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夜空に瞬く星に向かって  作者: 松由実行
第一章 危険に見合った報酬
13/264

13. 情報軍エージェント


■ 1.13.1

 

 

 少し落ち着いて、郊外の公園に着地した。ミリの格好を何とかするためだった。

 頭から大量の血を流し、全身ズタズタの服装など、どこからどう見ても怪しすぎる。

 新しい潜伏先を見つけなければならないのだが、こんな格好ではどこのホテルだってフロントデスクの前に立った瞬間につまみ出されるだろう。

 

 ブラソンは公園の中の森林地帯にビークルを止めた。

 その場所は車両着陸禁止区画らしかったが、都市交通システムから切り離されているので、着陸禁止区画でも自由に停車することが出来た。

 ビークル自体もズタズタで、人目があるところに止めると目立ってしようが無い状態だった事もある。

 こんな、あちこち弾痕だらけで、窓ガラスが全て割れたビークルなど不審に思われて確実に通報されるだろう。

 軍用のビークルでもないのに、これだけ損傷して未だに動いているのが不思議なほどの損傷具合だった。

 

 すっぽりとその陰に入るほど大きな木の下にビークルを止める。

 ミリは少しふらつきながらドアを開けて車外に出る。

 葉の短い草原の中に敷かれた歩道を少し歩いたところに噴水があり、水面が陽光を反射してキラキラと輝いている。この場所を選んだ理由だった。

 

 ミリはまっすぐ噴水の泉に近づくと、無造作に服を脱ぎ始めた。

 完全に裸になって、泉の中に飛び込む。しばらく水面に浮かんで漂っていたが、そのうちに水底に立って血と汚れを落とし始めた。ブラソンは何もすることがなく、ビークルの脇に座って車体に寄りかかり、ミリの水浴びを眺めているしかなかった。

 

 泉から上がったミリが、両手に服を持って戻ってくる。

 全身から水を滴らせながら、一糸まとわぬ姿だった。

 ハフォン人の皮膚は白い。ミリはその中でもさらに白い部類だった。

 その透き通るような素肌の裸体がブラソンの前に立つ。

 

「おまえさ、なんかもうちょっと恥じらうとか、そういうの無いのか? そこまで堂々と裸で歩かれると、色気もクソもないな。」

 

「神から与えられた、誰もが持っている人間本来の姿よ。なんで恥ずかしがる必要があるの? ・・・と、ハフォンでは学校や寺院で教わるわ。」

 

「それはなかなか魅力的な教義だが、なんで誰も実践していないんだ? ハフォン人はみんな服を着ているし、ブルカ被ってるヤツもいるぞ。」

 

「当たり前でしょう。裸で外をうろついたら、あちこち擦り傷だらけになってしまうわ。ブルカを着るのは、神に誓いを立てた期間だけよ。普段はあんな鬱陶しいものを着たりなんかしないわ。」


 銀河系内では、ハフォン人と言えばブルカ、という位にイメージとして結びついているものなのだが、そんな宗教的な装束を「あんな鬱陶しいもの」と一言で切り捨てたことにブラソンは呆れる。

 やっぱりこの女、ちょっと変だ。


「擦り傷で思い出した。おまえなんで全身綺麗なんだ?傷だらけだったよな?」


「私の身体には医療用のナノマシンが入っているのよ。仕事で遠くの星に行った時に、病気になったり、怪我したりして活動不能になる訳にもいかないでしょう。あの程度の傷ならすぐに治るわ。それくらいでなければ、追いかけっこしている時に一・二発撃たれただけで行動不能になって捕まってしまうでしょ。」

 

 いや普通、行動不能になって捕まえられる様になることを期待して一・二発撃ち込むもんなんじゃないのか、と思いつつ、ブラソンは呆れて天を仰いだ。

 そしてふと思い出した。

 

「ナノマシンだけじゃねえ。おまえ、チップ持ってるだろ。」

 

 ミリは何も言わず、その問いには僅かに微笑んで小首を傾げただけだった。

 

