26. 廃ビルで集会
■ 4.26.1
俺達は、ジャキョシティ中心部にある廃ビルの一つに身を隠して、ブラソン達からの作業終了の連絡を待っている。
無秩序に色々な物が増設追加されたこのステーションの内部も、類に漏れずジャキョシティもその様な無秩序な建築が乱立しており、市の中心部であっても遺棄された廃ビルがそこかしこに存在している。
俺達が身を寄せているのも、その様な廃ビルの一つだった。
一暴れしたので少々疲れを覚えてビルの床に腰を下ろしている。
ルナは俺の向かい側に立ったままだ。
生義体だって疲れるのだ。座らないのかと問うたら、服が汚れるので座らないと答えが返ってきた。
戦闘用に用意した服で、床に座る汚れを気にしなければいけないってのはどうなんだ、と思わず突っ込みたくなるが、止めておこう。もしかしたら、ルナなりの女の子アピールなのかも知れない。
レストランでの食事の途中にチンピラ集団に襲われた後、ジェネレータを使わず、ステーションのネットワークを非アクティブにし、光学的にはステルスを掛けた上で街中を移動した。
だから今現在、ジャキョセクションは俺達を見失っている。
場所を特定できない状態にして、レジーナからの連絡を待っている。
俺達を襲撃したチンピラ集団は、結局ジャキョセクションの息のかかった連中だった。
アロソットと名乗ったチンピラのリーダーは、本部からのモニタリンクをノバグが阻害し、行動を本部に知られることは無いと知った後は色々な情報を提供してくれた。
連中が所属しているのはジャキョセクションそのものでは無く、その末端組織の様だった。
ジャキョセクションは、幾つかの星系のヤクザ組織と友好関係を保っており、パイニエのバペッソもその内の一つだった。
アロソットが所属している組織は、バペッソ関連の案件を主に担当する様ジャキョセクションから指示されており、今回もバペッソからレジーナとその乗組員の追跡の依頼が来たため、それに対応したのだと言った。
俺達がこのアリョンッラ星系にやって来ることが良く分かったものだ、と独り言を呟いたら、それを聞いたアロソットが応えた。
「バペッソは、あんた達が貨物船ドーピサロークを追っている事を知ってるぞ。だからこの星系に来て、ジャキョシティにやって来るだろうと予想していた。だから、俺達の所にあんた達の捕獲依頼が来て、前もって知っていた俺達が張っていたんだ。」
アロソットは、ルナに何度も蹴られて腫れ上がった顔を痛そうにしかめながら言った。
一旦喋り始めたら、アロソットはこちらの質問に素直に答えを返してくる様になった。ルナや俺に何かされる事に怯えているという訳ではなく、組織に対する忠誠心そのものが薄れていた様だった。
「俺もいい歳だ。いい加減、今の商売にも限界を感じてな。幾らいきがっていたって、所詮はジャキョセクションの下部組織でしかねえ。そこでメシ食ってるただのどチンピラのリーダーだ。
「ガキも生まれて、真面目に先のことを考えなけりゃならねえんだ。そうすっと、昔みたいに何でもかんでもジャキョ様の言う通り、ってのもちょっと疑問でな。」
そう言ってアロソットは、痛む頬を引きつらせる様にして笑った。
ここにもまた一人、子供が生まれたことを切っ掛けに日陰の商売から足抜けしようとしている男がいた。
上部組織であるジャキョセクションから、人命をひとつふたつ磨り潰す事をも厭わない指示が来た時、末端組織の現場の兵隊であるアロソットは、真っ先に命を失う事になるだろう。
今回の俺に対する襲撃もそうだ。事を大きくするのを避けるために、俺が極力死人を出さない様にしたので、アロソットは生きて俺と話をすることが出来たが、そうでなければ最初の数秒で命を落としていてもおかしくなかった。
ルナはスプーンの柄をアロソットの二の腕に突き刺したが、手にした獲物をロングナイフにして、突き刺す先を心臓に換えることも出来たのだ。
アロソットから得た情報を吟味する。
貨物船ドーピサロークが惑星ラドに向かう手前でこのフドブシュステーション、ジャキョシティに立ち寄ったこと。その後、ラドには姿を見せず、消息を絶ったこと。
当初、このジャキョシティで海賊に航路情報を抜かれたので、次のジャンプ前後で海賊に襲われたものだと思っていた。
しかし、ドーピサロークが所属するニラバンフナ星間輸送はパイニエの大手ヤクザであるバペッソの息のかかった企業であり、そしてそのバペッソはここのジャキョセクションと密接な繋がりがある。
そしてジャキョセクションと言えば、元々闇の武器商人がこのフドブシュステーションに逃げてきて居着いた組織だ。未だに海賊達に裏で武器を流していても何ら不思議では無い。
簡単な話だ。
貨物船ドーピサロークは今でもピンピンして、人知れずどこか目立たない港に接岸しているだろう。
その「行方不明」になった積み荷を全て海賊に横流しして。
そもそも、積み荷の横流しなのかどうかさえ怪しい。
ドーピサロークを「襲った」海賊は、そのまんまジャキョセクションの手のものか、ジャキョセクションそのものなのではないか?
