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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十章 ワイルドカーゴ
230/264

4. バシース


■ 10.4.1

 

 

「最近評判の『バシース』に頼みたい。少しばかりヤバイ仕事だ。」

 

 俺達の向かいに座ったエベンツェチは、その細やかな柔毛に囲まれた眼差しを真っ直ぐにこちらに向けて言った。

 イルヴレンレック商船互助組合で俺を担当する営業交渉人エベンツェチは、身体中に細かい柔らかな毛がびっしりと生えたロドゥカ人だ。とは言え、柔毛が生えている事以外俺達と大きな外見の差は無い。

 エベンツェチとは長い付き合いだ。

 だから今回奴が俺を指名したのは、本当に俺が適任だと思ったからだと理解出来る。

 だが。

 

「喧嘩売ってんのかてめえ。」

 

 思わずそう返してしまった。

 

「なんだそのバシースってのは。俺の名前はマサシだ。真面目にやらねえんなら帰るぞ。」

 

 荒事専門の運び屋などと言われているのも気に入らないというのに、さらにその上妙な徒名で呼ばれるなど御免被る話だ。

 

「知らないのか? 今やこの辺りじゃマサシという名前よりも、バシースという方が通りが良いんだが。名前が売れると徒名の一つや二つも付けられる。有名になった証拠だと思って喜んでおけよ。」

 

「勘弁しろよ。ただでさえ『荒事専門』とか言われて、そんな依頼ばかり回ってくる様になってるんだ。お前が持って来た今回の話だってどうせそうだろう? そうやって次々と既成事実を積み上げられるのは溜まったもんじゃない。」

 

 半ば諦めてはいるのだが、かと言って言われるがままに荒事専門になるつもりもない。普通の運び屋に戻れるなら、それに越したことは無いのだ。

 

「諦めろ。既にお前が荒事専門という認識は定着してる。ここだけの話だが、運送業界の共有データベースにも特記事項として『実力行使を伴う案件に長ずる』と記載してある。誰かがやらなきゃならないんだ。やれる奴がやるってもんだろう?」

 

 なんてこった。共有データベースとやらは、どうせあちこちの運送業者で共有しているものなのだろう。そんな所にそんな事を書かれたのでは、今後本当に荒事ばかりが舞い込んでくる事になる。

 仕事を斡旋する側の認識としては「誰かがやらなきゃならない」かも知れないが、実際にやらされるこっちにしてみれば「なんで俺が」というのが本音だ。

 

「俺は運び屋だ。傭兵じゃない。そんな仕事は傭兵団に持って行けよ。ドンパチやれば船だって傷付くし、最悪命を落とす事だってあるんだ。これ以上ヤバイ仕事を持ってくるな。」

 

 エベンツェチは俺の眼を見て、少しの溜めの後に再び口を開いた。

 

「Kiritani Security & Logisticsという会社を立ち上げて、元軍人ばかりの警備部隊を四十人も抱えておいて『傭兵じゃない』も何もあったもんだ。しかもその警備部隊は、旧式とは言え武装した専用の強襲揚陸艦を持っていて、全員が正規軍払下げ品のHASを装備している。下手な傭兵団より遥かに充実した内容だ。それで本業が運び屋で、運送業者組合にキッチリ登録してあると来れば、俺達がそういう依頼を真っ先にお前に割り振るのは当たり前だろう。諦めろ。」

 

 どうせ碌な事にはなるまいと、太陽系外で会社の名前を出した事はないのだが、ビルハヤート達の事はすでに知られてしまっているらしい。

 連中のトレーニングを兼ねて、ここ何回かソル太陽系内で警備や護衛の仕事を受けたのも拙かったかも知れない。

 

「さて。で、今回の依頼だが、お察しの通り非常に高い確率で海賊による襲撃が予想される。まず確実と言って良い。過去二回いずれも海賊からの襲撃を受けている。一度目は二十隻からなる海賊船団に襲撃されて、輸送船は全滅。護衛船も半数が大破。」

 

 エベンツェチはそこで一瞬言葉を切った。

 データベースのページを切り替えているのだろう。

 

