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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第八章 地球市民 (Citizens of TERRA)
221/264

22. 星系占領 (Occupation)


■ 8.22.1

 

 

 その前触れは、と言えば、ごく一般的な着弾観測用センサープローブがフドブシュステーション周辺宙域へ投入されたことだった。

 プローブの投入方法がホールショットであったことは、銀河種族にしてみれば「一般的」では無かったが、地球軍艦隊にしてみれば当然のこと且つ一般的な方法だった。

 

 総延長百万kmを超える環状軌道ステーションであるフドブシュステーションのうち、重積シールドに包まれた数万kmの長さの通称ジャキョセクションを取り囲むように六機のセンサープローブがホールアウトした。

 地球軍艦隊の戦い方を見た事がある者であれば、その数瞬の後何が起こるのか予想し得て戦慄する。もしくは、絶望する。

 俺達もつい先ほどそれを見せられたばかりだった。

 何が起こるのかは、想像できた。

 だがその俺の想像は、実際に起こったことに比べれば遙かに生温かった。

 俺達は、ジャキョセクション近くに残していた自前のセンサープローブで、その一部始終を事細かに観察することが出来た。

 

 重積シールドから外に出てきた戦艦の外殻に突然無数のクレーターが発生した。

 無数の実体弾の着弾の衝撃で明らかに艦が震え、引き千切られ、ねじ曲がっていくのが計測などせずとも眼で見て分かった。

 吹き飛ばされた外殻や構造材が、与えられた膨大な物理エネルギーを熱に換えて白く輝きながら四方に飛び散る。

 飛び散った白く輝く破片は、戦艦の重力シールドに捉えられ、更に勢いを付けて虚空に弾き飛ばされる。

 それはまるで宇宙空間を断ち切るように存在するステーションの周りを飾る花火を見ているような美しく幻想的な光景だった。

 しかしその結果は、美しい花火とはかけ離れた凄惨なものだった。

 ひとしきり華が咲いたように飛び散る火花が収まったあとには、穴だらけになりねじ曲がりへし折れ、着弾の衝撃の熱で船体構造のあちこちがおぼろにオレンジ色に光る、もと戦艦だったと覚しきグチャグチャの屑鉄の固まりが漂っているだけだった。

 

 本来であれば、この世のあらゆる攻撃を無効化し、その内部を絶対の安全に保つはずの重積シールド内に(とど)まった四隻の戦艦にも同じ運命が待ち受けていた。

 空間断層であらゆるものを遙か彼方の宇宙空間に投げ飛ばし、同時に空間破断面にかかる重力傾斜によって転送したあらゆる物質を素粒子まで分解してしまう絶対の防御障壁。

 だがその鉄の嵐はその様な絶対障壁などまるで無視して重積シールドの内側で実体化し、安全だったはずの空間で待機していた戦艦に無数の実体弾を叩き付けた。

 何故か味方のジャキョセクションの側からばかり着弾した実体弾は、戦艦の超重要(Exclusive )防御( Vital )区画( Part)を撃ち抜き破壊し、リアクターを一瞬で失火させ、重力ジェネレータを叩き潰し、艦橋を貫いてそこに詰めていたジャキョセクションの私兵達と共に熱く煮立った金属の液体へと変えた。

 リアクタオーバーロードで爆発することさえ許されなかった戦艦のその巨大な艦体は、実弾体の衝突による運動エネルギーを受け止め、重積シールドの外に弾き出された。

 重積シールドの外に出たその艦体を更に勢いを増した鉄の嵐が襲う。

 攻撃が始まってから僅か十秒ほどの後、この世で最も安全な場所に居た筈の戦艦四隻は、元の形が分からない程に変わり果てた姿をフドブシュステーションの周辺空間に晒し、ゆっくりと虚空へと向かって漂流していくただの屑鉄でしか無かった。

 

 その鉄の嵐に襲われたのは新たにジャキョセクション周辺の空間に登場した戦艦達だけでは無かった。

 元々ジャキョセクションを守るように停泊していた直援艦隊と覚しき四隻の重巡洋艦、十二隻の軽巡洋艦、そして二十四隻の駆逐艦も同様の運命を辿った。

 

 艦体長1500m前後の重巡洋艦はまだ保った方だった。

 それでもそれら四隻の重巡洋艦は、戦艦を攻撃したと同じような無数の実弾体からなる嵐に晒され、艦体を屑鉄へと変えた。

 軽巡洋艦も同様の鉄の嵐の洗礼を受け、引き千切られ、元が何であったか分からない様な、文字通りただの鉄屑、ゴミの固まりと化した。

 その小さな艦体に無数の実弾体を受けた駆逐艦の末路は悲惨だった。

 艦体に対して大きすぎる実弾体のインパクトを受け止めた駆逐艦は、本当に(●●●)引き裂かれ、引き千切られた。

 すでに艦の形を残していない駆逐艦達を、鉄の嵐はなおも打ち据え続け、砲撃が終了した後その空間に残っていたのは細切れとなった駆逐艦の破片だけでしか無かった。

 

