11. 飛び込み営業
■ 8.11.1
ほぼ丸一日ヌクニョワVIの中を駆けずり回り、まるで足が棒の様だ。
だが、休む訳にはいかない。
現実世界で俺があちこち駆けずり回った分だけ、ネットワーク上でブラソン達が攻撃拠点に出来る場所が増える。
第一に、訪問した先に俺が設置してくる量子通信端末が連中の足がかりとなり、そして攻撃拠点となる。
俺はネットワークの事は専門外だが、窓口が多い分だけ攻撃の処理速度が上がり、バリエーションも多彩になり、さらに相手側にこちらを特定されにくくする、というブラソンの説明はなんとなく解る。
その足がかりが攻撃する対象の近くにあれば、ネットワーク的にも有利なのだそうだ。
ブラソン曰く、このヌクニョワステーション群に限った事では無く、アリョンッラ星系内のほぼ全てのネットワークは、現実世界と同様かそれ以上に無法地帯であるらしい。
本来は国家政府などの管理機関が全てのネットワークを統括管理する筈が、この星系にはその様な支配的な組織が無い為、ネットワーク上も現実世界と変わらず、誰もが勝手に自分の都合で好き勝手にあちこちに接続し、不要となれば放棄し、都合が悪くなれば切断する。
その状態が数万年も続いているのだ。
誰も都市計画など考えた事も無く、住民達の個々の都合と勝手だけで広野のど真ん中に大都市を作ったらどうなるかを想像してみれば良い、とブラソンから言われた。
成る程、それは確かに酷い事になりそうだった。
その様な酷いネットワーク状態であるので、攻撃対象の近くに複数の窓口がある事が重要なのだというブラソンの説明は俺にも良く分かる。
だからヌクニョワVIの中を移動する度に、移動先にまるでゴミでも投げ捨てるかのような振りをして量子通信端末を設置している。
現実世界の方も酷いものなので、ゴミの一つや二つ投げ捨てたところで見咎める者は誰も居ない。
だが実は、俺がこうやってわざわざ色々な集団の拠点に足を運んでいるのにはもう一つの理由がある。
俺にとっては、ブラソンの様に生身の身体を持ちつつも半分ネットワーク上で生きている様な奴や、レジーナやノバグの様に実際にネットワーク上の知性体として生きている連中など、ネットワークに親和性の高い奴らがネットワーク上で見ているものは、多分俺が見ているものと違うのだろうという意識がある。
逆にブラソンに言わせれば、俺の様に現実世界での危険を本能的に嗅ぎつけて避ける様な人間が見ている世界は、ブラソンが見ている現実世界とは見え方が異なるはずだ、と言う。
疑心暗鬼の様な話なのだが、現実世界とネットワークそれぞれの住人はお互い、自分が得意としていないもう一方の世界には、自分の眼に見えないものがあると思い込んでいることが多い。
そしてそれはあながち間違いでは無い。
俺達が今進めているのは、そんな心の隙間を突くような姑息な作戦だった。
「マサシ、掛かったぞ。ジャキョのオペレータが六人、今日のお前の足取りを追っている。」
ジャキョセクション程の大きさの組織になれば、合法非合法合わせて多くのネットワークオペレータを抱えているだろう。
当然その連中は、このアリョンッラ星系の中の他の組織の動きに目を光らせているに違いなかった。
この無法地帯である星系の中だ、「目を光らせている」に留まらず、互いにハッキングしあう攻防を常に続けているに違いなかった。
そんな中に「頭のおかしい地球人がやって来て、『一緒にジャキョを潰さないか』と持ちかけてきた」というニュースをポロリと流す。
勿論、そんな情報が目立つところにあって簡単に手に入ったのでは、いかにも作為的で気にも留められないだろう。
だが、敵対するセクションの日常の会話の中にそんな話がふと紛れ込む。
別のセクションでも、似たような話を見つける。
気になって調べてみれば、確かにそれらの組織が、何時間か前にどこからともなくふらりとやって来た地球人の訪問を受けている。
だが勿論どこの組織の反応も、「そんなどこの馬の骨とも分からない、頭のおかしい奴の言うことなど聞く価値も無い」というものだ。
その男が何者か調べてみても、IDが何重にも偽装されていてはっきりとしたことが分からない。
更に追加の情報を投下してやる。
とあるセクションが、あの男に何か条件を呑ませたらしい。
あの男がどこかの酒場で誰かと一緒に飲んでいるのを見た。
あの男が別の男四人と飯を食っているのを見た。別れ際に、随分親しげに話をして、肩を叩き合っていた。
どうやら、あの男の話に乗ったセクションがあるらしい。
デクエレバセクションは、ビャルバロバットセクション加入を条件として話に乗ったらしい。
あの男は何か切り札のようなものを持っているらしい。実は裏で大手が話になびいているという噂がある。
そう言えば、暫く前にジャキョが地球人の運び屋にアガリをハネられて激怒していた。報復に動いたらしいが、これは更にその報復なのではないか?
