8. Window Person
■ 8.8.1
東の空が徐々に白み始める頃、それぞれの目標を処理した俺達は、武器を分解消去した上で南スペゼ市内のあらかじめ打ち合わせてあった場所で全員が落ち合った。宿には戻っていない。
俺に割り当てられた人数は二人。ルナとニュクスも二人で、アデールだけが三人を処理していた。
そのどれもがまだ騒ぎにはなっていないようで、軍警察やヤクザ達に目立った動きはまだ無い。
南スペゼの街はいつもと同じ様に、パーティーが跳ねた後の気怠さが残った様な、澱んだ騒がしさの中でまた朝を迎えようとしていた。
バペッソの中心的幹部と見なされたのは四人。そしてそれらの幹部が倒れた際に、その場所を取って代わるものと思われた幹部クラスが五人。
もちろん、裾野を広げればさらに何人ものリーダークラスが対象となったのだが、現時点である程度の人数を掌握している事、他のリーダーとの横の連携を取りつつ元の組織を立て直せる事などを考慮すると、あとの小リーダークラスではバペッソを再建する事は難しいとの判断で、処分の対象とはしなかった。
この辺りは、地元出身のブラソン達の情報収集が大いに役立った。
バペッソは頭を失って事実上壊滅した。
これを機に上に立って組織を再建しようという動きも当然あるだろうが、縄張りの拡張を常に虎視眈々と狙っている周りの組織がそれを許さないだろう。
充分な力を持たないバペッソは、傷付いた獣がより強い肉食獣に寄って集って喰らい尽くされるかのように、他のより大きく強い組織に叩き潰され、磨り潰されて咀嚼された後に吸収され、跡形も無く消滅するだろう。
この街の裏側を取り仕切る組織の一つが突然消滅する事でこの街のパワーバランスが崩れてしまい、しばらくは荒れた状態が続くのかも知れないが、そんな事は俺達の知った事ではない。
あらかじめ物陰に隠してあった上着を羽織り、まるで明け方まで続いたパーティーが終わって帰宅する途中でもあるかのように、俺達は街角でビークルを拾った。
人の動きも少ないこの時間、ものの数十秒でビークルが一台俺達の前に停車し、ドアを開いた。
俺達は会話も無くビークルに乗り込むとすぐに席に着く。
扉を閉めたビークルは、西側にまだ夜の星空を残しながらも東側から徐々に昼の空に塗り替えられていく薄明かりの空に向かってすぐに飛び立った。
俺達の乗ったビークルは、大気圏を抜け、三万キロの彼方にあるペニャットに向かっている。
「ウチの軍警はこんなにトロかったかな。まだどの件も知らない様だ。軍警に動きは無い。バペッソには幾つか動きがある。パーティーをやってたレズバルと、事務所で仕事をしていたアッフェトゥロの件がバレたようだ。部下が騒いで、他の幹部に連絡を取ろうとしている。繋がらなくて混乱が広がっている様だ。他の七件も発覚するのは時間の問題だな。」
ビークルの高度が二万mに達し、半月状のパイニエが背後で徐々に小さくなっていく中でブラソンからの連絡を受けた。
俺達は全員AEXSS内蔵の量子通信端末を持っている為、常にレジーナネットワークにダイレクトに繋がっている。
小型とは言え、数光年内にレジーナがいれば充分に通信は通じる。
事がバペッソに知られるのは問題無い。
既に組織として崩壊しているバペッソは、自分達の問題を片付けるのに手一杯で、俺達の方にまで手が回るはずは無い。
問題は軍警だ。
バペッソの残ったリーダー達が、何とか組織を立て直そうと足掻けば足掻くだけ、俺達には有利になる。
身内に起こった惨事を切っ掛けにして軍警や他のヤクザ達に付け入られる事の無い様に、何とか自分達の手で始末を付けようとし、情報を極力伏せたまま奔走するだろう。
連中が思いの外意気地無しですぐに他者の手を借りようとするならば、その分発覚が早まり、たった一晩の内に中堅ヤクザ組織の幹部が次々と惨殺されるという大事件を軍警が知るのもその分早まる。
今乗っているビークルがペニャットに到着する前に軍警が動けば面倒な事になりかねない。
逆に、俺達が軌道ステーションを立ち去った後で軍警が情報を得るようであれば、こちらの逃げ勝ちだ。
