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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第一章 危険に見合った報酬
16/264

16. 疑惑


■ 1.16.1

 

 

 ブラソンはHMDを外して現実世界の視野を取り戻す。

 あれからしばらく例のサブシステム周辺を嗅ぎ回ってみたのだが、やはりメインストリームとの接点は全く見つけられなかった。

 半ば想像でしかないが、どうやらこのハフォンには別プロトコルで動いているネットワークが少なくとももう一本存在するようだった。

 

 そんなものが存在する理由としては、現在メインストリームとなっている標準規格準拠のネットワークが構築される前に、ハフォン独自で運用していたローカルネットワークの残骸か、もしくは何らかの意図を持って作成されたサブシステムか、と言ったところだ。

 いわゆる銀河標準規格とも言えるデファクトスタンダード規格の現在のネットワークの規格が、銀河系に広く行き渡ったのはもう数十万年も前のことだった。

 勿論、それ以降新たな規格が追加されたりしてバージョンはいくつも上がっているが、基本となる構造が形成され広まったのは遙か昔のことだ。

 それ以前にハフォンローカルで使用されていたネットワークの残骸が残っているとは考えられなかった。

 遙か遠い昔の話だ。そのような古代遺跡のようなネットワークがまだ稼働しているわけが無かった。

 システムもバージョンが上がるが、老朽化したハードウェアも交換する必要がある。

 何度もの更新を経てなお古いネットワークを後生大事に残しておく意味が無い。

 

 ならば、別規格のネットワークが存在しているのかと言うと、システム管理者がそんなものの存在を許すはずがなかった。

 システム管理者とはハフォン政府の通信局の事であり、当然政府機関だ。

 保守管理を担当するのが通信局で、ネットワーク上の攻撃や犯罪に対処するのが情報軍になる。

 

 いや、待てよ。

 王宮に深く浸透しており、ベレエヘネミナの司令官までをも絡め取っているような組織なのだ。

 政府通信局の管理者がクーデター組織の人間で無いとなぜ言い切れる?

 そこまで考えて、部屋の端に座っているミリに気づいた。

 

「なんだ、居たのか。何か用か?」

 

 王宮軍による襲撃から逃げおおせた後、ミリとブラソンが新たなねぐらとして選んだのは、下町のほぼスラム街一歩手前のような場所にある安ホテルだった。

 どれほど科学技術が進もうとも、社会システムが進歩しようとも、大都市の近くにはこのようなスラム街が必ず発生するものだった。

 そこに住み着いているのは何も貧困に喘いでいる者達だけではない。他の都市や国で何かをしでかして真っ当に陽の当たるところを歩けなくなった者達や、何らかの理由で社会システムから弾き出された者達、ただ単に働く事を何より嫌っている者達など様々だった。

 宗教を後ろ盾として、生真面目な気質の国民が比較的優良な社会システムを形成しているハフォンでも、それは例外ではなかった。

 

 そのようなスラム街は勿論犯罪の温床となり、地域を管轄する軍警察も目を光らせてはいるのだが、スラム街の持つ混沌は軍警の手入れや検挙では簡単には払拭できないほど深く暗いものだった。そして、王宮軍を主体としてこの国を司る権力者に睨まれたブラソンにとって、そのような場所はまさに隠れるのにうってつけの場所となった。

 ミリだけであれば、親元とも言える情報軍で匿ってもらうこともできただろう。しかし情報軍はプラソンを内部に引き入れることに否定的だった。ブラソンの職業と情報軍の業務を考えると、当然と言えば当然の反応だった。そのため、ブラソンの目付役を言い渡されているミリもブラソンと一緒にこの混沌とした街の安宿に投宿する羽目になったのだった。

 

 前に根城にしていたホテルの部屋よりもさらに一回り小さく汚いその部屋で、ミリは壊れかけた椅子に器用に座ってブラソンの方を見ていた。

 

「用は無いわ。食料を買ってきただけ。ここに置いておくわね。」

 

