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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十章 ワイルドカーゴ
231/264

5. 武装貨物船「ゼブアラカナ」


■ 10.5.1

 

 

 二日後、俺達が第十二惑星デドノワラに到着した時、重水百二十万トンを運ぶ大型貨物船二隻は、20km程度の間隔を空けて行儀良く縦一列に軌道上に並んで、いまだ忙しく重水を固定する作業を行っていた。

 自転軸が公転軸に対して約九十度ずれているデドノワラの青と白の縦縞を背景にして、大型貨物船の貨物装着ポイントに巨大な重水の氷のブロックを固定していく作業は、輸送船の周囲を漂う透明な氷のブロックが太陽光とデドノワラからの青い惑星光を屈折し反射させてキラキラと輝き、一種幻想的な光景を作り出していた。

 

 重水は、約10 x 20 x 20m程度の大きさの氷のブロックに整形されている。

 大型貨物船は、船首部分と船尾部分の間を何箇所か節のある長い棒で繋いだ、鉄アレイを長く引き延ばした様な構造をしている。

 船首と船尾の間に長く伸びた棒状の船体からは、四方に棘の様なコンテナ装着ポイントが無数に突き出している。

 このコンテナ装着ポイントに重水のブロックを固定していき、最終的には四十個の氷ブロックが縦に四列並んで四方から貨物船骨格を囲む様にして固定された形となる。

 

 氷ブロックは、貨物船のコンテナ装着ポイントに機械的に固定されてもいるが、基本的に固定は重力アンカーを使っている。

 船の推進力は重力であるので、加速度は全ての部分に均等にかかるため、その程度の固定でも十二分に輸送に耐える。

 氷ブロックそのものは、超純重水を凍らせて切り出したものの表面にコーティングを施し、昇華による揮発や表面温度の上昇を抑えている。

 その様な重水氷ブロックを一隻当たり百六十個、二隻で三百二十個、約百二十万トン満載して、今回の重水輸送が行われる。

 

 海賊にとって、重水は喉から手が出るほど手に入れたい資源だ。

 堅気の商売をしていれば、燃料としての重水や重水素はあちこちの星系の燃料補給ポイントで購入する事が出来る。

 海賊は当然その様な正規の購入など出来ないので、非合法なルートで入手するしかない。

 相手が海賊だろうが何だろうが燃料を売ってくれる業者から、非常に割高な値段で購入するか、どこかの燃料プラントを襲うか、今回の様に何らかの理由があって燃料を輸送する船団を襲うか、などだ。

 

 そもそも普通は、何をするにしても必ず必要になる軽水や重水は、同じ星系の中などの比較的近距離で調達出来る様に、真っ先に手配するのが当たり前だ。

 特に軽水は、燃料としてだけでなく、人間が生きていく上でも大量に必要となるライフラインでもある。

 

「済まねえなマサシ。折角約束通りの時間に来てくれたってえのに、荷物の積み込みが遅れててあと十時間ほど掛かっちまう。」

 

 定刻通りにデドノワラ衛星軌道に到着した俺達に、ドンドバック船長からの通信が入った。

 ドンドバック船長乗船の武装貨物船「ゼブアラカナ」は、レジーナから500km程の位置に停泊しており、通常のレーザー通信で会話が可能となっている。

 

「構わないさ。それよりも慌てて作業して固定不良で輸送中に脱落させたり、ぶつけて破損させたりしない様にしてくれ。契約不履行でこっちの報酬にまで響かれては敵わん。」

 

「ああ、そこはよく言って聞かせてあるから大丈夫だ。そうだ、今の内に顔合わせといっとくか。オメエこっち来れるか?」

 

 しばらくの間ではあるが、共に働く者同士一度顔合わせをした方が良いとドンドバック船長は言っているのだった。

 別にそんな事をしなくとも、互いに自分のやる事を理解していれば仕事に支障が出るようなことはないのだが、一度顔を合わせる事で浅いながらも人間関係を作っておけば、効率に多少なりとも差が出てくるというのも確かに事実だった。

 海賊に襲われる可能性が高く、また一度襲撃を受ければ確実に命のやりとりとなるであろう今回の仕事で、多少であってもその効率の差を気にするのは、当然と言えば当然の事だった。

 

「ああ、構わない。あんたの船で良いか?」

 

「おう。他の二人も呼んでおくぜ。」

 

 レジーナはデドノワラの軌道上、純重水氷ブロックの積み込みを続ける大型貨物船の脇を滑る様に移動して、貨物船ゼブアラカナに近付いた。

 AEXSSを着込んだ俺は、ミリアンを連れてレジーナのエアロック外壁を蹴り、ゼブアラカナの外殻上に降り立った。

 濃い青に白いマーブル模様のデドノワラを背景に、僅か数百mの移動ではあったが、眼下に広がる濃青色のガス惑星と、おぼろに霞む大気圏を背景にして惑星光を受けて青白く光るレジーナが浮く姿は、まさに幻想的そのものといった光景で柄にも無くちょっとした感動を覚える。

