12. カーチェイス
■ 8.12.1
つい先ほどまで、通路の広さに合わせて60~100km/h程度の速度で飛行していた俺達の乗ったビークルが、今は通路の広さに関係なく200km/h以上の速度を維持し、急加減速を繰り返しながら狂った様にヌクニョワVIの中を駆け抜けていく。
ヌクニョワステーションは、よくある薄い環が積み重なった様な階層型構造ではなく、全周を貫く中央主通路を主軸にしてその周囲に立体的に構造物を並べた様な複雑な構造になっている。
この為、構造体中央の主通路から離れれば離れるほど通路は毛細血管の様に細くなり、曲がり角や行き止まりが増える複雑な構造となる。
追っ手の所属は、個人IDや車輌IDを無茶苦茶に弄ってあるらしく、メイエラ達の腕をしても未だにはっきりと特定されていないのだが、まあまず間違いなくジャキョセクション関係者だろう。
はっきりとしているのは、四台のビークルが全て旧型ではあるものの軍用の装甲車を改造したもので、中にそれぞれ最低四人ずつ乗っていること、全員がかなりの武装をしていること、HASと思われるIDが六つほど含まれること、位だ。
搭乗人数や武装度は、これもID情報が無茶苦茶で完全に確定出来ないとメイエラが泣き言を言っていた。
だが現時点ではそれで充分な情報だ。
軍用の装甲車を改造したならば、出力はこちらのビークルよりも上だろう。
つまり、下手に大きな通りに出てしまうと、スピード勝負では確実に追い付かれる、という事だ。
勿論武装もだ。
軍用の装甲車や輸送車であれば、最低でも小口径のレーザーやレールガン、ミサイルは搭載しているだろう。ジャキョが改造しているならば、とんでもない装備が載っている可能性もある。
そして当然、装甲はお話にならないほどの差がある。公共用ビークルなど、素っ裸で飛んでいるに等しい。
連中の目的が俺達を殺すことなのか捕縛することなのか分からないが、いずれにしても追い付かれたら終わりだと思った方が良い。
こちらの有利点は、俺の操縦、アデールの射撃能力、俺達が二人ともAEXSSを着ていること、位だろうか。
ニュクスの操るナノボットは色々なものを作ることが出来るが、飛行中に資材を手に入れることは難しいし、即応性にも欠ける。
メイエラやノバグが追跡者達のビークルやそのセンサー情報に干渉することはブラソンが基本的に禁じた。俺もそれに同意した。
今はまだ計画の導入段階でしかない。この時点でこちらのネットワーク上の戦力をジャキョ側に知られてしまうのは後々都合が悪い。
彼女たちは余り目立たない様に行動し、パッシブ情報を俺達に提供する程度に止まる。
つまり、俺とアデールの生まれ持った腕で何とか切り抜けなければならない、という訳だ。
前方の景色が、冗談の様な速度で迫ってきて後ろに飛び抜ける。
幅20mほどの狭い通路を、速度を落とすこと無く200km/h以上の速度で駆け抜ける。
時折他のビークルを追い抜いたり、前方からの対向するビークルがやって来たりするが、その密度はそれ程高くないため、間を縫うように操縦するのはそれ程苦労しない。
「追跡ビークルとの距離がどんどん離れていってます。」
少々本気で飛ばしてしまったのだが、どうやら連中はこちらと同じような速度で狭い通路を飛び抜けることは出来ないらしい。
メイエラの少し呆れたような声が聞こえた。
「マサシ、少し接近させろ。見えないことには狙撃も出来ない。ハンドグレネードでは軍用ビークルに傷も付かん。」
後部座席に陣取って両手に重アサルトライフルを構え、追撃してくるビークルを迎え撃つために後方を警戒しているアデールから抗議の声が上がった。
追跡者から逃げるのに急げと言われるならともかく、ゆっくり行って追いつかせろと言われるのはどうにも落ち着かない話だが、仕方が無い。
「距離はどれくらい開いている?」
「2500m位よ。」
「1000mまで接近させる。直線が取れるところに行く。」
「諒解。」
周りのビークルと同じくらいまで速度を落とし、操縦に余裕がある今の内に付近のマップを検索する。
1500m以上の直線を確保できる通路を次々とマーキングしていく。
「軍用の装甲ビークルをライフルの徹甲弾で撃ち抜けるのか? 以前ハフォンでやったときには、たった一台のビークルを無力化するのに随分苦労したぞ。」
