21. 駆逐艦ジャーヴィス
■ 8.21.1
地球軍、というからには当然、軍人然とした厳つい話し方の奴が相手だと思っていた。
「こちら貨物船Regina Mensis II。何か用か? こっちは忙しいんだ。邪魔するな。」
「ヨ。困ってるか? 助け要るか?」(Yo, in trouble? Need help?)
それはまるで、繁華街の外れにある場末の娼館の呼び込みが話しかけてきたような口調だった。
「困ってるのは間違いないが、誰だお前?」
「お、悪ぃな。地球軍第七基幹艦隊第1313戦隊旗艦駆逐艦「ジャーヴィス (Jervis)」艦長ジェームス・イン (James Ying)大尉だ。助け要るか?」
所属さえ名乗らずいきなり用件だけを話し、無駄な修飾語も一切省略していた。
確かにこの火急の時に理想的なのかも知れないが、軍人としてどうなんだ。
「困ってるのは、困ってる。だが、本物か? お前。」
「助けは要るのか? 要らねえのか? どっちなんだ? 早くしろ。」
「戦艦の推定射程距離まで40秒、推定有効射程距離まで80秒、本船牽制射撃開始まで50秒です。」
レジーナの読み上げが、まるで俺の背中を押すかのようにシステム上で響き渡る。
「助けは・・・要る。頼む。」
この時の決断を、俺はこの後ずっと後悔する事になる。
もっとも、この時助けてくれと云わなければ、後悔する事さえ出来ない運命だったのだろうが。
■ 8.21.2
「OK。そっちは射撃するな。船団誘導作業を継続しろ。面倒はこっちで全部引き受ける。」
無愛想にも通信はいきなり切れた。
「マサシ、どうしますか?」
当然会話を脇で聞いていたルナが訊いてくる。
「牽制射撃カウントダウンは継続だ。ホールインはギリギリまで待つ。奴らが本物かどうか・・・」
「重力擾乱。数二。本船より250km。ホールアウトです。」
俺の台詞を遮って、レジーナが近くにホールアウトする船がある事を知らせてくる。
「ホールアウト確認。地球軍駆逐艦「ジャーヴィス」および「ライラ(Lyla)」、距離250・・・さらに後方にホールアウト。数二、追跡戦艦群中央。」
それは後で映像を再生して確認しなければ分からないほどに一瞬の事だった。
レジーナを追跡して、今にも追い付こうとしているジャキョの戦艦三隻は、それぞれ1000kmほどの間隔を開けていた。
そのちょうど中央辺りに、駆逐艦が二隻いきなりホールアウトした。
二隻の駆逐艦はホールアウトと同時に四方に向かってミサイルを撒き散らす。
戦艦とは全く違う方向に向かって射出されたミサイルも、すぐに目標を見つけて軌道を変え、戦艦三隻にそれそれ数十発ずつのミサイルが殺到する。
同時にホールアウトした駆逐艦に各二門ずつあるらしいマスドライバが、まるで機関砲のように連続して火を噴いた。
撃ち出された実体弾は、駆逐艦の前方数百mに黒く開いたホールに突入して次々と消えていく。
駆逐艦二隻は、まるで用は済んだとばかりにホールインして姿を消す。
戦艦三隻が駆逐艦二隻に向けて何か動きを起こす暇さえ無かった。
三隻の戦艦に対して四方から砲撃が着弾する。
勿論戦艦はシールドを張っていただろう。
だが、シールドの内側、ともすると艦体の中に、空間の穴を開けて飛び込んでくるホールショット実体弾は止められない。
僅か一秒ほどの間に、戦艦それぞれが数十発の命中弾を受け、頑強な筈の艦体がまるでボロ布のように吹き飛ばされ、引きちぎられて折れ曲がった。
艦のあちこちを破壊され、既にシールドがまともに動作していない戦艦達に、傷つき動きの鈍った大型の獲物に群がり喰い千切ろうとするかのように、先に駆逐艦が放出していた数十ものミサイルが次々と着弾する。
すでに戦艦には、集まってきたミサイルを迎撃する能力も残っては居ないようだった。
反応弾特有の全てを灼き尽くす真っ白なプラズマ球が幾つも発生して戦艦を包み込む。
その目も眩むような光球が収まった後には、大量のデブリとガスが漂うだけだった。
俺は声を出す事さえ忘れて、その一瞬の圧倒的な蹂躙劇に見とれていた。
「追跡戦艦三隻、撃破されました。他に本船近傍に脅威はありません。
「後方の戦艦群の中央にホールアウトしたのも駆逐艦ジャーヴィスとライラです。追跡戦艦群との距離が5光秒ありますので、重力波と映像が遅れて届きました。
「駆逐艦二隻からのホールショット発射数と戦艦への着弾数が一致しません。近傍に他の複数の支援船の存在が予想されます。」
