23. 第七基幹艦隊第13打撃戦隊戦艦ジョリー・ロジャー
■ 8.23.1
地球軍第七基幹艦隊がアリョンッラ星系を占領し、そこにさらに第四基幹艦隊が加わって星系中が険悪な雰囲気にささくれ立ってから数時間、第七艦隊からレジーナに回航指示が出て、同時に俺に出頭命令が届いた。
出頭先は、第七基幹艦隊第13打撃戦隊「ジョリー・ロジャー」。
この頃になると、今自分達がどういった連中に囲まれているのか徐々に理解出来る様になってきていた。
戦艦ジョリー・ロジャー。駆逐艦ジャーヴィスとライラ。
いずれもセレアリアシティでシャルルと飲んでいた時に、シャルルの口から聞いた艦だ。
気をつけろ、と。
まだ名前を耳にしてはいないが、雪風と神風という名前の駆逐艦もこの星系のどこかにいるのだろう。
シャルルは、これらの艦はST(Shock Troops)部隊の艦だと云った。
普段その名前を耳にする時は大体、接触戦争時に活躍した出鱈目な強さを誇る撃墜王などヒーロー達のファンタジーな物語だが、シャルルの口ぶりでは、現在のST部隊は色々ヤバい地球軍の中でもとびっきりに尖ってヤバい特殊部隊という話だった。
しかし出頭せよ、は良いのだが、未だ全星系停船命令は有効なままだ。そしてレジーナは、地球軍からの臨検をまだ受けていない。
「俺達は動いても良いのか?」
あとから文句を言われるのも面倒なので、先にはっきりさせておこうと、駆逐艦ジャーヴィスのジェームスに連絡を取った。
「何言ってんだ。当たり前だろう。動かなけりゃ出頭出来ねえだろが。」
「臨検を受けて非戦闘艦であることが明らかになるまで動くな、という話だったぞ。一切の例外は認めない、とお前さんとこの司令が言ってたじゃないか。」
一切の例外を認めない、とはつまりそういう事だ。どういう経緯があったにしろ、この星系内に居る以上レジーナもそこに含まれる筈だ。だから心配しているのだ。
「おめえ、案外面倒臭い奴だな。分かった俺がやってやる。貴船の船名と船籍、船長名を答えろ。」
「地球船籍、DSR58933ERE、Regina Mensis II、船長はマサシ・キリタニ、俺だ。」
「照合した。貴船の武装は600mm対デブリレーザー三門で合ってるか?」
それはレジーナ建造当初の武装だ。今は随分色々と酷いことになっている。
主に約一名の武器オタクのお陰で。
「いや。対デブリレーザーは現在1800mmが三門だ。」
シールド類が無ければ、巡洋艦の外殻をも軽く貫通する口径と出力のレーザーだ。「対デブリ」などと自分で言っていてなんとなく気まずくなる。
「・・・馬鹿が。『はい』って言っときゃ面倒じゃねえものを。まあ、たまにゃでかいデブリも飛んでくんだろ。自衛用の武装と認める。貴船の武装はそれだけか?」
そこで適当に言っていて、後で虚偽申告だ何だと難癖を付けられて足止めされたり、レジーナを差し押さえられたりするのは御免だ。
こいつらはそういう事を平気でやる。
「いや。二十連準光速ミサイルランチャー一基と、2000mm重力レールガン二門も装備している。」
「・・・お前、その船ホントに貨物船か? ま、宇宙は無限のフロンティアだ。たまにゃ準光ミサイルが要る様なでかくて速い凶悪なデブリも飛んでくんだろ。確認完了。貨物船Regina Mensis II、最低限の自衛手段を備えた非武装民間船と認める。現時点で停船命令対象から外れる。承認完了・・・っと。
「おし、動いていいぞ。」
おいちょっとまて。
口径2000mmの重力レールガンは自衛用に含まれるのか。
「良いのかそんないい加減な事で。臨検は?」
「はぁ? 誰がやんだそんな面倒なこと。して欲しいのか?」
臨検なんぞして欲しい訳がないだろう。
どうやらこいつはこういう奴らしい。
ST部隊の兵士がおかしいのか、精鋭と思っていた地球軍主力打撃艦隊も案外末端はこういうものなのか。
「いや、いい。何でもない。動いて良いなら加速始めるが、良いか?」
「ああ、構わないぜ。お頭のところまでエスコートする。」
・・・「お頭」?
