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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第八章 地球市民 (Citizens of TERRA)
214/264

15. GOLDMAN


■ 8.15.1

 

 

 落ち着いて考えれば、相当にヤバい状況だった。

 

 具体的な話に乗ってくる組織は皆無だったとは云え、「一緒にジャキョを潰そうぜ」とあちこちの組織に声をかけ、その挙げ句ジャキョから兵隊を差し向けられ、その全てを返り討ちにしたのが今日の昼間。

 そのジャキョセクションで、バペッソをけしかけて俺を消そうとした男の名前が「ゴールドマン」だという事が、パイニエでバペッソの端末から吸い出した情報から明らかになっている。

 結局、バペッソの情報からはそのゴールドマンなる人物が地球人なのかどうか確定出来なかったのだが、わざわざ英語で名前がついている辺り、十中八九地球人だろうというのが俺達の一致した推察だった。

 

 そして今、俺から数m離れた所に座っている男は多分地球人で、そして組織の仕立てたリムジンを乗り付けて酒を飲みに来るほどの地位に就いている様だった。

 メイエラはこの男が高い確率でゴールドマンだと言ったが、まず間違いないだろう。

 

 つまり今俺は、俺を殺そうと殺し屋を仕立てて送りつけてきた張本人とご対面してしまっている訳だった。

 

「そう身構えるなよ。もしそうだったとしても、お気に入りの店の中でドンパチやらかそうなんて思っちゃいないさ。」

 

 男の質問に返答せず、黙ったまま目つきだけが悪くなっていた俺を見て、男は苦笑いしながら言った。

 

「アデールかルナをそちらに回すわ。絶対に一人でその店から離れないで。」

 

 メイエラからの増援情報も、こころなしか虚しく響く。

 アデールとルナのどちらがここに来るにせよ、今すぐ到着する訳ではない。

 背中を冷たい汗が流れていくのを感じる。

 眼の前の男が俺を消そうとした張本人であろうという危機的状況の上に、ここは無法地帯として聞こえたアリョンッラ星系の中でも、最も治安の悪い、いや正しくは治安というものが存在しないヌクニョワステーションなのだ。

 そして数m向こうで冷たい眼のまま苦笑いを浮かべているのは、裏稼業で海賊や人身売買に手を出していた闇商人の組織、ジャキョセクションで重役に上り詰めた男だ。

 ちょっと荒事に慣れてきて有頂天になっているだけの貨物船の船長とは根本的に異なり、その道のプロで、そして地球人だ。

 

「そうだ。なああんた、親切そうだから一つ相談に乗ってくれないか? ウチを潰そうなんて話をあっちこっちの事務所に持ち掛けてる剛毅な奴が最近このステーションに居るらしいんだが。そいつが今日この街の東側で昼の日中からウチの雇った兵隊どもと派手に追いかけっこをやった挙げ句、苦労して持ち込んだ貴重な装甲輸送車を四台程吹き飛ばしてくれた上に、こっちはまあどうでも良いがHASを着た吹きだまりのゴロツキどもを十人ばかり始末した様なんだがね。

「それとは別に、しばらく前にウチが地道に細々とやっていた商売のルートを丸ごと一つ叩き潰した上に、苦労して手に入れた値の張る商品をご丁寧にも商品を保管していた倉庫ごと持ち逃げしてくれたお陰で、そっちの方面の客からは乾きかけたジャムみたいにネチネチと嫌味や当て擦りを言われるわ、苦情のメッセージが毎日朝から晩まで山ほど届くわ、俺を散々不愉快な目に遭わせてくれた地球人の船乗りが居やがるんだがな。

「俺はこの二人がどうも同一人物なんじゃないかと睨んでいるんだが、あんたどう思う?」

 

 その通りだ、俺のことだ、と答えてショルダーホルスタからSMGを引き抜こうかとも思ったが、男の雰囲気が余りに落ち着いているので思い止まった。

 今俺と同じカウンターに腰掛けて、ストレートのバーボンをダブルグラスであおっているこの男が、メイエラが言っていたゴールドマンでほぼ確定だろう。

 そしてこの男は、今話している相手が誰か、この二日ほどヌクニョワVIでジャキョセクションを追い落とそうとする工作を行った者が誰か、ほぼ確信を抱いている。

 誤魔化そうとしても無駄なことだろう。

 

 俺は男の問いに対して何かを言う代わりに、カウンターの上から煙草のパッケージを取り上げて一本取出し、灰皿の横に転がしていたライターで火を付けた。

 ゆっくりと最初の一口を吸い込み、中空に向かって盛大に煙を吐き出す。

 

 俺は何も答えていない。

 だがその沈黙は、奴の問いを肯定しているのと同じだった。

 

