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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第八章 地球市民 (Citizens of TERRA)
216/264

17. 重巡洋艦ベゼルイド


■ 8.17.1

 

 

「GRG#1、#2発射用意。全デルシュドット機雷解放。目標フドブシュステーション、ジャキョセクション。着弾まで380秒。」

 

 レジーナは作戦開始宣言と同時に二門ある重力レールガン(GRG)の発射準備を終えた。

 デルシュドット機雷とは、先の環アステロイドレースの時に俺とルナが乗ったグリフォンVIIに向けて撃ち込まれ、かろうじて何とか躱したあの機雷だ。

 ケーシングに包まれた弾体は、精密な重力波探査以外では至近距離まで感づかれること無く、そして目標の至近距離でこれもまた探知しづらいハードグラファイトコートされた重金属実体弾を放出する。

 どんなに狙っても宇宙空間で宇宙船に機雷を当てることなど、特殊な場合を除いてほぼゼロに近い確率でしか無いが、相手がフドブシュステーションのような巨大且つ定まった軌道を移動する目標であれば、高い確率で命中させることが出来る。

 多分ジャキョが手配して太陽系のヤクザ崩れの組織に売り払い、グリフォンVIIごと俺を処分したかったのだろうが、今度はこちらの番だ。

 何も無いところに突然発生して一斉に襲いかかってくる多数の実体弾に驚けば良い。

 

「ジャキョセクション、対応しました。空間断層シールドを含んだ重積シールドを展開中です。」

 

 ジャキョセクションの防衛担当者もバカでは無いだろう。

 向かってくるのがただのデブリでは無く、攻撃の意志の元に送り込まれた兵器であれば当然、対抗措置を執ってくる。

 構わない。ホールショットは重積シールドの内側に展開できる。

 そして重積シールドを張り続ける限り、ジャキョは外部からの物理的支援を受けることが出来ない。

 

「ホール展開。GRG#1、#2発射。続けて第二射装弾。発射。第三射装弾。発射。第四射装弾。発射。全弾ジャキョセクションに着弾を確認。」

 

 俺にネットワークの中は見えないが、ブラソン達ネットワークチームがジャキョセクションに撃ち込まれたQRB(Quantum Relay Bullet:量子通信中継弾)を足がかりにしてジャキョセクションのネットワークに雪崩れ込む。

 同時にフドブシュステーションの他のセクションを足がかりにして、数百人ものノバグコピーとメイエラ並列体がジャキョセクションを襲う。

 ジャキョセクションのネットワーク担当者は、突然の外部からの飽和攻撃に晒されてパニックになっているだろう。

 ノバグとメイエラの本気の攻撃をヒトのネットワークオペレータが抑えられるはずも無い。

 今回は、彼女たちは自分達の存在を隠す必要さえ無いのだ。つまり、全てのリソースを攻撃と侵入に割り振る事が出来る。

 一瞬の抵抗をする暇さえ無く、ジャキョセクションのネットワークは彼女たちの侵入を許した。

 ややあってからメイエラの声が響く。

 

「港湾管理全システム掌握しました。重積シールドを張った時点で緊急発進シーケンスに入った、改造貨物船二十六、駆逐艦クラス二十九、軽巡クラス十四、重巡クラス六について侵入出来ませんでした。それと、港湾管理システム掌握までの間に三度アラートが飛んでます。星系内外の全てのジャキョ所属船は緊急事態の発生を知らされたものと思われます。一部重要機密情報にロックがかかって、物理的にも遮断されました。侵食継続します。ジャキョセクションネットワーク掌握まで15分25秒を予想。」

 

 重要機密情報がロックされたのは問題無い。そんなものに興味はない。俺達は警察では無い。

 彼女たちが艦船コントロールに関わるシステムを完全占領するまでの僅かな間に、何らかの警報が発せられるであろう事は予想していた。

 幾ら彼女たちがヒトには到底追いつけない速度でシステムを侵食しようとも、ゼロ秒で占領できるわけでは無い。その僅かな時間は、システムが警報を発するには充分な時間だった。

 しかしいずれにしても、警報が発せられるのは想定の内だ。

 

 想定外だったのは、攻撃を受けてから素早く緊急発進に移行した艦船が思ったよりも遥かに多かった事だ。

 例のテラフォーミングサテライト周辺宙域での交戦の記録などから推測したのだが、ジャキョの艦船の練度と即応性を嘗めすぎていたかも知れない。

 

 改造貨物船はさほど大きな脅威では無いとしても、戦闘艦を合計五十隻も取り逃がしてしまったのは結構痛い。

 それとは別に、攻撃開始時にステーションから離れた所で停泊していた為にやはり彼女たちの手が届かなかった艦船が四十隻ほどある。

 この百隻弱のジャキョの戦闘艦船は、フドブシュ近くに停泊して身を隠しているレジーナの脅威になるだろう。

 早いところ火の手を上げて、視線をそちらに向けなければならない。

 