「二回目は海賊船の数が八隻と少なかったので、どうにかブツは先方に届けられたが、輸送船の半数がやられた。護衛船にもそれなりの被害が出ている。」

 

 やるともやらないとも言っていないのだが、エベンツェチは勝手に仕事の話を始めてしまった。

 

「・・・諦めろ。腹を括れよ。この依頼を断ったって、どうせ次の依頼も似た様なもんだ。」

 

 押し黙る俺の顔を見て、エベンツェチは一旦話を切った。

 斡旋された依頼を拒否し続けると当然仕事を斡旋して貰えなくなり、最悪除名処分もあり得る。

 納得は出来ない。が、諦めて受け入れるしかない。

 要するに、不本意な内容だったとしても仕事を断れない零細企業の立場そのものだ。

 

「取り敢えず続きを聞かせろ。」

 

「それでこそ巷で評判のバシースだ。ちなみにこれ以上の情報は、受諾の意思が明確でないと明かせない。構わないな?」

 

 やはりこいつは俺に喧嘩を売ろうとしているに違いない。

 エベンツェチは自分の側にのみ表示されているホロモニタ画面から一旦視線を上げ、睨み付ける俺の顔を確認して言った。

 

 ちなみにマジッド語の「バシース」とは、英語で言う所の「Wildワイルド」と似た様な意味を持つ。

 本来は人の手に負えない森羅万象や自然の猛威を指し示す言葉だが、それが転じて「手に負えない暴れん坊」「無頼漢」「荒くれ者」と言った意味で使われる。その使われ方も「Wild」と同じだ。

 商船組合や運送業者組合に「手に負えない」と呼ばれてしまう様な態度を取った覚えはないが、どうやらそうではなく、トラブルに巻き込まれた場合の俺の対処方法が荒っぽかったらしい。

 つまり、パイニエで市街戦をやらかしたり、ジャキョの本拠地に乗り込んでいって貨物船を強引に掻っ払ったり、直援船団を叩き潰した上でサテライトを丸ごと奪い取って、住んでいた海賊どもを裸同然の状態で警察の前に放り出したりした事が響いている様だった。

 

 確かに少々荒っぽい対処ではあるが、地球人の感覚で言えば「胸のすく様な対応」程度である筈のものが、銀河標準では「あり得ない荒っぽさで対応した」事になる様だった。

 

「分かったよ。乗りかかった船だ。腹を括るさ。続きを聞かせろよ。」

 

 エベンツェチは光を受けて金色に細かく光る柔毛に覆われた顔の表情を崩し、「それでこそバシース」とでも言いたげな笑顔を浮かべて続けた。

 

「では詳細を話そう。出発集合地点はパダリナン星系第十二惑星デドノワラ軌道上。目的地はメフベ星系第九惑星ホロレンボレンシャロッホ。運送する貨物は重水百二十万トン。出発は五日以内、到着は十七日以内だ。報酬は四千万。船団は・・・」

 

「おい、ちょっと待て。なんだその荷物は。百二十万トン? レジーナにはそんな貨物容量はないぞ。依頼を間違えてないか?」

 

 エベンツェチは不思議そうな顔をしてこちらを見返してきた。

 

「誰もこの重水をお前の船で運んでくれとは言っていないだろう? お前の船が小型貨物船だというのは良く知っている。」

 

「何を言っている? 仕事の話じゃないのか?」

 

「仕事の話だ。当たり前だ。お前に頼みたいのは、この百二十万トンの重水を運ぶ船団の護衛だ。」

 

 なんてこった。「荒事専門の運び屋」からとうとう「傭兵団」にジョブチェンジだ。

 

「ふざけるな。断る。俺は運び屋だと言っただろう。」

 

 エベンツェチがニヤリと笑った。

 

「断れねえよ。さっき確認したよな? 『これ以上の情報は、受諾の意思が明確でないと明かせない』って。聞いたからには断れねえぞ。」

 

「てめえ、はめやがったな?」

 

