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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第八章 地球市民 (Citizens of TERRA)
206/264

7. 地下訓練場


■ 8.7.1

 

 

 他に誰も居ない地下訓練場に立ったバストッセクとアデールの間には、5mほどの距離があった。

 バストッセクは先ほど壁から取り上げた多機能剣を右手に持っているが、アデールは何も持っていない両手を両脇にだらりと垂らしたままだった。

 バストッセクは右手の剣の切っ先をアデールに向けて突き付け言った。

 

「随分余裕だな。抜けよ。それとも抜くのは銃か?」

 

 多機能剣といえども、もちろん銃を抜かれれば不利になる。

 しかし不利であるだけだ。全く対処できないわけでは無い。

 

 一瞬の間があり、それでもアデールは両手を動かさずに不敵な笑みを浮かべただけだった。

 

「忠告はしたぞ。」

 

 次の瞬間、バストッセクの姿がかき消えた。

 消えたかと思うほど、鋭い踏み込みだった。

 アデールの首筋を狙っての突き、避けられたと分かって瞬時に左に引いてからの胴。

 アデールは身体を開き、一歩下がって避ける。

 頬を剣圧が起こした風が撫でる。

 

「ほう。」

 

 残心も無く、剣を右に振り抜いた勢いのままにアデールに向き直ったバストッセクが、面白くも無さそうに呟いた。

 二人の呼吸音さえ聞こえないほどに静まりかえった練習場に、高振動刃が起動する時に立てる軽いキシリという音が響く。

 

 (マルチ)機能(ファンクション)(ソード)

 様々に選択付与できる機能によって個体毎に異なる機能と特性を持つが、大概の場合高振動刃機能は付与されている。

 他にも小口径の攻撃用レーザー、小口径実弾体コイルガン、電気式麻痺(スタン)、ものによっては投擲後手元に戻ってくる機能を持つものなどもある。

 大概の場合はカセット型の核燃料電池をパワーパックとして用いる事で、剣とは思えない多種多様な機能を動作させている。

 

 よく云われる話であるが、銃は威力が強力であっても弾が切れればただの鈍器と化す。

 レーザー機能のある銃であればそう簡単に弾切れを起こす事は無いが、質量を持たず大気減衰の激しいレーザーは使う場面を選ぶ事が多く使い勝手が悪い。

 リーチが短く、到達速度も遅い刃物ではあるが、弾切れが無い事、ヤクザ同士の抗争で多く発生する屋内戦では大火器の優位性が極端に下がる事、普段銃を日常的に撃っている訳ではない為命中率が非常に低い事、そして何より、そうした屋内戦において乾いた死を撒き散らすだけの銃とは異なり、血塗られた刃物を振りかざし突進してくる姿が敵に与える絶大な恐怖感が純粋な戦闘員ではない者達に与える影響は思いの外に大きい。

 

 数十km/secにも達する実体弾をどうにか止めることが出来るという、HASに迫る装甲力を持つAEXSSではあったが、そのHASの装甲さえ切り裂くことの出来る高振動刃を弾くことは出来ない。

 バストッセクはそのAEXSSの性能の詳細を知っているわけではなかったが、伝え聞く前回のアデールと中古HASによる南スペゼ市街での乱闘の時の「黒いスーツの女」の行動と、今回センサー類に全く検知されることなくこの地下練習場まで「黒いスーツの女」が侵入して来た事から、パワーアシストやセンサーリダクションを備えているらしいこのスーツが、高い装甲性能を持っていても不思議ではないと予想しての行動だった。

 

 振り抜いた剣を正中線に戻しながら、バストッセクは左手を更に添えて両手で剣を握った。

 女が着ている見慣れない黒いLASの様なスーツに、パワーアシスト機能があることは確実だった。

 より速く正確に剣を振るための両手持ちだった。

 

 ゆっくりと再び剣を構える。

 いわゆる中断の構えよりもかなり下で剣を止めたバストッセクは、わざと打ち込みの姿勢を見せ、剣先に気を集中させた。

 

 次の瞬間、剣の中に仕込まれたコイルガンが音速を何倍も上回る速度で徹甲実弾体を撃ち出す。

 発射の反動から剣をそのまま引き回し、上段に振りかぶった形で撃ち込む。

 剣はその刃を高振動させた上に、コイルガンから放出された余剰電力を青白い放電としてその身に纏って、必殺の一撃を相手に見舞う。

 全てを切り裂き、高電圧で制御回路を焼き切る事を目的としたその一撃が、しかし虚しく空を切る。

 

