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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第十章 ワイルドカーゴ
227/264

1. 夢を追って


■ 10.1.1

 

 

 その依頼が最初に舞い込んできたのは、レジーナが地球大気圏から飛び出し、深宇宙方向に針路を転針している最中だった。

 太陽系内が発信元のそのメッセージは、つい先ほど発信されたばかりのものであり、殆どタイムラグ無くレジーナが受け取ったようだった。

 発信者はシャルル造船所社長シャルル・ルヴェリエ、緊急度は中、内容は毎度の如く「仕事あり。連絡請う」だった。

 

「レジーナ、シャルルのところに繋いでくれ。仕事の話のようだ。」

 

 惑星地表からの発進という余り行わない行動であったことと、久々に立ち寄った地球の姿を見ていたかったという二つの理由で、その時俺はコクピットの船長席に座っていた。

 同じ太陽系内とは言え、今俺達がいる地球軌道と、シャルルの造船所があるアステロイドベルトでは、最低でも3億km(16.7光分)ほど離れている。量子通信で無ければまともな会話など出来ない。

 

「シャルル造船所、繋がりました。」

 

「前方に投映してくれ。」

 

 コクピット前方の、本来であれば光学情報や船外情報、航行情報などが投映されるスクリーンに、社長室の机に座っているシャルルの映像が投映された。

 まるでそこにシャルルが机を置いて仕事をしているかのように、3Dのその映像はスクリーンの向こうに向けて奥行きを持っている。

 レジーナにはブラソンが作った操縦管制システムがある為、コクピットのスクリーンは普段使われることがない。

 ブラソンのシステムの方が船内どこからでも状況を確認することが出来るので便利なのだ。それに慣れてしまったため、もう手放せなくなっている。

 

「おう、マサシ。帰ってきてるなら一声掛けろよ。水くせえな。ガニメデコントロールのデータ検索をしてなかったら、気付かないところだった。」

 

 机の上に展開されているのであろう別画面から目を離してこちらを向いたシャルルが言った。

 

「悪いな。今回はちょっと地球に用事があっただけで、すぐに戻る予定だったからな。」

 

 今現在受けている仕事が無い。

 仕事の数が限られている地球圏よりも、ハバ・ダマナン辺りで輸送業者組合を当たって回る方が効率よく仕事を見つけることが出来る。

 今、金に困っていないとは言え、油断すればすぐに借金まみれの生活に後戻りだ。効率よく割の良い仕事を受け続ける必要がある。

 

「『戻る』か。なんか遠くなっちまったなあお前。」

 

「ふむ・・・まぁ、本望だな。」

 

 自然と口をついて出た言葉をシャルルに指摘されて、自分でも少し驚いた。

 確かに、地球を「故郷」と認識はしているものの、自分の「本拠地」は太陽系外に広がる銀河系であると考えていることが、改めて自分の意識を見直してみて判った。

 

「そんな事より、仕事だって? また面倒なのはお断りだぞ。」

 

 情報部の将校を乗せて、戻ってきた船の無いガス星団に突入してみたり、慣性制御さえ効いていない船に乗って臓器障害を起こしながらレースをしてみたり。

 シャルルが持ってくる仕事には碌なものが無い。

 そういう事をしない男だと知っているので、恩のあるシャルルの頼みを聞いているが、傍目にはまるで恩に着せてシャルルが毎回無理難題を吹っ掛けているかの様に見えなくもないだろう。

 

「ああ、なんだ・・・嘘を吐いても始まらんから正直に言うと、面倒事だ。」

 

 俺は自分でも判るほどうんざりした表情をして、天井を見上げた。

 気を取り直して前方を向き、言った。

 

「断る。」

 

「そう言うな。まあちょっと茶でも飲みに寄っていけ。そこからなら半日もありゃ来れるだろう。たまに戻ってきた時くらい顔を見せていけよ。」

 

 そしてシャルルのところに寄ると、次の仕事の依頼人が手ぐすね引いて俺を待ち受けており、シャルルは仲介人としての役割を放り出して全部こちらに投げて寄越し、面倒な依頼人との交渉を俺が全て自分でやらなくてはならなくなるわけだ。

 という未来が見えているのだが、かと言って面倒事をシャルルに押し付けたまま逃げる訳にも行かず、確かに顔も見せずに出て行くのも不義理な話ではある。

 ホロ画像のシャルルは、苦虫を中途半端に噛み潰したような、面倒事に板挟みになってうんざりしたような複雑な表情をしつつ、何かに頼るような視線でこちらを見ている。

 そして、結局俺が折れることになる。

 

「寄るよ。晩飯の頃には着く。美味いものを食わせろよ。」

 

 ヴェーザー川の畔の小麦畑に囲まれた小さな宙港を飛び立ったのが昼前だ。

 アステロイドベルトのシャルルの造船所なら、ちょうど夕食が始まる時間あたりで到着出来るだろう。

 

