6. 対策会議
■ 10.6.1
結局、当初の予定から十二時間ほど遅れて船団は第十二惑星デドノワラの軌道を離れた。
自由貿易を掲げているとは言え、それなりに軍隊と警察のシステムが動いているパダリナン星系内で海賊が襲いかかってくるわけは無く、取り敢えず星系を出るまでは警戒度を下げたまま航行している。
加速800Gが上限の鈍足な大型貨物船がいるお陰で、船団が星系外縁に到達するまで六十時間ほどかかる。
星系内では安全とは言え、まったく警戒しない等という事は無く、俺達護衛船は二隻の輸送船を囲む様な位置を取って、周囲を警戒しながらゆっくりと星団内の空間を突き進んでいく。
ドンドバック船長のゼブアラカナは、重武装した改造貨物船だった。
二連装の口径1500mm程度のレーザー砲塔を二基、単装口径1000mm程の砲塔を六門も揃えており、さらに多くのミサイルを積んでいる。殆ど軽巡洋艦の様な武装だ。
ゼブアラカナは定期航路のない辺境への輸送の仕事ばかりを請け負っており、その様な辺境への貨物の中身は生存必需品、つまり海賊達にとっても自分達が生存していくために略奪する必要のある物資である事が多い。
必然的に海賊に付け狙われる事も多くなり、その様な海賊達と正面切って殴り合いが出来る様、次々に武装を付け足していった結果、速度よりも武装重視の船となった様だ。
アロンの船「アソルイヤ」は、砲術士をしていたというアロンの特技をそのまま生かす様に、ゼブアラカナ同様に重武装した改造貨物船だった。
やはり単装口径2000mm程のレーザー主砲二基を中心に、800mmほどの小型レーザー砲を四基備えた砲撃艦の様な構成となっている。
ゼブアラカナが中口径の砲塔を多数揃えて、手数で勝負する武装をしているのに対して、アソルイヤは大口径の砲で一撃必殺と遠距離射撃を得意とする武装構成であると言える。
逆にマグパッファの船「デガージ」は、大型のクルーザーをベースに改造を施した、脚の速さを重視した構成となっていた。
操縦士であったマグパッファらしい選択と言えるだろう。
但し、脚を重視する分だけ武装はさほど強力なものでは無く、1000mmほどの中口径の砲が何門か装備されているだけであり、威力よりも手数、攻撃よりも攪乱を得意とする仕様に思えた。
彼らと自分達の船の仕様と特性について話し合った時、当然俺もレジーナについて話さなければならなくなる。
ST部隊の駆逐艦ジャーヴィス艦長ジェームス・インが呆れかえった様に、レジーナの武装は彼らの遥か上をいく。だが彼等にそれが理解出来るかどうか。
「マスドライバ? なんで今時そんなものが? 実弾体なんて、固定目標でもなければ撃っても当たらないでしょう?」
単装口径1800mmレーザー三基、単装口径2000mmGRG(重力マスドライバ)二基、二十連装準光速ミサイルというレジーナの武装構成を聞いた時のアロンの反応はごく普通のものだった。
その通り。これが普通のGRGであれば、アロンの反応は正しい。
だがレジーナの武装の真骨頂は、砲塔の数や口径ではなく、ホールドライヴデバイスとの連携にある。
弾速が遅く固定目標を撃破する以外に使い道がないレールガンが、センサープローブによる索敵情報を元に、ホールジャンプと組み合わせる事で、強力な攻撃手段に変貌する。
そして十万km以下という近距離でしか利用出来ない制限はあるが、そのホールドライヴデバイスそのものも、ギムレットという回避不可能で強力無比な攻撃手段となる。
レジーナがホールドライヴデバイスを搭載しているという情報は、予想に反してまだそれ程広まっているわけではなかった。
それは勿論、自分達自身の身を守るために俺達が緊急時以外はできる限り人目がある所でホールドライヴを使わない様にしているという理由もある。
