22. ニンジャ
Section new 1: 危険に見合った報酬
第二十二話
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■ 1.22.1
「コドオギルファ兄弟信仰商会」などという怪しげな名称は、どうやら本当にただの隠れ蓑でしか無いようだった。
情報軍クーデター対策本部のビルの中で与えられた個室の居心地は、案外悪くなかった。
それは、部屋の居住性そのものという意味でもあったし、ネットワーク接続環境という意味でもあった。
多分この部屋は、それなりの高官がオフィスとして使うために設計されたのだろう。防音性、電磁遮蔽性に非常に優れていた。
部屋の中には、この部屋専用の電磁的なアクセスポイントが二ヶ所もしつらえてあり、速度も申し分なかった。
部屋の床は可変床となっており、コマンド一つでソファなどの応接セットや、簡易的なベッドなどが出現するようになっていた。
壁には大型のモニタがしつらえてあり、それとは別に任意の場所にいくつでも発生させる事が出来るホロモニタが用意されていた。
ブラソンが要求したMPUのセットは、全く希望通りのものが、箱に入ったままで部屋の中央に置かれていた。
この数時間という短時間の間に、良くこれだけマイナーな機材を揃える事が出来たものだ、と自分で要求しておきつつ少々感心する。さすが、情報軍、と言ったところか。
ミリの上司であるサベスは、存外に悪い男ではなかった。
情報軍の管理職という役職のイメージからはかけ離れた、どちらかというと陸戦隊の先任曹長とでも言いたくなるような、短く刈り込んだ銀髪と幅の広い肩と、太い首の上に乗った角張った輪郭の顔にナイフで切りつけたような鋭い薄茶色の眼を持った男だった。
見てくれだけでなく性格も、情報軍の高官と言うよりも、陸戦隊の古参兵といった方が良いような実直さと力強さを感じた。
なるほど、それでこのミリの性格か、とホテル脱出時のミリの対応を思い出してブラソンは納得した。
さすがににこやかな初対面、という訳にはいかず少々胡散臭げな眼でこちらを見下ろすサベスの顔に、しかし嫌悪感のようなものは感じられなかった。
サベスの口から出てきた言葉は、嫌味とも激励とも判断つきかねる言葉だった。
「まさかたった一人で情報軍を相手に恐喝を行う様な奴が出てくるとは思わなかった。余程の自信の現れなのだと理解した。結構だ。その自信に見合った結果を示せ。」
つい先ほどまでこの星のネットワークの支配権をカタに恐喝を行っていた者を、本人から協力の申し出があったとはいえそのまま飲み込んで、また元通り手先として使おうとしているその剛胆さは呆れるばかりだった。
そのような大胆な判断が可能な人物だから情報軍の一部隊を任されるほどであるのだろうし、また一方では彼らの現状が藁をも掴むほどに切迫しているのだと理解することもできた。
もちろんブラソンとしては、サベスから発破をかけられずともベストを尽くすつもりではあったが。
「まずはあの機材をセットアップする。ネットワーク上に強固な橋頭堡を築く。それから進入経路を決めていく。侵入の決行は今夜だ。行けるか?」
サベスにごく簡単に今後の予定を話しつつ、脇に立っているミリに確認する。
「いつでも良いわ。侵入用の装備はここにあるものですぐに用意できる。突破口は開けてくれるのでしょう?」
「もちろんだ。日が暮れて、人通りが少なくなったところで侵入開始だ。」
「決行の判断はお前達に任せる。始める前に一応一声かけてくれ。」
「諒解した。」
ブラソンは早速機材のセットアップに取りかかる。
先日一度行ったばかりなので、前回よりも幾分手際も良くなっている。情報軍の質の良い回線を使えることも大きい。
まずMPU上でマスカレードを立ち上げ、対策本部内のアクセスポイントを経由してネットワークにアクセスする。
防御障壁を立ち上げ、防御PGを巡回させる。
すぐに量子アクセスポイントを二十ほど確保していつでも切り替えられるようにしておく。
いくつかの自動防衛用シーケンスをMPUにロードしておき、何かあった場合に備える。
そして、ネットワークから抜ける。抜けはしたが、ネットワークには自分のバイオチップで常に接続している。
展開した橋頭堡付近で怪しい動きがあった場合、自動防衛シーケンスが動き、同時にメッセージを受け取ることができるように仕掛けてある。