 残心する事もなく一瞬で身体の向きを変えたバストッセクの前にその女は笑いながら立っており、狙ったスーツの腹に弾丸が貫通した穴は認められなかった。

 予想よりも高いスーツの装甲力と、女の反応速度だった。

 

「貴様、テランか。」

 

 テランが船長をする船であれば、乗組員に他にもテランが居てもおかしくはない。

 初撃の強襲と、二撃目の複合技をどちらも見切って避けられた。まともな反射神経ではない。が、テランならば納得がいく。

 例のテランの船には数名の乗組員がいるという調査結果だった。

 

「当たりよ。うふふふ。」

 

 バストッセクの問いに対して、地下練習場に入って初めてアデールが口を開く。

 アデールはすでにバトルジャンキーモードに入っており、口調が変わっていた。

 

「相手にとって不足はない。」

 

 勿論バストッセクはテランに関する一般的な情報を知っている。

 反応速度が一般的な銀河人類のそれに比べて1.5倍ほど速い。戦闘に熟練した者は、頭で考えるより先に身体が動いて敵の攻撃に反応する。闘争心旺盛で、手足を一本落としたくらいでは攻撃を止めることが出来ない、など。

 いくら傷つけても、全身血まみれになりながらなお起き上がり襲いかかってくると云うホラーな経験によって一部大きく誇張されている部分はあるのだが、バストッセクが知っているテランに関する知識は概ね正しいものだった。

 

 中段に構え、女の嬉しそうな笑顔を剣先と重ねて捉える。

 一瞬の静止の後、いきなりの突き。左に避けられる。

 半ば強引に剣を引きながら、左に中段のなぎ払い。そしてその途中でコイルガンから四連射。

 三発目が確実に当たった筈だが、とてもその様には見えない。

 コイルガンの反動を乗せて剣を引き、身体の後ろを回してそのまま女の右上から袈裟掛け。

 しかし左へステップで避けられる。

 一歩近づきながら、左にある剣を力技で戻しながら横薙ぎ。

 勢いの乗り切っていない斬撃は軽いバックステップでかわされる。

 女の顔には終始笑みが浮かんでいる。

 それが癇に障る。

 右に振り抜いた剣を、再び右上段から袈裟掛けに落とす。

 但し今度は、同時に先端からレーザーを発し、徹甲実体弾を六連射、さらに実体弾を中継導体に使って放電。

 得意の連携技だった。

 これを避けた奴は今までいない。

 しかし女は剣筋を読んだらしく、上に飛んでそのことごとくを避ける。

 左下段からの突き。

 左サイドステップで女が避けたところに右回し蹴り。

 これも大きく後ろに跳んだ女に見事に避けられる。

 相変わらず女は笑っている。

 ほんの数秒の間に必殺の決め技を含んだ幾つもの攻撃を繰り出し、全てを避けられた。

 一体どうなっている。

 テランとはこれほどまでのものなのか。

 

「そんなものかしらね。次はこちらから行くわよ。」

 

 組み手や連携技を含めた全ての攻撃を避けられ、動きの止まったバストッセクに、変わらず嬉しそうに笑みを浮かべたアデールが言った。

 アデールは両手を腰に回し、そして前に戻ってきたときには両手に刃渡り50cmほどのナイフを握っていた。

 ここまでこの黒いスーツの女が武器を一切持たず、彼の攻撃を武器で逸らすわけでもなく全て見切って避け続けていたと言うことにバストッセクは改めて気付かされた。

 これは、敵わない。

 こちらの攻撃を全て見切られ、さらにそれを避けきる動き。

 戦闘能力が根本的に異なっている。

 だが、それでも。

 

 女の嬉しそうな笑顔が横に流れた。

 左下からの斬撃を剣で逸らす。

 ほぼ同時に右横から。

 間に合わず、剣を持ち上げて手元で何とか逸らす。

 左の突き。

 剣をそのまま左に動かし何とか逸らす。

 右下から突き。

 剣を回してかろうじて対応する。

 左から正面。

 剣の腹で受ける。

 同時に右脇に突き。

 避けられない。

 右脇に熱い感触が走る。

 左上からの振り下ろし。

 剣の束で何とか弾く。

 右正面。

 回した剣で逸らす。

 いや、今のは相手が引いた。

 フェイントか。

 左脇腹に熱い痛みが走った。

 自分の剣が死角を作ったその陰から攻められた。

 不味い。これは深い。

 女の手は止まらない。

 右下から斬撃。

 束で弾こうと思ったが、遅かった。

 右腕から血が噴き出す。

 左に突き。

 左上腕部を抉られた。

 右の突きをかろうじて剣で弾いたが、同時に送り出された左外からの斬撃を貰う。

 再び左脇腹に深いのを一つ貰った。

 灼ける様な熱さは鋭い痛みへと変わり、もう左に身を捻るのが厳しい。

 その左に突き。

 激痛を堪え何とか剣を回して対応する。

 右に突き。

 束で逸らそうとしたが、右手に熱い痛みが走る。

 次は左と思ったら、再び右下から斬撃が入った。

 しまった。遅い。

 斬撃は右上腕部を大きく切り裂いて抜けた。

 右腕の痛みもさることながら、筋肉を大きく切り取られたらしく、右腕が動かない。

 