 そう言って流動タイプの食事のパッケージを落書きだらけのライティングデスクの上に三つ置き、ミリは椅子から立ち上がりかけた。

 

「聞きたいことがある。」

 

「なに?」

 

 立ち上がりかけて体重を移動したままミリは動きを止めた。

 足の一本に問題のある椅子が軋む。

 

「この星には、普通俺たちが使っている基幹システムの他に、似たような機能の独立したサブシステムがあるのか?」

 

 ミリがいぶかしげな表情になる。

 言っている意味が分からないのだろう。もう少し説明が必要だったか。

 

「普段俺たちが何気なく使っているネットワークは、いわゆるハフォン基幹システムと言うやつだ。これは知っているな?

「このシステムとは別に、同じ様な機能・・・つまり、メッセージや情報をやりとりできる機能を持った、独立したもう一つのネットワークが二重に存在するのか? という質問だ。この二つのネットワークは似たような機能を持っているが、相互にデータのやりとりは全くない。完全に独立している。まるでネットワークが二重に存在するかの様に見える。そんなネットワークの存在を知っているか?」

 

 ミリの表情は変わらない。

 それはそうだろう。常識で考えてそんなネットワークが存在するはずはないし、作る意味も全くない。

 それではまるで、表のネットワークに対して、知られたくない裏のネットワークがあるみたいじゃないか。

 ・・・なんだって?

 

「私は情報システムの専門家ではないけれど、でもそんなものの存在は聞いたことはないわ。全てのシステムは基本的に基幹システムに接続されているはずよ。そうでなければネットワークに接続している意味がないでしょう?素人の私にだって分かるわ。」

 

 ブラソンは予想の範囲内でしかなかったミリの答えよりも、ふと思いついた自分の考えに気を取られていた。

 

「いや、いい。例えば、という話だ。何か根拠があるわけじゃない。次に情報軍に行ったときに、そっちの方面の専門家に会ったら聞いておいてくれ。何かはっきりした理由があるわけでもないんだ。ふとした思いつきだ。」

 

 表に知られたくない裏のネットワークだって?

 クーデター組織という、表に出ることが出来ない組織の人間達のネットワークそのものじゃないか。

 やはりあのサブシステム、限りなく怪しい。

 

 ミリは訝しげな顔のまま立ち上がる。

 壊れかけの椅子がギイと軋み音を上げる。

 そのまま彼女は、ブラソンが上半身を起こした状態で横になっているベッドの脇を通り、ドアを開けて部屋を出ていった。

 ドアが閉まった衝撃で、窓枠がミシリと音を立てた。

 ブラソンは完全に身体を起こし、ベッドの脇に立ち上がった。ミリが置いていった流動食パックを手に取る。

 そう言えば、ミリは流動食パックばかりを買ってくる。食事と水分補給が同時に出来てありがたいのは確かだった。

 もしかして彼女なりに気を遣ってくれているのだろうかと思いながら、食事のパッケージを開けた。

 

 

■ 1.16.2

 

 

 ベレエヘメミナから戻ったキュロブはまた通常の業務に戻っていた。

 決行日まであと僅かな日数しかないが、その間も通常の軍務を疎かにするわけにはいかなかった。

 勤務態度が悪化して、思わぬところから計画が露見してしまうことを防ぐという理由が一つ、そして計画を実行した後は軍の実権を自分たちが握ることになるため、そのときに自分がやらかした業務遅延の精算をする羽目にならないようにするという、より重要な理由がもう一つだった。

 

 軽い電子音とともにホロモニタに来客のサインが出る。

 部屋の前に誰か居るようだった。

 実際には触れることが出来ないホロモニタ上の来客サインを人差し指で押し、ドアのロックを解除して開ける。

 

「失礼する、キュロブ殿。」

 

 開いたドアから入ってきたのは、王宮諜報局次長のデセッタンだった。

 珍客、と言える相手だった。

 勿論、王宮軍所属であるキュロブも、王宮諜報局所属のデセッタンも王宮に自室を持って勤務しているため、接点がないわけではないし、顔を合わせることもある。

 しかし、諜報局の上層部が王宮軍の将校の自室を訪れるのは珍しい。そして多分、それは余りいい知らせではない。

 