「さっきライフルのモードを切り替えるのにセレクタメニュー使わず、瞬時に切り替えたよな? 俺がお前の携帯端末持ってるのに、銃のメニュー開かずにそんな事が出来る訳がない。銃がお前のチップIDとチップ信号を認識したからだ。違うか?」

 

 ミリがまたあの優しげな笑顔で微笑んだ。

 

「ノバグ相手に隠し通せるとは思っていなかったけれどね。さすがね。ええ。スタンダード規格準拠のチップを持ってるわ。」

 

「ID教えろ。」

 

「女を口説く時にはもう少し手順を踏むものよ?」

 

「ばかやろう。仕事用だ。誰がこんな恐ろしい女口説くか。さっきだって、チップにメッセージ打ち込んでりゃもう数分は稼げたんだ。」

 

「そうね。仕方ないわね。これでいい?」

 

 ミリがそう言うと同時にブラソンにメッセージが届く。

 

「なんだこれは? 送信者が空白で、IDがゼロの連番になってるぞ。ちゃんとしたのを寄越せ。出来るんだろう・・・てか、ID好きに変えられんのかよ、情報軍は。」

 

 ミリがブラソンを見ながらニコニコと笑っている。

 ダマナンカスの酒場でジョークを言った時にはあれほど不機嫌になった女が、自分からイタズラを仕掛けてくるのが不思議だった。

 この女、どんどん分からなくなってくる。

 すぐに別のメッセージが届いた。送信者がミリ・ロセインという名前になっており、IDはありふれた数字と記号の羅列になっている。

 

「これで登録するぞ。俺とマサシに打つ時はこの設定で打てよ。」

 

 そう言いながら、ブラソンもメッセージを返す。

 現実世界のあらゆることにネットが浸透しきっているこの社会の挨拶マナーの基本みたいなものだった。

 

「分かったわ。宜しくね。」

 

「それと、銃で思い出したんだが。お前のそのライフル、ヤバイ改造してあるだろう?」

 

「失礼ね。情報軍から正式に支給されたちゃんとした官給品よ。そのまま使っているわ。」

 

「じゃ、情報軍がそういうものを支給してるのか。スパイってのはおっかねえな。」

 

「さあ?何のことかしら?」

 

「もうバレてんだ、白々しくしらばっくれるのはやめようぜ。その銃、重力焦点を銃身の外に作れるだろう。さっき、五階の踊り場から何回かその重力焦点で下の階の敵を攻撃してたよな。」

 

 民間人を攻撃してはならない、というルールの他にも、汎銀河戦争にはいくつかの絶対的なルールが存在した。

 その一つに、重力で直接敵を攻撃する兵器を使用しない、というものがあった。

 

 重力兵器としてすぐに考えられるのは、ブラックホールだ。

 しかしこのブラックホールというもの、重力ジェネレータを使えばごく簡単に作ることができるのに対して、一旦大きくなってしまえば消滅させるのが非常に難しいという欠点があった。

 小さな重力焦点を消滅させる程度であれば問題無い。ジェネレータを切れば重力焦点は消滅する。

 

 しかし、この世のあらゆるものを事象の地平線の向こう側に飲み込んでしまうブラックホールは別だった。

 ある程度以上の質量を飲み込んでしまったブラックホールは、その飲み込んだ質量で安定化してしまい、ジェネレータを切っても存在し続ける。

 そうなってしまったら、もうそう簡単に消滅させることはできない。

 もちろん、ブラックホールを破壊するだけの強度の反重力斥点をブラックホール内部に発生させれば、ブラックホールは崩壊する。

 ただしその崩壊時に、吸い込んだ質量に見合った超大量のガンマ線を放出するガンマバーストと呼ばれる現象を起こす。

 

 ものがガンマ線だけに始末に負えないものとなる。

 この強烈なガンマ線を浴びたあらゆる生物は死滅し、生き残ったとしても重度の放射線障害を抱えることになる。

 電子機器はすべて瞬時にバーストし、一部の光学機器にさえ損傷を発生させる。

 ガンマ線を浴びても損傷しなかった物体は、状況によっては放射能化され、その後延々と放射線を垂れ流すようになる。

 