 誰も喋る者がいなくなった。

 店の中の空気が徐々に硬質化し始める。

 

「謀ってのはな、相手に気付かれたらお仕舞いなんだよ。」

 

 手元にやって来た三杯目のバーボンを半分ほど飲み下したところで、ピリピリとまるで静電気を帯びたかのような空気を破ってゴールドマンが言った。

 

「手を引け。今ならまだ火傷をするだけで済む。もっとも、落とし前を付けてもらわにゃならんから、俺達は引き続き追い詰めようとするし、捕まったが最後命があるとは思わん方が良いがね。」

 

 ゴールドマンは手元のグラスを空にして、音を立ててカウンターの上に置いた。

 そしてスツールを引き、席を立った。

 

「済まないな。また寄る。こんな身でも一応は忙しくてね。」

 

 その言葉は、カウンターの中のマティアスに向けられたものだろう。

 

 男はスツールの後ろを回って、カウンターに座っている俺の後ろを通って店の入口に向かう。

 俺の後ろを通る。

 距離は数十cmしかない。お互いに何か仕掛けるなら今だろう。

 

 ゴールドマンが俺の後ろで立ち止まった。

 肩に手が置かれた。

 

「一つだけ方法がある。俺の下に来ないか? 貨物船たった一隻と数人の仲間で、友人の娘を捕らえていた組織に喧嘩を売るその義侠心と根性は嫌いじゃない。」

 

 すぐ後ろから男の声が囁いた。

 論外だ。

 

「なかなか魅力的な提案だが、断る。俺は自分の船で気ままに飛び回る今の生活が気に入っていてね。」

 

 後ろを振り向くことも無く答えた。

 振り向いてはいけない。

 どれ程恐怖を感じていようとも、それを気取られる訳にはいかない。

 相手はそういう世界に住んでいる男だ。

 一瞬の間があって、再び男の声が後ろから聞こえた。

 

「そうか。それは残念だ。夜も更けてきた。道中気をつけて帰ってくれ。次にまた会うことがあれば、テネシーのウィスキーを奢ろう。」

 

 ゴールドマンは俺の肩に置いた手を離し、そしてゆっくりとした足取りで店の入口に進んでドアの向こうに消えた。

 それを見届け、知らず知らずのうちに強張っていた肩の力を抜く。

 思わず溜め息が出た。

 

 新しく火を付けた煙草の煙を吐くと、俺の前に半ばまで琥珀色の液体が注がれたダブルグラスが置かれた。

 

「これは、私の奢りです。」

 

 マティアスが表情を変えずに言った。

 素直に好意を受け取り口に近づけると、グラスから立ちのぼるジャックダニエル特有の煙る様な香りが鼻腔をくすぐって抜けていく。

 ゴールドマンは、俺の好みの酒を知っていた。

 それは、俺のことを相当に調べ上げたという脅しだろう。

 全力で叩き潰しに来ることなく、バペッソをけしかけてぶつけるなどという手間の掛かることをしたのは、レジーナにアデールが乗っていることを探り当てたからかも知れない。

 もっとよく調べたのであれば、甚だ不本意ながらも、俺が地球政府や地球軍と距離が近いことも分かっただろう。

 

「少々難しいところがありますが、良い方ですよ。」

 

 ゴールドマンが使っていたグラスを洗い終え、俺の斜め向かい辺りでキャビネットに軽くもたれかかって煙草に火を付けたマティアスが呟いた。

 酒は、この店の中で発生した面倒事に対して、マティアスなりの謝罪なのかも知れなかった。

 

「よく来るのか?」

 

 グラスを握ったままカウンターに置いて、俺はマティアスに尋ねた。

 メイエラはアデールかルナを寄越すと言っていた。

 ゴールドマンは既に店を出て行ったが、その後メイエラからは何も言ってこない。

 

「そうですね、二十日に一度程度でしょうか。お忙しい様で、いつも座って何杯かお飲みになったらすぐにお帰りになります。」

 

「いつ頃から?」

 

「さて、いつ頃でしたでしょうか。お客様の情報ですのでこの辺りでご勘弁願います。ましてやあの方はこの店の現オーナーの様なものですから。」

 

「オーナー? 奴はジャキョセクションの人間だろう? ここはジャキョの所有なのか?」

 

「ええ。立ち行かなくなっていたこの店を私ごと買い取って戴きました。」

 

「あんたごと? どういう意味だ?」

 

「文字通りです。私は、奴隷なのですよ。」

 

「奴隷? あんたが? 全然そんな風には見えないが。」

 

 昔の地球ならば、首輪に手枷足枷で鎖でも付いているのだろうが、現在の奴隷はその様な無粋な物を身につけたりなどしない。

 今時は、銀河人類ほぼ全員が利用しているバイオチップ経由で自由意志を縛り付ける。

 そうすることで、逃げ出すことも出来ず、主の命令に完全に従う奴隷となる。

 