ブラソンが心配しているようだ。
「地球製の最新型を舐めてもらっては困る。連射を落として貫通力を上げれば、巡洋艦の本体装甲くらいなら撃ち抜く。重積シールドを装備した砲撃戦用車輌ならばともかく、輸送用装甲車なら問題無い。」
「諒解。要らん心配だったようだ。」
「先頭の車輌まであと1500m。」
「アデール、次の角を曲がったら直線が2000m以上ある。そこで一回当ててみるぞ。」
「諒解。いつでも来い。」
ビークルは上に曲がり、幅50m程の少し広めの通路に出た。
先ほどまでの通路に比べてビークルの通りが多いが、狙撃を邪魔するという程では無い。
ここは連中のホームグラウンドだ。こちらも追跡者の位置を完全に把握しているが、連中もこちらの位置を把握しているだろう。
小細工や騙しは要らない。
真っ直ぐ追い付かせて、一撃ぶち込めば良い。
曲がり角を曲がって、少し大きな通りに出た。
思ったよりも他の一般のビークルの交通量が多い。
一般車よりも少し速いくらいの速度で、他車をかき分けながら進む。
「追跡車先頭、曲がり角まで500m、400、300・・・」
アデールの視野には当然壁の向こう側の追跡車輌が投映されているのだろうが、メイエラが距離を読み上げる。
ありがたい。どの瞬間にこのビークルを安定させなければならないかが分かり易い。
「300、200、100、50、今。距離1000。」
ビークルのキャビン後方から、ドンという腹に響く音がして、後部のウインドウが砕け散り吹き飛ぶ。
重力レールガンなので、化学式炸薬の爆発音ではない。
自分がライフルを撃っている時は余り気にならないものだが、初速が非常に高い実弾体がバレル先端から飛び出し、空気の壁を突き破った衝撃波音だ。
公共交通用ビークルのやわな後部ウインドウは、アデールの両手でホールドされた二丁の重アサルトライフルから発射された徹甲弾が辺りに撒き散らした衝撃波に耐えきれず、いとも簡単に砕け散り、車外に飛び散っていった。
アデールが撃つと同時に車体の位置を変える。
左目で前方の交通状況を確認しながら、右目でビークルの後方カメラの画像を見て、追跡車輌との間に必ず他の一般車が入る様に位置を調整する。
右目の後方カメラの画像に、先頭で角を曲がってきた黒い輸送車ががふらふらと右下に落下していき、通路の壁に接触する寸前に爆発する模様が映った。
破片が飛び散り、周囲の一般車何台かが巻き添えを食らって吹き飛ばされる。
爆発の破片の中からHASが二機飛び出した。
「先頭車輌撃破。破壊された車内からHASが二機出現。追跡してきます。」
二機しか出てこなかったという事は、最大で二機のHASを車輌と同時に始末した事になる。
勿論、HASではなかったかも知れないが。
「狙ったのか?」
「勿論だ。HASの格納位置など、どんな車輌でも大体同じだ。」
さすがの腕だ。
「周辺の一般ビークルに警報が飛びました。一般ビークルが緊急退避。」
なんだそれは。
そう思った次の瞬間、周囲を飛んでいたビークルが全てスピードダウンし、通路の端に寄っていく。
これでは遮蔽物を確保出来ない。
多分、このステーションではこの手の武力抗争が日常茶飯事なのだろう。
複数の民間企業によって運営されている公共交通用ビークルは、被害を最小限にする為に面倒事に巻き込まれない様に緊急退避する機能を持っているのだろう。
警察組織が存在しないこの無法地帯で、生き延びていく為の仕組みなのだろう。
追跡車を追い付かせる為にビークルの速度を落としていたのが幸いした。
俺は予備動作無しでビークルを旋回させ、無減速で細い脇道に突っ込ませた。
強烈な横Gが掛かる。
公共交通用ビークルに慣性中和機能など付いていない。そんなものが必要になる様な動きなどしない。
軽い衝撃があったと思うと、右目の後方視界がブラックアウトした。
振り返ると、車体後部天井辺りが消滅している。
危なかった。
「アデール、大丈夫か?」
「問題無い。削られたのは車体だけだ。案外躊躇わずに撃ってくるな。」
ステーションなどの構造体内部で破壊力の大きな武器を使用するのは御法度だ。
当たり前だ。