 

■ 10.1.2

 

 

 その女は自分のことをジャーナリストだと言った。

 実際は、個人で立ち上げた自称ニュースサイトで、本人の取材に基づいた色々な情報をネット上に流通させるビデオニュースキャスター、もしくは情報屋になり損なったアマチュアと云った様な仕事で、小遣いに毛が生えた程度の金を稼いでいる様だった。

 

 ジャーナリストだろうが、マスコミの社員だろうが、俺にとっては似たようなもので、いずれも付き合いたいと思えるような職業の人間ではなかった。

 俺の個人的な印象だが、どちらも自分達の主観に基づいて偏重した情報をまことしやかにネット上に垂れ流して人心を煽り金を稼いでいる奴ら、というイメージが強い。

 勿論そうじゃない奴らもいるだろう。

 だが今俺の前で、ローストした兎肉を四苦八苦しながら切り分けている女は、多分どちらかというと俺が本来持っていた偏った印象のジャーナリストの方に分類される人種である様な気がした。

 

 女はミリアン・フォウ(Myriam Faure)と名乗った。

 シャルルの口ぶりから、どうやら彼の遠い親戚に当たるようだ。

 ラテン系らしく柔らかで少し華奢な体つきに、赤みがかったブロンドをふんわりと背中まで垂らし、少しそばかすの浮いた顔は濃い茶色のいかにも活力的なはっきりとした目元と、次々に表情を変える口元が印象的な女だった。

 

 この眼の前で兎肉と格闘する次の依頼人からの依頼内容は簡単だった。

 しばらく船に乗せろ、と。

 勿論他にも色々と言っていた。

 取材をさせろとか、秘密にしておきたいところには触れないとか、太陽系の外に出て活躍している船乗りの取材をしたいのだとか、そんなところだ。

 いずれにしてもただでさえ色々としがらみの多いレジーナの乗員構成をさらに複雑化させる事は間違いが無く、そして勿論そんなことはまっぴら御免だった。

 

 レジーナは貨物船と云っているが、実際は旅客を運ぶ事もあり、その為の客室も備えている。

 定期航路ではたどり着けない、または乗り継ぎを重ねなければならず、到着に酷く時間がかかる目的地への移動、もしくは移動に早さや快適さを求める場合。ただ単に、何らかの理由で定期航路の大型船を使いたくない場合など。

 そう云った旅客を中心として少数の旅客の輸送を引き受けているが、勿論その分定期航路よりもかなり割高の料金を取っている。

 具体的には、定期航路の運賃を相当分割り増しした値段に、さらに高級ホテルの宿泊費並の金額を上乗せする。

 それだけの早さと快適さを提供している自負はある。

 

 こちらが頼んで乗ってもらうわけではない。この自称ジャーナリストがレジーナに乗りたがっている期間分の料金を請求すれば、相当な金額になるはずだ。そうすれば諦めるだろうか。

 

「ミリアン。」

 

 フォークとナイフを置き、口の中に残る肉の味をワインで洗い流してから、相変わらず不器用に肉を切り分けている彼女に声を掛けた。

 

「なに?」

 

「レジーナは貨物船として登録されているが、旅客輸送の機能も持っている。所定の運賃を払えば、当然その分船内に滞在出来る。何日滞在したいんだ?」

 

「そうね。取り敢えず二ヶ月くらい?」

 

「六十日か。ざっくり千二百万だ。勿論クレジットで。オプションによって上下する。」

 

「!!??」

 

 ミリアンが口の中のものを吹き出しそうになり、慌ててワインでそれを流し込む。

 俺はワインの銘柄に詳しいわけでは無いが、ボルドー産の赤だ。シャルルはこの夕食に奮発したようだ。

 

「なにそれ!? 豪華客船並の金額じゃないの。あり得ない。吹っ掛けすぎでしょ。」

 

「レジーナの旅客運賃として適正な価格を算出しているが? 滞在すれば客室を使うし、食事もすれば水も飲む。他のリソースも使用するだろう。そもそも定期航路客船の様な足の遅い船と一緒にして貰っては困る。」

 

 確かに今俺が口にした金額は、レジーナをチャーターして任意の目的地に最速で向かう場合の運賃で計算している。少々吹っ掛け気味ではある。

 だが目的は彼女を諦めさせることだ。こんなもんだろう。

 ゆっくりとフォークとナイフを置き、シャルルがそこで口を挟んだ。

 

「マサシ。お前の方にも色々都合があるのは分かる。だが、乗せてやってくれないか? ミリアンの親父には若い頃色々と世話になったんだ。そんな相手からのたっての願いで、娘をよろしく頼むと言われたんだ。俺としても世話になった男に頭を下げられたんじゃ、なかなか引っ込みがつかねえ。」

 