 最初から護衛の仕事だと言うと俺が断るのを分かっていて、いかにも輸送業務であるかの様に話をぼかしたに決まっている。

 海賊に狙われる恐れのある仕事では、無用な情報漏洩の危険を冒さないために詳細な内容は受諾の意思を明確にしてから、が常識だ。

 この男はそれを上手く使って俺が仕事を断れない様にしたのだ。

 俺の隣でブラソンがクツクツと声を殺して笑っている。

 

「交渉術と言ってくれ。むずがる運び屋を宥め賺して仕事をさせるのが俺の仕事だ。」

 

 何が交渉術だ。詐欺の手管の間違いじゃないのか。

 

「いや実のところ、どうしてもお前に受けてもらいたい事情もあるんだ。

「輸送船団長が、お前の護衛じゃないとこの仕事を降りる、と言っていてね。ところがこれまでの輸送が二回とも海賊の被害に遭っているので、荷受け側で重水の欠乏が深刻で、矢の様な催促が飛んできてる。何が何でも、すぐにでも運んでもらわなきゃ困るんだ。今から別の船を探している暇なんて無い。お前が受けてくれなけりゃ矢面に立たされてる俺は矢襖だ。頼むよ。俺を助けると思って受けてくれ。」

 

 騙し討ちの次は泣き落としか。

 どのみちもう、この仕事を受けるしか無い所まで来ているのは分かっている。それがこの業界の流儀だ。

 

「クソッタレめ。この仕事が終わったら一杯奢れよ。で? 俺の船を駆逐艦か何かと勘違いしてクソ我が儘ぶっこいたその輸送船団長様は誰なんだ? 一発食らわしてやる。」

 

 俺をわざわざ指名するという事は、俺と何らかの面識があるのだろう。

 幾ら評判が立っているとは言え、貨物船に船団護衛を依頼する間抜けはいない。俺が何者で、レジーナがどんな船なのかを知っているとしか思えなかった。

 俺の質問に、エベンツェチは肩を竦めて言った。

 

「ドンドバック船長だ。知ってるだろ?」

 

「ドンドバック、だと?」

 

 まだ生きていたのか。

 知っているも何もない。

 俺が一番最初に乗った船、貨物船「エックレトロフフ」の船長だ。

 半ば衝動的に密航して強引に船員にしてもらったのは良いが、最初は奴隷一歩手前の扱いで雑用係としてこき使われ、海賊に乗り込まれた時の活躍でやっとまともな一般船員になった。

 その後、操縦士(パイロット)としての適性を見せた俺を取り立て、一人前の操縦士として育て上げてくれた。

 反発もあるが、恩義もある。

 死ぬ様な思いもさせられたが、ただのハナタレ小僧だった俺を一人前の船乗りにまで育て上げてくれたのも、確かにドンドバック船長だった。

 言わば、船乗りとしての俺の師匠か父親の様な存在だった。

 

「話がまとまったら、お前から直接連絡が欲しいと言っている。」

 

 そう言ってエベンツェチは紙切れを俺の方に向けて滑らせた。

 その紙には、ドンドバック船長のIDと思しき記号と、量子通信のアドレスとキーらしいコードが印刷してあった。

 

「大体納得いったか? なら、詳細の説明に入るぞ。」

 

 エベンツェチは今まで脇にどかしていた書類の入ったファイルを開いた。

 

 

■ 10.4.2

 

 

 イルヴレンレック商船互助組合を出た後、ブラソンとの約束通り俺達は近くの酒場に入った。

 ここエレ・ホバで俺達がいつも溜まり場にしている辺りとは異なり、イルヴレンレックの事務所の近くにはさほど多くの酒場がある訳でも無く、またその数少ない酒場も余りぱっとしないものが多い様だった。

 とは言え、今でこそあちこちで見かける事が出来る様になった地球式のバーのスタイルが導入される以前は、その様なぱっとしない酒場が標準だったのだ。余り贅沢ばかり言っても始まらないだろう。

 

