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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十章 ワイルドカーゴ
233/264

7. メフベ星系、ジャンプアウト


■ 10.7.1

 

 

「マサシ、お久しぶりです。今回は一緒に仕事が出来る様で、ビルハヤート以下皆喜んでいます。」

 

 シリュオ・デスタラからの現地索敵情報を受信したというレジーナからの連絡に続いて、久しぶりに聞くシリュエの声が俺の頭の中に響いた。

 シリュエも久しぶりと言っているが、彼女たちがつい先日まで二週間の間行っていた、電子デバイス製造工場新造現場警備の仕事に出発する前に言葉を交わして以来だった。

 

「シリュエ、久しぶりだな。皆元気にしてるか? 装備や燃料に問題は?」

 

「はい、ありがとうございます。問題ありません。特に装備に損傷が発生する様な仕事でもありませんでしたし、ロスウィスヨ星系の燃料補給ステーションはどこもよく整備されていて、補給した燃料も良い純度のものでした。万全の状態です。」

 

 万全の状態と言いながらこれだけ余裕のある会話を寄越すのであれば、シリュオ・デスタラはメフベ星系でいまだ海賊と接触していないという事だろう。

 少なくともまだ交戦していない事だけは間違いない。

 

「おうマサシ、悪かったな。なんか俺達だけリゾートで休暇をもらっちまってよ。」

 

 ビルハヤートの野太い声がそこに割り込んだ。元気そうで何よりだ。

 

「問題無い。こっちこそ悪かったな、たまの休暇を切り上げさせてしまって。」

 

「それこそ問題ねえよ。二週間立ちっぱなしで何にもする事がねえ退屈な現場だったからな。今度は多少緊張感がありそうで、みんな喜んでるぜ。」

 

 元々軌道降下や敵施設突入などの最前線で活躍していた部隊だ。建設現場警備の仕事など欠伸が出て仕方が無かっただろう。

 余りに退屈な仕事ばかりさせていたのでは、その内こっちが見限られはしないかと少々心配し始めていた所だった。

 

「そっちの状況はどうだ? 海賊はいるか?」

 

「海賊どころか。第九惑星周辺以外には人っ子一人居ねえよ。平和なもんだ。ま、どこかに隠れていやがんだろうがな。」

 

「諒解した。予定通りジャンプする様こっちも連絡しておく。引き続き警戒しておいてくれ。」

 

「おうよ。おかしなものを見つけたら連絡するぜ。じゃあまたな。」

 

 シリュオ・デスタラは、俺達輸送船団が予定している航路とは少し外れて、第九惑星ホロレンボレンシャロッホに最短でアプローチ出来る星系外縁部で索敵を行っている。

 多分どこかに身を潜めて獲物がやって来るのを待ち構えている海賊達に、こちらのジャンプアウトの情報を与えないためだ。

 俺達がジャンプアウトする寸前に、シリュオ・デスタラはジャンプアウト予定宙域に移動する手筈になっている。

 

 元々が軍用艦であるシリュオ・デスタラの索敵能力は、一般の船舶のそれを大きく上回る。

 多分、第九惑星に作業用ステーションを持つブリマドラベグレよりも正確な情報を掴む事が出来るだろうと思っている。

 そういう意味では、先にシリュオ・デスタラを投入できる状態であった事は幸運な事だった。

 

「ドンドバック船長。シリュオ・デスタラから連絡があった。問題無し。現在のところ海賊の姿は認められないそうだ。予定通りのジャンプに支障はない。」

 

 レジーナにドンドバック船長のゼブアラカナ向けの通信回線を開いてもらい、俺はシリュオ・デスタラからの報告を伝えた。

 緊急時以外は船団内のデータ通信は行わない取り決めになっている。

 音声回線で問題無い事を報告すれば、船団は予定のスケジュールに合わせて行動する。

 

「おうよ。オメエ相変わらず船長言うな。まあ良いけどよ。敵影無し。航路は予定通り。船団にも問題無し。順調で結構な事じゃねえか。このままいくぞ。」

 

 それから約四時間後、パダリナン星系の外縁部に到達した輸送船団は、シリュオ・デスタラに最終安全確認を入れた後に順次ジャンプ航法に入った。

 

 

■ 10.7.2

 

 

 ジャンプアウトした俺達のほぼ正面に、メフベ星系の主星が小さく光っている。

 パッシブスキャンの結果は、シリュオ・デスタラから報告があったとおり、星系内には殆ど船影はなく、第九惑星の周辺に二十隻ほどの大小の船舶が存在するのみだった。

 

 俺達が星系外縁にジャンプアウトした時に生じた重力波と、弱いながらも船体が反射する光は、光速で全方位に広がって行っている。

 この星系のどこかに海賊が隠れているならば、その電磁波と重力波が伝わる事でその内こちらの出現に気付くだろう。

 今俺達に出来る事は、できる限りの加速力で加速して、可能な限り速やかに星系内に進入する事だった。

 星系内に入り込めばジャンプアウトしてくる事は出来ない。ジャンプアウトからいきなり襲いかかられる危険性が無くなる。

 