 その余りに徹底的で、冷酷且つ圧倒的な殲滅劇、蹂躙などと云う言葉も生易しい、もはや虐殺と呼ぶ方が正しい光景を見て、レジーナのシステム上に声を上げる者は一人として居なかった。

 機械知性体であるレジーナやルナ、ノバグやメイエラでさえ声を失って、ただその残骸漂う空間の映像を眺めていることしか出来なかった。

 

 そして俺は気付いた。

 瞬く間に擂り潰され、この世から消え去った大小様々な四十九隻の艦の内、リアクタオーバーロードを起こして爆発した艦が一隻も無かったことに。

 偶然にしては、数が多すぎた。

 叩き付ける実弾体の暴風雨のようなあれだけの攻撃の中、全ての船は先ず最初に搭載する全てのリアクタを精確に撃ち抜かれリアクタ失火を起こしていたとしか考えられなかった。

 

 フドブシュステーションという数十億人が居住する構造体のすぐ近くで、リアクタオーバーロードを避けるその判断は全く正しく、そして賞賛されるべきものだ。

 ステーションの近くでオーバーロードを起こして、巨大な反応弾頭と化した戦艦から飛び散る無数のデブリとプラズマは、重積シールドに守られていないジャキョ以外の全てのセクションに甚大な被害を与えただろう。

 その様な大惨事を引き起こさないためには、反応弾頭を一切用いず、炸薬さえ抜いたマスドライバ実弾体を使って、さらに標的を爆発させなければ良い。

 理屈は簡単だ。

 だがそれを実践するとなると神業の様なコントロールが必要となるはずだった。

 先ず最初にリアクタのコアを撃ち抜き、核融合プラズマを失火させて爆発しない安全な屑鉄に変えた後、ごく僅かな時間差で艦体の全てを矢衾に変える鋼鉄の暴風のような集中攻撃を行ったものとしか考えられなかった。

 

 支援する船隊が何隻で構成されていて、何億km、ともすると何光時の彼方に居るのか未だにレジーナには検知できていない。

 そんな遙か彼方の距離から、プローブがホールアウトした後のほんの一瞬の間に収集した情報で艦種を特定し、そのリアクタ位置を割り出し、そしてほんの直径10mかそこらのリアクタ反応容器を全て精確に撃ち抜いたその技量に戦慄を禁じ得なかった。

 

 容赦なく徹底的な殲滅戦術と、一瞬の情報ですぐさま反応できる即応性と、そして針の穴をも通すような精度の攻撃技術。

 これが、銀河系中で恐れられる地球軍艦隊の攻撃なのだった。

 

「新たな重力擾乱です。惑星フドブシュ軌道上。フドブシュからの距離約1億から2億km。数・・・二万。」

 

 静寂が支配するレジーナのシステム上に、新たな状況を報告するルナの声が響いた。

 聞き間違えたか?

 

「二万?」

 

「はい。正確には、二万一千二百二十九です。互いに干渉しているため、ホールアウト質量計測は不正確になります。」

 

 その余りの数に思わず思考停止し掛けたが、続く音声に強制的に我に返らせられた。

 

「こちらは地球軍第七基幹艦隊旗艦『インヴィンシブル (Invincible)』、艦隊司令のムィシュコ・ペトロレンコ。本星系に於いて地球船籍の民間貨物船が、違法に取得されたと覚しき帰属不明の戦艦級船舶に追跡攻撃されていたため、同貨物船を保護した。同時に本星系内で同様の戦艦級船舶を多数確認したことから、当艦隊が本星系を占領し、同様に違法取得された戦艦級船舶の有無を調査する。現時点以降で、明らかに非戦闘船舶であると確認されたもの以外の、全ての船舶の全ての移動と、星系外への転移を禁ずる。これは一切の例外を認めない。現在航行中の船舶は直ちに加速を停止するか、現在の位置にて星系周回軌道を維持せよ。本星系内の全ての船は、速やかにその所在と帰属を明らかにし、指定された当艦隊艦船からの臨検と確認を受けることを要請する。本要請に従わない船舶の安全は保証できない。

「繰り返す。こちらは地球軍第七基幹艦隊旗艦インヴィンシブル。艦隊司令のムィシュコ・ペトロレンコ中将だ。本星系に於いて地球船籍の・・・」

 

 直感的にだが、色々なことが繋がった気がした。

 結局俺は、いや俺達は、また奴らの掌の上で良い様に転がされていただけだった様だ。

 

 

■ 8.22.2

 

 

 アリョンッラ星系には、さらに地球軍第四基幹艦隊の約三万隻の艦船が増援として到着し、星系内どこを見ても地球軍の艦船がひしめき合っている様な状態となっていた。

 駆逐艦や軽巡洋艦と云った身軽な艦艇は、星系内をあちこち飛び回り、一体何隻いるかさえ分からない貨物船や工作船、払下げ中古戦闘艦艇などの臨検作業に大わらわの様だ。

 