 動きが止まったバストッセクの正面で、両手に持ったナイフを前に突き出し、女が笑った。

 

「右手はもう駄目ね。終わりかしらね。」

 

 女が一層妖しく笑う。

 女が両手に構えた長いナイフから、高振動刃が起動した耳障りな音が響いた。

 ここまでこの女は高振動を入れずに闘っていたのか。

 役者が違う。

 敵わない。

 だが。

 それでもこの女を生きてここから出すわけには行かない。

 

 練習場に設置されているセキュリティシステムを起動する。

 レーザーガン、メーザーガン、コイルガン、起動。

 目標は、目の前に立って変わらず妖しげな笑いを浮かべているこの黒いスーツの女。

 ありったけぶち込め。

 

 女は相変わらず目の前で笑っている。

 どうなっている。

 防衛用の武装が一切動作しなかった。

 

「私がここまで入ってきた時点で、防衛用のシステムはどうにかされてしまったと気付くものだと思うのだけれど? そんな事にも気付けないほどおつむが弱いのかしらね? まだおつむが回らないほど血を失ったわけではないでしょう?」

 

 眼鏡の奥から、蔑むような眼でこちらを見て笑う女の揶揄に、一瞬で血液が頭に集団移動する。

 動かない右手は添えるだけで、左腕の力で剣を振り抜く。

 金属同士が叩き付けられたような甲高く粘り気のある音がして、剣がふっと軽く振り抜けた。

 自慢の(マルチ)機能(ファンクション)(ソード)は、手元から三分の一当たりのところでスッパリと切り落とされ、先が無かった。

 剣を捨て、新たな武器を得るために壁に向けて走る。

 右足に熱い感覚が走り、次の瞬間世界が回り、練習場の天井を仰ぎ見ていた。

 

「時間ばかりかかるのに、そんな事させるわけないでしょう? どうせ死んでしまうのだから、さっさと諦めなさいな。」

 

 向こう臑辺りで断ち切られ多量の血を流し続ける右脚の先の床には、女が投げたロングナイフが突き刺さっていた。

 

「クソッタレめ!」

 

 バストッセクは、痛みに顔を顰めながらも女を睨み付け、吐き捨てるように悪態を吐いた。

 

「あらあら。そろそろ人生の最後の台詞になるわ。辞世の句は、無い頭を捻ってでももう少し気の利いたものにした方が良いわよ?」

 

 女の笑みがさらに一層楽しげなものに変わる。

 この女はおかしい。

 テランがどうとかという問題では無く、根本的に頭がイカレていやがる。

 人の身体を切り刻む事に喜びを感じている、手の付けられない狂人だ。

 ぞわりと背筋を寒気が這い上がった。

 

 残る一本のナイフを持った右手をだらりと下げて、満面の笑みを湛えた女がゆっくりと近付いてくる。

 長く忘れていた、命の危険に対する恐怖に心臓を掴まれる。

 立ち上がる事が出来ないまま、思わず後退る。

 断ち切られた右足が床に当たって気を失いそうなほどの激痛を伝えてくるが、そんな事に構っていられない程、眼の前の女が恐ろしかった。

 

 恐怖に捉えられ統制の取れない動きをする手足では、すぐに女に追い付かれた。

 女の黒いブーツで胸を強く踏みつけられ、床に押し倒される。

 両手が虚しく床を引っ掻く。

 

 女の右手がゆっくりと動き、刃渡りの長いナイフが喉に押し付けられた。

 

「切り刻まれ、生体部品にされた者達の恐怖と痛みを味わいながら死になさい。」

 

 女が右手に力を込めた。

 ナイフの刃がゆっくりと喉に食い込んでくる痛みと嫌な感触が恐怖を増幅し、既に声を出す事も出来なかった。

 


 明けましておめでとうございます。

 今年もよろしくお願い致します。


 年末年始の混乱で、まだ投稿が不定期になるかと思います。

 拙作を読んで下さっている皆様にはご迷惑をおかけ致しますが、ご理解戴きたくお願い申し上げます。


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