 通常、星系の近くにジャンプアウトしてしばらくすると、星系外縁部を監視しているセンサープローブを通じて帰属の誰何が行われる。

 しかし開発初期段階であるというこのメフベ星系ではその様な通信も入っては来なかった。

 星系外縁部を監視するセンサーは、あっても非常に密度が薄くこちらを探知するまで時間がかかるか、もしくは設置さえされていないのかも知れなかった。

 

 メフベ星系には十二個の惑星が存在し、その内第十二惑星と第十惑星が存在する方角を選んで俺達はジャンプアウトした。

 ジャンプアウト宙域からは、第十二惑星、第十惑星と、目標である第九惑星がほぼ一直線に並んでいる様な位置に存在しており、船団は二つの惑星近傍をかすめる様にして航行して第九惑星に接近する予定となっている。

 

 最外軌道惑星である第十二惑星とその周りを回る衛星が、海賊の隠れ家になっている可能性はあった。

 だがそもそも星系内であり、そして惑星という重力井戸の近傍でジャンプ航法を行うことは出来ないため、奇襲される危険性はないこと、そして同じ襲われるなら惑星という遮蔽物の近くの方が幾分有利になることから、最終的に第十二惑星の近くをかすめて通る航路が選ばれた。

 

 船団は星系内に進入していく。

 今のところ海賊らしき船影は確認されていない。

 そのまま星系内に向けて進入し続け、約十五時間後、ジャンプアウトするには重力傾斜が危険な所まで進むと、船団全体を覆っていた緊張した雰囲気が取れ、皆僅かに肩の力を抜いて溜息を漏らした。

 

 船団の前方数百万kmに飛び出して先導役を担っていたシリュオ・デスタラが加速を落として船団に近づいてくる。

 シリュオ・デスタラが重水輸送船に並んだところで、船団全体は一旦加速を停止して自由落下状態になった。

 シリュオ・デスタラは重水輸送船とランデブーし、ビルハヤート隊二十人を半分ずつに分けて、それぞれ副長が率いる十人ずつのフル装備の隊員達が二隻の重水輸送船に移乗した。

 万が一海賊に襲われて乗り込まれてしまった場合を想定して、念のため重水輸送船内に待機するのだ。

 船長であるビルハヤートと、女であるために色々と問題を起こさせてしまいそうなアンサリア隊全員はシリュオ・デスタラに残った。

 その後船団は再び加速を開始し、まずは最初の目標地点である第十二惑星を目指して進んだ。

 

「ジャンプアウト重力波検知しました。後方3光時。数18。質量最大のもので六万トン。平均五万二千トン。U01からU18でマーク。全船こちらに向けて加速開始しました。加速度バラツキがあります。最大U12が1600G、最小U04が1200Gです。このまま加速すると、最短でU12が約二十五時間後に当船団に追い付きます。」

 

 ジャンプアウトして四十時間近く経った頃、警戒喚起を知らせる軽い電子音と共に、俺達の後方に十八隻の船がジャンプアウトしたとレジーナが報告した。

 状況からして、海賊だろう。

 多分、第九惑星に最短で到達出来る常識的な星系への進入経路辺りに、電磁的光学的なステルス処理をして身を潜めていたのだろう。

 それなりのステルス処理をした上で熱放射を押さえ、自由落下状態で身を潜められると、軍用艦の探知能力を持つシリュオ・デスタラと言えどもそれを見破ることは非常に難しくなる。

 俺達がジャンプアウトして四十時間経ち、やっと届いた光か電磁波もしくは輸送船団のジェネレータが発する重力波を検知し、自分達の当てが外れた事を知って慌ててジャンプしてきたに違いなかった。

 二十五時間あれば、船団は第十二惑星に到達することが出来る。

 

 しかしレジーナが計算した予想航路図を見て思わず舌打ちする。

 

「レジーナ、ドンドバック船長に渡した端末を呼び出してくれ。量子通信で。」

 

 当然こうなることが予想されたため、パダリナン星系でゼブアラカナを訪れた際に、全員に量子通信機能のある携帯端末を渡してあった。

 指向性の高いレーザー通信とは言えども、受信時などに僅かな拡散反射光が発生する。

 聞き耳を立てて居るであろう海賊を前に、傍受される可能性のある方法で通信するのは御免だった。

 とは言え、一回限りの関係で終わるかも知れない相手と船の量子通信回線のIDを教え合うのはお互い気が進まなかった。

 何より、機械知性体が何人も搭乗しているレジーナに対して、量子通信回線を直接開く事にアロンとマグパッファが難色を示した。

 その反応は予想できたので、最初から量子通信端末を持参してゼブアラカナを訪れたというわけだった。

 

「マサシ。こちらでも確認した。お客さんがおいでなすったようだな。」

 

 ドンドバック船長はすぐに応答し、その声が船内ネットワークを通じて俺の頭の中に響いた。

 勿論通信はミリアンを含めて船内の全員と共有している。

 