 自由意志を奪って、命令に従順に従う人間を作るなどという非常に危険な技術だ。そのコマンドを受け入れるバイオチップ側も、おいそれとは宿主の意志を奪うコマンドを受け付けない様にしてある。

 そしてそのコマンドをチップに受け入れさせる為には、国家によって厳しく管理されている特殊なデバイスが必要となる。

 

 奴隷となれば、主の言うことにほぼ100%従順に従う様になるが、それはそれと分かるほどに対象者から自由意志を奪い、不自然な状態を創り出す事でもある。

 目つきや顔つき、身体の動かし方、全てがまるで作り物の人形の様にぎこちなく、少々緩慢になるものだ。

 とても今俺の眼の前で煙草を燻らせているマティアスの様な、自然な動きをするものではない。

 

「正規の手続きを経て奴隷化されたものではありません。昔船乗りをやっていた頃に、商売に失敗して随分大きな額の借金をこしらえてしまいましてね。」

 

 捕まって強制的に奴隷化されたか。

 勿論本来は、誰かを奴隷化するなど国家警察や司法でもなければやってはならない。

 だがここはアリョンッラ星系だ。

 借金の形であったり、大失敗の落とし前であったり、色々な理由で大手組織が奴隷を作り出すのだろう。

 もっとも大手組織は、ジャキョセクションの様に殆ど小国家並みの経済力やインフラを維持している為、ある意味国家によって為されていると言えないことも無かった。

 

「地球人であったことが幸いしたのと、人足としての奴隷はもう充分で必要なかったのでしょうな。私が命じられたのはここで店をやっていく事でした。以前は地球式のレストランをやっておりましたが、どうも私は料理が苦手でしてね。すぐに潰してしまいまして、それ以来このバーをやっております。」

 

 マティアスは淡々と語った。

 

「あんたは普通に話して動いている。とても奴隷には見えないのだが?」

 

「ええ。私にかけられたメンタルブロックは、喜怒哀楽などの感情を抑制するものや、この街から外に出られないなど、ごく少数ですので、普段の行動には余り表面化致しません。」

 

 この男の無表情や感情の乏しさは、メンタルブロックによるものだと知った。

 余り人に話す様なことでもない、自身が奴隷であるという事を初めてこの店を訪れた客でしかない俺に簡単に打ち明けたのも、その感情の乏しさからだろう。

 

「この街から出られないのか。」

 

「住んでいるのもこの街の中ですし、店の仕入れもこの街の中で済みますから、それ程不自由はしませんよ。」

 

「地球に帰ったことは?」

 

「この店を始めてからはありません。」

 

「帰りたいと思ったことは?」

 

 マティアスは珍しく言葉に詰まった。

 その時、メイエラの声が頭の中に響いた。

 

「マサシ、店の周辺の脅威は排除したわ。帰れるわよ。店の外でルナと合流して。」

 

「排除? ジャキョの兵隊が居たのか?」

 

「ジャキョかどうかは分からないけれど、武装したチンピラが二十人ほどたむろって居たので排除したわ。」

 

 どうも「近くに居たから取り敢えず問答無用で排除した」と聞こえるのだが、気のせいだろうか。

 ウチの女どもは、結構血の気が多い。

 

「ビークルを回してくれ。ビークルが来たら店を出る。」

 

「そうね。ちょっとビークルを捕まえにくい時間だから、少し待って。」

 

 二十分後、無事ルナと合流を果たした俺は、ルナと二人でレジーナに戻るビークルの中に居た。

 

「帰りたい、か。」

 

 自分で発した質問に、自分の感情が引きずられている様だった。

 太陽系を飛び出してからこっち、仕事で地球に戻ることはあったが、地球に帰りたくなって地球を訪れたことは無かった。

 船乗りは、自分の船が家であり故郷でもある。

 無理に言い聞かせる訳でも無く、本当にそう思ってやってきた。

 

「ルナ。」

 

 俺は、隣のシートに座ったまま言葉を発さないルナの名前を呼んだ。

 

「はい。」

 

 静かな低周波音が響く車内に、ルナがこちらを向いて答える衣擦れの音がした。

 

「お前の故郷はどこになるんだろうな。」

 

「故郷、ですか?」

 

「ああ。」

 

「覚醒した場所という事でしたら、シャルルの造船所になると思いますが、抽象的象徴的な故郷という意味であればレジーナ、もしくはマサシが居る場所、です。」

 

「そうか。」

 

 レジーナに戻ったら、ニュクスやメイエラにも故郷の場所を聞いてみようと思った。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 お陰様で40万PVに到達致しました。ありがとうございます。

 

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