しかしそれ以上に、レジーナが搭載しているホールドライヴデバイスをどうにかして奪取したいと考えている幾つかの組織の思惑に依る所が大きい。
ホールドライヴを手に入れたいと狙っている連中にしてみれば、当然ライバルは少ない方が良いに決まっている。
だから連中は、レジーナのホールドライヴデバイスについて知ったとしても、その情報を他者に拡散するなど絶対にしないのだった。
その辺りの事情はアデールからそれとなく聞かされている。
アロンとマグパッファは、レジーナの事を1800mmレーザーと多少のミサイルを備え、2000G以上の高加速が出来る、脚と武装のバランスの取れた船と理解した様だった。
しかし、俺がレジーナについて説明しアロンの質問に答えている間中ずっと、ドンドバック船長は表情を変える事なく俺の顔を見ていた。
ドンドバック船長は多分気付いている。
レジーナに搭載されているホールドライヴデバイスについても、多分何らかの情報を得ているのだろう。
そしてその地球製の新ジャンプ航法ユニット(ホールドライヴデバイス)と、本来のレジーナの武装であるGRGやミサイルを組み合わせて用いるとどういう事になるか、に。
もしかしたら船長は地球艦隊の戦闘を見た事があるのかも知れない。
さすが老練な船長は、情報収集能力も、それら手に入った情報から見えていない所を推察する能力にも長けている、といったところなのだろう。
しかしドンドバック船長はそれについて一切口にする事は無かった。
俺がホールドライヴデバイスの存在について言及しなかったからだ。
自分の船について全て手の内を明かすバカは居ない。
ゼブアラカナもアソルイヤも、多分デガージも、他にも何か幾つかの奥の手を隠しているだろう。
だがそれをわざわざ知ったらしく指摘する様な真似をする奴は居ない。
俺達船乗りの間での不文律、言わばマナーの様なものだ。
通信という、聞き耳を立てている連中に情報が漏れかねない手段を介さない直接の会合で、ドンドバック船長から今後の予定を聞かされた。
予定を立てるのは、このなんとも頼りない護衛四隻を共に海賊の顎に飛び込もうとしている輸送船団の長である、ドンドバック船長だ。
俺など足下にも及ばないほどの幾多の経験を積んできた、船長の立てる計画に文句を言うつもりも無い。
俺達輸送船団は、大型貨物船二隻への超純重水氷ブロックの積み込みが終わったらすぐにデドノワラ軌道を離れ、一路パダリナン星系外縁を目指す。
パダリナン星系内で海賊が襲ってくるとは思っていない。軍も警察もおり、なによりも他にも常に多数の船が星系内を航行している。
星系外縁のジャンプ可能域に到達したところで船団は同時にメフベ星系を目指してジャンプに入る。
先に護衛船一隻を斥候として送り込む案は却下された。ただでさえ薄い防衛力をさらに低下させる戦力分散をドンドバック船長は恐れた。
その代わり、パダリナン星系外縁で俺達に合流する事になっていたシリュオ・デスタラが、先にメフベ星系に入り斥候役を務める。
シリュオ・デスタラから安全確認の知らせを受けたところで、船団はメフベ星系に向けてジャンプする。
その後船団は、二隻の大型貨物船を俺達護衛船が囲む形でメフベ星系内に進入し、第九惑星ホロレンボレンシャロッホを目指す。
海賊が襲いかかってくるのは通常、星系の外縁部だ。
外縁部であればジャンプを使う事が出来る。獲物の船団が遥か彼方に離れていても、ジャンプを使って瞬時に距離を詰める事が可能だ。
そして星系内を遊弋している軍や警察の警備船も、海賊に襲われた船団の元に駆け付けるのに数日かかる事も珍しくない。
逆に星系内に入ってしまえばジャンプが使えなくなり、警備船の密度も上がるため、海賊に襲いかかられる危険度はぐっと落ちる。