俺だけで無く、レジーナの乗員全員が呆気にとられて沈黙が降りるばかりのシステム空間に、ルナの冷たい声が状況を報告した。
圧倒的な戦いだった。
蹂躙という言葉さえも生易しい、それはまるで、力の差がありすぎて障害にさえならない異物を目障りだからと軽く掃き捨てたような、むしろ余りにあっけない戦闘だった。
汎銀河戦争でホールドライヴやホールショットと云った他種族が持たない「兵器」を使い、地球軍が圧倒的優位に暴れ回り、少数勢力かつ新参種族であるにも関わらず大きな存在感を示し、一目も二目も置かれる存在であるという事は話には聞いていた。
戦闘用に調製された生まれを持ち、個人レベルから国家レベルに至るまでやたらと好戦的で、且つ高い戦闘力に支えられて他種族を圧倒するというのは、長くも無いが短くも無い俺の船乗りとしての経験の中で人の口に上るのを何度も聞いていたし、それを実感するだけの個人的経験もあった。
一般向けに公開されている記録映像などで、地球軍が参加した会戦の記録を見たこともある。
しかしその戦いを実際に現場で眼にしたのは勿論これが初めてだ。
常識的に、戦艦一隻を撃沈するためには駆逐艦30隻による肉薄攻撃、巡洋艦15隻による統制砲撃、重巡洋艦10隻による包囲攻撃、砲撃艦5隻による統制砲撃が必要であると言われている。
勿論、それぞれが搭載している武装やシールドには色々なバリエーションがあるため、その組み合わせによってバランスは変わるのだろうが、いずれにしても戦艦三隻が戦隊を組んでいるところに駆逐艦がたったの二隻で突撃してどうにかなるようなものでは無いことだけは間違い無い。
そもそも、戦艦に対して少数の駆逐艦だけで殴り込みを掛けようなど、本来であれば無謀を通り越して完全に狂気の沙汰と言って良いだろう。
ところが、今250kmほどの間隔を取りレジーナを挟むように同航している駆逐艦二隻は、それをやってのけた。
常識というものを真正面から否定する、地球人である俺でさえ余りの異常さにしばらく言葉を失うような、そんな出来事だった。
勿論地球軍の艦以外でこんな芸当が出来る駆逐艦は皆無だろう。ホールドライヴの存在が絶対必要条件である戦術だった。
地球軍の駆逐艦だとしても、これほど見事な突撃を出来る艦がどれだけ居るのだろうか。
駆逐艦を駆って戦闘を行った経験など一度しか無いが、そんな素人の眼にも余りに鮮やかな見事な突撃だった。
それは実際に突撃を行った駆逐艦二隻だけでは無く、その二隻の動きと連動して絶妙のタイミングで怒濤の支援砲撃を行った、レジーナの検知範囲外に控える支援部隊の技量も凄まじいものだった。
「これで落ち着いて話が出来るな。被害は無いか? 何か問題があるか?」
ジャーヴィスのジェームスから再び通信が入った。緊急の状態を脱したことで、今度は普通の話し方で喋るらしい。
そう言えばウチの船にも戦闘中にしゃべり方が変わる奴がいたな、と思いながら返答する。
「助かった。感謝する、イン艦長。被害は無い。こちらの作業ももう暫くしたら終わる。」
「それは良かった。イン艦長なんて面倒くせえし呼ばれ慣れねえ。そんな呼び方をするのは勲章をダラダラぶら下げたお偉いさんだけで十分だ。ジェームスと呼んでくれ。暫くエスコートで付き合うぜ。」
昔から、駆逐艦にはこういう気風があると聞く。
たった数人で船の全てを取り仕切らねばならず、装甲やシールドも薄くいかにも打たれ弱い艦体で、足の速さと「群れ」を作った数だけを頼りに戦艦がひしめき存在する敵陣目がけて肉薄突撃を行う。
高い損耗率は文字通り明日をも知れぬ命であることを示し、形式や格好よりも生き延びることを何よりも優先する。
そんな中で、多少の階級の差があろうとも、駆逐艦の乗組員達の間にはまるでお互い家族か兄弟であるかのような雰囲気があると聞く。
同じ船の乗組員達は兄弟、同じ駆逐戦隊の他艦の乗組員達は従兄弟達、他の艦隊でも他国の艦隊でも、同じ駆逐艦乗りであれば全て親戚の様なもの、らしい。
そう言う気風がある駆逐艦乗りであるからか、似たような大きさの船である親近感からか、ジェームスは軍人らしからぬ砕けきった口調で話しかけてきた。
「それは有り難い。こっちの作業に専念できる。世話になる、ジェームス。」
「気にするな。こっちも仕事だ。何かあったら連絡してくれ。」
通信が切れた。