頭のイカレた男が一人で動き回っているらしいが、相手はあの地球人だ。何をしでかすやら分かったものでは無い。警戒しておくに越したことは無い。
地球人だってバカではないだろう。相手は本当に一人なのか?
全て、「らしい」や「様だ」で終わる、気にかける必要も無いほどのどうでも良い噂話だ。
実際、全てブラソン達がネットワーク上に垂れ流すだけの情報なので、何一つ実体を伴っては居ない。
噂の中に名前が出てくるデクエレバセクションに尋ねても、「あんな妄想狂の話など聞くに値しない。すぐに追い返した。馬鹿馬鹿しい限りだ」と云った答えが返ってくるだろう。それが事実だからだ。
だが、誰もが否定する噂がどれだけ時間が経っても消えない。
それどころか、次から次へと、ポロリポロリと新しい噂が立ちのぼる。
そして現実世界では、相変わらずその地球人の妄想狂の男は、大小取り混ぜてあちこちの組織の事務所に出入りしている。
その地球人の身元を調査するが、ID情報を誤魔化しているらしく、正しい情報が取れない。
どうやらIDを余程上手く誤魔化す手段を持っているらしく、どこからやって来て、どこをどう移動して、どこに戻っていくのか、その地球人の男の足取りが全く掴めない。
だがその男は、確かに存在していて、毎日精力的にあちこちの組織の事務所の戸を叩いている。
一方で、どれだけ調査しようとも、どれほど組織の中に深く潜ってハッキングしようとも、どこの組織も見事に「狂人の妄言だ。聞くに値しない」という全く同じ反応をして男を追い返している。
ジャキョセクションを追い落とそうとする企みに乗った者は誰一人としていない。
だが、ネットワークに載らないところでもそうなのか?
誰もが全く同じ反応で、歯牙にもかけず男を追い返している。
それは裏を返せば、対応の差が全く見えないので、話に耳を傾けた者が居ても全く特定できないという事でもある。
・・・もしかして、ネットワークからでは見えないところで、何か進行しているのでは無いか?
自分達が知らないところで、実は自分達を陥れ、追い落とそうとする謀が進んでいるのではないか?
そう思わせたら、もう俺達の勝ちだ。
疑心暗鬼。
人が何かを疑い始めるには、論理的な根拠など要らない。
疑いは時が経つに連れて徐々に大きく、黒く、鬼が貪り食らうが如く心を蝕んで大きくなっていく。
だがその疑いを晴らすためには、論理的な証拠が必要となる。
だがそんな証拠など出ない。
証拠も何も、もともとそこに何も無いからだ。
■ 8.11.2
翌日も、俺はアデールを伴って朝から事務所巡りだ。
昨夜俺がレジーナに戻ってから、積み荷の載せ替えという理由でレジーナは接岸しているピアを替え、昨日とは1000kmほど離れた場所に停泊している。
お陰でビークルによる移動時間を大きく取られることも無く、今日は昨日とは全く違った場所で活動を続けることが出来る。
言うまでも無いことだが、俺のIDを偽装してあるのと同様に、レジーナのIDもブラソン達によって偽装されている。
ヌクニョワステーション群のネットワークの主要な部分をとっくに陥落し終えているため、光学観察によるレジーナの外観も、何所にでもありそうな何の特徴も無い中古の貨物船とすり替えてある。
前回フドブシュステーションに接岸した際にレジーナの姿を直接見たジャキョセクションの手の者が、偶々ヌクニョワステーションのレジーナを目視できる場所に居て、それと意識しながらレジーナに注視しない限りばれることは無い。
本日三件目の飛び込み営業に、当然の如く敢えなく討ち死にし、とは言え意気消沈するわけでも無くヤクザのフロント企業の事務所を出てきた俺達に、メイエラからの連絡が入った。
メイエラはすでに分体の一人をヌクニョワネットワーク上に置いているため、レジーナから連絡をもらうよりも目立たないのだ。
