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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第八章 地球市民 (Citizens of TERRA)
217/264

18. 一斉離岸


■ 8.18.1

 

 

 その日は後に「開明の日」と呼ばれる様になる。

 

 ヌクニョワVIにある四つの港湾管理会社の内、最大手であり、二百近くのピアを維持管理しているホドロル貨物サービスは、いつもと同じ朝を迎えていた。

 ステーション内には朝も夜もなく、いつも同じ明度の照明が維持されており、ましてや第六惑星ヌクニョワの衛星軌道を回るステーションの公転周期はステーション内時刻と全く一致しない。

 それでも時間はどこかで区切られなければならず、遙か昔から利用されてきた一日という区切りがステーション内には存在した。

 先祖代々長くステーションで暮らしてきた者達にとって、朝や晩と云った時間的感覚は遠の昔に忘れ去られたものであったが、日が変わった後の最初の勤務交替時間の事を「朝」と呼ぶ伝統だけが何故か残っていた。

 勿論彼らにしてみれば「朝」という言葉は「日付が変わった後、最初の勤務交替」の事であり、そしてそれ以外の意味は無く、またその言葉が元々何を意味していたのかなど興味もなくどうでも良い事だった。

 

 所定の勤務時間を満たした者から状況のまとめを行い、次の勤番の勤務者達に情報を与え、席を立つ。

 それぞれの勤務終了時間が少しずつ異なるため、シフトが全て入れ替わるには朝の勤務交代の時間から暫く掛かる。

 全員が入れ替わる頃に、早めにシフトに着いていた者達の最初の休憩時間が始まり、休憩をとる権利を有している者達がめいめいに席を離れて軽食を摂りに行く。

 

 異変はそんな中で発生した。

 シフトに着いている者の約1/3が席を離れている中、ホドロル貨物サービスが管理しているピアに接岸している船のうち、百隻を超える船が一斉に離岸シーケンスの開始を申請した。

 その突然の異常な出来事に驚きながらも、シフトに着いている者達はいつも通りに申請を捌こうとして、僅かな時間差に基づく申請順に離岸の許可を与え、他の船には申請保留と待機の指示を次々と送信する。

 普通ならば指示受領後すぐに送られてくる筈の、待機指示に対する受諾の返信が一切無いことをオペレータ達は不審に思い、待機指示を与えた船舶の状態(ステータス)を確認した。

 一隻として待機指示に従った船は無く、全ての船が離岸シーケンスを続行しており、まるで百隻を超える船が一斉にヌクニョワVIから逃げだそうとでもするかのように、離岸申請した全ての船が勝手にコネクタを切り離し、エアロックを閉め、ボーディングゲートやコンベアゲートを切り離そうとしている。

 

 指示に従わない船がちょくちょく発生するのはいつもの事だった。

 なんと言ってもここは銀河にその名が聞こえた自由星系アリョンッラなのだ。誰もが好き勝手に自分の権利を主張し、身勝手に自分達がやりたいように行動したがる。

 オペレータ達もそんな事は百も承知で、なかなか指示に従わない我が侭な船に対して、時には脅し、宥め賺し、制裁措置の適用さえもちらつかせながら、荒くれ者達に言うことを聞かせて港湾管制制御を行うのだ。

 

 しかし、百隻を超える船が一斉に離岸申請を発行し、その全ての船が全く指示を聞こうとしないというこんな異常な状況は初めてだった。

 それはまるで全ての船が示し合わせて港湾管理会社の指示を無視する悪巧みをしているようにしか見えなかった。

 十人ほどが作業しており、通常であればほぼ自動で申請許可の手続きが行われる普段静かな管制室内がにわかに騒がしくなった。

 

「貨物船エルペンダト、何をしている。離岸許可は発行されていない。直ちに離岸シーケンスを停止し、指示に従え。」

 

「護衛艦オルイゾシン、貴艦は管制指示に反した行動を取っている。指示に従え。離岸シーケンスを即刻停止せよ。」

 

「貨物船エペロ、てめえ何シカトしてやがる。応答しろ。罰金と制裁がそんなに欲しいのかこの野郎!」

 

「貨物船ウバイ・ダットヴェブイブ、貴船の離岸シーケンスを即刻停止し、管制指示に従え。パイロットオペレータ指示に対する重大な違反は、違反金徴収と制裁措置適用の対象になる。分かってるのか。」

 

 今や管制室内は、突然発生した極めて異常な事態に対応しようとする当直員達の声で満ち満ちていた。

 しかし管制オペレータがどれ程がなり立てようと、罰則や違反金、制裁措置を持ち出して脅しつけようとも、返答を寄越す船は一切無く、また勝手に動かし始めた離岸シーケンスを止めようとする船も一切存在しなかった。

 