その様な武器を使用すれば自分達の生存圏を次々に破壊し、それは自殺しようとしているに等しい。
だが連中はそんな武器の使用を躊躇わなかった。
追跡者がとんでもなく頭が悪いか、もしくは余程苛ついていて頭に血が上っているか、自分達の生存圏の存続さえも気にしないほどにここは無法地帯なのか。
いずれにしても、俺達が予想していたよりも危険な状態である事は理解出来た。
「次の直線に向かう。」
「諒解。いつでも良いぞ。」
数十秒して、幾つもマークしておいた直線通路の一つに出た。
今度は周りに遮蔽物となる一般車両など居ない。
「追跡車先頭、曲がり角まで500、400、300・・・」
今度は向こうもこちらの行動を予想しているだろう。
「200、100、50、今。」
メイエラのカウントダウンがゼロになると同時に車体を並行移動させ、さらに大きく捻って脇道に突っ込む、
同時に後ろからライフルの発射音が続く。
「先頭車輌大破。HAS三機出現。現在の追跡者、車輌二、HAS五。」
「今度は少し危なかったな。」
アデールの呟きに後ろを見る。
車体後部がゴッソリと消えていた。
「アデール?」
「大丈夫だ。あと10cmでつま先だった。問題無い。」
「先ほどの攻撃でビークルの燃料タンクを破壊されたわ。残り予備タンク十分ぶんよ。」
出来れば十分もこの追跡劇を継続せず、すぐにでもどこかに行って貰えると助かるのだが、向こうにも向こうの都合があるだろう。
今のやり方では、曲がり角の向こうにお互いの姿が見えるタイミングが分かっているので、地球人に有利な反応速度勝負に持ち込む事が出来ない。
何度か繰り返せば、そう遠くないうちにこちらに大きな被害が出るのは間違いが無かった。
かと言って、反応速度を最大限生かす事が出来る有視界でのドッグファイトは、出力が大きく手数も多い向こうが逆に圧倒的に優位だ。
手詰まりか。
特定される原因となるので余りやりたくはないが、レジーナに支援してもらうか。
「そこなお困りのテランのお兄さん、手助けが御入り用ではないかや?」
ニュクスの空気を読まない人を揶揄する様な声が聞こえた。
勿論手助けがあればありがたい。藁をも掴む気持ちだ。
「必要だ。何か良い手があるか?」
「罠を張ったぞえ。マップを出しや。」
とうに後方視界が無くなっている右目視野に周辺マップを表示する。
通路の一部が黄色く光り、矢印が表示される。
「燃料が切れるまでにここに矢印の方向から、相手との間隔を二秒以上開けて進入出来るかや?」
残り燃料九分。充分だ。
「可能だ。」
「待って居るぞえ。」
余り引き放しすぎても、追っ掛けて来ている連中が地元の優位を生かしてショートカットする可能性がある。
付かず離さず、今くらいの距離を維持する必要がある。
アデールが車内を移動して、俺の隣のシートに後ろ向きに座る。相変わらず両手のライフルは後方に狙いを付けたままだ。
「切り取られて足場が悪くなった。」
そのまま二人とも黙る。
後ろ半分が切り取られたビークルのキャビンの中に、吹き込んでくる風の音だけが響く。
マップ上で追跡者達の位置を確認する。
こちらがどこに逃げるのか分からないからだろう、妙なショートカットをせずにしっかりと後ろを付いてきている。
そう思っているところで、赤い点がいくつか散った。
輸送車にはそのまま俺達を真っ直ぐ追跡させ、HASを使って周囲に回り込ませようという考えだろう。
「構わぬ。車輌が始末出来れば良かろう? HASとやり合うのはいつもの事じゃろう?」
確かにその通りだ。
俺達が乗った、満身創痍のビークルを示す緑色のマーカーが、マップ上でニュクスの示した位置に近付く。
次の角を曲がった先だ。
ろくに減速する事も無く細い路地に突っ込む。
完全に曲がりきれず、ビークルの外殻が通路の壁に接触して火花を散らす。
「トラップまで500m。通過後そのまま逃走して。」
ニュクスがトラップだと示したマーカーを通り過ぎる。
脇道に小さな黒い陰が見えた様な気がした。
「ニュクス、頼んだ。」
「うむ。任されたぞえ。」
あのいつもの妖しい笑いを浮かべたニュクスの顔が目に浮かぶ様だった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。




