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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第八章 地球市民 (Citizens of TERRA)
209/264

10. ヌクニョワVI


■ 8.10.1

 

 

「ふふ。そう驚かんでも良いわい。AIと言うても、儂やレジーナのような『機械知性体』と呼べる程のものでは無い。ブラソンが作っておったオリジナルのノバグゼロにも及ばぬ。命じられたことしか出来ぬようなAIじゃ。しかしそれでも奴等は学習して賢うなる。能力の範囲内で最大限の成果と最高の効率を達成しようと考える。可愛い奴等じゃよ。」

 

 この感覚は例えば、俺達ヒトが、同じ哺乳類であるハムスターが回し車をいつまでも飽きずに回し続けるのを、微笑ましく観察している様な感覚なのだろうか。

 

「と言うことは、ここのステーションの中ではお前達が大手を振って歩くことが出来ると言うことか?」

 

「多分問題無いじゃろうのう。尤も、技術向上のための研究対象として捕獲される可能性はあるかも知れぬがのう。」

 

 ニュクスが面白そうに言う。

 勿論、そんな事があっても捕まるような間抜けでは無い、と言いたいのだろう。

 しかしこれは色々とやりやすい。そもそもレジーナやニュクスの存在に気を遣う必要が無くなるのは大きい。

 当たり前と言えば当たり前のことなのだが、「存在することさえ許されない者」達を仲間内に何人も抱え守っていくというのは、案外に神経を削る。

 パイニエではルナとニュクスは俺達と共に街中で行動し、どうやら一目で機械知性対だとばれる事はなさそうだという手応えを得ている。

 しかし、レジーナは別だ。

 言わばレジーナの義体は船であり、人体を真似た生義体とは似ても似つかないこの姿は、その中に居る知性体が機械知性体だと宣伝して歩いているに等しい。

 

 この世の中に、ヒトの意識を抜き出して電子的に複製を構築する技術はある。

 だが、何をするにも不便な船を義体として選ぶ者はまず居ない。

 そもそも、機械知性体の人権を認めている地球に船籍を置く船のシステムの中に知性体が居るとなれば、それが機械知性体であると想像するのは容易い。

 そんなレジーナが、俺達に無くてはならない船であり、そして家でもあるのだ。

 レジーナも、そして常にレジーナの中に居るノバグやメイエラも、今では多くの経験を積んでおり、たとえ外部から何らかの形で攻撃があったとしても、的確な判断で適切な対応をしてくれるものと理解している。

 だがそれと気にかけ心配するという事は全く別の話だ。

 

 そんな心配の種が、この銀河でもその名が聞こえた無法地帯であるアリョンッラ星系のヌクニョワステーションで軽減されることの意味は大きい。

 今の計画では、俺はこのステーションでかなりの時間レジーナを離れていなければならないからだ。

 

「接岸シーケンス完了。ゲート接続完了。」

 

 レジーナの状況報告で、思考の海に沈んでいた俺の意識は現実に戻った。

 さて、行動開始だ。

 ヘタを打てば命を落とすだろう。

 しかしいつまでもジャキョセクションに付け狙われるのも気が休まらない。

 この際、色々なことに一気に片を付けてしまおうと皆で話し合った計画を実行に移すときだ。

 

 

■ 8.10.2

 

 

 俺はアデールを伴ってレジーナを出た。

 ピア近くの通路で走行型のビークルを拾い、行き先を告げた。

 向かう先は、ドショーヤヤセクションと名乗る、幾つかの傭兵団をとりまとめる元締めのような組織だ。

 二千kmを超える長さを持つこのステーションの中で、まずは手近な所から当たってみることにした。

 勿論、こんな所に吹き溜まっている傭兵団がまともな連中な訳は無く、ドショーヤヤが仲介する傭兵団はどれも悪評高い、中には俺でさえその悪評を聞いたことがある傭兵団も混ざっていた。

 実際のマネジメントはシリュエに任せているとは言え、ビルハヤート達が請け負う仕事の中には傭兵並みの働きを要求されるものもある。

 一応社長ということになってしまっているので、報告書は読んでいる。そのお陰で最近、傭兵業界の知識が増えつつあるのだ。

 

 ステーション内部を縦横縦横無尽に走る通路を、重力制御を駆使して床と壁と天井の差無く駆け抜けビークルは細い路地の前で止まった。

 路地の入り口には幾つかのメジャーな言語でドショーヤヤ傭兵組合というような内容の表書きが壁に直接刻印してあった。

 アデールを従えた俺はその文字をちらと横目で確認しつつ、歩調を緩めること無く路地を奥へ進んだ。

 ここはドショーヤヤセクションの出先事務所でしかない。本体はジャキョセクションと同じ、フドブシュステーションにある。

 多くのセクションはこのヌクニョワステーションに似たような事務所を持っている。

 要するに、大使館か領事館のようなものだ。

 