 飲むために地上に降りる事はしなかった。

 そもそも地上に降りるのは手間であり、距離も遠く、そして地上の酒場では訳知り顔の娼婦が待ち構えている様な気がしたからだ。

 話が色々とややこしくなりそうなので、緩くカールのついた紫がかった金髪を腰まで垂らしたあの娼婦に今会いたくはなかった。

 

 思う様な良い酒場がなかった事と、ミリアンを連れている事もあり、少々不完全燃焼気味ではあったが、俺達は早めに飲みを切り上げてレジーナに戻る事にした。

 俺達が今回の件を受注したという情報はまだ海賊達に漏れていないのか、飲んでいる間に不審者が近付いてくるようなこともなかった。

 

 レジーナに戻り、自室に入った俺は早速ドンドバック船長を呼び出した。

 

「おう、マサシ。随分ご無沙汰じゃねえか。元気してたか? 連絡が来たって事は、あの話受けたんだな?」

 

 久しぶりに聞く声だった。

 この船長の下で怒鳴られ小突かれながら雑役夫をやっていた頃の記憶が抜けず、未だにこの声を聞くと少し身構えてしまう。

 

「船長。久しぶりだ。例の話は受けた。何だって俺を指名したんだ? 知ってると思うが、俺の船は小型貨物船だ。払下げの駆逐艦でもなければ、重武装した改造貨物船でもない。やれと言われたから話は受けたが、正直船団護衛なんてやった事はない。期待に沿えるかどうか、分からない。」

 

 実際ドンドバック船長であれば、傭兵団の一つや二つに何らかの伝手を持っているだろう。イルヴレンレックにしてもそうだ。

 わざわざ経験の浅い俺を指名した理由が分からなかった。

 

「マサシ、前にも言ったが、今じゃオメエも立派な船長だ。俺の事を船長と呼ぶのは止せ。

「オメエを指名した理由は、実績よりも信用を重視したからだ。どんなに実績のある傭兵団でも、仲間内から裏切り者が出て情報を横流しされたんじゃ堪ったもんじゃねえ。

「そこに持ってくと、オメエは半ば身内みたいなもんだ。そんな事はするめえ?

「ま、もっともオメエが実は俺の事を殺したいほど憎んでりゃ話は別だが。まあ幾ら俺でも、そこまで嫌われちゃあねえだろうと思ってる。」

 

「海賊に情報を売る様な下衆な真似はしないさ。俺の他に雇った護衛は?」

 

「二隻いる。アロンとマグパッファの奴の船だが、知ってるか?」

 

 聞いた事の無い名前だった。

 

「いや、知らないな。その二人も俺みたいに独立した口か?」

 

「そうだ。ん? オメエとは重なってなかったか。そうか、オメエ短かったもんな。」

 

 俺がドンドバック船長の下で働いていたのは、実質四年弱だ。パイロットの資格が取れてしばらくして彼の元を離れ、給料の良い新しい船に移った。

 俺の様にベテラン船長の下で経験を積み、何度か船を変えてさらに経験を積んだ所で独立して自分の船を持つ、というのはよくあるパターンだ。

 

「いずれにしても、オメエが受けてくれて良かった。噂で聞いた所じゃ、随分腕が立つってえ話じゃねえか、え? 巷で噂のバシース。」

 

 またその徒名が出てきて、俺は頭を抱えた。

 

「船長、その名前は勘弁してくれ。荒事専門とか言われて弱ってるんだ。」

 

「だから俺の事を船長と呼ぶなつってんだろ。ま、あんだけ派手にやりゃ噂にもなるわな。ついでに傭兵団も抱え込んだんだろが。当てにしてるぜ?」

 

「受けた話だ。最善は尽くす。」

 

「おうよ。」

 

 その後、ドンドバック船長と集合日時のみを確認し、そして通話を切った。

 細かい話は合流した後になる。通信でやりとりする訳には行かなかった。

 そして俺は、急遽シリュオ・デスタラも呼び寄せる事を決めた。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ロドゥカ人、見た目は地球人類と変わりませんが、身体中に柔らかく短い毛が生えてます。

 某貨物船のコパイロットみたいに毛足は長くありません。

 そしてケモ耳もありません。あしからず。


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