 そしてどうやらここホドロル貨物サービスで起こっているものと同じ状況が、他の港湾管理会社でも発生している様だった。

 ヌクニョワVIステーション全体で数百隻もの船が一斉に離岸して行く様は、まるでどこかの軍港から軍の艦隊が緊急発進の離岸を行うのを見ている様だった。

 同じ様なタイミングで離岸した数百隻の船が、同じ様なタイミングで回頭しつつステーションから距離を取っていく。

 船籍も船種も大きさも性能もまるでバラバラな船が数百隻、極めて狭い空間の中でぶつかり合う事もなく一糸乱れぬ動きで回頭して微速前進を開始するその光景は、まるで何かの奇跡か、もしくは仮想空間で生成されたグラフィックムービーの様だ。

 

 ステーションから数kmの距離を取った数百隻からなる船団は、突如としてバラバラな動きを始める。

 しかし呆けた様にその動きをモニタ上で眺めていたオペレータ達は気付く。

 大きさも船種もバラバラにごちゃ混ぜだった船の集まりが、徐々に同類の船種、同じ様な大きさの小集団の集合体に変わりつつ、全体として足並みを揃えてどこか同じ場所に向かいつつある。

 

 数百隻の船団が、突如一斉にステーション近傍に停泊、或いは遊弋していた船を攻撃し始める。

 攻撃された船の中には中古の軍艦なども混ざっては居たのだが、攻撃している船団側にも旧式とは言え軍艦や重武装した貨物船が多数混ざっており、それらの船から集中砲火を浴びて次々と撃沈されていった。

 周辺宙域でまるで幾つもの花が一斉に咲いたかの様に、爆発のプラズマ炎とデブリ雲が放射状に広がる。

 

 緩くではあるが、互いに連携を取っている他のヌクニョワフラグメントでも同様の事態が発生しているらしく、異常事態が発生している事を示すアラートが全てのヌクニョワステーション上で赤く激しく明滅(フラッシュ)している。

 見やれば確かに、惑星ヌクニョワの周辺衛星軌道上のあちこちに、攻撃された艦船が爆発したと思しきプラズマ炎の煌めきが散らばっている。

 

「・・・なんなんだよ、これ・・・なんなんだよ、何が起こってんだよ、一体・・・」

 

 若いオペレータの一人が、彼の当直の席を囲む様に多数表示されているホロモニタを呆然と見つめながら放心したかの様に弱々しく呟く。

 彼にもう少しの注意力があれば、普段の業務中と同じ注意深さがもう少し残っていれば、さらに異常な事態に気付いたであろう。

 

 星系内の至る所で突然発生した、一糸乱れぬ艦隊行動をとる不気味な混成船団に攻撃され大破爆散しているおびただしい数の船は、全てジャキョセクションに船籍を置く船である事に。

 

 

■ 8.18.2

 

 

 フドブシュステーションの中にある警備中央司令室の中は、まさに蜂の巣を突いた様な大騒ぎとなっていた。

 オペレータ達はあちこちに連絡を付けようと躍起になり、情報を寄越せ、状況を報告しろとモニタに向かってがなり立てている。

 あちこちで一斉に発生した通信障害と、叩き付けられる様に雪崩れ込んでくる大量の意味不明の情報による混乱をなんとかしようと、工具や携帯端末を大量に抱えた技術者達が走り回っている。

 隣の区画、ともすると隣の部屋や隣の端末とさえまともに通信出来ない状態の中で、それでも何とか情報を伝達しようと携帯端末を抱えた下っ端のオペレータや無理矢理駆り出された他部署の作業員が怒鳴りながら走り回る。

 

「まだ駄目か。」

 

 数百人ものオペレータや技術者が走り回り怒鳴り散らす事で混沌の坩堝と化している中央司令室の最奥、全体を見回す事の出来る高さに透明な壁で仕切られ、ここだけは司令室の混沌から切り離されている照明が抑えられた静かなオフィスの中で、部屋の中央に設置された大きなデスク越しにオペレータ達が走り回る司令室を眺めながら、ジャキョセクション警備本部長のイレイツが低い声で呟く。

 普段ならこの部屋を訪れる部下達を震え上がらせる、その低く重いゆっくりとした口調も、現在ジャキョセクション全体で発生している極大規模での混乱に対しては何の効果も無かった。

 

「まだですな。尤も、通信は全く役に立たなくなっておりますからな。誰かが駆け込んでくれば、私から報告するまでもないのでしょうが。」

 

 大ぶりなデスクの前、少し脇に寄った位置に立ちイレイツ同様に司令室を見下ろしているボイフデァクが応えた。

 ボイフデァクとは長く共に仕事をしてきた仲であり、ボスとその参謀と云うよりも、一歩引いたところから常に冷静なアドバイスをくれる相棒、と呼ぶ方がしっくりとくる関係だった。

 

「街の方からは何か言ってきていないか?」

 

 イレイツの問いに対してボイフデァクは一瞬中空を見つめた後に視線を手元の非常用携帯端末に落とした。

 

「目新しい報告はありませんな。これだけの大規模攻撃を行う為には、相当な大部隊が区画内に入り込んでいるものと思われますが。一体どうやって身を隠しているのやら。」

 