「止まれ。何の用だ。」

 

 路地を20mほど進んだところで突然声がかかり、空中に「止まれ」の表示が浮かび上がった。

 何も無い通路に見えるが、無視してこのまま進めば何らかの物理的障壁か、攻撃があるのだろうと思った。

 

「仕事の話だ。入れてもらえないか?」

 

 当然こちらの音は拾っているだろう。俺は止まれの表示に向けて話しかけた。

 向こうは突然現れた不審者のIDのスキャンを始めているだろう。

 問題無い。ID情報はブラソンに適当にいじってもらってある。

 

「バカかおめえ。それだけで『ハイそうですか』と通せるわけがねえだろうが。仕事の内容を言え。」

 

 確かにその通りだ。だが、本来こんな誰が聞き耳を立てているか分からない場所で話す内容では無い。

 

「余り人に聞かれたくない内容なんでな。出来れば中で話したいんだが。」

 

「似たようなことを言って事務所でグレネードを爆発させようとしたバカがこの間居た。お前がそのバカの同類では無いとどうして分かる?」

 

 成る程。傭兵組合の事務所であれば、そういう事態も想定しなければならないわけだ。

 一つ勉強になった。

 

「人に聞かれると面倒事の種になるかも知れないんだが。余り面倒になるのは好まないんだがな。」

 

「おめえの都合なんざ知ったことか。さっさと言え。でなけりゃ立ち去れ。」

 

「仕方ないな。一緒にジャキョセクションを潰さないか? ってお誘いなんだが。」

 

 IDをスキャンして、偽名はともかく、俺とアデールが地球人だと云うことは分かっているだろう。

 あとは向こうがどう出るか、だが。

 

「入ってこい。」

 

 暫く沈黙の時間があり、そして俺の目の前の空間に浮いていた止まれの表示が消えた。

 それと同時に、正面に伸びているように見えた通路が左に曲がる。

 俺は一瞬アデールを振り返り、そして通路を歩き始めた。

 

 

■ 8.10.3

 

 

 結論から言うと、ドショーヤヤセクションへのアプローチは失敗した。

 当たり前だ。

 ふらりとやってきたどこの誰とも分からない男から、いきなり「一緒にジャキョセクションを潰そうぜ」などと云われて、「合点だ!」と答える馬鹿が居たら見てみたいものだ。

 しかしそれで良い。

 俺達の計画では、無理に本当にジャキョセクションを攻める為の同盟を作る必要など無い。

 

 俺達はドショーヤヤセクションの事務所を出て、ビークルを呼んだ。

 ビークルが俺達の前に止まり、俺達は乗り込んで次の目的地を告げた。

 次はミサクマノタセクションといって、やはり後ろ暗い商売を中心にして食い扶持を稼いでいる組織だ。

 十分ほど走ったビークルが止まったのは、ミサクマノタセクションの事務所の前だった。

 俺達はビークルを降りて、何も表示されていない路地に近付いていく。

 

「俺と取引をしよう。ジャキョセクションを潰す力を貸してくれ。そうすればジャキョセクションが所有していた船はあんた達のものだ。」

 

 酷い空手形だ。

 駆け出しの詐欺師でさえ、これほど酷い取引を持ち掛けたりはしないだろう。

 そう思いながら俺は、やはり音声だけで応対に出てきた男に、中に入れて話を聞いて貰えるように頼むのだった。

 

 

■ 8.10.4

 

 

 一言で言って、ここのステーションのネットワーク構造は酷いものだった。

 ゴミだらけと言って良い。

 各フラグメントの管理者は自分が担当するエリアだけを管理しており、ネットワーク全体を包括的に管理する者がいない。

 ざっと見渡すだけで、途中でブツ切れたメインストリーム、古くなり孤立仕掛けているIDサーバ、データ量が少ないくせに異常に太い回線、逆に狭い回線をはち切れんばかりの量のデータが押し合いへし合いしている様子など、矛盾と無駄を寄せ集めて練り固めた様な状態になっている。

 

 ふと足元を見ると、どこから飛んできたのか、小型の攻撃型プログラムが幾つか纏わり付いている。

 意識の外で行われている自動防御によってダメージを受ける事は無いが、攻撃を受ける度に伝わるチリチリとした感覚と、何より自分の周りをうるさく飛び回られるのが面倒で、軽く足を振って蹴り飛ばす。

 攻撃プログラムはポンという音を立てて弾けて消えた。

 

「酷いな。まずは論理的接続と、物理的接続の照合マッピングから行こうか。」

 