 若いながらもさすがベルターと言うべきか、ミリアンは何も手伝わずとも渡した船外活動服を一人で着込み、何の気概もなく俺とともにレジーナの外殻を蹴り飛ばして衛星軌道上の虚空を数百m移動した。

 

 ドンドバック船長のゼブアラカナは、俺が乗っていた頃の船では無かった。

 当時は「エックレトロフフ」という船で、今俺達が乗り込んだ船よりも一回り小さな船だった筈だ。

 銀河種族達は俺達地球人ほど船に執着しない。

 整備も最低限しか行わないし、故障が発生しても放置してそのまま無理矢理運航する等という話はザラだ。

 あちこち故障が目立つ様になり船の運航に支障が出る様になった時には、彼らはオーバーホールよりも買い換えを選ぶ。

 

「女連れたあ、良いご身分じゃねえか、おい。」

 

 エアロックを抜けた俺達に、正面に立ったドンドバック船長から声がかかる。

 

「ウチの新しい若いのだよ。色々経験させるために連れ回してる。」

 

 ミリアンはまだヘルメットを取っていないが、スーツの体型から女である事は丸わかりだろう。

 ヘルメットを取ったミリアンが右手を差し出す。

 

「ミリアンと言います。ドンドバック船長。高名な経験豊富な船長に会えて光栄です。」

 

 銀河種族達はそれぞれ色々な挨拶の作法を持っている。

 右手を差し出されたドンドバック船長は、すぐにそれが意味する所に気付いてミリアンの右手を握り返した。

 

「ドンドバックだ。マサシとは奴が小僧の頃からの付き合いでな。おうマサシ、この嬢ちゃんはオメエと違って随分ちゃんと礼儀ってものを分かってるじゃねえか。」

 

「悪かったな、育ちが悪くて。」

 

「アロンとマグパッファもじきにやって来る。むさ苦しい所だが、まあこっちに来いよ。」

 

 ドンドバック船長は豪快に笑うと、俺達二人を先導して通路を歩き始めた。

 案内されたのは、船内の食堂と思しき場所だった。

 レジーナとは違い、機械知性体無しのシステムで全てを制御管理しなければならない銀河種族達の船は、動かすためにそれなりの人出を要する。

 そんな船員達が食事をするために、食堂兼娯楽室としてある程度の広さを持った部屋を用意する必要があった。

 案内されたのは、少し大きめのその様な用途の部屋だった。

 

「護衛は四隻だけなのか?」

 

 ドリンクサーバから取り出した三人分のカップを持って来た船長に尋ねた。

 カップの中身は何とコークだった。但し、普段飲み慣れた地球製のものとは少々味が異なっていたが。

 

「四隻だけだ。心細いか?」

 

 ドンドバック船長がニヤリと笑って言う。

 

「当たり前だ。海賊に襲われる事が半ば確定している船団で、しかも過去に二十隻もの海賊船団に襲われた事があると言うのに、護衛四隻は少なすぎる。最低でも倍は必要だろう。」

 

 海賊達は大概金と物資に困窮した生活を送っている。だが希に、どこかの軍の払下げ駆逐艦や軽巡洋艦を持っている奴がいる。

 まともに整備さえされていないとは言え、軍用艦はやはり軍用艦だ。貨物船を改造して武装した船とは、根本が異なる。

 そういう事態が想定される中で護衛がたったの四隻というのは、いかにも少なすぎた。

 

「その意見にゃ俺も全面的に賛成だがな、依頼主サマにも予算の都合ってもんがあってな。今回の輸送にはこれ以上の金を出せんとよ。」

 

「バカな。あり得ない。甘く見すぎだ。依頼主は本当に荷物を受け取る気があるのかと疑いたくなる。」

 

 運送業組合が苦し紛れに武装した貨物船四隻を護衛に付けただけの分の予算しか無かったという事は、当然貨物船などよりも遥かに高く付く傭兵団の戦闘用船舶を雇う事など論外の金額であったという事だ。

 まず確実に海賊に狙われる事が分かっていながら、護衛に予算を振らないなどあり得なかった。

 依頼主の頭を疑いたくなる様な話だ。

 

「お前がそういううのもまったく当然・・・後の二人が到着した様だ。少し待っててくれ。迎えに行ってくる。」

 

 話の途中でメッセージを受信したらしいドンドバック船長は、そう言うと席を立った。

 

「大丈夫なの?」

 

 船長がいなくなって、ミリアンがそう尋ねてきた。

 途中で口を挟んできたりはしなかったが、俺とドンドバック船長の会話を聞いていて不安になったのだろう。

 無理もない。俺も不安なのだ。

 

「大丈夫じゃ無い。戦力が足りない。貨物船は所詮貨物船だ。普通は駆逐艦と殴り合いなどしたら、一瞬で負ける。ところが海賊の中には、軍払下げの駆逐艦や軽巡洋艦を持っている奴らがたまにいる。」

 

「ヤバいじゃない。どうするの?」

 