「攻撃の拠点がセクション内である事は間違いないのだろう?」

 

「それは確実ですな。技術者が言うには、例えステーションネットワーク伝いであったとしても、あの一瞬で多重防壁を無効化した上にセクション全域に攻撃を掛けるなど、例え機械知性体であっても外部からでは絶対に不可能、という話でしたからな。」

 

「毎正時のクリーニングは正しく実施されていた。例の泳がせていた中継器が使われた形跡もない。前もってネットワーク上に機械知性体が潜伏しておく事は難しい。そして例えテランの機械知性体といえども、多重防壁を一瞬で破る事は出来ない。現在接岸している船を洗っても、攻撃の拠点となった形跡はない。船と人間の出入りを確認しても、それらしい奴は確認出来ない、と。」

 

 侵入の経路も無ければ、侵入の形跡も特定出来なかった。

 しかし実際には、ジャキョセクション内部に潜り込んでいると考えられる正体不明の大規模攻撃を受け続けている。

 ただ、ネットワークがこれだけ大混乱し、まともに通信さえ出来ない状態になっている現在、それらの報告がどれだけ正しいものか信憑性に少々欠ける所があるのは否めなかった。

 

「目と耳を完全に奪われた状態であるのは厳しいですな。それどこか、セクション内の状態さえまともに掴めない。正常化した端から再び攻撃されて、一向に混乱が収拾しない。そこら中を伝令が走り回るなど、まるで原始時代の様ですな。」

 

 ボイフデァクのぼやきが終わるのとほぼ同時に、部屋の入口のチャイムが鳴った。

 

「入れ。」

 

 先ほどから伝令役で司令室の内外を走り回っているのを何度も見かけた若いオペレータが息を切らせながら部屋のドアを開けた。

 伝令役のオペレータは部屋の入口に立ち止まったまま、手に持った非常用端末の画面を見た。

 

「報告します! 現在本星系内の我がセクションの船が次々と攻撃を受けている模様です。多くの船が既に撃沈されたとの情報もありますが、真偽は不明です。また、攻撃の被害規模も不明であり調査中です。」

 

 イレイツは座ったまま眼を閉じ、こめかみを握りこぶしでマッサージする様な仕草を見せた。

 

「なんだと? ネットワーク攻撃だけでは飽き足らず、正面切って殴り合いの喧嘩も売ってきたということか? 例のテランの新入りの若造が追いかけていた貨物船一隻ではないという事か?」

 

 どれ程重武装しようと、貨物船は貨物船でしかない。

 星系内には、あちこちの軍から退役払下げ船を買い込んできた戦闘艦が数百隻存在する。

 本来なら払下げの対象にはならない筈の、裏から手を回して密かに手に入れた戦艦クラスの虎の子の戦闘艦も十隻ほど存在する。

 これだけの武力を前に、貨物船一隻で物理的な攻撃を仕掛けるのは、「イカレている」を通り越して、完全に狂っている。正常な頭の判断とはとても思えない。

 小馬鹿にしてまともに聞いてはいなかったが、例のゴールドマンとか云うテランの若造が言うには、確か非常に狡猾で且つ一隻の貨物船とそのクルーとしては戦闘能力も非常に高い、というのが例の貨物船に対する評価だった、

 どれ程戦闘能力が高かろうとも、仮にも「狡猾」と評価されるほどのクルー達が、これだけの武力を前に貨物船一隻で殴り込みを掛けるとは、とても思えない。

 

「あのテランの若造が、ここ十日ばかり追いかけていた案件がありましたな。例の貨物船と思しき船のクルーが、あちこちのセクトに「ジャキョセクションを共に潰そう」と声をかけて回っていたとか。

「・・・ふむ。そんな与太話に乗る愚か者がこの星系にいるとは思いませんでしたので、気にも掛けておりませんでしたが。ひょっとすると、ひょっとしますな、これは。」

 

 思案顔のボイフデァクが、伝令のオペレータには聞こえないほどの低い声で呟く。

 

「伝令。」

 

「はい!」

 

 イレイツの低くしかし鋭い声に、弛緩仕掛けていた若いオペレータが反射的に背筋を伸ばした。

 

「我々の船が攻撃を受けている件に関してとにかく情報を集めろ。どんな事でも良い。情報の真偽はこちらで判断する。そして全艦船に伝えろ。殴られたら、殴り返せ。他の船と協力しろ。単艦で動くな。」

 

「承知しました!」

 

 大きな声で返事をした若いオペレータは、踵を返すと駆け足で去って行った。

 

 分かっている。

 こんな抽象的で具体性に欠ける指示など、してもしなくても同じだ。

 しかし、細かな指示を出す事が全く出来ない現状で、ごく僅かでも被害を軽減する可能性があるのであれば、言わないよりは言った方がましだろう。

 

 イレイツは椅子に深く腰掛けて背もたれに身体を預け、深い溜息を吐いた。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 ああ、早く仕事がましな状況になって、書く時間をちゃんと確保できるようになって欲しい・・・

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