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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第八章 地球市民 (Citizens of TERRA)
213/264

14. Ein kleiner Taenzer(小さな踊り子)


■ 8.14.1

 

 

 一杯引っかけたくなってふらりと街に出た。

 昨日から二日連続であちこちの組織の事務所を回り、慣れない営業トークや笑顔の裏で行う腹芸に気疲れしたというのもあった。

 そんな二日間の苦行の末、最後には出力も運動性も壊滅的に低性能な民間の公共交通用ビークルで、遙かに性能に勝る軍用のビークルとカーチェイスをやる羽目になった疲れもあったかも知れない。

 或いは、俺達を追ってきた連中をほぼ蹂躙と言って良い様なやり方で殲滅したことに少々気が滅入っていたのかも知れなかった。

 それとも、自分達が違法な人身売買に手を染めておきながら、そのルートを潰された途端に逆恨みして俺達を付け狙うようになったジャキョセクションの対応にウンザリしていたのかも知れない。

 その結果、ジャキョの手先のように踊らされて俺達に直接手を出し、返り討ちにあって命を落としたバペッソの幹部連中の事が未だにどこかに引っかかっていたのかも知れない。

 どこかに虚しさのようなやるせなさというか、何かすっきりとしないものがあって、自分の部屋で呑むよりもどこか別の落ち着けるところで酒が飲みたくなったのだ。

 

 ちょうど今レジーナはヌクニョワVIに接岸し、その羽根を休めている。

 今まで来たことが無い知らない場所で、気ままに辿り着くままドアを開けた名前も知らない酒場で一杯引っかけるのも悪くない。

 

 ブラソンを誘ってみたが、来たるべき締めの一撃の仕込みで今手が離せないと、申し訳なさそうに断られた。

 ルナやニュクスには悪いが、彼女たちを酒場に連れて行って無用なトラブルを起こすのも今は面倒な話だった。

 一人で出かけるために船内の主通路を歩いていると、「情報収集」に出かけるというアデールが合流してきて、結局また昼間と同じようにアデールと二人で出かけることとなった。

 

 ピア近くからメイエラが回してくれたビークルに乗り込む。

 メイエラは公共交通用ビークルを運用している複数の民間企業にすでに侵入を果たし、全くログが残らないようにしてビークルを寄越すことが出来るようになっている。

 ジャキョセクションから追っ手が掛かるようになった今、安全にビークルに乗りたければ彼女の世話になるのが一番確実だ。

 ブラソン達ネットワークチームにはいつも世話になりっ放しで申し訳ない話だった。

 今も、アデールはレジーナの乗員としてでは無くとも一応仕事の用事で出かけるのだが、俺はただ単に酒が飲みたいという全くの個人的な我が侭でメイエラの手を煩わせてしまっている。

 そう言うと彼女は、鼻歌交じりの片手間で処理するような簡単なことなので気にする必要は無いと笑っていた。

 生い立ちには色々あったが、ブラソン好みの女に育っていって居るようで何よりだった。

 

 一口にステーションと言っても、太陽系にある様な数km~数十kmのステーションと、環状ステーションの様な全長百万kmにも達する巨大なものでは中の状況が全く異なる。

 小型のステーションは、ステーション一つが一つの都市だと思えば良い。

 それに対して巨大なステーションは、ステーション一つが一つの惑星に等しい。

 長さ1600kmほどのこのヌクニョワVIは、惑星上の一つの陸地か大きめの島くらいだと思えば、ちょうど良い大きさだろう。ヌクニョワVIの床面積は地球の日本列島の数倍くらいの大きさに相当する。

 その中には惑星上の陸地と同様に、人が全く居ない場所や、逆に居住者が密集して街の様になった区域が発生する。

 その様な、人が集まっている「街」と呼んで良い様な場所が、今レジーナが接岸しているピアからほんの10kmほどの距離にあった。

 