 特に今の時期は、とキュロブは思った。デセッタンがやってきた理由は、計画の障害となる何かが見つかったと言うことだろう。

 そしてそれは多分、人関連の話だ、と想像する。

 王宮諜報局長のヘクイレリオは計画に参加していなかった。

 皇王のお膝元である王宮諜報局のトップを計画に巻き込む事は危険であると判断されて、名簿から除外されていた。

 その代わりに、王宮諜報局No.2である局次長のデセッタンを計画に巻き込んだのだ。

 つまり、局長を隠れ蓑として、局次長以下の王宮諜報局を取り込んだ、と言うわけだった。

 

「ああ、デセッタン殿。久しいな。何か問題でも?」

 

 デセッタンの顔を見て、彼女が見つけた物がそれなりに深刻なものなのだろうと直感した。

 

「ああ。単刀直入に申し上げる。キュロブ殿が使役しておられるマサシという下男が居るが。彼に情報軍のスパイの容疑がかかっている。」

 

 本音のところでは「なにを今更」と思ったのは確かだった。

 マサシを引き入れる際、奴が元々情報軍のスパイであったことは本人に確認してある。

 しかしマサシはすでにダナラソオン師の術中にある。間違いなく味方だ。

 王宮諜報局次長殿はどうやら古い情報を掴まされたようだ。

 

「デセッタン殿、それは承知している。奴を引き入れる際に本人に問いただして判明したことだ。貴殿にも報告したはずだが?」

 

 デセッタンの表情は変わらなかった。

 

「違うのだ、キュロブ殿。その話は我々も承知している。そして彼がダナラソオン師の術中にあることも理解している。そうではないのだ。」

 

 デセッタンは少し口ごもるように言葉を切り、再び話し始めた。

 

「この度の貴殿達のベレエヘメミナ行きで、シャトル1号機の飛行距離が規定を超え、第一級整備が必要となったのだが・・・」

 

 ああ、なるほど、とキュロブは納得した。

 つまり、ダナラソオン師がシャトルでベレエヘメミナに向かえと仰せられた事に対して苦言を呈する形に見えるので、デセッタンは言いにくそうにしているのだろうと推測した。

 

「続けてくれ。貴殿がダナラソオン師に人並みならぬ畏敬の念を抱いていることは、誰よりも私が良く知っている。」

 

「感謝する、キュロブ殿。シャトル1号機が帰還した後すぐに第一級整備が開始された。第一級整備では、機械整備と同時に機体の動作ログの解析と、システム保守も行う事が定められている。」

 

 安心したデセッタンはいつもの調子に戻って話し始めた。

 しかし、彼女が今言った程度のシャトル運用規則であればキュロブも当然承知している。

 

「動作ログの解析を行っているときに分かったのだが、マサシがベレエヘメミナへの往復の道中のキャビンレコードデータを全てダウンロードしていた記録が見つかった。」

 

「キャビンレコードデータを? それは、ハッキングしていた、と言うことか?」

 

 可能性はある。

 確か銀ネフシュリが囲い込んだ二人の外国人の内、もうひとりはシステムエンジニアだとマサシが言っていた。

 しかし、それは話が少しおかしい。

 

「いや、ハッキングではない。データをダウンロードする事自体は、パイロットであれば誰でも出来る権限を持っている。彼が、ベレエヘメミナへの道中のキャビンレコードデータをダウンロードしていた、ということが問題なのだ。」

 

 キュロブはそれがどういう事であるかという意味に気づいて黙る。

 彼の感じた違和感を肯定する話であったからだ。

 そこにデセッタンが畳みかけるように言う。

 

「シャトルには、貴殿とダナラソオン師と、タルクハブ連隊長、イェンギジェエ連隊長、パサルガドバンク最上級隊長、クェイダール最上級隊長が乗り合わせていたのだろう? その貴殿ら六人の会話の記録を全てダウンロードしているのだ。」