「どうするもこうするも無い。予算が無いと言うんだ。やるしかない。」

 

 勿論嘘だ。

 今俺達がしている会話も船内ログとして記録されているだろうから口には出さないが、本当にヤバくなったら荷物と輸送船は放り出して逃げるしか無い。

 金は欲しいしドンドバック船長には義理もある。だがそれは、俺達の命と釣り合う様なものでは無い。

 

「やっぱり早まったかな。」

 

 ミリアンがぼそりとそう呟くのが聞こえたが、聞こえないふりをしてそれ以上何も言わなかった。

 それ以上はここでするべき会話では無いからだ。

 

 しばらく黙って待っていると、ドンドバック船長が二人の男を連れて戻ってきた。

 

「待たせたな。残りの二人、アロンとマグパッファだ。」

 

 船長が連れてきた二人の内、背が低くて目つきが悪い方がアロン、少々腹の出っ張りが目立つ体型になり始めている方がマグパッファと名乗った。

 

「バシースと一緒に仕事が出来るとは光栄です。よろしく。」

 

 意外にも社交的な挨拶をしてきたのは、目つきの悪いアロンの方だった。

 内容はともかく。

 マグパッファの方は黙ったままだった。

 

「こいつはマサシだ。バシースといった方が通りが良いか。今絶賛売り出し中の荒事専門の運び屋だ。」

 

 まさか荒事専門という評価はドンドバック船長があちこちで広めているんじゃ無いだろうな。

 

「ドンドバック船長。勘弁してくれ。俺は荒事専門の運び屋じゃない。」

 

 俺が抗議の声を上げると、ドンドバック船長はさらに言い放った。

 

「ん? おお済まねえ。最近立ち上がった生きの良い傭兵団の頭だ。」

 

「あんたわざとやってるだろう? マサシだ。ただの運び屋だ。バシースとか言う徒名は忘れてくれ。」

 

 二人とも、俺がドンドバック船長の下を離れてからしばらくして、入れ替わりの様にして船長の船の乗員になった様だった。

 この船では、アロンは砲術士を担当していて、マグパッファは操縦士だったそうだ。

 最近になって独立し、それぞれが自分の船を持ったらしい。

 俺も含めて、この二人と同じ様にドンドバック船長の下から独立していった者は多い。

 その中でも今回の仕事に呼ばれたという事は、まだヒヨッコのこの二人に仕事を回してやりたかったという事もあるのだろうが、船長がこの二人の腕をそれなりに買っているという事だった。

 

 ドンドバック船長は、情だけで仕事を回す様な男では無かった。

 使えない船員は容赦なく船から叩き出したし、自分達の得にならないと判断したものは冷徹に切り捨てる事も出来る厳しさも持っていた。

 当初、奴隷同然の扱いで雑役夫をしていた頃、働きが悪いと外が宇宙空間だろうが毒性の大気だろうがお構いなしに船から放り出されるのではないかと本気で心配したりしたものだ。

 実際、その雑役夫をやっている頃に一度海賊に乗り込まれた事があり、殆ど弾よけ代わりに最前列に並ばされた事がある。

 

 運良く俺に向かってきた海賊が、酒に酔ったままで白兵戦をやらかそうとするマヌケ野郎で、身体能力や反応速度に大きく隔たりがあったので俺は今こうして生きているが、ハンマー一本だけ持って生身でHASと殴り合いをするなど、二度とやりたいとは思わない。

 あの時船長は間違いなく、海賊が俺を殴り殺している間にその隙を狙って海賊のHASを撃ち抜こうとしていた。

 俺が海賊のHASに捕まる事なく立ち回り、それどころか持たされたハンマーでHASをタコ殴りにして優勢に立ったので、俺ごと撃ち抜くのを止めただけだ

 

 そんなドンドバック船長が、どう考えても不利で碌な事になりそうにないこの依頼を何故受けたのかが不思議だった。

 

「ん? ああ、イルヴレンレックにはちょっとした借りがあってな。要するに弱みを握られて無理矢理押し付けられた、ってのがホントの所だ。」

 

 そう言って船長は豪快に笑った。

 どうやらどこも似た様なしがらみに囚われて世の中を渡っていっている様だった。

 それにしても、その貧乏くじに俺まで付き合わせる必要は無いじゃないかと文句を言うと、

 

「少ない予算で望める限り最高の戦力を揃えるのは当然じゃないか。一度同じ釜のメシを食った腐れ縁だ。付き合えよ。逃がさねえぞ。」

 

 迷惑千万な話だった。

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 今明かされるマサシの過去! ・・・というほどではありませんが。

 ハンマー一つでHASに立ち向かうのは、ただのアホです。ハンマー一つで戦車に立ち向かうのとほぼ同義です。HASの正面装甲は、最大数十km/secの徹甲弾をも弾く事を考えると、それ以上かも知れません。

 きっと船長は、「テランならイケる!」と考えたに相違ありません。

 ・・・どんなバーサーカーやねん。


 

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