。

 儲けはそれ程悪くない。

 しかし三十六隻。

 

 二十隻がステルス状態で、航路の予測を間違っていたとは言えども星系外縁に網を張っていたという事は、俺達の輸送計画の大枠がどこからか漏れていたと考えた方が良いだろう。

 どこから、という犯人捜しは今は必要ない。

 今考えるべき事は、眼の前にある事実から、どの辺りまでが漏れていたか、それに対して連中がどういう襲撃計画を練ったか、何故連中が三十六隻という船団を必要だと思ったか、を推察する事だ。

 

「誰が漏らしたか、の特定はもう少し証拠が欲しいところじゃの。奴等の一次目的は当然重水の略奪じゃろう。副次的かつ最終的な目的は、この船のホールドライヴデバイスじゃろうの。レジーナがここに来るまで彼奴等は網を張り続けたじゃろう。」

 

 まるで俺の心を読んだかのように、銀河一の演算能力を誇るバックグラウンドを持った生義体が言った。

 リンクシステムと呼んでいるこの船の管制操縦システムは、接続している各個人間で漠然とした考えや感情を共有する事が出来る。

 待ち時間が多くて暇を持て余している俺が、何事かを考え込んでいる事を感じ取ったのだろう。

 

「つまりそれは、海賊行為を続けていれば、荒事専門と言われている俺のところにいつかはこの仕事が回ってくるだろう事を予想していたという事だな。」

 

「じゃろうの。そうなると怪しいのは、護衛費用を絞った依頼元、という事になるがの。」

 

 潤沢な護衛費用があれば、イルヴレンレック商船互助組合は迷わず傭兵団を雇っただろう。

 傭兵団を雇う事が出来ないほどに護衛費用を絞れば、イルヴレンレックは武装貨物船を雇うしか無くなる。

 海賊被害が重なれば、晴れて荒事専門の運び屋の出番となるわけだが、それ以前にまともな依頼元であれば、何度も海賊の被害に遭えば傭兵団を雇うだけの護衛費用を出す。

 金の損失も問題だが、それよりも物資が欠乏する事の方が遙かに大問題だからだ。

 しかしブリマドラベグレはそれをしなかった。

 まるで、重水など海賊に取られても構わないと言わんばかりに。

 

「では、ブリマドラベグレが全て仕組んでいると? ホロレンボレンシャロッホの鉱山で重水が欠乏しているという話は嘘か。」

 

 物流の常識を全てひっくり返すホールドライヴデバイスは、星間企業にとって少々の犠牲を払ってでも喉から手が出るほど手に入れたいものだろう。

 

「そこまでは言うておらぬよ。そうかも知れぬがの。そしてお主がまだ考えに至って居らぬ大きな危険が一つある事に気付きや?」

 

 大きな危険?

 海賊とは別に危険となるものは何か。

 味方の裏切り? 依頼人による口封じ?

 そうか、口封じだ。

 

「ブリマドラベグレは、海賊が重水を略奪する事を見逃す代わりに、ホールドライヴデバイスだけは必ず自分達に渡るように海賊に話を付けた。海賊はブリマドラベグレがこの狂言を仕組んだ事を知った。海賊が黙っている訳は無い。事が終わった後に、必ずそれをネタにしてブリマドラベグレを強請り始める。

「つまり、ホロレンボレンシャロッホ鉱山のステーションには、どれ程の海賊船が生き残ろうと、全てを消し去る事が出来るだけの武装が存在するという事か。」

 

 海賊船団に追いかけられ始めてからずっと感じていた違和感の正体が分かった。

 幾らステルスを掛けて電磁的に透明化したとは言え、1000G以上の加速で動く船が発する重力波を隠す事など出来ない。

 海賊達が星系外縁で俺達を出迎える配置に着いた時、どれ程精度が悪かろうとホロレンボレンシャロッホ鉱山ステーションのセンサーには何らかの動きが見えたはずなのだ。

 

 俺達がこの星系にジャンプアウトして既に二十時間以上が経過している。

 俺達がやってきたという情報はとっくにホロレンボレンシャロッホ鉱山ステーションまで伝わっているはずだが、先方からは何の情報も送られてきていない。

 海賊の存在を俺達に警告するだけならば、正確な位置特定が必要なレーザー通信である必要は無い。電磁波を撒き散らして連絡しても構わない。

 平文の量子通信メッセージで、イルヴレンレックを経由して警告するという手段もある筈なのに、だ。

 他にも色々と腑に落ちない矛盾点が多過ぎる。

 

 つまり、海賊達に秘密を握られようが、俺達が奴等の行動の矛盾点に気付こうが、ブリマドラベグレにとってはどうでも良い事なのだ。

 死人に口なし、と云う訳だ。

 

「ブリマドラベグレは黒だな。確定的だ。」

 

 地球かハバ・ダマナンの軍か警察に通報して助けを求めるか?

