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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第八章 地球市民 (Citizens of TERRA)
203/264

4. Nightwalk in a darkness


■ 8.4.1

 

 

 俺の正面、ニュクスのほぼ真後ろに立った男が、三人の女を見回し下卑た笑いを浮かべるのを半ば呆れて眺めていた。

 

 いわゆるクールビューティー系の外見を持つアデールは、そのファミリーネーム(Minnemann)が示すとおりゲルマン系の血を引いているらしく、パイニエ人好みの高い鼻梁を有する美貌を持ち、また軍での経験を物語る体つきをしている。

 連中にしてみれば、ストライクど真ん中の美人なのだろう。

 

 現在のニュクスは、多分パイニエ人の一般的な基準に照らし合わせて美人では無いかも知れない。ツンと尖った小鼻を持った妖艶な表情を浮かべる小さな顔と、その小顔に釣り合いの取れた細い肩をしている。

 しかしどこで習ってきたのか、ニュクスが顔に浮かべる妖しげな笑顔はなんとも言えない色気を放っており、そういう魅力で言えばこの街にごまんと住んでいるその道のプロの女達に勝るとも劣る事は無いだろう。

 

 ブラソンが言うには、ルナはパイニエ人の一般的な基準で美人では無いらしい。

 どことなく東洋的な雰囲気さえ漂うあっさりと小ぶりな顔の造作と、頼りないほどに小さな肩を持つ。

 但し彼女の場合はその外見年齢から、少々若過ぎる女性を好む性癖のある紳士達にはそれなりに高い需要がある事は間違いない。

 

 因みに俺はそれ程スレンダーな体つきという訳でも無いが、かと言ってビルハヤート達の様な押しの強そうな体格を持っている訳でも無い。

 さして強そうにも見えないよそ者の男が、相当な美人を筆頭に各種属性取り揃えた三人の女を引き連れて、治安の悪い下町の地上を歩いて、まさにその様な雰囲気の店に入ってきた。

 店にたむろしている地元の男達にとって見れば、後腐れなく美味しい思いが出来そうな良い標的だっただろう。

 

 但し、俺達が地球人で無ければ。

 しかも一人は、格闘戦技術を認められた現役の特殊部隊の軍人で、別の一人は料理や掃除が仕事の割には異様に暗殺技術に秀でた奴で、もうひとりはヒトが絶対に追いつく事の出来ない反応速度と肉体強度を持った格闘マニアだった。

 彼女たちに較べれば、平凡な一般人に過ぎない俺などただの雑魚扱いかも知れないが、それでも地球人として、彼らパイニエ人と較べれば圧倒的な戦力である事は間違いが無いだろう。

 

 いずれにしても、五人の男に取り囲まれたところで、実質的に彼女たちに危険は殆ど無い。

 だが、周囲の見る眼は違う。

 傍から見ると俺は、連れの女達を連れ去られてしまう危機に直面しながらも、首筋にナイフを突き付けられて声も出せないほどに怯えてしまい、何も出来なくなってしまった情けない奴に見えたかも知れない。

 もっとも、実際何もしなかったのは事実だ。

 俺よりも遥かに沸点が低い奴が同席しているので、その必要がない事は分かり切っていたからだ。

 

 軽い風切り音がして、首筋に当たっていた冷たい感触が消えた。

 俺の左の席に座っているルナが、ニュクスと談笑している視線さえ外さずに、俺の首筋にナイフを突き付けていた男の腕を掴んでいた。

 

「いつっ・・・なっ、がっ・・・クソ!」

 

 そもそもがルナの握力は俺達ヒトよりも強い。AEXSSを着て、さらに跳ね上がっている。

 男がどれ程もがこうと、万力に固定された様にガッチリと掴まれたその腕が動くはずは無かった。

 むしろ、まだ骨を握り潰されていないだけ幸運と言って良い。

 

「まあ、そう邪険にすんなよ。この街は初めてか? 俺が案内してやるぜ?」

 

 ルナに腕を掴まれて苦しむ男を見て笑いながら、ルナの向かい、アデールの後ろに立った男が彼女の首筋から右の頬を撫で、屈み込んでアデールの耳元で彼女に話しかける。

 湿った破砕音がしたと思った次の瞬間、その男は鼻と口から血を吹きながら崩れ落ちた。

 

「おいおい姐さん達、あんまり舐めた真似すんじゃねえぞ。俺達はこの辺りを取り仕切ってるクイラロフのモンだ。宿に無事に帰りたき・・・」

 

 ニュクスの後ろに立っていた男は、台詞を最後まで云う事も叶わず仰向けに倒れ、床に頭がぶつかる重い嫌な音がした。

 頭の上で喋っていた男の顎に、ニュクスが掌底のアッパーカットを食らわしたのだ。

 男は床に伸びたまま動かなくなった。

 

 さて、ここはバペッソの縄張りだと思っていたのだが。

 どうやら最新の勢力図は何らかの更新が行われた様だった。

 