「ジャキョセクション中枢部、侵入出来てませんが、隔離しました。作戦第二段階に移行します。」

 

 これまでレジーナが担っていた作戦全体の(オペレーショナル)旗振り役(コーディネータ)は、大量の情報を一度に扱う事が得意であるメイエラに代わっている。

 レジーナは負荷を大きく減らして操船に専念できることになった。

 

「全第三勢力艦船のバックドア開きます(アクティベート)。設置バックドア数1296に対して有効バックドア数1217。バックドア設置艦船のコントロール取得中。70%、80%、90%、第三勢力艦船1217隻、コントロール掌握しました。艦船コントロール、ニュクスに譲渡します。」

 

 メイエラが大量の情報を一度に扱う事を得意としているのは、幾つもの自分のコピーを並列に接続して分散処理を行ったり、逆に全てのコピーを一つの大きな群体としてまとめ上げて集中的にリソースを投入したりする様な、非常に柔軟な対応が可能であるニュルヴァルデルアVIII型という機械達の人格フレームを彼女が持っているからだ。

 そしてその彼らの最新バージョンの人格フレームは、ここ最近で個体人格を得たニュクスにも勿論組み込まれている。

 電子の海の中を泳ぎ回り戦う事を得意技とするノバグやメイエラよりも、本来艦艇の制御用に形成されたニュクスの方が艦船や船団、艦隊を操る能力に長けている。

 そしてメイエラと同じ様に、並列に連結されたコピー(艦船)を個々に操る事も出来、全体を一つの群として動かす事も彼女は軽々とやってのけるだろう。

 

「しかともろうたぞえ。マサシ、好きに暴れて良いのじゃったのう?」

 

「ああ。操る船の性能に色々と不満はあると思うが、全てのジャキョの船が目標だ。そしてジャキョをイライラさせる様な、あらゆる事をやって良い。よろしく頼む。」

 

「承知した。では、始めようぞ。」

 

 ニュクスの呟きと共に、アリョンッラ星系の中で異変が発生した。

 ステーションに接岸していた多くの船で、乗員の指示無しに突然離岸シーケンスが立ち上がり、必要な乗員が揃っているいないに関わらず、船はエアロックを閉じてステーションから飛び立った。

 貨物の積み込み待ちや、司令部門からの指示待ちで星系内に停泊していた多くの船のジェネレータ出力が突然上昇し始め、慌てた乗員からの度重なるキャンセル命令を全て無視して船が動き始めた。

 

 ステーションから離岸した船も、停泊状態を解除して動き始めた船も、まるで一つの指揮系統からの命令に従う様に、近くを航行している同様に乗員のコントロールを離れた他の船と合流し、徐々に大きな船団を形成していく。

 注意深く観察していれば、駆逐艦クラスや巡洋艦クラス、改造貨物船や武装が貧弱なただの貨物船など、その大きな船団の中には、似た様な船種の船で構成された小グループが幾つも発生している事に気付くだろう。

 

 千を越える艦船が突然コントロールを離れ、管制からの度重なる誰何にも全く応答せず、まるで船と船団が自ら意志を持ったかの様な動きを始めた事で、当然星団内は大騒ぎとなった。

 

「ふむ。これは、まるであの時の再現のようじゃの。始めてはみたものの、余り気分の良いものでは、無いのう。」

 

 レジーナのコクピットでニュクスがぽそりと呟いた。

 だがその余りに低い声で呟かれた言葉が、他の誰かの耳に入る事は無かった。

 

 ヌクニョワVI近傍で344隻の混成船団を形成した船達が、二手に分かれ再びヌクニョワVIを目指して回頭する。

 

「分隊A2、マスドライバー斉射。目標J86艦。分隊B1、前面レーザー斉射。目標J47艦。分隊B1、前面レーザー斉射、目標J31艦。分隊B4、マスドライバー斉射、目標J57艦。」

 

「ニュクス、脅威度AのJ12艦が離岸シーケンスを開始。対処願います。」

 

「J12艦は今は無理じゃ。角度が悪過ぎる。撃てば、ステーションを確実に巻き込むわ。レジーナ、ホールショット援護射撃要請じゃ。弾種通常徹甲、質量10000、弾速2500、単射、162,004,645付近にホールアウトして、狙うのはここじゃ。離岸直後に叩ければ理想じゃ。」

 

「諒解しました。ホールショット、タイミング合わせます・・・発射。弾着5秒前、3、2、1、今。」

 

 四次元連続体構造の中に突如発生した直径5mほどの「穴」から、直径800mm、長さ1800mm、重さ11tもの紡錘形の砲弾が、相対速度2500km/sec弱で飛び出してきた。