「マサシ。四台の所属不明ビークルが急速接近中。ジャキョセクションの手の者と思われるけれど不明。詳細確認中。搭乗者は全部で十六人。全員が武装している模様。武装度不明。こちらも確認中。あと八分で到着見込み。気を付けて。」
当然こうなることは予想していた。
根も葉もなく、火が無いところに立った煙のようなネットワーク上の噂の真偽を確かめるには、現実世界の方で物理的な接触をするしかない。
他の組織にいくら問い合わせたところで、ジャキョセクションが手にする答えは「馬鹿馬鹿しい。お話にならない」という答えばかりだろう。
かといってジャキョセクションとして武力を持って他のセクションを脅せば、それこそ戦争の発端になりかねない。
ならば執れる手段は一つ。
その怪しげな地球人の男を直接拉致して尋ねるのが一番手っ取り早い。
こちらが襲撃に気付いていることを知られない方が、油断を誘うことが出来て良いだろう。
俺はビークルを呼び寄せる。
呼んだビークル到着まで二分。
辺りを見回し、アデールと共に金属製のゴミを適当にかき集める。
到着したビークルのドアが開ききるのももどかしく、両手に抱えたゴミと一緒にビークルに飛び込む。
車内に散乱するゴミの山にナノボットタブレットをあるだけ投げ付ける。
「ニュクス、武器だ。まずは重アサルトライフルを二挺。それからEMPと対物グレネード。可能なら汎用型ミサイルランチャーを。」
「ほいほい。いつものセットで良いかのう。ミサイルランチャーは無理じゃの。資材が足りぬわ。その分グレネードを沢山作ってやろうかのう。また本当にゴミばかりかき集めおったのう。アサルトライフルまで十二分じゃ。」
アデールからの要求に、どこか鷹揚なニュクスの声が応える。
「分かったそれで良い。とにかく急いでくれ。」
「追跡者、こちらがビークルに乗ったことに気付いたみたい。スピードアップしたわ。追いつかれるまで十分。敵側のネットワークアクセス遮断しますか?」
「駄目だ。こちらの情報は偽装して良いが、向こうの情報収集を邪魔するな。こちらの手の内を見せるな。」
メイエラからの提案をブラソンが否定する。
ブラソンが言うことが正しいが、しかし無防備に追跡されるのはなかなか厳しいものがある。
「ノバグ、このビークルの操縦をハッキングしろ。いつでも手動に切り替えられるようにしてくれ。」
「諒解。処置完了です。いつでもマニュアルコントロールに切り替えられます。」
「マサシ、そろそろマニュアルで増速しろ。ここまで追跡されていて気付かないのは逆におかしい。」
「諒解。周辺のマップを寄越せ。ブラソン、I/Fシステム使えるか?」
「無茶言うな。ビークルのI/Fがショボすぎてシステムが走らねえよ。てめえで何とかしてくれ。」
「マサシ、マップ準備できたわ。ロード先は?」
「クソッタレ、有視界飛行かよ。マップは俺のチップにロードしてくれ。」
「メイエラ、マップは私のチップにも頼む。」
「諒解。マップロードしました。他に支援は?」
「ゲートをいきなり落とされないように邪魔だけしておいてくれ。あとはこっちで何とかする。ノバグ、コントロール寄越せ。」
「諒解。You have。」
「OK。I have。アデール、振り落とされるなよ。」
「私のことは気にするな。腕は鈍ってないだろうな?」
「言ってろよ。飛ばすぞ。」
俺達が乗ったビークルは、公共交通機関ではあり得ない角度で急旋回し、目の前に開いていた縦方向通路に飛び込んだ。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
営業を担当したことはありますが、飛び込み営業は経験がありません。
自転車操業なら現在進行中で、本作の事です。
風邪がやっと治ってきました。ここで無理をするとまたぶり返すので、注意しなければ。