「どうする、船長? 第十二惑星を使うなら、すぐにでも減速を始めなければならん。減速しないなら、第十二惑星近傍を通過する航路は、デブリ衝突の危険ばかり上がって余りメリットはない。だが、減速すれば第十二惑星手前で連中に追い付かれる。」

 

 本当はそんな事は無い。

 彼等には伏せたレジーナの機能を使えば、リングのど真ん中だろうが、第十二惑星の濃密な大気圏の中だろうが、光速の10%もの速度で安全に通過する事が出来る。

 いざとなったらその盾役を買って出るつもりだった。

 

「決まってるだろうが。すぐに減速する。こうなる事は想定した上でのこの航路だ。重水輸送船は第十二惑星の軌道を回れるだけ速度が落ちてりゃ良い。俺達がケツに付いて後ろから来る奴等から守るぞ。」

 

「諒解した。船団の後ろに出る。重水輸送船は回頭させるのか?」

 

 現在船団全体は船首を第十二惑星に向けて進んでいる。

 通常船のシールド強度は前方:後方:側方で、50:30:20位の比率になっている事が多い。

 前方から高速で突入してくる航行中のデブリから船体を守る事を主眼に置いているためだ。

 シールド強度の高い船首を進行方向である第十二惑星側に向けたままにするのか、海賊からの攻撃が予想される進行方向反対側に向けるのか、という話だ。

 重水輸送船のシールド強度の強弱は、護衛する俺達の守り方にも関わってくる。

 

「いや、重水輸送船は回頭に時間がかかる。このままの向きで逆進加速をかけさせる。俺達は少し後ろに飛び出し気味で対応する。シリュオ・デスタラは今のまま前方警戒だ。」

 

 幅数十m、長さが千m近い細長い構造の重水輸送船を回頭させるには、早くとも数分かかるだろう。

 海賊から攻撃されている最中に、そんな回頭など出来る筈も無い。

 ドンドバック船長は、第十二惑星周辺宙域のデブリと、居るかも知れない海賊の伏兵を警戒しているものと考えられた。

 そういう意味では、最大火力を持つシリュオ・デスタラを単独で前方に置いたままにするのは堅実なやり方だ。

 後ろにばかり気を取られていて、前から一発ドカンと食らって全ての苦労が水の泡、というのは勘弁願いたい所だ。

 この辺りは、経験に裏打ちされた流石の采配、と言ったところか。

 

「諒解だ。この通信はシリュオ・デスタラとも共有されている。もう伝わった。」

 

「こちらビルハヤート。シリュオ・デスタラは船団前方警戒を継続。諒解した。」

 

「お前等、話が早くて助かるぜ。流石赤丸急上昇中の傭兵団は違うな。俺は今からアロンとマグパッファと話す。端末借るぜ。」

 

「傭兵団じゃねえ。端末は勿論使ってくれ。宜しく伝えておいてくれ。」

 

「ありがとよ。またなんかあったら連絡する。」

 

 その後程なくして、船団は800Gで逆進加速を掛け始めた。

 俺達護衛船四隻は回頭して進行方向に対して後ろ向きになり、1000Gの加速を掛けて船団の後方に突出した。

 

 船団が800Gで逆進加速を掛けた事で、海賊達との最短接触時間は十二時間、予想接触時間は十四時間に短縮され、第十二惑星への到着時間が四十五時間に伸びた。

 三十時間分も差があれば、例え第十二惑星に海賊の伏兵が居ようと時間差で対応出来る。

 

 十八隻の海賊船団は脅威ではあるが、この船団にはレジーナとシリュオ・デスタラが居る。

 この二隻が本気で対応すれば、武装貨物船を中心とした構成と思われる十八隻の海賊船団など、訳も無く叩き潰せる筈だ。

 例え巡洋艦クラスの船が数隻混ざっていたとしても、三連装口径1800mmGLT(Gatling Laser Turret:ガトリングレーザー砲塔)を六基、単装口径4800mmGRG(Gravity Rail Gun:重力マスドライバ)を十門備えたシリュオ・デスタラに太刀打ち出来るとは到底思えない。

 

 シリュオ・デスタラのGRGは強襲突入ポッド射出管を兼ねているので、全てホールショットを使用する事が出来る。

 各GRGの装弾速度は2秒と遅いが、十門を時間差で発射する事で、0.4秒間隔での釣瓶打ちが可能となっている。言わば、GRGのガトリングガンの様なものだ。

 海賊達が所有している中古の巡洋艦程度で、この攻撃に耐えられるとはとても思えない。

 

 負けるつもりはないし、負ける筈も無い。

 しかし俺達は海賊船団との接触までの十数時間を、常に心のどこかで燻る焦燥感と共に過ごす事となった。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 進行方向に対して後ろ向きになって加速しています。

 輸送船は反対を向いているのが紛らわしいです。

 ちなみに輸送船が回頭するのに時間がかかる理由は、一つには細くて長い船だから回頭しにくいというのもありますが、もう一つ、遠心力というか潮汐力で船が引き千切られる動きをするのが問題です。


 これからもお付き合い戴けます様、宜しくお願い申し上げます。

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