ST部隊は部隊長の事をお頭と呼ぶのか?
「ああ、行けば分かる。」
突然俺が黙った理由を察したのか、ジェームスが笑いながら言った。
■ 8.23.2
遙かな昔、地球が球体である事がまだ証明されていなかった時代。
船乗り達は動力さえ持たない木造の洋上船舶を駆り、そして洋上航海がまだ命がけだった時代。
お宝を満載した交易船を襲い、その積み荷を奪い取る事を生業とした海の盗賊達。海賊。
お伽噺の中に出てくるその様な海賊達は、その生業の象徴たる黒地に髑髏を染め抜いた旗印を彼らの船に大きく掲げ、風にたなびくその旗を見た者を震え上がらせたという。
その海の無法者どもの旗印を艦名に持つ艦は、異様な姿を惑星ヌクニョワ軌道上に泊めて俺達を待っていた。
地球軍の船はほぼ全て例外なく、明るめの銀灰色に塗装された外殻を持つ。
これはわざわざ塗装している訳では無く、地球軍が用いるレーザー拡散反射多結晶膜、いわゆる対レーザー装甲がその様な色をしている為だ。
それに対して、今俺達の前にその巨体をさらす異様な戦艦は、艦体の全てを余すところ無く艶の消された漆黒に塗装されていた。
主星からの太陽光を受けて明るい茶色に光る惑星ヌクニョワを背景に、その姿はまるで獰猛な巨大生物が束の間戦いを忘れて休息している姿にも見えた。
その異様な姿に拍車を掛けているのは、両舷中央と艦首上面に白く描かれた、交差する二本のカットラスの間で不気味に嗤う髑髏の紋章だ。
実際はその紋章の色は地球軍制式対レーザー装甲の銀灰色で塗られている様なのだが、他の部分が全て艶の無い漆黒の塗装を施されている為、その髑髏はまるで艦体表面から白く浮き出しているかの様に見える。
艦名をそのまま姿にしたという主旨なのだろうが、趣味が悪いにも程がある。
他の銀河種族がどうなのかは知らないが、少なくとも俺達地球人がその紋章から受ける印象は、海賊もしくは猛毒を示すシンボルだ。
その様なシンボルをわざわざ好んで自艦に描く連中の神経が知れないし、またそれを許す地球軍艦隊も一体どうなっているのかと思う。
勿論俺も自分が適当で少々常識外れな性格である事は自覚しており、「ルールには必ず従わなければならない」などという頭のネジが何本か締まり過ぎて動作不良を起こしている異常者の様な事を言うつもりはさらさらないが、それにしてもこの塗装を採用したこの艦の長と、そしてその存在を許している地球軍の軍規に少々疑いを持たざるを得ないというところが素直な感想だ。
シャルルが「ヤバい奴ら」と言った理由が、少々違う方向性から理解出来始めている様な気がしてきた。
そしてその異様な艦容をさらして停泊しているのは今俺達の眼の前に浮かぶ戦艦一隻だけでは無く、その周囲を固める四隻の駆逐艦にしても、髑髏のマークこそ付いてはいないものの、艦の外殻の凹凸さえ判別しにくくなる様な漆黒の塗装を施されているのは同じだった。
戦艦ジョリー・ロジャーとその両脇を固める駆逐艦「雪風」と「神風」、レジーナをここまでエスコートしてきたジャーヴィスとライラ。
その漆黒の戦闘艦五隻が異国の惑星を背景に身を寄せ合って停泊する光景は、まるでここに獰猛で酷薄な異次元からの侵略者が顕現したかの様に、胸の真ん中辺りにざわめく不安感をかき立てる異様なものだった。
「レジーナ。分解フィールド展開までに必要な最短の時間は?」
以前地球軍の戦艦に接舷した時に、遥か一光年もの彼方から狙撃された事を忘れた訳では無い。
さっきは俺達を助けてくれた。だがこれからもそうだとは限らない。
星系占領という目的を達した今、余計な目撃者は邪魔なだけなのかも知れないのだ。
「170ミリ秒ほどですが、この第七基幹艦隊は多くの艦が未知の新型ホールドライヴデバイスを装備しているようです。ホールショットを受けた場合、展開が間に合うかどうかは不明です。」
「解った。十分警戒していていてくれ。」
かといって、分解フィールドを展開したままでは接舷できない。