 その街に少し入ったところでビークルから降りた俺は、特に当てもなく酒場がありそうな雰囲気の場所を探して通路を歩き始めた。

 アデールは俺を落とした後、そのままビークルに乗って行った。もう少し行った先に何か当てがある様だった。

 

 「街」とは言ったものの、地上の都市とは大きく異なる。

 高層建築が建ち並び、離れた場所から見ても明らかに都市部とその周囲が明確に判別出来る地上の都市とは異なり、この手のステーションの中では人が住んでいる場所もそうで無い場所も、どこまで行ってもビルの中や地下街の様な通路が続いているだけで、街とそうでないところの明確な差はない。

 人の姿を頻繁に見かける様になったり、路上にゴミが沢山落ちていたり、通路の壁に色々なものが立てかけてあったり、頻繁な通行によって通路の床や壁が汚れたり傷付いたりしていることで、いわゆる生活臭の様なものが濃い場所が分かり、ああここは人が沢山住んでいる街なのだな、と分かる程度だ。

 

 今まさに俺は、その様な生活臭の漂う通路を、雰囲気の良さそうな酒場を探して彷徨っていた。

 店の前を武装した男達がまるで仁王像の様に守っている様な酒場は、多分どこかの組織の溜まり場になっているのだろう。

 そんな店に入るのは、わざわざ自分からトラブルを作りに行く様なものだ。

 とは言え、例え武装した仁王像か四天王かが屯っていなくとも、店の前にガラクタやゴミが山積みになっている様な店は、さすがにご遠慮申し上げたいところだ。

 

 なかなか気に入る店が見つからない俺に、メイエラが面白い情報を送って寄越した。

 

「マサシ、そこの街にはテランがやっているバーがあるみたいだけど。そこにする?」

 

 地球から数万光年離れたこのアリョンッラ星系で地球の酒が飲めるかも知れないという事に心動かされた。

 勿論、レジーナに戻れば俺の部屋のキャビネットの中や、キッチンの収納庫の中に何種類もの地球産の酒は置いてある。

 有名どころのワインやスコッチ、果ては泡盛といったマイナーな酒までが在庫リストに並んでいる。

 美味で珍しく、見た目も美しい地球の料理を旅客に提供するRegina Mensis IIでは、当然のことながら食事とともに供されるアルコール類も厳選したものを多種揃えているのだ。

 貧乏だった反動で俺が我が儘を言って自分の好みの酒を片っ端から買い集め、地球の酒の味を占めたブラソンがその話に乗っかった、などと云う事では絶対に無いのだ。

 

 酒も酒だが、どんな男がこんな辺境の無法地帯に店を開いたのか興味もあった。

 俺はまたメイエラにビークルを呼んでもらい、街のほぼ反対側にあるそのバーに向かった。

 

 少しうらぶれて、所々薄暗いところのある細い路地にそのバーはひっそりと存在していた。

 木目調の模様の片開きのドアの真ん中には、「Ein kleiner Taenzer(小さな踊り子)」と銀色のドイツ文字で書かれ、ちょうど真ん中辺りに淡くスポットライトが当たっている。

 扉は見た目ほど重くは無かった。俺は黒い取っ手の付いた扉を引き、店内に足を踏み入れた。

 

 その店の中ではピアノとドラムを主体にした軽い調子のジャズが静かに流れており、煙草の煙が俺の眼の高さより少し下に層をなしてたなびいていた。

 十人ほど腰掛けられそうな少し長めのバーカウンターが店の殆どを占めており、そこにはすでに三人ほどの先客が座って談笑しながらグラスを傾けていた。

 バーカウンターの中では、綺麗に撫で付けた白髪と、髪の毛と同じ色の口ひげを蓄えた老人が一人、ゆっくりとブランデーグラスを磨いている。

 俺はそのまま店内に進み、真ん中よりも少し入り口側のスツールを引き出して座った。

 

「ギムレットはあるか?(Do you have Gimlet?)」

 