狂言海賊ならば、闇商人が闇で売り捌くための全く履歴追跡が出来ない「販売用愛玩動物」を手に入れるには最高の方法ではないか?
そしてジャキョセクションは、海賊相手に商売をしていた闇商人なのだ。
未だに繋がりがある、どころか自らがその商売に手を染めていても不思議では無い。
ラドまでの航路は、もっとも効率よく海賊とランデブーするための方便で、実は最初から全て予定されていたものでは無いか?
ドーピサロークは行方不明という事にになるが、気まぐれに海賊から解放された等という適当な話をでっち上げて戻ってくることも出来る。がらくたを組み上げて中古船を一隻作ったとして、新たな船籍を取得してもいい。アリョンッラ船籍の船なら、ジャキョ程度の大手セクションであれば簡単に工作できるだろう。
これは多分、エイフェが孤児院から出荷されて海賊に奪われるまで、全てバペッソかジャキョの筋書き通りに事が進んだものとして考えて当たった方が良さそうだ。
その考えをレジーナに告げる。
レジーナからは、その可能性は非常に高い、という答えが返ってきた。
ニュクスもそれを肯定している。
ニュクスの背後には、機械達のネットワークと集合知生体としての演算能力がある。
この推測でまず間違いが無いだろう。
とすると、そのような非合法な裏の活動の記録をネットワーク上に記録するバカはいない。
パイニエでダバノ・ビラソ商会の非合法な取引を非ネットワーク端末から抜き出した時の様に、潜入してデータを抜き取る必要がある。
アロソットをもう一度捕まえて聞き出すという手も考えたが、本人が言うとおり奴はジャキョセクションの末端組織の人間なので、ジャキョセクション本体がどの海賊と繋がりがあるか、もしくは直々に海賊行為をしているか等という情報を知っているとは思えなかった。
「ブラソンのチームの作業が終わりました。ジャキョセクション内のネットワークを掌握しました。ジャキョセクション本部のネットワークを掌握しました。」
物思いにふけっていると、レジーナからの連絡を受けた。
「随分時間がかかったな。」
あの巨大なベレエヘメミナのネットワークを見る間に侵食していったブラソンとノバグのコンビとは思えない程の時間が経っている。
「はい。さすが無法地帯と言いますか、ジャキョセクションのネットワークは全体的にセキュリティが非常に高く、攻略に手間取りました。もう完了しています。」
「と言うことは、相手側にも凄腕が居るんじゃ無いのか?」
「はい。ブラソンはそう予想しています。事実、ブラソンが舌を巻く様な仕掛けも幾つか発見されています。ハッキング自体が露見しない様に、ノバグRコピー百体が常に監視に当たっています。もし攻撃を受けた場合でも、AIであるノバグの数百体からの同時攻撃に人間である相手が耐えられるとは考えられませんので、大丈夫です。」
見つかったら力技かよ。
俺の印象では、ネットワーク上の攻防というのはもっと知的かつ陰湿で目立たない様に行うものだと思っていたのだが、ブラソン達のやり方をみているとどうもそのイメージを根底から崩される。
「無法地帯と言ったな。相手側にAIが居たら?」
「大丈夫です。ノバグゼロに較べてノバグRは数百倍のパワーアップをしています。相手側にノバグR並の機械知性体が居るとは考えられません。ノバグRの能力は、個人で開発できるAIの範疇を大きく超えています。ノバグRが競り負けることは無いと思われます。」
なるほど。
では、ここでもパイニエ同様にネットワークチームからのバックアップを受ける事が可能な訳だ。
「マサシ。都合の良いねぐらを見つけたみたいじゃないか。三人ともそっちに合流するぞ。今後の作戦立案と、装備の交換だ。」
ブラソンからの連絡が入った。
「諒解した。このまま待機する。」
俺は廃ビルの床に座ったままブラソン達を待つ。ルナは相変わらずこちらを向いて俺の正面に立ったままだ。
■ 4.26.2
黒い服を身に纏ったブラソン達三人が、俺とルナが潜伏している廃ビルの三階に姿を現した。
このビルは、廃ビルとなってから相当長い時間が経っているらしくあちこちの色々なものが朽ち果てて崩れ落ちている。
どうやらそれだけでは無く、この階で範囲殲滅型の大型の兵器が使われたことがある様だ。経年劣化ではとても説明の付かない破壊跡があちこちに有り、結果、殆どの仕切りや壁が破壊されており、フロアの端から端までを殆ど見渡すことが出来る。
もちろんそれも、この階を選んで潜伏していた理由だ。