ネットワーク上の橋頭堡は自動防衛にしておき、王宮内に侵入して図面や警備スケジュールと云ったものを取得していく。
横にミリを座らせ、室内にいくつものホロ画像を投影して、進入経路を検討する。
先ずはマサシのIDが消失したネットワークブラックエリアの入り口までミリが侵入する必要がある。
その場所で、物理的に何が存在するかをミリに確認させ、そこから先については状況次第で臨機応変に対応する必要があるだろう。
警備の比較的薄いと思われるルートを選び、そのルート上に存在するセンサー類をピックアップしてリストにまとめておく。
その内の幾つかのセンサーを少し「触って」みて、思い通りの動きをするか確認する。
作成したルートマップをミリのチップに送信し、彼女がいつでも参照出来る状態にしておく。
後は、単純な命令を出すだけで必要なセンサー類に割り込んで適切なダミーデータを流すPGや、その他緊急対応用のPGを作っておく必要がある。
「さて俺は、お前の王宮侵入に備えて準備しておかなければならないプログラムを夜までにいくつか作る。お前の方は侵入の準備をしておいてくれ。」
「分かったわ。しっかり頼んだわよ。塀をよじ登ったら王宮軍のお出迎え、ってのは御免よ。」
「抜かせ。任せとけ。お前をニンジャにしてやるよ。誰もお前に気付かない、誰もお前を見ることができない。」
「ニンジャ? 何それ?」
「マサシに教わった。あいつの生まれ故郷に遥か昔からいるスペシャルコマンドーらしい。高度な戦闘技術を持っていて、部屋の天井に張り付いたり、高い塀を飛び越えたり、姿を消したり、水面を歩いたり、敵に気付かれることなく敵陣の奥深くまで侵入して、敵の最高司令官を暗殺したり、重要機密文書を盗み出したりするらしい。まさに今からお前がやる事だ。」
「テランってのはそんな事もできるの? おとぎ話でしょう?」
「それが実在らしい。今でもその家系は続いているとか言っていたぞ。」
「テランならやりかねないわね。じゃ、期待してるわよ。」
そう言ってミリは部屋を出て行った。
ブラソンは床からせり出してきたソファに楽な姿勢で座り、セットアップしたばかりのシステムを立ち上げ、HMDを被り、ネットワークに接続した。
ミリが出かけるまであと三時間程度しかない。
■ 1.22.2
ミリは出発前に一度ブラソンが与えられた部屋に寄った。
ブラソンが装備を調え終わったら寄ってくれ、と言ってあったからだ。
「ずいぶん派手な格好だな。」
部屋に入ってきたミリを見るなり、ブラソンは言った。
「ニンジャというのを調べてみた。中央図書館ライブラリに少しだが情報と画像があった。折角だから取り入れてみた。確かにこの格好は動きやすいが、少々恥ずかしいな。」
この女、こういう性格だったのか、とブラソンは少し困惑する。
どうもやはり、ハフォン人の波長というのは良く分からない。
ちなみに銀河種族の中では、ハフォン人というと「変わり者」というイメージがついて回る。
宗教の存在や、チップを拒否し続けている事、ブルカの存在もある。
「そうなのか。俺もニンジャがどんな格好をしているのか良く知らん。しかしなかなか格好良いじゃないか。」
「男のニンジャと女のニンジャではかなり格好が違うらしい。」
何かツボに入ってしまったらしい。えらくニンジャを気に入っているようだ。
まあ、気に入ってくれたようで、教えた側としてはうれしい限りだ。たぶん。
「そうか。まぁ、それは良い。行く前にちょっと打ち合わせだ。座れ。」
そう言ってブラソンはミリにソファを勧める。先ほどミリが部屋に入ってくる直前に、打ち合わせ用に出したソファだ。
ミリはソファに座り、いつものように足を組む。
隠密性の高いスペシャルコマンドーという割には、妙に色っぽい格好だな、とブラソンは思った。
すぐに雑念を払い、打ち合わせに入る。
ミリがどんな格好をしていても関係ない。どう見ても動きにくそうなブルカでさえなければ。
あの嫌味な程に真っ白い宮殿内では、どんな服を着ていようと目立たなくいる事は出来ない。
最初に宮殿内のカメラで内部を覗いたとき、ブラソンは絶句したものだった。
「進入経路だが。頭に入っているか? いちいち地図を確認している暇は無いぞ。」
そう言いながら、部屋の真ん中に大きく展開されたホロモニタに王宮の立体図を投影する。