 恒星レベルの質量を吸い込んでしまったブラックホールを中和すると、このガンマバーストが超新星爆発並の大きさで発生する。

 ガンマバーストの波の到達に数十年かかるとしても、周囲数十光年は確実にあらゆるものが焼き尽くされる。

 消滅させればガンマバーストを起こす、消滅させなければこの世のあらゆる物を喰らいつくす。

 時間はかかるものの、放っておけば星系の一つや二つ簡単に呑む込む。

 軍事基地であろうと、民間の施設であろうと全く無差別に。

 こんな凶悪な兵器を「紳士的な」汎銀河戦争が許すはずはなかった。

 この為、ブラックホール爆弾は使用がタブーとなり、同様に重力を直接使用して敵を攻撃する類似した兵器もタブーの仲間入りをした。

 

 兵器として使用される戦闘艦や戦闘機の機動にはすべて重力ジェネレータが使われている。

 宇宙空間を準光速で飛ぶ宙航艦の対デブリシールドも重力を応用したものが多い。

 しかしそれらは、重力で敵を直接攻撃するものではない。兵器を運用するために重力を使用しているだけだ。

 これに対してブラックホール爆弾は、重力焦点で敵を直接攻撃する。

 その差だった。

 

 先ほどミリが使ったライフルの機能は、間違いなくこのルールに抵触するものだった。

 重力焦点を銃のバレルの延長線上に発生させ、この焦点を敵兵に直接ぶつけることで装甲スーツの機能を破壊するか、もしくは直接敵兵士の身体を破壊する。

 突然数百~数千Gという重力焦点を体内に作られたら、良くて骨折、場所が悪ければ内臓が大規模に損傷してほぼ即死となる。

 ハフォン正規軍である情報軍がそんなものを作って構成員に供与しているなどと知れたら、ハフォンはどのような同盟にも加わることはできないし、他の全ての銀河種族から一方的に袋叩きにされても文句は言えない状況に陥る。

 

「汎銀河戦争の交戦規定の中に『重力兵器使用の禁止』ってのがあるよな。モロそれだろ。」

 

「なんのことかしらね。気のせいじゃない?」

 

 追求したところで、どこかの法廷に訴え出る訳でもない。

 そもそもそのやばいアサルトライフルのおかげで自分は今ここに生きていられる。

 誰かがルール無視をしたからと言って、それを糾弾するような正義漢でもない。

 第一自分自身がハッカーという、限りなく黒に近いグレーの仕事を生業としている。

 仲間の女がちょっとした違法改造武器を使っているからといって、そんな事はどうでも良いじゃないか、とブラソンは結論した。

 

「・・・ああ、そうだな。多分俺の気のせいだ。何よりも俺はお前に礼を言わなきゃならん。だから俺は何も見ていない。ありがとう。」

 

「ふふ。どう致しまして。」

 

 ミリは、思わずこちらが赤面してしまうほど、明るく柔らかな笑顔で笑った。

 噴水の水がキラキラと絶え間なく吹き上がっているのがミリの後ろに見える。

 まばらに木が生え、葉の短い柔らかな草が一面に生えている草原の中、木漏れ日の差し込む木陰で見るには最高の笑顔だった。

 これがほんの半時ほど前までアサルトライフルを構えグレネードを投擲して、十人以上の兵士で構成された部隊をたった一人で壊滅状態に追い込んだ女とはとても思えなかった。

 

「さて、そろそろ身体も乾いただろう。服を着ろよ。まずは替えの服を調達しないとな。」

 

 そう言って、ブラソンは尻に付いた草の葉をはたきながら立ち上がった。

 いや、服より前にビークルを取り替えなければな。

 まだ預かったままのミリの携帯端末を通して都市交通システムにアクセスする。手頃な空車のビークルを管制操縦から切り離して呼びつける。

 ミリはその場で下着を着け始めた。余りに自然に裸でいるので、妙な気さえ起きなかった。

 ミリがズタズタになった服を着け終わる頃、上空に白いビークルが接近してくるのが見えた。

 