 無理だ。

 ニュクスが言っているように、ブリマドラベグレを黒と断定するだけの証拠がない。全て推測でしかない。

 証拠がなければ、巨大な星間企業と、フリーのゴロツキでしかない運び屋と、どっちの言う事を信じるだろうか。

 答えは火を見るよりも明らかだ。

 

「まあ、そうじゃろうの。脳味噌が筋繊維で出来ておるお主にしては悪う無い推理じゃ。褒めて遣わすぞえ。今のところはあくまでも推理でしかないがの。じゃが、少々問題があるの。」

 

「ああそうだ。この問題は、ドンドバック船長達と共有して対処する事は出来ない。ブリマドラベグレが裏切る事が分かっていても、それを彼等に話す事が出来ない。事の起こりがホールドライヴデバイスだからだ。」

 

「その通りじゃ。皮肉なものよの。」

 

 ホールドライヴデバイスがここにあるからこそ狙われる。

 だが身を守るためには最適最強の、まさにそのホールドライヴデバイスを使う事が出来ない。

 ここはもう腹を括って無制限にホールショットを使うべきか。

 いや、その前にまだやれる事がある。

 

「レジーナ、ドンドバック船長に繋いでくれ。」

 

 どんどんややこしくなっていく事態に、ホールショットで何もかも吹き飛ばしてやりたくなるがそこは我慢する。

 

「おうマサシ。やっぱり居やがったな。予想通り挟み撃ちだ。面倒な事になりやがってよ、まったく。」

 

 ドンドバック船長はすぐに応答したが、その口ぶりは「面倒な事」と言っている割には面白がっているようにも聞こえた。

 

「船長。提案がある。」

 

「おうさ。何でも良いぜ。衛星の地表に隠れていやがったあのクソッタレどもをぶっ飛ばせるってんなら、どんな提案でも大歓迎だ。」

 

「上がってきた海賊にもう一度準光速ミサイルを使わないか? 今ならまだ間に合う。まだ地上に残っている船もあるかも知れないが、今が使いどころと思う。」

 

 上がってきた海賊船が、そのまま第十二惑星宙域でこちらを待ち続けるならば先制攻撃に、こちらに加速して突っ込んできて大乱戦になるならば、交戦中の敵の意識を一瞬逸らすための布石として。

 多分殆どの海賊船が姿を現した今、ミサイルの出し惜しみをするべきでは無いだろう。

 

「おう、お()えもそう思うか。ちょっと待ってろよ。」

 

 そう言ってドンドバック船長との通信が切れた。

 残る二隻に説明するのだろう。

 

 前方に横たわる第十二惑星系に十六隻かそれ以上の海賊。

 そして後方には七隻が追い縋る。

 船の数だけで言えば四倍以上の戦力。

 そして本来一番の味方である筈の、依頼主の裏切り。

 レジーナとシリュオ・デスタラは、最大の攻撃手段を封じられ。

 面倒な状況が次々に明らかになっていく中で、百十八本の準光速ミサイルがまるで戦いを知らせる狼煙であるかのように、輸送船団から虚空に向けて飛び立った。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんかやっとスペースオペラらしくなったというか。

 でもホントは、秒速数万kmで疾駆する宇宙船にとって、たかだか直径数万kmの大型ガス惑星など、遮蔽物にもならない芥子粒みたいなものなのです。1秒もあれば通り過ぎる訳ですから。

 とは言え、余りリアルすぎるのも盛り上がりに欠けるというか、味気ないというか、面白くないので、スペースオペラの定番である、惑星系を遮蔽物に使ってみました。

 惑星の陰からデッカい要塞がどーんと現れるのは、やっぱり絵になりますからね。


 あ、本文に出てくる「全てを消し去る武装」が実はデススターってのは無しです。あしからず。


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