「ございます。(Certainly yes, Sir.)」

 

 男は突然の英語での会話に、眉一つ動かさずに答えた。

 

「あとマルボロもくれ。」

 

 男は後ろを向いて、キャビネットの中からL&Mのパッケージを取り上げてカウンターの上に置いた。

 

「こちらでよろしければ。」

 

 どうやら俺の前に立って表情も変えずに煙草のパッケージを差し出したこの老人もタバコを吸う人間のようだった。

 金属の灰皿の中に入って出てきたライターで煙草に火を付け、カウンターの向こうに向けて煙を吐き出した。

 店の奥の方からは、シェイカーが立てる軽快なリズムが聞こえてくる。

 この店は、よくあるバーの様にカウンターの向こうに酒瓶をこれ見よがしに並べたりはしないようだった。

 多分場所柄、そんな目に付くところに酒の瓶を並べるのは、わざわざトラブルの種を作るようなものなのだろうと思った。

 

 薄く色付いた液体が鮮やかな手つきで三角形のグラスに注がれ、淀みなく滑るように俺の前に差し出された。

 男が片付けをするために俺の前から離れてから、おもむろにグラスを取り上げて不安定に波打つ液体をひとくち口に含む。

 美味い。

 わざわざ街の反対側まで来た甲斐があったというものだ。

 

「長いのか?」

 

 洗い物を片付け終え、自分の煙草を取り出して火を付けた男に声を掛けた。

 

「そうですね。もうかれこれ二十年になります。」

 

「ずっとここで?」

 

「ええ。」

 

「落ち着いた、良い店だ。遙か数万光年の彼方で、こんな店に出会えるとは思わなかった。」

 

 男は僅かに口の端を上げ、店の奥の三人組に新しいグラスを作りに行った。

 

 男は二十年と言ったが、カウンターの表面には確かにそれだけの年期が刻まれていた。

 グラスは多分、地球から取り寄せたものだろう。

 コップと言えば薄っぺらい金属の器か、無骨なセラミックのマグカップのような器しか無い銀河種族達の領域で、これだけの数のグラスをそろえるのはなかなかに骨の折れる仕事だったろうと、キャビネットの中で光るグラスを眺めながら思った。

 

「奢るよ。あんたも飲めよ。」

 

 小皿に簡単なつまみを盛り付けて戻ってきた男に言った。話をするなら、相手もグラスを持っていてくれる方がいい。

 

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。」

 

 男はカウンターの下からイェーガーマイスターを取り出してゴブレットに1/3程注ぎ、こちらに向けてグラスを軽く持ち上げてから口に含んだ。

 どうやら奢らずとも、自分用のボトルは用意してあったようだった。

 

「ドイツ人か。ブラウンシュヴァイク?」

 

 男の英語には僅かなドイツ訛りを感じた。

 ドイツ訛り、店の名前、取り出した酒の銘柄。

 ドイツ出身であるのは確定だろう。

 

「いえ。ハノーファーの反対側にある川沿いの小さな田舎町です。あなたは、中国人? いや、日本人ですか。」

 

「ああ。東京の北の方の田舎町だ。川沿いでは無いがね。マサシと呼んでくれ。」

 

「マティアスです。お互いの田舎町に乾杯ですな。」

 

 そう言ってお互いのグラスを煽った。

 やっと笑顔を見せた男は、空になった俺のグラスを持って次の一杯を作りに行った。

 

「何でまたこんなところに? 色々と危ないところだろう?」

 

 俺の前に二杯目のギムレットを置いたマティアスに訊いた。

 

「世間で言われているほど酷いところではありませんよ。変に突っ張った事をしなければ、それ程危ない目に遭う事もありません。ちゃんと面倒を見てくれる所もありますしね。」

 

