3. イルヴレンレック商船互助組合
■ 10.3.1
ダイニングルームで食後にコーヒーを飲みながら、ブラソンとタマ以外の全ての乗員の紹介を終えた。
ミリアンは、ミスラが挨拶の時以外には古ファラゾア語を使っていることに気付いた様だった。同時にその意味するところも。
彼女なりに色々と察したのだろう。ミスラについて何か訊いてくることは無かった。
同様に、軍の人間だと紹介したアデールについても何か質問してくることは無かった。
キュメルニア・ローレライの一件でレジーナが軍と関わっている事は世に知られている。
アリョンッラ星系の件ではレジーナの名前は公表されてはいないが、どうやらジャーナリストの間で情報は出回っている様だった。
そんな軍との距離の近いレジーナに乗っている将校然とした軍人が、どの様な身分なのかは少し考えれば分かることだ。
ミリアンもそれに気付き口をつぐんだのだろう。
そしてニュクス。
彼女がレジーナに居ることは、特に秘密にされているわけでもないが、かと言って大々的に宣伝したいわけでもない。
銀河種族達の星々を渡り歩く貨物船であるレジーナとしては、実はニュクスが乗っていることを余り知られたくはない。
地球産の機械知性体であれば苦い顔をして見て見ぬ振りをしてくれたとしても、これが遺恨渦巻く機械達の個体となれば、銀河種族達の反応は予想も付かないからだ。
尤も、機械達と同盟を結んだ地球に籍を置く船として、レジーナだけでなく全ての地球船籍の船は、この点に関して疑いの眼で見られているのは間違いない。
疑わしいからと言って民間船を問答無用で攻撃したり臨検したりすれば、色々面倒な地球人と地球軍がどの様な反応をするか分かったものでは無いので、渋々見逃されているという所もあるだろうと想像している。
実際、アリョンッラ星系ではそういう理由で地球軍は大艦隊を送り込み、星系を武力占拠した。
あの一件は、俺達地球船籍の船に乗る民間の船乗りにとってかなりありがたい示威行動だった。
ミリアンはレジーナのヤバさを十分に理解した様であり、乗員達の紹介が終わった後しばらくは頭を抱えていた。
折角繋ぎを付けてもらって乗ってはみたものの、乗った船そのものの詳細は殆ど明かせないという事実に気付いてしまったからだろう。
だからといってまったく仕事が出来ないわけではない。
乗員には触れず、場合によっては船名さえ隠して、レジーナの活動のみをレポートすれば良いわけだ。
そういう抜け道的なやり方で仕事をする方法はいくらでもあるだろう。
それが、ミリアンがレジーナに同乗する事に対して今のところアデールが何も言わない理由だと俺は思っている。
いずれにしてもそれは、ジャーナリストとしてミリアンが自分で考えて答えを出すべき事だった。
「一通りの状況を理解して、どう思った?」
コーヒーを飲みに立ち寄ったダイニングルームで、ソファに座ってコーヒーを飲んでいたミリアンにたまたま出くわし、悪戯心も少しあって訊いてみた。
レジーナはまだ太陽系の中を航行していた。太陽系の外に出るには、もう一日ほどかかる。
太陽系内でホールインするには事前申請が必要で、そんな面倒な事はしたくなかった。
「シャルルは『多少の制限』って言ったけど、多少どころじゃない制限ね。船と乗員に対する取材は諦めるわ。こんなヤバい船だとは思わなかった。でも、あなた達が普通に請け負う仕事は問題無いでしょ? 折角無理を言って乗せてもらったのに、ただ眺めてるだけはバカみたいだもの。」
どうやらミリアンは自分でその答えに行き着いた様だった。
「それは問題無い。ただ、もう分かってると思うが、アデールに関する事と、ホールドライヴデバイスに関わる事はダメだ。出来ればニュクス関連もな。変に特ダネをすっぱ抜こうとしなければ問題無いだろう。迷ったら相談しろ。お前の身の安全に関わる事だが、引いては俺達の安全にも関わる事だ。」
シャルルの言ったとおり、面倒な話だった。
ただ、ジャーナリストなり情報屋なりに恩を売っておくのも悪くはないだろう。
ミリアンが今の道を諦めなければ、だが。
「マサシ、イルヴレンレック商船互助組合からメッセージが入りました。転送します。」
そのまましばらくダイニングルームで、コーヒーを飲みながらミリアンを相手にとりとめのない話をしていると、レジーナから声を掛けられた。
着信したメッセージを開けると、指名依頼が発行された旨の短いメッセージが表示された。