もちろん、ブラソン達がネットワーク上で色々と妨害工作をして、情報伝達を遅くする事でバックアップしてくれては居る。
そしてそれは、この逃走に限った話では無い。
バペッソを潰して、まだ道半ばにも到達していない。
次は小国家規模の組織、ジャキョセクションを相手にしなければならないのだ。
ジャキョとバペッソが、俺達を追い詰める為に連絡を取り合っていた事はブラソン達の調査で明らかになっている。
尤もその二者の関係は、実力でも組織の大きさでも比べものにならないほどに小さいバペッソが、ジャキョの手先として良い様に使われていたと云うのが実態のようだったが。
だがバペッソを潰した今、その情報はすぐにジャキョの知るところとなるだろう。
総力を挙げて、という程に俺達は奴らにとって脅威とは見なされないだろうが、しかし充分に用意を調えたジャキョを相手にしなければならないのは間違いが無かった。
その意味もあって、バペッソの幹部を皆殺しにした情報があちこちへと伝わるのは、一秒でも遅い方が俺達にとっては好都合だった。
「接収した端末の情報が出ている。気になる情報がある。」
四人黙ったままビークルのシートに座っている俺達に、ブラソンが再び話しかけてきたのは、ペニャットまであと数分で到着しようかという時だった。
車窓の外には、宇宙空間を真っ二つに切り取る線のように、陽光に照らされて輝くペニャットが真っ直ぐに伸びている。
幅数十kmもある軌道ステーションだが、直径8万kmもあれば、近くから見た限りでは真っ直ぐに伸びる一本の線にしか見えない。
俺の担当には割り振られなかったが、ナノボットを巧く扱う事が出来るルナとニュクス、成り行き上武闘派と呼ばれる幹部達を全て任されたアデールの三人は、押し入った事務所や自宅でバペッソの端末情報を抜き取るという作業を行っていた。
小ぶりのナノボットブロックを使って、端末に対する物理的なインターフェースユニットを現地で生成し、そのユニットを踏み台にしてブラソンとノバグが端末をハッキングし、あらゆる情報を抜き取るという作業だ。
既に命運決しているバペッソの内部情報になど殆ど興味はない。
ジャキョセクションとバペッソとの関係や、バペッソが知る限りでのジャキョセクションの態勢などを知りたかったのだ。
前回ジャキョセクションに侵入した時、フドブシュステーションに五機の量子通信端末を設置した。
その時に大量に抜き出した情報はあるが、今現在のジャキョセクションの情報が無い。それを手に入れたい。
前述の五機の内、三機は連中に発見されてしまったらしく使用不能となっているが、二機がアンサーバックを返し、未だ使用可能な状態である事は確認してある。
しかし三機が使用不能となっているにもかかわらず、二機が依然使用可能である事をアデールとブラソンが問題視した。
二人はこの二機が、未発見で排除されていない「生きた」端末なのでは無く、その端末をこちらが使う事を待ち構えている「生かされている」罠ではないかと疑ったのだった。
俺達は、最終的にその残りの二機がジャキョセクションの罠だと判断して使用する事を止め、迂遠な方法ながらもバペッソの情報端末からジャキョセクションの情報を抜き出す事を選択した。
「断片的な情報が多くて、推測で補完しているところもあります。それでも大枠は間違ってないと思います。
「ジャキョセクションとバペッソの協力関係は、ジャキョセクションからの提案で始まった様です。ジャキョセクションからの公式メッセージのコピーを見つけました。」
メイエラの声がブラソンの後に続いた。
バペッソから接収した複数台の端末からあらゆる情報を吸い上げ、ジャキョセクションとそれに関わる情報を抽出し、その全体の意味するところと動きを解析する。
まさにメイエラの得意分野だ。
「ジャキョセクションの動きが変です。推測される彼らの人身売買からの売り上げは確かに大きなものだったと思われますが、リスクとコストを差し引くと、その利益はさほど大きなものだったとは思えません。確かにコスト引き去り後の利益の数字は相当な額ですが、そこに含まれたリスクを考えると数字は大きく萎みます。何でも取り扱うと豪語する闇の商人が、顧客から請われての取引だったのではないかと推察します。」
