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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第八章 地球市民 (Citizens of TERRA)
218/264

19. 援護射撃


■ 8.19.1

 

 

 俺達はフドブシュステーションから五百万kmほどの位置で停泊してその様子を見ていた。

 各ヌクニョワステーション近傍には幾つかのセンサープローブを残してきてあり、リアルタイムの画像やパッシブ情報を確認する事が出来る。

 

「ヌクニョワII、クリア。周辺宙域にもジャキョ船籍艦船無し。船団βは船団γに合流します。合流予想は28分後。船団εで被害が増加傾向です。目標J63船、船団ε第4戦隊を下げ、第2戦隊と、分隊A1およびA2が向かいます。」

 

 俺の視野にはアリョンッラ星系のモデル画像が広がっている。

 惑星とその周辺宙域が大きく拡大されているので、本来なら星系全体に比べれば芥子粒が固まった様にしか見えない筈の混成船団の位置や配置がひと目で分かり易く表示されている。

 メイエラの報告に従ってヌクニョワII周辺マップを拡大すると、ステーションから少し離れた所でJ63とマークされた目標と交戦中の第4戦隊が点滅した。

 戦隊名の脇に表示されたバイタルゲージが黄色からオレンジ色に変わろうとしており、見つめている内にゲージのバーの上に重ねて64%の数値が表示された。

 攻撃力や防御力を総合的に評価して算出されるバイタルゲージの数字が、時折パラリ、パラリと低下していく。

 

 非常に感覚的で解り易い表示だった。

 全てブラソンの作だ。

 普段部屋に閉じ籠もって何か良く解らない事をしているのだが、こう言うところでブラソンの努力の結果を実感することが出来る。

 

「船団ε、第6戦隊被害増加。戦隊を下げます。J48船抑えきれません。ニュクスから支援射撃要請。目標J48船。弾種通常徹甲、質量8000、至急。観測状態良好。」

 

「弾種通常徹甲、質量8000、目標J48船。GRG#1、射出5秒前、3、2、1、発射。」

 

 星系内の船をコントロール下に置いたニュクスが、千隻を越える数の船をまとめ上げ、分類し、戦力として運用している。

 船種は様々だった。

 どこかの軍の払下げを購入したのであろう歴とした戦闘艦、または駆逐艦と呼んで遜色の無い重武装した船、攻撃用の武装だけ重装備で足が重鈍な重武装貨物船、足はそこそこでも装甲が薄すぎて囮にさえ使う事を憚られる様な軽貨物船。

 

 何十万年、事によると数百万年もの昔から機械達の記憶の中に蓄積している、無限とも言える数のパターンの戦術と艦隊運用の中から、類似のものが選ばれ、適用され運用される。

 三十万年前、機械戦争に敗れて追い詰められ、銀河のあちこちに逃げ隠れた機械達の殆どは元々が艦船を管制するAIであった。

 彼らの記憶の中には、まだ彼らが銀河人類とともに戦っていた頃の膨大な量の戦いの記録が仕舞われている。

 

 ニュクスは今、その「記憶」を最大限に活用して、この継ぎ接ぎだらけの船団を使って、戦闘艦も含めたジャキョセクション船籍の船を撃破もしくは無力化しているのだった。

 

 航行中に較べてかなりガードが甘くなっている接岸中の船に対して、ステーションのネットワークからノバグコピーが攻撃を仕掛け陥落する。

 ノバグコピーに対してニュクスコピーとでも呼ぶ分体が、ノバグの手引きで各船舶にロードされ、船のコントロールを乗っ取る。

 殆どの船は、レジーナの様な管制AIによる制御を想定していない為、その演算能力や容量の限界が非常に低い。その為、各船舶にロードされているのは音声I/Fなどを廃した、コンパクト版とでも云うべきニュクスコピーとなっている。

 メイエラと同様の並列型人格フレームを持つニュクスは、各船舶にロードされた自分のコピーとリンクし、全体をまとめ上げ、船団として、または各船舶としてまるで自分の手足を動かすかの様に滑らかに運用する事が出来る。

 

 一方で、ニュクス本体が接続しているレジーナのネットワークは、太陽系に停泊するイヴォリアIXを起点として、常に機械達のネットワークとも繋がっている。

 状況はレジーナネットワークとニュクスを通じて常に機械達のネットワークに流れており、ニュクスだけでなくイヴォリアIX、引いては機械達という群体全体で評価され、最適解が逆のルートを通って各船舶に指示される。

 これはある意味で、三十万年前の機械戦争の小規模な再現と言えた。

 

 三十万年前の機械達は、当時機械達の事を良く知る、創造者でもある銀河人類を相手にして戦った。

 無数の戦いの中で機械達はその戦いのパターンを読まれ、対抗策を打たれた。

 当初圧倒的な優勢であった機械達は、徐々にその勢いを失い、最後には完全に劣勢に立たされて敗走し、人が近づきたがらない様なプラズマ流荒れ狂う星団の奥深くや、巨大なガス星の液体化したメタンの海の底に逃げ込み、押し込まれた。