そのような見通しの良い場所で会ったので、三人が自分の足で階段を上ってきたのが良く見えた。
「なかなか有用な情報を仕入れた様じゃないか。目的の情報を探す手間が大きく減るな。」
俺の前まで歩いてきたブラソンが言う。
「もっとも、お陰でその情報を手に入れるのがまた随分面倒だというのも分かったんだがな。」
と言って苦笑いをこぼす。
俺もずっと考えていたのだが、ネットワークから切り離された端末に記録されている情報を手に入れようとするなら、どうやっても実際に物理的に侵入してその端末に触れる以外には手は無さそうだった。
「やっぱりその手の情報は見つからなかったか?」
俺の脇に腰を下ろしたブラソンに問う。
「欠片も無いな。海賊がらみだけじゃなく、ジャキョセクションが絶対に手を染めているはずの闇商売に関する情報がまるで無い。ネット上で見つかるのは、このステーションに搬入された食料や資材とかの、表だった取引とそれに関わる運送情報だけだ。確実に切り離してある様だ。」
ブラソンが溜息交じりにそれに応えた。
「スペゼでやったと同じ様な侵入作戦が必要だろう。ただ、今度はこちらの存在が向こうに知られている分やりにくくなる。その上、ジャキョセクションに関係した組織のどこに隠してあるかも特定出来ていない。もっとも、場所柄相当派手なことをやっても軍や警察に追いかけられることはないだろうが。」
アデールが俺達の向かいに腰を下ろしながら言う。
ごもっともだ。ジャキョセクションには既に追われる身だ。派手にやらかせば、その追っ手の追跡の手が厳しくなることはあるだろうが。
「取り敢えず、本丸から落とすか。本部になら、どこに隠したかを知るヒントになる情報もあるだろう。もしかしたらそのものがあるかも知れない。」
「そうだな。それが良いだろう。一番面倒そうだが、多分一番近道だと思う。」
俺の提案をアデールが肯定する。
「ジャキョセクションの本部は分かっているんだろう?」
「ああ。マップを開いてくれ。数年前のものだが、ネットワーク上で手に入った最新版に更新してある。」
とブラソンが言うのに従い、視野の正面にマップを開く。
赤く点滅するマーカーが一つと、白抜きの赤丸のマーカーが十程も表示される。
「点滅マーカーがジャキョセクションの本部です。白抜きの赤マーカーが、ジャキョセクション本体の支部および関連組織の本部の中から、有力なもの上位十件です。」
赤点滅マーカーを拡大する。
マーキングされている建物は、ジャキョシティ中心部のさらに中心に近いところに有る建造物で、上下層を貫通しており、総階数248階と表示されている。
「おいおい、248階を全部探す訳じゃないよな? 大冒険だぞ?」
呆れて思わず声に出る。
何百人、下手すれば何千人と居るジャキョセクションの構成員が襲いかかってくるのを撃破しながら250階も探索したいとはとても思えない。
それだけ時間がかかれば、外からの応援もやってくるだろう。さすがに無理だ。
「大丈夫です。ジャキョセクション総帥と幹部の居室を中心に、可能性が高いのは二十フロア程度です。」
それでも十分な階数があるが。
「問題は、どうやって侵入するか、だよな。たった五人で力技の正面突破というわけにも行くまい。」
と俺が呟いたのを聞いたブラソンが、
「ちょっと待て。俺を突入部隊にカウントするなよ? 俺はひ弱なしがないハッカーだぞ。テランや生義体と一緒にするなよ?」
ブラソンはそう言うが、ではここからどうするかという話だ。
レジーナに一人で帰るのか、それともこのままここにずっと隠れているのか。
レジーナにブラソン一人で帰る途中に、ジャキョセクションの武装部隊と鉢合わせしたら終わりだし、ここにこのまま居座っても、緊急事態で俺達がブラソンを拾う暇も無く出航すると云う事も考えられる。
ここはブラソンに諦めてもらって、ジャキョセクション侵入に付き合ってもらうしかないだろう。
そう言うと、ブラソンは大きな溜息をついて言った。
「おかしいな。俺は肉体労働の苦手なハッカーの筈なのに、なんでこんな所で戦闘用装備を身につけて、海賊の本部を生身で襲撃する様な事になってるんだ?」
まぁ、諦めてもらうしかないな。
闘いで経験を積んで、そのうちブラソンがクラスチェンジします。
ハッカー ⇒ バトルハッカー ⇒ アークハッカー ⇒ ハッカーロード ⇒ 超ハッカー
勇者に攻められて一撃で倒されそう。(笑)
仕事が詰まってて、更新がちょっと遅くなりました。すみません。