「てめえら!」

 

 さすがにここまで来て頭に血が上ったらしい残り三人が雰囲気を変える。

 次の瞬間、左手を砕かれつつルナに引き寄せられた男は、座ったままのルナの手刀を首に叩き込まれ、鳩尾に蹴りを入れられて、二つ折りになって顔面から床に倒れた。

 

 俺の後ろでどういう動きをしたのかは分からないが、男が動いた衣擦れの音で位置に当たりを付けた俺は、右腕を後に伸ばした。

 右手に軽い衝撃があり、そのまま後ろを向くと、その男は鳩尾辺りを押さえてしゃがみ込み悶絶している。

 AEXSSのパワー様々(さまさま)だ。

 呼吸困難に陥っている男の側頭部をさらに右手ではたくと、男は白目を剥いてそのまま床にぶっ倒れた。

 

 瞬く間に自分以外の仲間が全滅し、ルナの後ろに立っていた最後の一人は驚きの余り動きが一瞬固まった。

 ルナはその一瞬を見逃さず、椅子から腰を浮かせて身体を左に回して椅子を持ち上げ、そのままの勢いで左足の足払いを掛けた。

 ルナの動きに全くついて行けなかった男はまともに足払いを食らい、回転する様にして床に叩き付けられる。

 ルナは左足を戻して軸足にし、男の鳩尾に踵落としを食らわせた。

 男は踵落としの衝撃に目を剥きながら上半身を起こしたが、ルナの右手の裏拳で額を撃ち抜かれ、今度は勢いよく床に叩き付けられて後頭部を打って白目を剥いた。

 

 撃破五、損害ゼロ、器物損壊ゼロ。一瞬の出来事だった。

 物音に驚いたか、厨房から出てきた先ほどの男が、ドアの前に立ち尽くして絶句している。

 

「済まないな。どうやら落ち着いて食事が出来る雰囲気ではない様だ。料理はキャンセルだ。金は払う。」

 

「あ、ああ。」

 

 半ば上の空で返事を返してくる男に背を向け、俺達は席を立った。

 しんと静まりかえった店内の、全ての客の視線が俺達を追っているのが判る。

 かなり多めの金を払い、店を出る。迷惑料と口止め料込みだ。

 

「多分、この辺りではどこに行ってもこういう事になるのだろうな。とは言え、上の層に行って目立ちたくも無い。皆で仲良くディナータイムは諦めるか。」

 

 俺は上空数十mに張り出した、建物の間を繋いでいる通路を見上げながら言った。

 建物と建物の間を無秩序に空中で繋ぐ通路は、地上よりも遥かに治安が良さそうな雰囲気だが、もちろんその分明るく人通りも多いので目立つ。

 

「別の組織の様だが、殺さなかったとは言え、目立ってしまったかもな。拙いな。」

 

「それは多分大丈夫だろう。ヤクザ者五人が、四人のグループに一瞬で叩き潰された。しかも殆どは、粉をかけた女に返り討ちにされた。多少なりとも沽券というものがあれば、上に上げたりはしないだろう。上げたところで馬鹿にされるだけだろう。」

 

 どうやらこの辺りのチンピラらしい五人を叩き潰した事で、また目立ってしまう事を心配する俺に、アデールが否定の意見を述べた。

 言われてみれば、確かにその通りかも知れない。

 ナンパしようとした女に叩き伏せられるなど、ヤクザで無くとも他人に知られたい事では無かろう。

 

「しかしマサシや。お主は暴漢から女を守ろうという心意気は無いのかや? 結局最後まで椅子に座りっぱなしで、殆ど儂らが倒したのじゃぞ。それはちょっと、男としてどうなんじゃ?」

 

 ニュクスがジト眼で俺を見て抗議の声を上げる。

 

「何を言っていやがる。格闘戦はこの中で俺が一番弱いだろうが。」

 

 さすがに俺を守ってくれなどと情けない事を言うつもりは無いが、下手に手を出してただ邪魔をしただけ、というのも締まりの悪い話だ。

 こと格闘戦になれば、俺に出来るのは地球人の反応速度に任せたスピード勝負のみ。

 同じ地球人で軍の訓練を受けた本職(プロ)のアデールや、より早い反応速度を持つルナやニュクスに囲まれて、俺に何をしろと。

 

「そういうものじゃなかろう。これだけの美女に囲まれておきながら、女にばかり戦わせて男がろくに手を出さぬというのは、それこそ男の沽券に関わる話ではないのかや?」

 

 知った事か。

 

「多種多様さまざまな創作の坩堝たる地球にはな、そう云うジャンルがあってな。美女に囲まれたハーレム状態の中で、男は戦わず美しい女達が戦う姿を愛でるのもまた一興だ。ブラソンに訊いてみろ。」

 