当たり前の事だが、人身売買も、海賊行為も、全て利益とコストとリスクのバランスの上に成り立っている。
他に大きく儲ける手段を幾らも持っているにも関わらず、割に合わない人身売買にこだわるのはおかしい、と彼女は言っている。
例の惑星改造用衛星が、商品の貯蔵庫として人知れず存在して初めてそれなりの利益を生み出す商売だったのではないだろうか。
俺にルートを潰されたなら、それを理由に割に合わない商売から手を引くチャンスだっただろう。
俺の事など、建前上は怒り狂っている風を装って、その実放置しておけば良いのだ。
ヤクザは面子の為に俺を追わねばならないだろうが、利益の為には面子などゴミも同然の商人であれば、余計なコストを掛けて俺を追うのはおかしい。
だが奴らはバペッソというヤクザを手先にして、太陽系まで追ってきた。
商人がわざわざそんな事をするには、何か理由があるはずだった。
「顧客から強く請われるなどして人身売買を再開するつもりだったのかも知れません。それでもマサシを狙う意味がありません。あたし達が捕らえられていた例の衛星はもう手の届かないところにあるのは、彼らも薄々気付いているはずです。マサシを殺したところで、衛星を取り戻せる訳ではありません。」
メイエラの言うとおりだった。
今更俺を殺してもジャキョセクションに何か得があるとは思えなかった。
しかし現実として、連中は俺を狙った。バペッソほどに熱意は無いとしても、そのバペッソを煽って手先とするくらいには。
「それと、ジャキョセクションがマサシを狙う理由とは余り関係が無いのかも知れませんが。バペッソがジャキョセクションにコンタクトするときの窓口の担当者の名前が『ゴールドマン』と言う様です。」
「それは英語で『Goldman』なのか? パイニエ語で『プストフィン』ではなくて?」
「はい。パイニエ語表記なので音が少し違いますが、パイニエ語には該当する発音の単語が無いですね。地球の英語の『Goldman』が一番近いです。なので多分、英語で『Goldman』かと。」
「つまりそれは、ジャキョセクションでのこの件の担当者か、もしくはバペッソからのコンタクトに対応する担当者が地球人だと言うことか?」
「済みません、そのゴールドマンが地球人かどうかまでは確認が取れてません。因みにゴールドマンの役職は、営業戦略本部次長(Deputy General Manager, Commercial Strategy Department)となってます。」
また話がややこしくなってきた。
確かにジャキョセクション、というよりもフドブシュステーションが存在するアリョンッラ星系は、銀河中のならず者の吹き溜まりの様な場所となっているので、そこに流れ流れ着いた地球人が含まれていたとしてもおかしな事では無い。
そのゴールドマンなる男が、俺に対して個人的な怨恨または興味を抱いていて、執拗に付け狙っている可能性も無きにしも非ず、というところか。
「ゴールドマンがいつジャキョセクションに加わったか分かるか?」
それが例えばここ1・2年の事であれば、なんとなく心当たりも無いわけではないが。
「ごめんなさい。分かりません。バペッソの端末情報では、ゴールドマンについて詳しい情報が無かったので。」
「いや構わない。しかしいずれにしても、そのゴールドマンについては気にして情報収集してくれるか? 今回の件の鍵となる人物のような気がしてしようが無い。」
「勿論です。何か分かり次第報告します。」
そうこうしているうちに、俺達が乗ったビークルはパイニエの環状軌道ステーションであるペニャットに到着した。
俺達は話を一旦打ち切って、開いたドアを抜けてペニャットに降り立った。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
最近youtubeでトレイラーを沢山見かけますが、銃夢のハリウッド版楽しみです。
ただ心配なのは、ジェームズ・キャメロンはモーターボールをやりたかった様なので、続編はもう出ないのでは無いかという事なのですが。
ここからが混沌として面白いのに。