 成る程。

 例えば大手の組織の庇護下に入れば、その組織は信用の問題としてちゃんと面倒を見てくれる、というところだろうか。

 信用のない組織が色々なものを強引に手に入れようとしても、逃げられ、逆により信用があり面倒見の良い敵対する組織に付かれてしまう、というのは割とある話だ。

 この店の落ち着いた雰囲気は、マティアスの言うところのちゃんと面倒を見て貰えている、という事を示しているのだろう。

 頻繁に襲われたり客が暴れたりする様な店は、店内の色々なものが壊れたまま放置されていたり、店の雰囲気そのものが荒んだ様なささくれだったものになるものだ。

 

 店の奥に陣取っていた先客の三人が席を立った。

 三人ともこの店に頻繁に訪れる常連らしく、次はいつ店を訪れるか、しばらく前に飲んだお気に入りの銘柄が次に手に入るのはいつか、などと云った内容をマティアスを交えてしばらく立ち話でした後、陽気に店を出て行った。

 

「酒もグラスも地球製か。あんたが自分で?」

 

 三人の先客を送り出し、カウンターの上を片付けて一通り仕事を終えたマティアスがまた近付いてくるのに合わせて訊いた。

 店内にはもう俺一人しか客はいない。

 

「お客さんの好みに応じて選んでいるのは私です。仕入れは他に任せていますよ。いらっしゃいませ。」

 

 マティアスが俺の質問に答えている途中で、一人の客がドアを開けて入ってきて店の奥に進んだ。

 マティアスの対応と表情から、新たに入ってきた客もまたこの店の常連の一人の様だった。

 

 いつもご贔屓にして戴いてありがとうございます、ご無沙汰してしまって済まないね、などと云った常連客と店員との間のお決まりの会話が交わされる。

 全て英語で。

 どうやら新たに入ってきた常連客も地球人の様だった。

 客が何も言わずともマティアスはダブルグラスをカウンターの上に出し、キャビネットの中から酒の瓶を取り出して、グラスに1/3程注いだ。氷を入れたチェイサーグラスがその横に添えられる。

 グラスが作られるのを待っている間、客の方は煙草に火を付けてゆっくりと煙を吐き出した後、酒のボトルを手に取って残りの酒の量を確認した。

 次のボトルの注文の話をマティアスとしているところから、そのボトルはその客専用のキープボトルで、客の方はかなり頻繁にこの店に通う常連である事が分かった。

 

 鳥の絵が大きく描かれた、ボトルのラベルがちらりと見えた。

 どうやら新しいこの常連客とは気が合いそうだ。

 そのまま二人はしばらく話を続けた。

 低い声で話をしているので、会話の内容は殆ど聞き取れない。

 訊くともなしに断片的に聞こえてきた内容から推察すると、新たに店に入ってきた常連客の方がマティアスに店の状況などを尋ねている様だった。

 マティアスとこの店が庇護を頼んでいる組織の人間なのかも知れなかった。

 

「見かけない顔だな。地球人だって?」

 

 ひとしきり話をした後、マティアスが仕事に戻ったところでその常連客がこちらを向いて話しかけてきた。

 俺との間にはスツール四つ分ほどの距離がある。

 若くはないが歳を取っている訳でもない、年齢の良く分からない男だった。

 話す言葉にも訛りや癖などなく、出身地が特定出来ない。

 

「ああ。仕事でね。ここは良い店だな。」

 

「ああ、良い店だ。お気に入りさ・・・もしかして、昼間街の東で派手に騒ぎを起こしたのはあんたか?」

 

「マサシ、注意して。高い確率でその男が『Goldman』よ。店の外のリムジンはジャキョの所有で、ドライバーと護衛はジャキョの兵隊だわ。」

 

 男が不穏な話題を振ってくるのと、メイエラから鋭い警告が飛ぶのがほぼ同時だった。

 

 面倒な事になったな、と思った。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 SF書いてんだか探偵小説書いてんだか分かんなくなってきました。(笑)

 大丈夫です。距離の単位が「光年」なのでSFです。たぶん。

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