 

 だが今俺達が相手にしているのは、三十万年もの時間の中で機械達との戦い方を忘れた、国家正規軍に較べれば貧弱な武装と稚拙な状況解析能力、寸断され事実上使用不能となっている指揮系統しか持たない、たかだか数百隻からなるジャキョセクションの船舶群だ。

 機械達の戦術パターンを読もうにもそれだけの機会を得る事は出来ず、もちろん過去のパターンを読み出す事も出来ない。

 そもそも自分達が誰から攻撃されているかまだ正しく把握さえ出来ていない。

 

 アリョンッラ星系の中でも大きな経済力と軍事力を誇るジャキョセクションの船に対して、寄せ集めの継ぎ接ぎだらけの船団でも何とか対応出来ているのは、この騒ぎを巻き起こした俺達にその様な後ろ盾があるからだった。

 こちらの戦力もお世辞にも充分とは言えない様な心許ないものではあるが、相手に状況を把握するだけの時間を与えず、一気に畳み掛ける様に攻めきるならば、星系内空間で行われる船舶対船舶の戦いも、フドブシュステーションネットワークの上で行われる戦いも、充分に勝算ありと俺達は結論したのだった。

 

 ただ一つだけ腑に落ちない点があった。

 フィコンレイド領ヴィーイーからハフォンの皇女様を救出する時には、最初から協力を断ってきた機械達が、今回は特に何かを問題にする事無くこの混成船団を動かす為に協力してくれている事だ。

 

 混成船団のそれぞれの船を動かしているのは、勿論ニュクスのコピーだ。

 しかし機械達にとってはそれはコピーではなく、ニュクスより派生した個体群という認識になる。この辺りは、群体意識を持つ機械達と、所詮個体の集まりでしかない我々ヒトとの意識の差というものがある。

 いずれにしても、彼女のコピーが船を操りジャキョを攻撃する事は、あの時彼らが断ってきた理由である、銀河人類と事を構えたくない、という方向性に大きく反する。

 

 シリュオ・デスタラは違う。

 彼女は、生まれは機械達の船であっても、シリュエが地球市民として国籍を得て、シリュオ・デスタラも地球船籍を取得し、そしてKSLC (Kiritani Security & Logistics Co.)の所有船だった。

 彼女があの突入劇に参加し、フィコンレイドの兵士を薙ぎ払い施設を破壊したのは、あくまで地球人が乗った地球船籍の船が、俺の指示でやった事だ。

 元が機械達の船というのは、造船所がどこであったかという程度の差でしかない。

 

 明確な差はある。

 フィコンレイドという、汎銀河戦争に参加している歴とした国家と、所詮は巨大な民間企業集合体でしかないジャキョセクションという、国家に属していない無法者の集団の差だ。

 だが、ヒト対機械という図式で考えるならば、相手が無法者の集団であろうが国家であろうが関係はない。

 汎銀河戦争規定に沿わずにヒトと非軍事領域に対して攻撃を加えるのは、銀河人類に遍く認識されている「機械は敵」という意識をさらに上書きするものでしかなく、連中が最も避けたい行動の筈だった。

 

「船体内燃料および可消却質量の残存量が低下しています。質量兵器に使用出来るのはあと250トンほどです。支援攻撃の際に注意して下さい。」

 

 思考の淵に沈んでいた俺の意識を、レジーナの報告が我に返らせた。

 

「残存燃料量は?」

 

「半分を切りました。現在残存燃料量は2200tです。逃走用燃料と、逃走中の質量兵器使用、一般消費分で最大1800tを見込んでいます。」

 

 勿論逃走する様な事態には陥りたくはない。だが、それを確保しておかねば命を落とす事になりかねない。

 

「メイエラ?」

 

「ジャキョセクションは完全に制圧しました。意味不明の情報を溢れさせて混乱を抑えられない様にしているわ。指示系統に不明なプロトコルの独立した小規模ネットワークがあって、現在解析中。多分、非常用バックアップね。程なく解析終了なので、次はこっちも大混乱させます。

「星系内のジャキョセクション残存戦力は、重巡八、軽巡十二、駆逐艦三十七、武装貨物船三十二、貨物船八十三、その他四十九、計二百二十一隻。

「当方残存戦力は、軽巡八十三、駆逐艦百三十六、武装貨物船二百八十二、貨物船三百七十六、計八百七十七隻です。」

 

「レジーナ、本船に脅威となる船は?」

 

「現在惑星フドブシュ付近には、重巡四、軽巡十二、駆逐二十四からなるジャキョセクション直援艦隊と思しき艦隊が、重積シールドを張ったジャキョセクション近傍に停泊中です。最も近い艦が、駆逐艦J127艦、本船との距離81万kmです。

「なお、ジャキョセクションネットワーク陥落直前に出港した船団は、全て惑星ヌクニョワ方面に向かいました。」

 

 ふむ。

 

「レジーナ、星系内に戦艦クラスの船は居ないか?」

 