しかし油断は禁物だ。
星系内に入ったと油断していて、様々な方法でステルス化した海賊船団から待ち伏せを食らい、一気に殲滅されてしまったという話もザラに転がっている。
もっとも、危険度の高い星系外縁部とは言え、その領域は広い。星系によっては、一周数十光日以上の大きさを持っている事も珍しくはない。
その様な広い空間の全てを海賊の索敵がカバーする事など出来る筈も無く、海賊の監視の眼を縫って星系に進入する事もまた十分に可能だった。
非合法とは言え海賊も商売だ。
効率の悪い、つまり稼ぎの悪い宙域に網を張るはずも無く、星系のジャンプポイントや、星系内の貿易港、人口密集地などを繋ぐ、輸送船が航行する可能性が高く、且つ警備船の巡廻密度が比較的薄い宙域を狙ってくる。
警備船が駆け付けるまでの時間との競争となるが、その様な場所での襲撃はリスクは高くなるものの得るものも大きい、ハイリスク・ハイリターンな襲撃となる。
メフベ星系はまだ植民星や大型のステーションなどが存在しない、開発の始まったばかりの星系だとドンドバック船長は言った。
ブリマドラベグレと言う星間企業が、何かの偶然で第九惑星の衛星に良質なチタン鉱床を発見したらしい。
正確には、厚さ約1000mの氷の層の下に存在する岩石層全てがチタン鉱床で、衛星丸ごと高純度のチタンを含む鉱石で出来ている様なものらしい。
物質転換器でチタンなど幾らでも作れるとは言え、純度の高いチタン鉱床さえあれば、そこから精錬した方が遙かにコストが低くなる。
ブリマドラベグレはその膨大な量のチタン埋蔵量と開発コストの間で算盤を弾き、利益を十分に確保出来ると判断してチタン鉱山の開発にかかったと言うわけだった。
第九惑星ホロレンボレンシャロッホと、そのチタン鉱山の衛星の回りに幾つかの小型ステーションは建造されたが、しかしまだそれだけらしい。
星系内を巡廻警邏する警備艇など望めるはずも無く、ある程度の治安が確保されているのは、ブリマドラベグレが自社の警備船を展開している第九惑星周辺だけのようだった。
勿論、広大な星系外縁部の警備など行われているはずが無かった。
「要するに、誰がどこに隠れているかさっぱり分からねえってこった。」
「そのブリマドラベグレとか云う会社から、安全情報の提供は無いのか?」
肩を竦める様な仕草で苦笑いするドンドバック船長の情報に対して、マグパッファが不機嫌そうに尋ねた。
「あったところで数日遅れの状況なんざ知らされても仕方がねえよ。距離が離れりゃ精度もガタ落ちだしな。」
民間企業による開発が始まったばかりの星系で、軍事拠点ばりの索敵安全情報など望むべくもない。
数光日の範囲で全天をカバーする詳細な安全情報など、現場の警備詰所に毛が生えた程度の警備部隊基地に期待する方が間違っている。
「では、確実にどこかに海賊がいると予想される場所に、手探りで突っ込んでいくしか手は無い、ってわけですね?」
と難しい顔をしたアロン。
「仕方あんめえよ。マサシんとこの警備部隊の船が先入りして状況確認してくれるってのが、せめてもの救いさ。マジで助かるぜマサシ。」
何日か前に担当していた仕事を終えたビルハヤート達は、そのままシリュオ・デスタラに乗ってロスウィスヨ星系のラップンという星で短い休暇を取っていた。
最初にドンドバック船長とコンタクトした後、俺はシリュエを通じてビルハヤートに連絡を取り、休暇を切り上げてこっちに合流する様に頼んであった。
どうせなら単純に俺達に合流するのでは無く、目的地であるメフベ星系に先入りし、現地の情報をできる限り収集してジャンプ前の俺達に知らせてくれる様に頼んだ。