イルヴレンレック商船互助組合というのは、ハバ・ダマナンの環状軌道ステーションであるエレ・ホバに本部を持つ組織だ。
数百隻の専従船舶と、多分数千隻に近い俺の様な契約船舶に対して、請け負った仕事を割り振ることで手数料を取っている組合だ。
この組合とは基本契約を結んでおり、こちらが仕事を欲しい時に連中の手持ちの依頼の中から適当なものを振り分けてくれたり、逆に俺が最適任者だと判断された場合に指名依頼の様な形で仕事を振って来たりする。
今回は後者の様だ。
似た様な組合はハバ・ダマナンだけでなく、銀河中のあちこちに多数存在する。
ほぼハバ・ダマナンを拠点として活動している俺達は、ハバ・ダマナンに存在する数十の組合の殆どと契約を結んでおり、仕事の斡旋を受けている。
ちなみにレジーナは、いずれの組合にも小型高速貨物旅客船として登録されており、特記事項として易破損物取扱可能と、高品質宿泊|サービス《Accommodation》が併せて記載されている。
いずれの組合も、俺が最適の担当者だと結論した場合に指名依頼を振ってくるのだが、ここで問題となるのは、ハバ・ダマナンを中心として浸透している、この手の組合の俺に対する評価だ。
連中の俺に対する評価は、「荒事に強い運び屋」もしくは「荒事専門の運び屋」という甚だ不本意なものであり、それはつまり連中が俺を指名する場合、武力行使が発生する可能性が非常に高いと判断された依頼だという事だ。
俺としては、高速且つ丁寧な貨物取扱、高品質の宿泊を売りにしているつもりなのだが、いつの間にか勝手に備考欄に書き加えられてしまった様だ。
そんな面倒な依頼は俺達ではなくどこかの傭兵団にでも投げてくれれば良いのだが、Kiritani Security & Logistics Co.(KSLC)という会社を立ち上げてしまい、ほぼ傭兵団に近い元軍人の警備部四十二名と、彼らを輸送する武装船を抱える今となってはもう何を言っても無駄と半ば諦めている。
ハバ・ダマナンのイルヴレンレック商船互助組合から指名依頼が来たという事は、要するにそういう事だ。
一般の組合が斡旋して寄越す実力行使有りの依頼は、ミリアンにとって最高の取材対象になるだろう。
短期で内容の濃い取材をして貰って、さっさと下船してもらうのも身軽になれて良い。
「どうしたの?」
メッセージを受信して突然黙り込んだ俺を不審に思ったミリアンが僅かに目を眇めてこちらを見ている。
「仕事だ。俺達をご指名だ。良かったな。メシのネタが出来たぞ。」
ミリアンの表情が心持ち明るくなった。
「私が取材して良い一般の依頼ね? 指名依頼って、凄いわね。」
「そうでもない。指名依頼は割と良く発生する。船ごとに得手不得手があるし、運び屋側の選り好みに任せていては、いつまでも放置される依頼も出てくる。」
もっともその手の放置される依頼というのは条件に何らかの問題がある事が多くて、指名依頼しても断られてしまう事が多いのだが。
「成る程ね。でも良かったわ。すぐに取材出来る依頼が入って。あなた達がヤバイ仕事ばかりやってたら、二ヶ月間何も出来なくなるんじゃないかと心配してた。」
俺達を一体何だと思ってるんだ。
■ 10.3.2
四日後、レジーナは俺達がほぼ本拠地として活動しているパダリナン星系第四惑星ハバ・ダマナンの、環状軌道ステーションであるエレ・ホバに接岸していた。
パダリナン星系内に入って通常のデータ通信が出来る様になってからも、殆ど詳細な依頼内容が判明しなかった。
何度イルヴレンレック商船互助組合に問い合わせても、依頼内容に通信制限が掛かっているため組合事務所にて打合せ時に詳細を説明する、という木で鼻を括った様な答えが返ってくるばかりだった。
勿論普通ならそんな事は無い。データ通信が可能になった時点で依頼の詳細が送られてきて、イルヴレンレックの事務所になど寄る必要は無い。
情報を受け取った時点で依頼主指定の場所を訪れ、荷物を受け取ってすぐに仕事に取りかかれるのが普通だ。
ここでピンときた。
今度の依頼は、たぶん海賊絡みだ。
海賊達に情報が漏洩しない様、通信などの手段では情報を渡せない、とイルヴレンレックは言っているのだ。
ここから想像できることは、過去同様の依頼内容で複数回海賊の襲撃を受けたのであろう事、今回もまず確実に海賊の襲撃を受ける事、運ぶブツは海賊が喉から手が出るほどに欲しがるものだが、海賊に襲われる危険を冒してでも先方に届けなければならないブツである事、くらいだろうか。