 外観上真新しい船に見えても、重要な部品や機構がごっそり抜き取られており、見た目に反して実はスクラップ同然である船や、逆にオンボロ中古貨物船の外見の割には、しっかりした足回りと重武装を追加改造され、下手な払下げ駆逐艦よりも戦闘能力の高い武装貨物船があったりするので、いちいち全ての船に実際に乗り込んでいって確認を行わなければならない彼らも相当に苦労している様だった。

 そこは天下に聞こえた無法地帯であるアリョンッラ星系、停泊している船についても外見、中身ともに一筋縄ではいかないもの達ばかりである様だった。

 

 俺達は、事情聴取の為と称して星系内に数日間留まる様に言われた。

 今回の行動は、俺の、もしくは俺達の個人的な問題を解決する為のものであり、今現在他に請け負っている仕事もない為、軍からのその求めに応じるのは問題無かった。

 

 この頃になると、今回の大規模ハッキングからの大量ハイジャックは、その直前までヌクニョワステーション各地に出没していた胡散臭い地球人セールスマンが関与しているのではないかと噂になっており、またその地球人が乗っている船がまさに地球軍に保護された貨物船なのではないかと、真実を見事に言い当てた噂話があちこちに流れる様になっていた。

 俺達が仕掛けた大規模ハイジャックで所有する船舶を乗っ取られ、強制的に戦闘行為に参加させられ、あまつさえ乗員もろともその船を失うことになってしまった多くの民間企業や表裏多方面の色々な組織は、もちろんその損害について烈火の如く怒っており、その怪しげな地球人セールスマンを血眼になって捜し回った様だった。

 武装した私兵達があちこちを走り回る状況は、既に星系中に蔓延し高濃度で充満していた疑心暗鬼という燃料を得て、ヌクニョワステーションのあちこちで暴動と武力衝突という炎を一気に燃え上がらせた。

 最初は、怪しげな話を持ち掛けてきた胡散臭い地球人を探して連行する事だけが目的であった筈の私兵達が、過去の恨み辛みが積み上がっている敵対組織や、歴史的伝統的に長く対立してきた組織の同様の目的を指示された私兵達とちょっとしたことでぶつかり合い、当初の目的を忘れて殴り合いを始め、それが銃器やさらにそれ以上の威力を持つ兵器を持ち出しての衝突に変わるのはあっという間だった。

 

 総勢二万隻を超える地球艦隊がいきなり現れ、星系内でもそれなりに有力な勢力であった筈のジャキョセクションが保有していた虎の子の戦艦十二隻を一瞬で葬り去るというインパクトのある事実に頭を殴られ、多くの組織の上層部が我に返り、そして冷静になった。

 さらにその艦隊司令が直々に、ジャキョセクションに追跡されていた民間貨物船たった一隻を二万隻もの有力な打撃艦隊を用いて保護した事実を伝え、さらには秩序の回復の為に星系の占領を高らかに宣言した時、そういった組織上層部に籍を置くかなりの者が一連の出来事の間に関連性を見出して苦い表情で納得した。

 

 ああ、この一連の大騒ぎはハナから終いまであの悪辣なテランどもに全部仕組まれていたのか、と。

 しかもどうやらジャキョの連中は虎の尾を盛大に踏みつけてしまったらしい。いや、テランの仕掛けた罠に頭の先から足の先までどっぷりと填められて、この星系を占領する口実にする為良い様に利用された、というべきか。

 ジャキョセクションが下手を打ってテランに睨まれるのは勝手にやってくれ、という話だが、そのとばっちりが色々こっちにまで回って来たのは大迷惑だ。

 どこの国のものであろうが、軍隊なんぞに駐留されてはありとあらゆる事がやりにくくなってしようがない。

 かと言ってあんな大艦隊を、しかも悪評高いテランの艦隊を追い出す事など出来はしない。

 

 あの貨物船はヤバい。元々テラ情報部の手先じゃないかと噂が流れていたが、どうやらその噂は本当の様だ。

 道理でただの個人所有の民間貨物船が、テラ軍しか使用を許されていないはずの新型ジャンプ航法を搭載していたりする訳だ。

 あの貨物船が搭載している新型ジャンプユニットをどうにかして手に入れられないかと考えていたが、止めだ。

 あの船に手を出したら次はどんな罠や搦め手に填められる事やら分かったものではない。ジャキョの二の舞はまっぴら御免だ。

 この星系の中に数多く存在する様々な組織のトップが至った結論は、そのような大体似通ったものであったらしい。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ずーっと前にも出てきましたが、環状ステーションを守る重積シールド。その中でも特に空間断層シールド。

 易々と無効化されてしまっていますが、ホールショットさえ無ければ強いんです。空間をぶった切って何者も侵入できないようにしているのですから、本来はカンペキで完全で究極なのです。

 完全無視でシールドの中にドカドカ弾を撃ち込んでくる地球艦隊がオカシイのです。

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