 その金属塊は一瞬でヌクニョワVIステーションに接近する。

 その軌道の先には、今まさにエアロックを閉じ、ボーディングゲートを切り離したばかりの重巡洋艦クラスの戦闘艦が存在した。

 レジーナ乗員達にJ12艦と呼ばれ、ジャキョセクションでは「ベゼルイド(鉄槌)」という名で呼ばれていたその艦は、ステーションから離岸した直後であり、まだシールドの展開さえ終えていなかった。

 そのほぼ丸裸の重巡ベゼルイドにマスドライバーの実体弾が2500km/secの速度で叩き付けられた。

 

 最近の軍用艦は、突然戦場の真ん中に現れて好き放題暴れ回る、もしくは関知出来ない数光年もの先からいきなり狙撃してくる地球軍の実体弾ホールショットに対抗する為、以前よりも艦体外殻装甲を厚めに取り、艦体自体も実体弾の巨大な物理インパクトに対抗できるような構造で設計される傾向がある。

 だが建造が400年近く前の重巡ベゼルイドには、その建造ポリシーは適用されていなかった。

 

 重巡ベゼルイド建造当時は、艦隊戦に使用される兵器と言えば大口径レーザー砲と、肉薄戦を挑んでくる駆逐戦隊から放出される連装式の反応弾頭ミサイルが主流であった。

 レーザーは、艦体前面に展開するレーザー反射板と、対レーザーコーティングされ、正面からのレーザー光入射角を小さくする様にデザインされた艦体外殻表面で弾けば良いという考えであった。

 反応弾頭を搭載したミサイルは、重力シールドでミサイル自体を弾くか、電磁シールドで爆発電磁波・放射線を遮ってしまえば良い、という考えが主流であった。

 

 故にベゼルイドの艦体外殻装甲は、「重巡」というクラスからイメージされるほどに分厚くも無く、マスドライバの物理的なインパクトに対抗出来る様なものでは無かった。

 それと同時にいわゆる重要防御(ヴァイタル)区画(パート)を覆う内殻装甲も、反応弾ミサイルの爆発による破壊力を遙かに上回る、高速マスドライバ弾の着弾インパクトを考慮したものでは無かった。

 宇宙空間での艦隊戦で、光速の1/100以下の速度でのんびりと飛んでくるマスドライバ弾の様な遅くて極小の物体が、激しく動き回る軍用艦などと言う小さな目標に当たる事など、確率的にまずあり得ないからだった。

 

 レジーナが発射した実体弾は、重巡ベゼルイドの最重要(Extremely )防御(Vital )区画(Part)(EVP)である艦橋と、同じくEVPに指定されているエンジンルームのちょうど中間辺りに艦体真上から着弾した。

 弾体は、シールドさえ張っていない艦体外殻を易々と食い破って艦体内部に侵入し、ヴァイタルパートを護る内殻装甲にぶち当たったところで内蔵炸薬が激発された。

 非常に高い運動エネルギーを与えられた弾体は、爆発しながらもそのまま艦体内部構造をへし折り突き破りながら進み、再度内殻装甲をぶち破り、本来与えられていた運動エネルギーに炸薬の爆発エネルギーを上乗せして、艦体下面の外殻装甲を大きく吹き飛ばした。

 重巡ベゼルイドの艦体を貫通して未だ運動エネルギーを失わないマスドライバ実弾体の破片群は、重巡ベゼルイドの一部であった多数の金属片デブリとともに、ヌクニョワVIの外殻をかすめて虚空へと飛び去っていった。

 

 いま重巡ベゼルイドの艦体を上方から注意深く眺めれば、艦首から1/3辺りの場所に開いた直径1m程しかない小さな穴に気付けるかも知れない。

 しかし下方から眺めるならば、艦体のど真ん中に直径20m近い巨大な穴が開き、色々な液体や気体がその穴から凄まじい勢いで吹き出し、大穴周辺の外殻装甲はめくれ上がって様々な内部構造材が突き出しており、とても正常に運用出来る状態では無い事が見て取れるだろう。

 より注意深く精密に観察するならば、艦体構造そのものが僅かに下向きに「く」の字に折れ曲がってしまっている事も判るだろう。

 レジーナが放った実体弾は、ニュクスの指示した場所を正確に貫いており、リアクタ(パワーコア)やミサイル格納庫と云った爆発の原因になる場所を完全に避けているので、艦が爆散するようなことは無い様だった。

 

「J12艦大破。無力化しました。」

 

「おぉう。旧式中古艦とは言え、重巡洋艦を一撃かや。やるのう。」

 

「シールドも張っていない、ほぼ静止目標です。自慢にはなりませんね。」

 

「いやいや。ならば、儂ももうちと頑張らねばのう。」

 

 ニュクスはそう言うと、いつもの妖艶な笑みを浮かべた。

 


いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


久しぶりにスペースオペラらしいものを描いているような気がします。

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