 

 あのときシャトルに乗り合わせた六人は全て計画に関連する人間だった。

 勿論マサシがそのことを知る由もないだろうが、しかし彼は少なくともダナラソオンとキュロブが計画に関わっている人間であるという事を知っているはずだった。

 

 とはいえマサシが得られたものは何も無いだろう。

 六人ともシャトルのキャビンというものの性格はよく理解している。

 センサーだらけのシャトルのキャビンでは思わぬところに目と耳が仕掛けられていたりするものだ。

 そう、まさにデセッタンが今指摘しているように。

 だから六人とも計画に関することについてシャトルの中で話す様な無防備なことはしなかった。

 計画に関する話は、ハフォネミナとベレエヘメミナの中でも十分にクリーニングされ、密室状態であることが保証されている部屋でのみ行った。

 

 なので、マサシが何を得たかはこの際問題ではなかった。何も得られていないからだ。

 マサシがそのような行為に及んだ、ということが問題だった。

 

「デセッタン殿。情報提供感謝する。我々もシャトル内での会話には十分に注意していた。彼は何も得られてはいないだろう。大丈夫だ。しかし彼の処置は考えねばならない。」

 

 キュロブは作業を続けていた手を止め、何かを決意した様な眼でデセッタンを見返した。

 

「彼についてはその後の追跡も行っている。貴殿等がハフォネミナ、ベレエヘメミナへ向かった道中と、それ以降、彼がどこかにそれらしいメッセージやデータを送ったという形跡はない。彼のネットワーク接続は今も我々の監視下にある。もし何か信号を送ればすぐに判るようになっている。彼が信号を送った先を特定する行動をいつでも起こせるよう態勢を整えてある。」

 

「感謝する、デセッタン殿。引き続き監視をお願いできるか。私は彼の身柄を何とかしよう。」

 

「承知した。何かあればすぐに知らせるようにする。」

 

 そう言ってデセッタンはキュロブの部屋を出ていった。

 

 問題が二つあった。

 

 マサシを使役していたのは確かにキュロブだが、彼を抱え込むことを決定したのはダナラソオン師だった。

 今回の問題をマサシが起こしたことの責任を自分がとらされることはないだろう、とキュロブは考えた。

 その責任を追及しようとすれば、ダナラソオン師がマサシを使役する決定を下したことについても責任を追及せねばならなくなる。

 それはあり得なかった。ダナラソオン師の責任を追及できる者などいない。

 問題は、ダナラソオン師の術によって完全に縛られているはずのマサシが、まるで師の術が解けているかのような行動をしたことだった。

 ダナラソオン師の術が解けるはずはなかった。

 現在、ハフォンだけでなく銀河系中のどのような機械を使っても、師の術は破られないはずだった。それが易々と解けている。

 

 そう言えば、先日マサシのいた情報軍のチームが根城にしていたホテルを襲撃した際、マサシは短時間だが彼のチームと接触する機会があった。

 彼のチームの人間が操るビークルは、相当な危険を冒してまで屋上にいたマサシを回収していった。

 マサシをただ単に潜入工作員としてこちらに送り込んだのであれば、あの行動は辻褄が合わない。

 まるで、マサシが潜入後にダナラソオン師の術にかかることを知っており、師の術を解こうとして無理矢理にでも接触したかのように見える。

 つまり、情報軍はダナラソオン師の術を破る何らかの方法を手に入れていると言うことだ。それとも師の術はテランには効かないとでもいうのか?

 

 キュロブは執務机から立ち上がると、片付ける事が出来る方の問題をとにかく処理するために急ぎ足で自室を出た。

 まずは王宮軍の詰め所で何人かの武装した兵を調達し、マサシの身柄を拘束せねばならない。

 拘束した後に尋問すれば、マサシが如何にしてダナラソオン師の術を破ったのか分かるかも知れない。

 

 しかしマサシはテランだった。

 たとえ彼に従軍経験がないとは言え、この銀河系にテランと一対一で闘いたいと思う愚か者はいない。

 


いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

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