黄色で示された進入経路が、王宮の外壁を登り、そして建造物の中に侵入する。
「大丈夫だ。その程度の事が出来ないなら、この仕事はやっていられない。」
どうやら、彼女はニンジャの格好になると同時にまた性格を変えたようだった。
そう言えば、髪が伸びて黒の直毛になっている。眼の色も黒だ。今気付いた。
ブラソンは重ね合わせたネットマッピングに記されたセンサー類の位置と種類を確認する。
「マサシが消えたのはここだ。まずはここまで侵入する。この近くに穴か扉か何かがあるはずだ。現地で探してくれ。その先がネットブラックになっていて、そしてマサシが囚われている所だ。」
黄色い線が止まり、その先端に二重丸が点滅する。
「諒解。」
「お前、チップを使って、声を出さずに音声通信できるか?」
『できる。これで良いか?』
ミリの声がブラソンの頭の中に響く。
「上出来だ。メッセージ使ったらサーバ経由するからな。経由するサーバの数は少ない方がいい。音声ならダイレクトに俺が拾うから、経由サーバ数は最小限でいける。で? 武器は何を持ってる?」
「これだけだ。知っているだろうが、王宮に武器を持ち込むことはできない。刃渡り30cm以下のナイフがせいぜいだ。」
そう言ってミリは手に持ったナイフを見せた。両刃の変わった形をした黒ずんだナイフだった。
情報軍のエージェントが使う特殊武器はそんなものだろうと、ブラソンは特に気にしなかった。
「済まないな。武器感知センサーだけはちょっと特殊で、ハードウェア上で動作するから騙せないんだ。無理に割り込もうとすると、王宮ネットワークに侵入していることがバレる。シールドやジェネレータは装備しているか?」
「無論、外した。防御兵器も兵器認定されてセンサーに引っかかる。だから本当にこのナイフしか持っていない。もちろん、侵入用の吸着グローブやワイヤーはちゃんと装備している。」
そう言ってミリは腰に巻いたウエストポーチのような黒い小さなバッグを叩く。
ハフォン王宮には、外部から武器を持ち込むことができない。
銃器や火薬類は当然のこととして、シールドジェネレータや、重力ジェネレータも「武器」の範疇に含まれる。
持ち込もうとすればセンサーに引っかかり、盛大に警報を鳴らすことになる。
爆発性や可燃性の化学物質も同様にセンサーに検知される。
王宮軍や近衛兵が携帯している武器は、王宮のセキュリティシステムに登録してある。個体番号が登録してある武器のみ、王宮に持ち込むことが出来、そして王宮内で行使できる。
例外は、刃渡り30cm程度以下のナイフや、鎧ともいえない程度の金属板、そして軽装甲スーツよりも遙かに防御力の低い防弾ジャケットなどだった。
そうしておかねば、ただの鉄板や、少し長めの金属棒なども全て武器として誤認してしまうためだ。
要するに、王宮軍や近衛兵の武装と比較して、問題にもならない程度の武器が除外されている。
王宮軍はもちろん銃器で武装しているし、軽装甲スーツは常人の力では刃物程度で突き通す事は出来ない。
刃渡り30cmのナイフといえばほぼ短刀の部類に入るが、スーツを着た王宮軍兵士をどうこうできるものではなかった。
「いいだろう。王宮に着いたところでタイミングを俺の方から指示する。お前がチップを使っている限り、常に俺が一緒にいると思ってくれて良い。任せろ。
「但し、一つだけ絶対忘れるな。分かっていると思うが、誰かに見つかったら終わりだ。センサーは騙せるが、人は騙せん。もちろん俺も最大限警戒する。だが、現場にいるのはお前だ。十分注意してくれ。」
「分かっている。とにかく早めに教えてくれれば良い。臆病なくらいでちょうど良い。あとはこっちで何とかする。」
ちょうどそこで、部屋にサベスが入ってくる。
「始めるのか。概要はミリから説明を受けた。」
「ああ。まぁ見ていてくれ。見事回収脱出決めてみせる。」
「何か困ったことがあれば、いつでも相談に乗る。」
「では、行って参ります。」
サベスにそう言って、ミリは部屋を出ていった。
「ところで。」
ミリが部屋を出ていった後、しばらくの沈黙の後にサベスが口を開く。
「彼女のあの格好は何だ? 何か理由があるのか?」
「聞くな。」
男二人は並んで立ったまま、しばらくミリが出て行ったドアを眺めていた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。