 まるでしがらみのドミノ倒しの様だ。

 シャルルが口にしたのとまったく同じ理由で、俺もシャルルに頭を下げられれば弱い。

 俺は軽く溜息をつくと、シャルルとミリアンを交互に眺めながら言った。

 

「分かった。正規運賃の請求は無しだ。だがお前もジャーナリストを自称するなら、こんな話がタダって訳には行かないのは分かってるだろう?」

 

「二百万でどう?」

 

 視野の端のシャルルが縋る様な眼でこちらを見ている様な気がする。

 燃料代の足し程度にはなるか。

 

「・・・分かった。それで良い。その代わり、レジーナの行き先に口を出すのは一切禁止だ。乗員の生い立ちを必要以上に詮索するのも無しだ。後は、一般乗客に対する船内規定は遵守してもらう。」

 

「分かったわ。船内でビデオを撮るのは構わないでしょ?」

 

「対象による。軍艦の様に映しちゃ拙い場所もある。ビデオに映ると拙い人間も居る。ちなみにこの警告を無視して対象の映ったビデオをネットに流したりしたら、お前の身の安全は保証出来ない。色んなところから狙われることになる。脅しじゃない。本当にヤバいんだ。船内で説明する。」

 

 地球軍情報部に出向中で、公式にはレジーナに乗っていない事になっているST部隊員とか、そいつが持ち込んだ諸々とか、公式にはこの宇宙に存在しない筈の植民星からやってきたファラゾアの幼生体とか。

 

「貴方の船、貨物船よね? 何でそういう事になるわけ?」

 

 ミリアンは食事の手を止め、僅かに目を眇めて言った。

 なんでだろうな。俺が教えて欲しいくらいだ。

 

「ミリアン。こいつは太陽系外で活動している地球人の運び屋の中でも色々とトップクラスの奴だ。だからお前もこいつに目を付けたんだろう? そういう奴は、色んなところから眼を付けられたり、妙なところから接触があったりするもんだ。トップクラスの仕事ぶりが見れるんだ。多少の制限は我慢しなけりゃいかん。」

 

「分かったわよ。なんか、貴方の船がとんでもない魔窟に思えてきた。」

 

 それは、あながち間違っていないかも知れない。

 悪霊とあだ名されたゴスロリ幼女に、人の言葉を喋る猫が三匹、何故か黒メイド服にこだわる暗殺技術に長けた少女に、戦闘狂の女、星系を丸ごと陥落させるハッキングチーム。

 まともなのは、俺とミスラしか居ないじゃないか。

 気付くと、ミリアンが訝しげな眼で真っ直ぐこちらを見ていた。

 

「今なんで黙ったのよ?」

 

「些細なことだ。気にするな。」

 

「早まったかしら。」

 

 今から考え直してくれてもこちらとしては一向に構わないが。

 

「やりたいことは決まっているのか? 何を思って貨物船を取材したいなどと。」

 

「もちろん、他の個人キャスター達を押さえてのし上がりたいからよ。」

 

「そんな事は解っている。何故貨物船なのか、なぜ俺の船なのか、と訊いている。」

 

「まだまだ殆どの地球人が太陽系の外に出た経験が無い今の世の中で、日常的に太陽系の外で働いている船とその乗員を見てみたかったのよ。定期航路の旅客船なんて、旅番組で特集され尽くしてるわ。かといって軍にコネがある訳でも無いから、軍艦に同行取材を申し入れても断られるだけ。そうなると後は貨物船位しか残ってない。」

 

 そして辺りを見回すと、伝手を使って潜り込めそうな手頃なところに、最近色々と悪目立ちしている俺とレジーナが居た、とそんなところだろう。

 ふむ。

 

「馬鹿にしないの?」

 

「馬鹿に? なぜ? お前は何かおかしな事を言ったか?」

 

「あちこちから言われた。もう少し地に足が付いたネタを追いかけろ、と。夢見るような事を言わず、地道にキャリアを積み上げろと。相談した誰もがそう言って鼻で笑った。シャルルだけが真面目に話を聞いてくれた。そして本当に繋ぎを取ってくれた。」

 

 ミリアンは目元を険しくしながら、気に入らない過去を振り返った。

 それはシャルルが、彼女に似たような夢を見てオールトの雲の向こう側に旅立っていった若者を沢山見てきたからだ。

 中には二度と還らない者も居たが、運を掴んで還ってくる奴もいた。

 勿論そう言う伝手を実際にシャルルが持っていたから出来たことだが。

 

「一攫千金は万人の夢だろう。そして夢を見るのは若者の特権だろう。悪いことじゃない。少なくとも俺は嫌いじゃ無い。」

 

「ありがとう。」

 

 一瞬驚いたような表情をした後に、ミリアンは顔全体を使って嬉しげに微笑んだ。

 たまにはこういう純粋な笑顔を向けられるのも悪くない。

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 さて新章です。

 季節も春になりましたし、ハデに行ってみよー。

 へっきし。

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