 ブラソンは振り向いて、ほぼスクラップ同然となった先ほどまで乗っていたビークルを見た。

 木陰に停まったボロボロのビークルは、まるで戦い疲れた身体を木にもたれて眠っているかのようにも見えた。

 

 

■ 1.13.2

 

 

 俺の乗った兵員輸送車は、出発した時ときれいに逆の動きをして、王宮の格納庫に進入し、着陸した。

 

 1号車はすでに戻ってきており、指揮車はその横に停まる。

 1号車のハッチは開けっ放しになっており、車内に誰もいないことが分かる。

 重傷の兵士達を満載にして帰ってきて、ハッチを閉める事も忘れて全員を王宮の医局に連れて行ったのだろう。

 結局、1号車、2号車合わせて十二人の兵士がホテルに突入し、四名が死亡、五名が行動不能となった。

 残る三名は自力で歩行可能であったが、歩行が可能であっただけで、とても戦闘継続など出来ない状態だった。

 突入した部隊で無傷の者は一人としていなかった。

 

 特に最後の、気化爆弾を使用して非常階段を燃焼室代わりに使ったトラップが最大の打撃を与えた。

 既にグレネードで傷ついていた兵士達は死亡するか、完全に行動不能の重体となり、まだどこも損傷していなかった兵士達も行動に困難を来すほどに痛めつけられた。

 風に乗せて気化爆弾が非常階段に完全に充満したところで着火し、部隊を一撃で壊滅させるなど、見事というしかなかった。

 

 そしてさらに2号車はブラソン達が乗ったビークルを追跡し、どうやってか撃墜され大破した事が確認されている。

 2号車に乗ってブラソン達を追跡していた兵士も爆発に巻き込まれて、全員死亡した。

 キュロブはミリの事を『銀ネフシュリ』と呼んだが、そのあだ名に恥じないすさまじい活躍だった。


 キュロブは俺に、出発前に武装を整えたブリーフィングルームで待つように言って姿を消した。

 多分、ダナラソオンに事態の顛末を報告に行ったのだろう。

 この大打撃を報告されたダナラソオンがどれほど激高するのか、またはしないのかは知らないが、いずれにしてもこれで情報軍に嗅ぎつけられたことは確定的になったわけで有り、連中のクーデター計画実行がさらに前倒しされるであろう事は俺でも楽に想像が付いた。

 何年掛けて準備してきたのか知らないが、相応の苦労と時間を掛けて練り上げてきた計画が、実行直前で全て瓦解しようとしているのだ。

 たとえ少々準備不足で不安なところが残ろうとも、これまでの苦労を全て無にするくらいならば、現在の手駒で賭けに出るのは当然の事だろうと思った。

 

 そこでふと気付いた。

 もしかして、俺の役割はこれだったのだろうか?

 クーデターの計画がある事だけは分かっているが、かといって目に見えず手も届かない、どうにもならない状態で時間だけが差し迫ってくるこの状況に、俺という異分子を投入する事で無理矢理事態を動かし、何かがあぶり出される事を情報軍は期待していたのだろうか?

 もしそうであれば、連中の計画は成功しつつあると云う事になる。

 ミリが「上出来だ」と言った時の笑顔がふと浮かんできて、納得がいった。

 では、その駒である俺は次にどうすれば良い?

 そう、もう一歩先の目的、クーデター計画そのものを潰してしまえば良い。

 たとえ俺自身が手を下して潰す事は叶わなくとも、そのための決定的な一撃を与えられる情報を手に入れれば良い。

 次の目標は決まった。

 こんな怪しげな仕事を引き受け、地球から数千光年離れた異星で地面に這いつくばって。

 折角なら、奴らの提示した報酬の満額をせしめるだけの事をやってやろうじゃないか。

 


いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

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