 ブラソンの声がする。

 余りに酷いネットワーク構造に、さすがのブラソンも混乱しているのだろう。

 確かにマッピングをしてインデックスを付けておかなければ、毎回ルート検索していたのでは手間が掛かりすぎる。

 手近なところから始めるとしよう。

 

 幾つかある港湾管理を行っているフラグメントの一つに近付く。

 軽く解析した中で、比較的上位命令を出す頻度が最も高かったフラグメントだ。

 近付いただけで、気の早い防御プログラムから幾つもの棘のような防御攻撃が延びてくる。

 攻撃が無効化された事さえ気付けないよう、それらの棘を柔らかく包んで折り、同時にこちらが敵ではないと教え込む。

 すぐに防御プログラムはこちらへの興味を失った。

 

 フラグメントを包む薄皮のような構造体の上に降り立ち、手を突っ込んでインターフェイスを探る。

 思いの外複雑な構造に手間取る。

 フラグメントの外は管理者がいない無法地帯だ。

 その無法地帯からの攻撃に耐えられる様にフラグメントの防御は高くなっているのだろう。

 数億パターンの謎解きの組み合わせ。

 単純なプログラムでは処理出来ない複雑さと、人間では対応出来ない冗長さ。

 487,156,566通りの組み合わせを、正しいタイミングで正しい位置に嵌め込み、所定の時間内で完了する。

 

 フラグメントコントロールからの承認が下り、門が開いた。

 真っ直ぐにフラグメントコントロールの基に行き取り付く。

 一瞬の抵抗はあったものの、フラグメントコントロールが陥落する。

 これでこのフラグメントは完全に手中に収めた事になる。

 管理者権限を取得し、ID情報を解析。上位IDを取得。

 上位IDを取得した事で、同一管理の12のフラグメントの管理を取得。

 

 まずはこのステーションのマッピングを探索。発見。

 現在レジーナが接岸している辺りのマップを取得。しかしそれでもヌクニョワVI全体の4%に過ぎない。

 フラグメントから出て、近くにある別の港湾管理業務を行っているフラグメントに近付く。

 管理対象となっているピア番号から、このフラグメントは論理的にすぐ隣に存在していても、物理的には千kmも彼方のものと分かる。

 

 同様にフラグメント構造体の上に取り付く。

 後ろから撃たれたので振り向くと、都市防衛用プログラムによく似た分離独立型の防御プログラムの攻撃を受けていた。

 どうやら仲間を呼んだようで、あちこちから同様のプログラムが集まり始めている。

 攻撃方法が稚拙すぎて被害など出ないのだが、精密な操作を行っている時に後ろでうるさくされるのも敵わない。

 格納している三種の迎撃用プログラムをアクティベートする。

 一種につき100ずつコピーを生成し、防御プログラムがうるさく飛び回っている辺りに向けて、振りかぶって投げつける。

 果敢に対抗していた防御プログラムだったが、攻撃力の差はいかんとも埋めがたく、まるで波紋が広がるように一気に消化されていった。

 迎撃プログラムが背中の辺りをぐるぐる回って、フラグメントの防御が近付くのを発見するとすぐに追いかけ回して食らいつき、消滅させている。

 

 今の内に作業を完了させなければ。

 フラグメントの外殻の薄膜の中に手を突っ込み、インターフェイスを探る。

 随分意地の悪いセキュリティだった。

 465,895,165通りの組み合わせの中から発生する651,082通りの矛盾を指摘する。さらにそこから発生する184,168通りの組み合わせの中で、最初の組み合わせと一致するものを指摘し、その中にたった一つだけ紛れ込んでいる矛盾する組み合わせを指摘する。

 

 セキュリティシステムには、作者の性格や種族的特徴が如実に表れるものだ。

 銀河種族達が作ったセキュリティは、容赦はないが余り手が込んでない。

 地球人が作ると、一撃で消滅させられるような事はないのだが、とんでもなく複雑奇っ怪で、踏み間違えるとがんじがらめになって捕獲されるような意地の悪いシステムも多い。

 

 先ほどのフラグメント同様に、マスタコントロールを抜き、マスタIDコントロールを管理下に置いた。

 同時に24のフラグメントを占領した。

 

 この調子で次々と占領していかなければ。

 最初の二つで少し時間を食いすぎた。作業に取りかかってもう3秒も経ってしまっている。

 ノバグは新たに占領したフラグメント境界の薄膜のような構造体を軽く蹴り飛ばし、隣に見える未占領のフラグメントに向けて飛び立った。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 恥ずかしながら、風邪かインフルか、高熱を出して二日ほどぶっ倒れていました。今もまだ37度5分ほどあり、微妙にぼーっとしています。

 体調を崩しやすいこの時期、皆様もお体にお気を付けて。

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