シリュオ・デスタラは戦艦や巡洋艦の様に艦隊戦が専門ではない強襲揚陸艦だとは言え、そうは言っても軍用艦の端くれだ。
吹き荒れる砲撃の嵐の中をかいくぐって目標に突入するだけの備えは持っている。改造貨物船とは根本的に異なる。
さらに機械達の魔改造により、同時にホールショットが可能な十門ものGRGを備えている。火力だけ取って見れば銀河種族達の下手な戦艦よりも攻撃力があるだろう。
そんなシリュオ・デスタラならば、単艦で海賊達が待ち伏せするメフベ星系に送り込んだとしてもどうにかなってしまうとは思えなかった。
「じゃあ、メフベ星系への進入について説明する。良く聞いとけよ。後からデータ通信で要求してきても送らねえからな。」
そう言ってドンドバック船長は、俺達の真ん中辺りの空間にホロモニタを立ち上げた。
「メフベ星系には、この位置から侵入する。主星から7.8光日の距離で、このポイントだ。座標基準点は主星と第十二惑星、第十惑星だ。座標データはこの船を出る前にロードしていけ。」
ホロモニタで俺達五人のちょうど真ん中辺りに浮いて表示されたメフベ星系の画像が回転する。
船団を示す青い三角が表示され、軌跡を残しながら星団の中に進んでいく。
軌跡は第十二惑星と第十惑星の側を通り、第九惑星であるホロレンボレンシャロッホに接近した。
船団が星系に進入した経路は、第九惑星に対して接近する最短経路では無く、わざわざ少し遠目の場所でジャンプアウトし、その後ちょうど近くにいる惑星伝いに第九惑星に接近するような軌跡を描いた。
「なるほどな。海賊達の裏をかいてジャンプアウトして、その後は襲われても守りやすい惑星伝いで行くってことか。」
「その通りだ、マサシ。百点満点だ。」
第九惑星に一番近い外縁部でのジャンプアウトは海賊達も当然予想しているだろう。
だからそこから約一光日近く離れた場所にジャンプアウトし、海賊にいきなり出くわしたり探知されたりするのを避けるつもりのようだ。
そして、惑星の近くを航行すれば、いざというときに惑星周辺宙域に逃げ込むことが出来る。
輸送船のすぐ近くに惑星があれば、惑星は遮蔽物代わりになる。輸送船を守るにしても、惑星がある方向からの遠距離射撃を気にする必要が無くなる。
たった五隻の船で大型貨物船二隻を護衛せねばならないとき、一方向については気を回さなくて良いというのは随分助かる。
ただ、気になる事もある。
「惑星かその衛星が海賊の隠れ家って事もあるが?」
俺は機嫌の良さそうなドンドバック船長の顔を見ながら言った。
「その通りだ。ま、そん時ゃ腹を括るか、尻尾巻いて逃げ出すしかねえな。」
それは、ほんのちょっとした思いつきで、ドンドバック船長に危険性を再確認する程度のつもりで言っただけの一言だった。
それがまさか、あんな酷い悪夢の様な目に遭う羽目になろうとは、神ならぬこの身に分かろう筈も無かった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ドンドバック船長、地球人で言えば60~70歳くらいの大ベテランとして描いています。
大工の頭領や植木職人の親方じゃないですが、長い船乗り人生の中で色々なものを見てきた経験豊富な老練な船乗りです。
マサシだけでなく他の二人もドンドバック船長には一目置いており、その判断には絶大な信頼を寄せています。
船の運用だけでなく海賊相手の白兵戦でも大ベテランが遺憾なくその技量を発揮し、続々と乗り込んでくる海賊のHASをちぎっては投げ千切っては投げの大活躍・・・とかやったら面白いかなと思ったのですが、余りにファンタジーなので止めます。
どこかで「ドンドバック船長航海記」とかいうタイトルで、ハードに生きる宇宙の漢な物語を書くのも・・・めんどくせえ。