対応できないというものは心配してもしようが無い。
第七基幹艦隊の司令官が、あの何とかと云った軍閥議員の息子ほど馬鹿では無いことを祈るばかりだ。
「戦艦ジョリー・ロジャーまで距離100、50、25、10、重力アンカー展開確認。距離5、4、3、2、1、ゼロ。ボーディングゲート確保。接続。ゲート内与圧完了。接舷完了。移乗可能です。」
全長三千mを超える戦艦は、たかだか350mしかないレジーナに比べればまるで壁か小惑星だ。
巨体の横に小さな貨物船が接舷する様は、艦と船のランデブーと言うよりも、戦艦の外部兵装ポイントに装着された大型長距離ミサイルと云った方がしっくりくる様な比率だ。
視野の右側半分を完全に占領しつつも、光を全くと言って良いほど反射しない表面塗装のお陰で、こんな近距離からでもそこに居るのか居ないのか良く判らないジョリー・ロジャーの外殻を眺めながら、俺は操縦システムからログアウトして船長席を立った。
「お供しますか?」
すぐ脇の機関士席から、赤い瞳でこちらを見上げたルナが問う。
何があってもすぐに対応出来る様に、という事だろう。彼女はいつもの黒メイド服に似せたAEXSSを既に着込んでいた。
ルナの心配性は相変わらずだ。
「いや、今回は多分大丈夫だろう。ニュクスと二人で充分だ。」
アデールも連れて行くかどうか迷ったが、本人が辞退した為不参加だ。
軽い足音を立てて、操縦士席から飛び降りたニュクスが近付いてくる。
「行こうか。大使付武官殿。」
ニィと笑ったニュクスを先導してコクピットを出て、中央通路をエアロックへと向かう。
他の船と接舷した場合、いつも嗅ぎ慣れて既に意識の外にある自分の船の匂いと、接続した相手方の船内の空気の匂いが、連絡通路の途中で混ざり合い、切り替わる。
船にはそれぞれに特徴的な匂いがあるものだ。
軍艦であれば無機的なオゾン臭と人間の汗臭さが混ざった様な、少し身構えてしまう様な匂い。
旅客船であれば、様々な人の混ざり合った匂いと清掃時の洗剤や香料の匂い、ルームコロンの匂い。
例えば鉱石運搬船であれば、砕けた石の土臭く埃っぽい匂いに、機械のオゾンと油が混ざった様な匂い。
ジョリー・ロジャーの艦内は、そのどれとも異なる不思議な匂いがした。
それはまるで、街中にある小綺麗なオフィスのドアを開けた様な、それともか手入れの行き届いた誰かの家を訪問した様な、不思議と落ち着く、しかしそこに人が存在することをしっかりと主張する様な、そんな匂いがした。
少なくともこの艦に乗り組んでいる者達は、艦を大切にし、手入れを怠っていない事を印象づける様な、そんな匂いがジョリーロジャー側から流れ込んでくる空気に乗って俺達を迎えた。
例え軍艦であっても、多くの場合地球人は自分の乗る船を大切にするので、艦の手入れが行き届いていることに余り不思議は無い。
それよりも、軍艦であるはずの、シャルルに言わせればとびきりにヤバすぎる連中が乗るこの艦の空気に、落ち着いた印象を受ける成分が含まれる事に少々驚いていた。
「戦艦Jolly Rogerへようこそ。私はヨゲシュ・パテル少尉と申します。貨物船Regina Mensis II、キリタニ船長ですね。そちらは機械群在地球大使付武官ニュクス殿とお見受け致します。ご案内致します。こちらへ。」
地球軍の艦隊勤務将官とは異なる、黒いスリーピーススーツに似せたデザインの制服に少尉の階級章を付けた若い男がボーディングゲートの向こうで待っていた。
軍隊式の敬礼では無く右手を差し出してきたので、その手を握って握手をする。
ニュクスの小さな手とも握手をした少尉は、俺達を先導して歩き始めた。
外見から乗員まで全てが妙な艦だった。
艦内通路は、明るいグレーの天井に淡いベージュの壁、壁よりは少し濃い色の床に塗装されており、その明るく柔らかな雰囲気は「戦艦」という艦種から想像されるイメージとは相当かけ離れていた。