何度海賊に襲われ、何度輸送に成功したのかは知らないが、とうとう「荒事専門の運び屋」の出番となり、海賊達の猛追を突破して、あわよくば撃破してなんとかブツを先方に届けよう、という主旨だと想像した。
他に真似の出来ない特技があり、その特技を生かして仕事を取るのは悪いことじゃない。例えそれが「荒事専門」という徒名によるものだとしても。
そう思って納得することにした。
エレ・ホバに来たので、依頼を受けたついでに帰りがけにどこかで一杯引っかけようと、俺はブラソンを誘ってレジーナを出た。
耳敏くそれを聞きつけたミリアンが同行を願い出る。
ミリアンが海賊と繋がっていて情報を漏洩するようなこともあるまいと、同行を許可した。
折角取材するのだから依頼を受けるところから見ておきたいだろうし、他国のステーションやその街並みとその雰囲気を肌で感じたり、そしてそもそも運び屋がどのようにして運送業者組合から仕事を受けるのか、太陽系の外でのそのやり方も興味深いだろうと配慮した為だ。
心配性のルナも俺達に同行したそうにしていたが、余りぞろぞろ人数を連れて歩くのも気が進まなかったので、ルナにはレジーナにて待機するように言った。
ブツを受け取ってさえ居ない出発前から襲いかかってくる間抜けな海賊もいないだろう。
エレ・ホバは、ハバ・ダマナンを囲む環状の軌道ステーション構造に対して、同心円状のフロアを持つ構造を取っている。
巨大なバウムクーヘンのようなフロア構造だ、と言えば解り易いだろうか。
つい最近までうろちょろしていた、アリョンッラ星系のフドブシュステーションも同様の構造を持っていた。
それに対して同じ星系のヌクニョワステーションは、ステーション構造中央部を走る主通路の周辺に網目状に枝通路が走る立体的な複雑な構造だった。
エレ・ホバのような層状構造を取るステーションは多い。
構造体としての強度は低下するが、その分構造が単純であるのと、建造用資材が少なくて済むメリットがあるためだ。
レジーナが接岸しているピア近くで拾った地上走行型のビークルは、爽快な速度で道路を飛ばした。
三十分程の移動でビークルは基幹道路から降り、更に十分ほどローカルな道路を走ってイルヴレンレック商船互助組合のビルに到着した。
今居るフロアから天井側のフロアまで突き抜ける構造を持つビルの、こちら側数十階部分がイルヴレンレックが占有しているフロアだったはずだ。
俺はブラソンとミリアンを従え、実用本位で殆ど飾り気の無い入り口を通り抜けた。
「第67248構造体ビルへようこそ。目的地を伺います。」
入り口を抜けた瞬間メニュープログラムの声が頭の中に響き、自動でAARメニューが視野の中に立ち上がった。
訪問先リストの中からイルヴレンレック商船互助組合を選び、先に受け取っていた面談コードを入力する。同時に、ブラソンとミリアンが同行者である旨入力してシステムに認識させる。
「第八リフトにお進み下さい。」
ご丁寧にその第八リフトまでの経路が白い帯のAAR表示で床の上に表示された。
俺達はAAR表示に従ってフロアの中を進み、乗ったリフトに自動的に上階で吐き出された後も引き続きAAR表示に沿って歩く。
AAR表示はそのまま俺達をとある小部屋の中に案内した。
「暫くお待ちください。ただいま担当者が参ります。」
室内に置いてある素っ気ない形の椅子に座り、十分近く待たされただろうか。担当者が来た旨知らせるアナウンスと共に部屋のドアが開いて、ノースリーブのTシャツに似た服を着た毛むくじゃらな男が一人入室してきた。
「久しぶりだなマサシ。悪かったな、わざわざ呼びつけて。ちょいと面倒な事情があってね。」
解っている。その「面倒な事情」までひっくるめて一切合切俺達に片付けさせようとしている事も。
「エベンツェチ。余り無茶な依頼だと断るぞ。」
「分かってるよ。説明するから、まあ聞いてくれよ。」
そう言って短い柔毛がびっしりと生えた右手でハイタッチの様な挨拶を終え、男は俺達の向かいの椅子に腰掛けた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
そう言えば、ハバ・ダマナンやエレ・ホバの名前は何度も出てくるのに、街中を移動する描写なんかは結構少なかったなあ、と思い、書いてみました。
もう少し書き込もうかな。追記修正するかも知れません。