「ニュクス、ノバグ、メイエラ、今更ながらだが、指示の撤回だ。コピー消去回収は無しだ。作業を継続してくれ。今の戦闘は数十分もすれば星系中に知れ渡る。それまでに終わりそうか?」
「コピーの消去回収は未着手じゃ。作業は継続しておる。身の危険がのうなって落ち着いて作業が出来るようになったところで支援要請じゃ。レジーナ、J135船とJ265船じゃ。諸元は送った。よしなに頼む。この二隻が片付けば、あと30分といったところじゃの。」
「諸元受信しました。ホールショット遅延を緩和するため進路を太陽方向に変更します。」
「ジャキョセクション本部は継続制圧中。問題無いわ。こちらもコピー消去回収は未着手でした。」
「諒解。他に問題は?」
「ヌクニョワステーション各地で暴動が発生しているわね。こちらの計画実行に直接的な影響はありません。ヌクニョワステーション中で『見慣れないテランのセールスマン』を探してるわ。見つかると良いわね。こっちも計画実行には問題ありません。ヌクニョワに行きにくくなっちゃったけどね。」
暴動はともかく、それは覚悟していたことだ。
自由貿易港が一つ使えなくなるのは少々嘆かわしいことだが、銀河は広い。客は他に幾らでもいる。
「マサシ、先ほどの戦闘で辻褄が合わない点があります。駆逐艦二隻のホールアウトからホールショット着弾までの時間、命中精度が異常です。逆算して3光分以内に支援戦隊の存在が予想されますが、検知できません。また、駆逐艦二隻のホールインからホールアウトまでの時間も異常です。」
軍なら何かおかしなものでも持っているだろう。
そもそもレジーナが搭載しているホールドライヴデバイスの供給元が地球軍だ。レジーナが搭載しているものが実は旧式で、軍はもっと高性能の新型を持っていてもおかしくは無い。
敵性の艦であるならともかく、こちらを護衛してくれる艦であるならば、より性能の良い装備を搭載しているのは喜ばしいことだ。気にしないことにする。どうせ調べても何も分からないだろうし、訊いて教えてくれる筈も無い。
「ルナ、気にするな。何か新装備があるのだろう。教える気があれば教えてくれるさ。」
綱渡りの計画は実行中であるものの、緊急且つ致命的な問題が片付いたことで船内の空気が僅かに弛緩した。その時だった。
「フドブシュステーション、ジャキョセクションに再び動きがあります。先ほどの格納戦艦の発進と規模も似ています。数九。赤外線放射増大中。プローブからのリアルタイム情報です。」
ステーションの近くに隠れていたレジーナを見つけ、逃げ出したレジーナを追跡するために三隻の戦艦を出した。
ところがその三隻の戦艦からの通信が突然途絶えた。直接光学観測の情報はまだフドブシュステーションに届いていない。
レジーナの追跡を更に続けるつもりか、もしくは何か脅威が迫っているものと判断して、追加の戦艦が姿を現したのだろう。
メイエラからの報告にあるように、ジャキョセクション本部は今だ通信障害のただ中にあるはずだ。
彼女の報告から推察すると、ネットワークから分離されている戦艦が独自に判断して出撃してきたのだろう。
戦艦が十隻もあれば、相手が正規軍艦隊でも無ければ大概のことは片が付く。
彼らの判断は常識的に正しい。
だが、レジーナの脇に控える駆逐艦二隻の先ほどの戦いを見てしまった今となっては、戦艦十隻でも心許ないのではないかと思う。
それにしてもまだ戦艦を隠し持っていたとは。
流石闇商人の力と云うべきか。
フドブシュステーションの外壁をまるで吹き飛ばすかのように開け放ち、傍目にもかなり強引な発進をして戦艦九隻が躍り出てくる。
四隻が重積シールドの内側にそのまま待機し、五隻がシールドを通り抜けて外に出てきた。
「ジャキョセクション近傍に複数の重力擾乱。プローブ六機が現れました。地球軍が使用するRSP63b2プローブに酷似しています。砲撃観測用プローブと思われ・・・」
ルナの状況読み上げがまだ終わらぬうちに、フドブシュステーション近傍に鉄の嵐が吹いた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
とうとう地球軍のお出ましです。
光速で伝播する重力波と、光速を越えて移動するホールドライヴの関係でややこしいことになってます。すみません。
ちなみに、マスドライバ徹甲弾の弾体は紡錘形をしていますが、インパクトを先端一点に集める為のもので、空気抵抗を減らす為のものではありません。
もちろん、大気圏内で発射した場合は、その様に機能しますが。