ただ、地球軍の戦艦を他に幾つも知っている訳ではないので、それが地球軍の戦艦として普通なのかそうでないのかは良く分からなかった。
すぐに角を曲がり、主通路もしくはメインシャフトと呼ばれる重力リフトに乗り込む。
数千mを超える船になると、船内を移動するにも時間がかかるため、この様な重力リフトを主通路としているものが多い。戦艦もその例外では無い。
「む。重力リフトは好かぬ。下から見上げられると乙女のスカートの中が丸見えになるではないか。」
別段恥ずかしがっている様な口調でもなく、ニュクスが呟いた。
それは、いつ無重力になるか分からない宇宙でスカートを履いている方が悪い。
重力リフトは、重力に対して上を向いて通行「しなければならない」訳ではない。気に入らないならばシャフトの向きに対して横向きにでも逆立ちでもすれば良い。
もっともそんな事をすれば、リフトから降りるのがかなり困難になるが、ニュクスの身体能力があれば問題無いだろう。
「あっ、申し訳ありません。しかし目的地まで距離がありまして・・・」
「いい。気にしないでくれ。宇宙に出てスカートを履いている奴が悪い。嫌なら普通のパンツを履けば良いんだ。」
「は、はい。」
ニュクスの言葉に顔を赤くして焦り始めた少尉に声を掛けた。
少尉の反応も、どうも普通の軍人とは違う。それも、「ヤバい奴ら」という前評判とは反対の方向に。
俺は軍人でも軍属でも何でもないが、船乗りと云う枠で括った時には、艦隊勤務士官もしくは乗組員に対して俺の地位はキャプテンという上位のものになる。
さらにニュクスは大使付の筆頭武官であり、通常は佐官クラス以上が着任する役職となる。
俺達を誘導している少尉の軍人らしからぬ言動は、従卒に近い仕事をさせられている新人少尉が、上位者を前にしてちょっと緊張しているだけ、だと思っておこう。
「目的の部屋は遠いのか?」
まさか艦橋や作戦司令室(Central Information Center)に連れて行こうとしている訳ではないだろうが、リフトの中で数十秒過ごした後に俺は少尉に尋ねた。
艦の外からやってきた部外者をそれ程まで艦の内部深いところに案内するのは少々奇異に思えた。
もっとも、全長三千mを超える艦全体にしてみればたいした距離ではないのかも知れないし、もしかすると不本意ながらも地球軍との親密且つ表面的には友好的な関係を保っている俺は、既に連中にとって部外者と思われていないのかも知れないが。
「もうすぐです。士官用食堂脇にある応接室です。」
事実程なくしてリフトを降りた俺達は、リフト出口の眼の前にある入口を通って、沢山のテーブルが並べられたガンルームに通された。
ガンルームの中には何人もの士官が食事を摂ったり、飲み物を片手に同僚と談笑したりしている、多分この艦の普段通りの光景が広がっていた。
こちらはしがない貨物船の船長だ。赤いカーペットを引いて軍楽隊に儀仗兵などという歓迎を期待していた訳ではないが、ここまで日常感溢れる雰囲気の食堂に連れて来られるのもどうなんだろう、というのがその時の俺の感想だった。
そんな中、入口から少し離れた所で食事を摂っていた士官が一人、自分の前のテーブルの上に置いた食事から顔を上げ、俺に向かって手を上げた。
「よう。久しぶりだな。」
この場に居るはずの無いその男の顔を見て、自分の身体が一瞬強張るのを俺は自覚した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
変な奴らが出てきました。(笑)
ちなみに艦長は、黒いマントを着たボサボサのロンゲで顔の真ん中に魚の骨ッポイものが貼り付いた隻眼で黒い眼帯の寡黙なオッサン、だったりはしませんのであしからず。(やべえ怒られそうだ)
勿論、ドレッドヘアで口ひげを生やし、赤いバンダナ(ターバン?)を巻いてちょっとアイライン引きすぎのチョー調子の良いオッサン、だったりもしません。あしからずあしからず。
(手足が伸びるネタは次話の後書きに取っておこう)ボソ