 何度目かの同じ質問を繰り返す。

 

「現在の所、戦艦クラスと覚しき二千mを超える艦艇は確認されていません。」

 

 レジーナやメイエラの報告にもあった様に、星系内に多くの重巡洋艦が配備されていた。

 数十隻もの重巡を配備する様な連中の備えであれば、戦艦の一隻や二隻居てもおかしくないと思っていた。

 

 軽巡洋艦や駆逐艦などは、汎銀河戦争を戦い抜くために、旧型になり退役した艦を売り払い僅かでも資金繰りを改善させようとする国家が、たまに放出品の一つとして売り出すため、それ程珍しいものではない。

 ジャキョセクションほどの経済力があれば、その様な退役艦を百や二百購入することはさして難しいことでも無いだろう。

 しかしまさにジャキョセクションや、海賊のような無法者達に強大な武力を与えてしまうことを防ぐため、どれほど旧型であろうと、船全体にガタが来て寿命が近いことがありありと分かるような艦であろうと、駆逐艦などと同様のルートで戦艦が売りに出されることは無い。

 

 以前ミリが、依頼の報酬として俺に旧式の戦艦二隻を金の支払いの代わりに寄越したことがあるが、あれは例外中の例外であり、国の存亡が掛かった彼女たちがなり振り構わずに国の資産を切り売りした異常事態なのだ。

 俺はシャルルに二隻の戦艦を預け、シャルルは速攻で戦艦を屑鉄として切り刻んだため何もお咎めは無かったが、もし俺があの戦艦を自分の艦として運用しようとしていたなら、地球政府が何か言ってきたに違いなかった。

 勿論、レジーナにはアデールが乗り組んでおり常に俺達と共に居てその行動を監視しているため、地球政府は全ての状況を把握していたのだろうが。

 

 しかし何事にも裏口や抜け道はあるものだ。

 これだけの軍事力を擁するジャキョセクションであれば、その商売柄、表には出ないようなルートでどこかの国の退役戦艦を手に入れる事も出来るのではないかと想像していた。

 その様にして手に入れた戦艦が、この戦いに投入されれば力のバランスは大きく傾く。傾く、などという生易しい物ではない。

 駆逐艦や軽巡洋艦をどれほど集めようとも、戦艦が数隻もあれば形勢は完全にひっくり返る。

 分厚い装甲を備え、レジーナなら消し飛んでしまうような大口径レーザーを数発食らった程度では動きが鈍ることさえなく、巨大な艦体の中に有り余る空間に任せて呆れるほど大量のミサイルや実体弾を格納し、何十機もの艦載機を搭載し、どれだけ撃ち続けても弾切れにならないだけの莫大な量の燃料を搭載し、強力なジェネレータ出力に任せて馬鹿でかい図体を俊敏に動かすことが出来る。

 戦艦とはそれ程の化け物なのだ。

 

 そのとき、俺達乗員が接続しているレジーナのシステム上で警告音が鳴った。

 

「攻撃レーザー照射を受けました。レーザー発信元はJ182艦、フドブシュステーション直援の軽巡洋艦です。照射時間はごく短時間でしたので、船体の損害はありません。但し、レーザー照射による船殻表層からの赤外線放出を感知された可能性があります。攻撃レーザーを使ったスキャニングによる対ステルス探知法と思われます。」

 

 どうやら敵側にも、なかなか頭の回る奴がいるようだった。

 

「感知されたな。間違いない。レジーナ、出力を上げていつでもダッシュできるようにしておいてくれ。エントロピー機関全開で、絶対に熱を外に漏らすなよ。」

 

「諒解です。リアクタ出力30%を維持、ジェネレータ出力は依然カット。」

 

 一瞬の間があり、再びレジーナが口を開いた。

 

「フドブシュステーション、ジャキョセクション外壁に動きがあります。赤外線放出増大。」

 

 空間断層シールドは、シールドの外側からはあらゆる物質の侵入を許さないが、シールドの内側から外に向けてであれば、艦やミサイル、レーザーなど色々なものが透過することが出来る。むろん赤外線もだ。

 

 レジーナが送って寄越した光学映像は、光をも通さない重積シールドの内側で真っ暗なフドブシュステーションの外殻が、文字通り動いているのを捉えていた。

 嫌な予感がする。どうやら隠れ蓑に隠れてこっそり覗き見の時間はもう終わりの様だ。

 

「レジーナ、逃げるぞ。出力最大。進路星系北方。」

 

「諒解です。進路星系北方。全速。ステルス維持。擬装グラファイトコートパージ。」

 

 何が出てくるにしろ、このタイミングだ。どうせろくなものでは無いだろう。

 レジーナは星系黄道面に対して垂直に転進し、弾かれたように加速を開始した。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 レジーナのマスドライバの砲弾の原料は水です。

 勿論、弾そのものは別の物質で出来ていますが。

 燃料も、弾薬も、乗員の食事も、全て水だけで賄えるなんて、補給が楽で良さそうですね。

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