 ニュクスが相変わらずジト目でこちらを睨んでいる。こういう時はルナの無表情がありがたい。

 強引な話題転換を振ってきたのはアデールだった。

 

「ところで聞いたか? 奴らクイラロフと名乗ったぞ。この辺り一帯バペッソの縄張りでは無かったのか? 事前情報と違うぞ?」

 

 アデールの問いにメイエラが答えた。

 

「済みません。情報の更新が追い付いてないみたいです。状況証拠はあります。一般人と思しき敵に、事務所や虎の子の中古HASを破壊され戦力ダウンし、さらにそれが原因でバペッソは周辺の他の組織にかなり舐められているようです。必死になって挽回しようとして、太陽系にまで刺客を送り込んだようですね。でも、それが逆に更なる戦力ダウンを招いてしまって、バペッソは現在絶賛規模縮小中の模様です。この組織、放っといても消滅しますね、その内。」

 

 頭が悪すぎる田舎ヤクザの所業に呆れ、俺達の間に微妙な雰囲気が流れ始めたが、やはりそれでもやる事は変わらない。

 いや、エイフェを売り払った奴らにはこの手で引導を渡してやりたい事に変わりはなく、連中の戦力が低下して守りが薄くなっているというのであれば、むしろ渡りに船と言うべきだろう。

 

 結局その後、俺達はその場で二組に分かれて再び下調べを続行した。

 それぞれのターゲット割り当ては既に決まっている。

 あとは、決行時にターゲットがどこにいるか、という問題だけだ。

 ターゲットが頻繁に足を運ぶ場所を、一つ一つ自分達の足を使って回り、周辺の状況や地形を確認して歩いた。

 

 ネットワーク上の情報は既にブラソンやメイエラによって調べ尽くされている。

 しかし例えば、進入経路に使うつもりだった建物脇の階段が、実は劣化し腐っていて使い物にならなかった、などという情報はネットワーク上で手に入れるのが非常に難しい。

 逆に街路図には無い予想外の違法建築などを伝うことで、難しいと思われていた建物への侵入があっさりと出来てしまう事もある。

 図面の通り作られ、完璧に維持されている官庁街の様な場所ならばともかく、こんなスラム化一歩手前の様な下町のゴミゴミとした場所では、現地での予備調査が絶対に必要だとアデールが強く主張したのだった。

 情報部エージェントという事は、つまりその道のプロという事で、そのプロの意見を取り入れる事に誰も否やは無かった。

 そして俺達は今、スペゼ市街を夜の闇に紛れ、街灯の光さえもろくに差し込まない様な地上の裏通りを目立たない様に影を伝う様にして歩いているという訳だった。

 

 AEXSSはパワーアシストを持ち、物理弾体から身を守ってくれ、ジェネレータを付ければ空を飛び、宇宙空間でさえ問題無く生存出来る優れもののスーツだ。

 しかし、地上を長時間歩く疲労を軽減する事の役には殆ど立たない。

 ゴミゴミとした慣れない市街地を一晩中歩き続け、東の空が白み始める頃になって、疲労困憊した俺達はやっとホテルに帰り着いた。

 部屋に戻ってスーツを脱ぐのももどかしく、俺達はベッドに倒れ込んだ。

 いや、疲れ果てていたのは俺だけかも知れない。

 最近ルナは、色々なところで身体機能を驚くほど伸ばしている。

 

 昼過ぎに起き出した俺達は、まずはホテルの隣に店を開いている飯屋で食事を摂った。

 食い物に色々我が儘を言って面倒を引き起こすのも御免被りたい話なので、政府公社謹製の料理パッケージを幾つか選んでとにかく腹をくちくした。

 味はとても褒められたものでは無いが、随分と腹が減っていた事と、ハフォンの食料パッケージに較べれば取り敢えず「料理」と呼んで差し支えない外見をしていること、少なくとも栄養に関しては必要充分な量を摂取できることから、文句を言わずにルナと二人でもそもそと食事を口に運んだ。

 その後再び部屋に戻り、その道のプロ(アデール)やブラソン達も交えて夜の散歩で確認したバペッソの拠点の映像を再確認しながら、進入経路や内部構造の確認などを行う。

 

 中身の濃い話し合いをしている内に時間はあっという間に経ち、陽が傾いてビルの谷間を再び暗闇が埋め始める頃、会議の場にメイエラがでかい爆弾を放り込んだ。

 

「バペッソの幹部達の今夜の予定について高い確度での情報を得ました。今夜、南スペゼ・ラムルア地区の海沿いのレストラン「フォージン・ロベソッテ」で現地時刻9000時(午後九時半頃)から全員出席の幹部会が行われます。この時点で彼ら全員のIDを特定し、その後確実に追跡出来ます。決行は今夜を推奨します。」

 

 ネット越しの会議だったので互いの顔が見えていた訳では無いが、明らかに俺達の間に緊張が走るのが判った。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 格闘戦、もう少し派手にした方がいいかなあ・・・

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